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竜王と黄金のハート  作者: 葉月秋子


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      5 レイヴン

5 レイヴン


烏はまたやって来た。


 神殿に通うルオーを林の中で待ち伏せて声をかける。

 無視しようにも、好奇心が抑えられなかった。

 だってこれは、竜王様じゃない竜なんだ。


「よう、ちび」

「こんにちわ。

 烏さん、と呼んでいいのでしょうか」

「ん?んー、俺か。

 仮にレイヴンとでも言っとくか。

 人間なんかに本名を呼ばれたかないからな」

「あなたは本当に竜なんですね、レイヴン」

「ほんとだって。信じられねぇか?

 まぁ、待ってろよ。

 四、五年たったら、目覚めた俺様の雄姿を見せてやるから」

「竜の姿になって来てくれるんですか?」

「おうよ。

 シルヴァーンの野郎と決着をつけるためにな」

「決着?」

「あいつと以前やりあったのさ。

 このロードリアスをどっちの領土にするかってな」


 ロードリアスをめぐって竜王様と喧嘩?

 ルオーはびっくりする。


「ここはこの大陸の中でもとびきりの猟場だからな。

 ここを縄張りにしたがってる竜は多いぜ」


 他の竜?

 ルオーはますます眼を丸くする。

 そんな子供を面白がって、烏は手が届くほどの所まで降りて来た。


「世界には・・・ほかにも竜が?」

「ああ、もち、いるぜ。皆まだ寝てるがな。

 あと四年で活動期に入る。

 皆そろそろ眠りが浅くなって、辺りのことを調べ始めてる。

 俺も意識を飛ばしてたら、シルヴァーンの野郎がもう起きてるじゃないか。

 あの馬鹿いったい何やってるんだって、偵察に来たわけだ」


 ルオーはどきりとする。


「早く起きてしまっては、いけないのですか?」

「ああ。バランスを崩すからな。

 俺みたいに眠って意識だけ飛ばすならともかく、休息期に起きちまうって事は身体に負担をかけるんだよ。あいつみたいにでかい奴は特にな。

 身体にも、周りにも影響が出る。

 前後一年くらいならましなんだがな」


 ああ、やっぱり竜王様は、僕のために無理をして下さったのだ・・・。


 そんなルオーの気も知らず、烏はクックッと笑った。

「あと数年でおもしろくなるぜぇ。

 俺たちが目覚めると、人間どもはうろたえて巣を壊された蟻みたいに騒ぎ出すんだ。

 お前も他の竜に見つかったら終わりだな。

 今のところ、人間の味方してる竜はシルヴァーンだけだ。

 お前みたいなちびは一口で喰われちまうぜ。

 これからは、世界は俺たちのもんだ」


 烏はピョンピョンと近づいて、ルオーを見下ろした。


「で?お前はどこが違うんだ?」

「どこが・・・?」

「竜王はなんでお前を選んだ?

 何かほかの奴等と違うんだろ?

 何が出来るんだ?教えろよ」

「・・・僕は・・・何も・・・出来ません・・・」

「ケッ!うそつけ!

 なんでそんな奴を竜王が選ぶ!

 なんでお前みたいなちびが、『黄金のハート』とかいう御大層なものなんだよ」


 烏は子供にとって一番残酷な質問をする。

 なぜ、僕みたいなものが『黄金のハート』なのか・・・。


 ルオーは唇を震わせ、うなだれる。

「・・・わかりません・・・

 ・・・たぶん、竜王様は・・・僕が何も出来ないから・・・選んで下さったのだと・・・思います・・・」

 

 烏は笑い出した。

「ケーッ!なーんだ。

『黄金のハート』なんていうから、すげえ特別な人間かと思ったら、ただのペットかよ」

「違います!

『黄金のハート』は・・・特別です!」


「どーこが。なーにが」

 意地悪な烏が問い詰める。

 答えられずにルオーは唇を噛んだ。


「ほーれ、みろ。

 たかが人間のくせに、御大層な名をつけやがって。

 竜王に尻尾を振って甘えるだけの、ただのペットじゃねえか」

「・・・僕は・・・ペットなんかじゃ・・・」

「そーじゃねぇか。

 俺様たちは竜なんだぞ。ちっぽけな人間め。

 んー・・・そう言や、誰か言ってたな、雲雀(ひばり)の巣を踏むなと。

 野原の真ん中の、雲雀の巣を踏むなと言って、大事に守ってた酔狂な竜がいたっけ。

 その雲雀みたいなもんだ、ちび。おまえはな。

 名前だけは立派だが、シルヴァーンの良く慣れたちっこいペットってわけか」


「よほど電撃を喰らいたいようだな」

 後ろから深い声が響いた。


 げっ、と声を上げて、烏が飛び立つ。

 梢に達しないうちに、小さな雷が烏を撃った。

 ギャッと叫んで黒い羽が飛び散った、かのように見えたが、散った羽は空中ですうと消えていく。


「ばかやろうっ!

 活動期前に雷なんか操ったら、ますますバランスが崩れるぞっ!

 覚えてやがれっ!

 俺様が目覚めたら、お前なんかギッタギタのメッタメタに・・・」

「なったのはそっちだろうが」

 陽気に遮る竜王。


「思い出したぞ。

 百年前に身の程知らずにも私に戦いを挑んだ若造だな。お前は。

 たしか黒竜だったか。名も覚えてはおらぬが」

「レイヴンでけっこうだっ!

