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新子八雲がテレビに姿を現したのはその夜のことだった。
初めて見る本物の新子八雲の姿は俺の知っている新子さんそのものであったが、その表情は今までに見たことのないほど晴れやかで、一人の人間味に溢れる人間に見えた。
それはいわゆる緊急会見というやつだったが慌てる記者陣営とは裏腹に彼は堂々とそれを発表した。
『私は小説家を引退します。これからは漫画家になるために一から精進してまいりますのでこれからも応援よろしくお願いいたします!』
たった数分の記者会見だったが瞬く間に情報は広まっていった。
彼は一切、その結論に至った経緯や理由を話さなかった。俺との電話の会話で自分を見つめなおした――それはただの俺の勝手な想像だがもし、本当にそうなのだとしたら光栄だと素直に思う。しかし、そうでなくとも、俺は彼を心から尊敬する。彼は才能や立ちはだかる高い壁、自分の望みと正面から笑顔で向き合ったのだ。それは決して簡単にできるようなことではないだろう。想像を絶するような葛藤や現実が彼を襲ったに違いない。白河さんだってそうだったはずだ。俺自身がそれと向き合えるのかと考えると、まるで終わりのない暗闇をさまようようで怖くなる。それはみんな同じはずなのに、全員がそれと向き合っているわけじゃないのに、それでもなお、彼ら彼女らは向き合おうとする。
彼が本当に一人の漫画家としてデビューしたのかどうか、未来は誰も分からない、俺だって分かるはずもないので、今は何とも言えない。しかし、もし、彼がデビューしたら誰よりも早く、彼の作品を読んでみたいと思うのだった。




