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竜王と黄金のハート  作者: 葉月秋子


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      2 聖者エドゥアルド

2 聖者エドゥアルド


 竜王が目覚めた時のために用意された、華麗な謁見の間。

 それを拒否して竜王は、以前と同じ奥庭に面したこぢんまりとした客間を要求する。


 重厚な白亜の本殿とは異なり、色大理石の柱とリズミカルなモザイクで飾られた部屋は、小さな林に見立てて木々を植えた広い奥庭に溶け込むようで、瀟洒で優美な造りだった。

 秋も深まり、彫刻を施した列柱に囲まれた奥庭は紅葉しはじめた枝ぶりのいい木々が美しい影を落としていた。


 謁見を許されたのは『風の1位』と数名の『風』の神官のみ。

 病弱なみっともない皇太子ルオー、という以前の印象が強かったので、竜王と共に現れたルオーが、繊細な顔立ちの美しい子供になったのを知って、人々は驚いた。

 式典を企画する『風の三位』は、もみ手をするほど喜ぶ。

 大神官の白と金の衣装がよく映えることだろう。王子の肖像画をかかせ、『竜王様の奇跡』として病気の子供のお守りとして売り出せば・・・。


『風の一位』が二人に深く身を屈め、話し出す。

「竜王様、お目覚めになられてからすでに一年以上が過ぎております。竜王祭まで、もうあまり時がございません。

 どうか『黄金のハート』に神官としての教育を施すことをお許しください」


「『黄金のハート』は神官ではない」


 竜王の言葉に全員がぎょっとする。

「この子は私に属するもの。

 人間としての教育はさせるが、神官などにはさせぬ。そんな抹香臭いものになられてたまるか」


『まっこうくさい』竜王の隣にちんまりと腰掛けたルオーは、初めて聞く言葉を口の中で繰り返した。

 どういう意味だろう。あとで『水の一位』に聞いてみなければ。


「し、しかし。『黄金のハート』は竜王神殿の最高位の神官にございます。

 儀式のすべてを執り行う・・・」

「その儀式とやらは何のためにある」

『風の一位』は口ごもり、冷汗を流す。


「り、竜王様・・・貴方様の偉業を讃え、お目覚めの時を待つために・・・」

「私はもう目覚めた。最早そんなものはいらぬ」


「は・・・し、しかし・・・そ、それでは・・・竜王神殿の存在自体が失われまする・・・」


「驚いたのはこちらの方だ。

 いつから私を神などに祭り上げてしまったのだ!

 私は人間が嫌いだと、生きようが死のうが興味はないと言ったのに、あのエディの奴め!」

「せ、聖者エドゥアルド様のことでございましょうか?」

「おお、あのチェスだけは得意な因業爺いのことだ」

『風の一位』は喉が詰まったような音をたてた。


「元はといえば、リカルド、あの表六玉が、ロードリアスを纏めたいなどと言い出したからだ。

 戦は面白かったが、奴が早死にしたおかげで、エディは奴の尻拭いに残りの人生を潰してしまうはめになった」

「だ、第三代リカルド豪胆王陛下・・・」

「そうだ。あの飲んべえの大男だ」


 目が回ってきた『風の一位』は、その上に、横でルオーが新しい言葉を覚えようと、「いんごーじじい」「ひょーろくだま」「のんべー」とぶつぶつ繰り返すのを聞いてしまう。

「そのような言葉、覚えなくてもよろしゅうございますっ!」

 悲鳴を上げられて、ルオーは飛び上がった。

 最高位の大神官ルオーに、古式豊かな悪態など覚えてもらってはたまったものではない。


 竜王が豪快に笑う。


 だが、すぐに真顔になって言った。

「私は竜だ。神などではない。

 ロードリアスと領土を重ね合わせている一人の竜にすぎぬ。

 それを忘れぬことだ」



 竜王は呻いた。

(なぜだ、エディ。なぜ、こんな事を。

 なぜロードリアスの人間たちに、私が獣であることを忘れさせようとした?)


 百年寝ている間に、ここまで真実がねじ曲がり、竜王を神と崇める宗教と厳しい身分制度が出来てしまったのは、偶然ではあるまい。


 彼、エディ、百年前の『黄金のハート』が意図的にやったとしか思えない。

(私が人間共の神だと?冗談もいい加減にしろ!)



 冗談ではなかった。


 エドゥアルドはその最晩年に、ロードリアスの貴族たちの政権闘争に巻き込まれたのだ。


 シルヴァーンが休息期の眠りについて、既に二十数年。

 竜王の記憶は薄れ、富と権力を求めて争う人間たちの間で、八十を超えた老人は、外戚共が権力を握る宮廷でリカルドの幼い曽孫二人を暗殺者の手から守らねばならなかったのだ。


 老い先短い身で竜の血をひく二人の将来を案じたエディは、竜王を祭る神殿と『黄金のハート』である自分を頂点とする世襲制の神官制度を作り上げ、ロードリアス王家の血を守ったのだった。


『竜王が目覚めて怒り狂おうが、わしはもうこの世にいないのだから知ったこっちゃないわい』

 竜王と戦士リカルドと共に、ロードリアスの基礎を作り上げた老人は、眠りについたシルヴァーンへの遺書をしたためながら(うそぶ)いた。

『あいつ、たまげるだろうな』が、臨終の言葉だったが、無論、正史に載ることはなかった。


 しかし、魔獣と戦う竜王の雄姿を口伝えるロードリアスの民衆を統治するのに、これほど都合のいい制度は無かった。

 エディの死後、その思惑以上に竜王神殿は施政者の望む方向へ膨れ上がっていった。


 さらに数十年がたつ。


 神殿は富み栄え、竜王の目覚めを待つという本来の務めを忘れるほど、華麗な式典と厳格な身分制度の塊となり果ててしまったのだった。

 そしてエドゥアルドが書き残した竜王への遺書、事の次第を説明し、人間の行動に疎い竜王のために、目覚めた後の行動を指示し、竜王神殿とのかかわり方を教えるはずだった手紙は、聖者の遺物として神殿の奥深くしまい込まれ、その存在を忘れられてしまう事となった。


 神などに祭り上げられて腹を立てた竜王と、何もわからぬ幼い子供を、欲望に満ちた人間の群れの中に投げ出したままで。


 届かなかった手紙。

 竜王の人型としての早すぎる目覚め。

『黄金のハート』が皇太子の地位にあった、育たぬはずの子供だった事。

 百年の平和に奢った人間たち。


 エドゥアルドの目論見は、大きく軌道を外れていく。




 

 







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