 人間の前で本名を名乗るほど落ちぶれちゃいねえやっ!」


 竜王の戦闘的な陽気さがうつって、ルオーはわくわくした。

 やっつけられて、竜王様に向かって悪口雑言を吐きながら飛び去る烏が、腹立たしいけれどなんだか痛快だ。




 ・・・でも、烏の姿が見えなくなると、急に不快感がつのって来た。

『竜王のペット』と言われたことが、すごくこたえている。

 虫よりはましかもしれないけれど・・・。


「ルオー」

 竜王が少年を呼ぶ。

 しょんぼりと近づいた少年をそばの石に座らせて、横に片膝をつき、竜王は眼の高さを同じにして少年の顔をのぞきこんだ。

「ルオー、『黄金のハート』とは、いったい何だと思っていた?」


 何を言われたのかと、ルオーはいぶかしむ。

『黄金のハート』は、『黄金のハート』とは・・・。

 凄く偉い、立派な人。

 竜王様にお仕えし、竜と人との懸け橋となる、最高の・・・神官・・・。

 ・・・違う。


 ルオーは考え込んでしまう。


 違う。


 僕が『黄金のハート』なのに。

 りっぱな『黄金のハート』になるために、頑張って来たはずなのに。

 なぜ、説明できないんだろう。


 竜王は俯いてしまった少年にやさしく話しかけた。

「とても簡単な事だ。ルオー。

『黄金のハート』とは、竜を愛する人間。ただ、それだけなのだよ」



 竜王は慎重に言葉を選ぶ。

 心を添えているのだから意味を(たが)えるはずがないのに、この子にはなぜか言葉でもはっきり伝えたいと思い、竜王は心を砕く。


「あの烏の言ったことはある部分は正しい。

 竜と人間とはあまりにも違いすぎる」

 少年を見る竜王の眼は、思い出に(かげ)る。

「あと四年もすれば、私は本来の竜の姿に戻る。見上げるような大きな竜だ。

 意識も、考え方も、人間とは違う。

 そして、竜になった私は、ロードリアスを守る事はしない」

 ルオーは不思議そうに竜王を見た。

「私は、私の縄張りを、私の領土を、竜のやり方で守るのだ。

 縄張りを犯そうとする魔獣たちや、私にとって代わろうとする他の竜たちと、私は戦う。

 ロードリアスは私の縄張りの中にあるので、私に守られている事になるだけだ」


 ロードリアスの守護聖獣の、思いがけない言葉。


「だがそれは、雲雀の巣のある野原で、殴り合いの喧嘩をするようなものだ。

 怒りに我を忘れている間は、雲雀の事など考えもしない。

 踏みつぶすかもしれぬとか、倒れた下敷きにしてしまうとか、そんな事は一切忘れて戦う事に没頭する。

 竜とは、そういうものだ」


 竜王はルオーの頭に手を置いて、深い声で静かに言った。

「だからお前は、雲雀のように高らかに啼いて、私に人間の事を思い出させるのだ。

 竜の本能に支配されている私が、人間を傷つける事がないように。

 私は・・・人間が好きではないから」


 言葉と心で感じる、竜王の深い悲しみ。


「だが、一人の人間が私を愛するなら、私はその一人を守るために、人間たちを守る。

 約束したのだ。はるか昔に。

 その一人を、人間たちは『黄金のハート』と呼ぶ」

 はるか昔に、愛する少女に誓ったのだった。


 ああ、あの時と、同じだ。

 ルオーは思った。

 竜王様を苦しめていた、悪夢。


 考えるより先に身体が動いた。

 痩せた細い腕を竜王の首に回し、抱きついていた。

 小さな胸いっぱいのこの悲しみが、深く同調した竜王のものか、自分のものか、わからなくなる。


 少年を悲しませた竜王のほうがうろたえた。

 小さな手ですがりつき、すすり泣く子供をどうしていいかわからない。

 少年の柔らかな心がささやく。

『大好きな、大好きな、竜王様。どうか泣かないで。悲しまないで』

 泣いているのはお前ではないか。


 どうして、この子は。


 私の憎悪を苦痛と、怒りを悲しみとして受け取ってしまうのか。

 私が人間を憎んでいるとは思わぬのだ。決して。


 どうしたらこの子の涙を止められるのか。

 途方に暮れた竜王は、エラの言葉を思い出した。

 くすくすと笑うやさしい娘。

『簡単ですわ、竜王様。

 抱きしめて、大丈夫って言ってあげればいいんです」


 ああ、そうか。


 竜王の力強い腕が、そっと少年を抱きしめる。

 簡単な事なのだ。これも、また。


「もう泣くな。いい子だ。

 お前が眼を赤くして帰ったら、またエラが心配する」

 ルオーは抱きついたままうなずく。

 竜王は子供の背中を軽く叩くと、抱いたまま家の方へ歩き出した。


 

 ルオーは竜王の首に抱きついたまま、最初に会った時と同じように、竜王の麝香のような匂いをかいでいた。

 金色の雲の中で、深い安堵感に包まれて。

 幸せだった。

 なぜ竜王様が自分を『黄金のハート』に選んでくれたのか、弱くてみっともない自分に手を差し伸べてくれたのか、ルオーはやっとわかったのだった。


 ルオーは、初めから『黄金のハート』だったのだ。


 初めて抱き上げられたあの日、初めて竜王様の顔を見た時から、ルオーは「竜王を愛した人間」だったのだから。












 






 



 

 


 














 





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