6 リンダその1
6 リンダその1
三日ごとに宮殿から侍従たちが、エラが頼んだ食料や雑貨、竜王のワインの樽を運んでくる。
その籠は、食料の山の一番上に乗せられていた。
彩りよく何種類が取り合わせた、きれいに磨いた囲いの林檎。
見栄えの良いその籠を、エラは暖かい台所の卓の真ん中に置いた。
息を弾ませて外から帰って来たルオーが気づく。
「エラ、一つ食べていい?」
「まず手を洗って下さいね。
お食事前ですから、一つだけですよ」
急いで手を濡らしてきたルオーが、椅子に座って林檎に手を伸ばし、どれにしようかと迷って、上で手をさまよわせた。
その迷いが、ルオーの命を救う。
きれいな果実の陰から滑り出す、あざやかな光沢を持った紐。
すうっと持ち上げられた鎌首。不吉な三角の頭。
子供が恐怖に凍りつく。
「・・・エ・・・ラ・・・」
振り向いたエラが手を滑らせ、拭いていた皿が石畳で粉々に砕け散る。
その音に首のあたりを僅かに膨らませ、構えた、蛇。
攻撃態勢を取った、毒蛇。
蛇と向かい合い、ルオーは身動きも出来ない。
恐怖で呼吸がめちやくちゃに速く、浅くなる。
エラは震えながらも近づこうとした。
少しでも脅かしたら、蛇はルオーに飛びかかるだろう。
もう、間に身を投げるしか・・・。
後ろから、その肩を大きな手がおさえた。
「動くな、ルオー」
静かな竜王の声。
「眼を放すな。
その蛇は跳びかかる寸前、わずかに頭を引く。
その動作を見逃すな」
少年は身動きもしない。
だが、その肩から力が抜けた。
今にも失神しそうなほど速かった呼吸が落ち着く。
竜王がそばに居て、的確な指示を出してくれた。
ただ、それだけで。
竜王は焦っていた。
蛇は気が効きにくい相手だ。
この方向からは気で籠ごと吹き飛ばすことも、蛇の眼を捕らえる事も難しい。
ゆっくり揺れる蛇の頭と、卓に乗せられたルオーの手との間はわずか十数センチ。
気配を完全に消して、竜王はじりじりと子供に近づく。
蛇の頭が動いた瞬間、少年は思い切り後ろにのけぞり、椅子ごと倒れた。
一歩踏み出した竜王の右手が蛇を空中で捕らえ、その頭を握り潰す。
同時に左手が石の床に激突しようとするルオーの頭を支える。
一瞬の出来事だった。
ふた呼吸もおいて、気の遠くなったエラがへなへなと床にしゃがみ込んだ。
暖かい室内に置かれて身体が暖まれば動き出すように、籠の底に蛇が仕込んであったのだ。
誰が林檎の籠を荷に紛れ込ませたのか。
『黄金のハート』の命を狙う者がいる。
犯人はあがらず、竜王の怒りを鎮めるのに、またエラが責任を負わされて解雇されぬように、小さなルオーは必死になった。
数日後。
ルオーは思いがけぬ客を迎えた。
表庭の山羊を嫌そうに追い払いながら、一人でやって来たのは、異母姉のリンダだった。
十四になって髪をあげ、大人っぽく装ったリンダが、玄関でびっくりしているルオーに声をかける。
「『よくいらっしゃいました、姉上』って言うのよ、こういう時は」
ルオーが答えようと口を開ける間に、リンダはしゃべり続ける。
「なんて不用心なのよ、ここは。宮殿から誰にも止められずにここまで来られてしまったわ。あんな事があったのに、どうして警戒しないの?立ち入り禁止っていったって、神殿の警備兵の眼を盗めば、誰でもちかづけてしまうじゃないの。このあたしみたいに、宮殿の裏から生垣をくぐって来れば、すぐこの林に出てしまうわ」
やっと息を継いだリンダに、ルオーが答える。
「竜王様は、人間がそばに居るのを嫌われるんです」
辛そうに続ける。
「僕のために、嫌いな人間のそばで暮らして下さっているんです。
本当なら今でも、神殿裏の岩窟で誰にも邪魔されずにお休みになっているはずなのに」
「そんな問題じゃないわ!わかってる?あなた命を狙われたのよ。ちゃんと兵士達に警護させなければ!」
「その必要はない」
後ろから声をかけられて、リンダは飛び上がった。
振り向いた途端、竜王の金の眼に射すくめられて、ヒッと息を呑んだまま動けなくなる。
猫のように音もなく近づいた竜王が、巨大な体躯で少女の上に覆いかぶさるように立ち、見下ろしていた。
「禁止を知っていながら、なぜ、来た」
リンダは気丈だった。
真っ青になりながら声を絞り出す。
「・・・あ、姉が・・・弟を、訪ねて・・・何が、悪い、と・・・言うん、で、すか・・・」
足ががたがた震えている。
ルオーが間に割って入った。
「竜王様、姉のリンダです。
お目覚めの時、ご挨拶いたしました」
「なぜ、ここへ来た」竜王の機嫌は直らない。
守っている少年の命を狙われて、人間嫌いに輪がかかっているのだ。
ルオーは困り果てた。
「竜王様・・・」
ルオーのほうが泣きそうになる。
「まあ、リンダ様!」
台所から出て来たエラが叫んだ。
竜王の視線がふっと逸れ、リンダが大きく喘ぐ。
ふらつく少女の身体をルオーとエラが両方から支えた。
二人から、『女の子をいじめて!』という非難の視線を浴びて、竜王は鼻白んだ。




