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「たのもう!」
俺は勢いよくその扉を開けた。扉の中央の曇りガラスには大きく赤の絵の具で「美術部!」と汚い字で描かれており、その下には「夜呂死苦!」やら「〇〇殺す!」やら「先公上等!」などといった文言が古風かつ頭が悪そうに書かれている。これは一種のこの大陽高等学校の歴史のようなものであり、かつてこの学校は今のような進学校などではなく、「名前を書けて、足し算と引き算ができれば合格できる」とまで言われた不良のたまり場のような場所であったという。おそらく、俺のような存在は入学して一日でカツアゲからの財布扱い、見るも無残なサンドバック扱い、最悪の場合は不登校になったこと間違いなしである。郷に入っては郷に従えとよく言うがそんなことができるのは器用な立ち回りのできる人だけで、それができていれば俺にはもう少し多くの友達ができていただろう。そうでなくとも、この夏季休暇に補習になるような馬鹿な真似はしなかったはずである。
ちなみにこの進学校にはおよそ似合わない落書きが今もなお消されずに残っているのは学校の意向らしく、どうやら学校はこの落書きを「我が校の歴史を忘れないための戒め」としているきらいがあった。
我が校の美術部は昔こそ不良に輪をかけたような悪の巣窟となっていたらしいが、現在はそれとある意味真逆の存在、あまり学校に馴染めずにいる人たちが集まる傾向にあった。そのためか、どうもこの美術部の部員にはそれぞれのクラスの図書委員を担っている者が多い。もちろん、それは俺のことでもある。
「たのもう!」と道場破りの如く意気揚々と入っていったわりに、後輩の反応はそっけないものであった。「うぃーっす」といった適当な挨拶をしてくる者もいれば、「こ、こんにににちははは」といった明らかなしどろもどろに陥っている者もいる。しかし、それは大概、俺のことを知っている現在の二年生の奴らである。その他の、顔も知らぬ一年の奴らはひそひそと「あの人誰?」「そんなこと、僕が知るわけないだろう」「たのもうだってさ」「変わった人なんだよ、きっと」といった言葉を交わしあっている。それもそのはず、俺は二年の途中から一度もこの美術部に顔を出していないいわゆる幽霊部員というやつだった。来るはずのない部員どころか、もはや招かれざる部員といっても過言ではないかもしれない。
普通ならば、もうとっくの昔に三年は部活を引退している時期である。それでも、「後輩の様子が見たくて来た」といった後輩思いの先輩が来たとあっては後輩一同、尊敬の念と嬉しさで心躍ることもあるかもしれない。しかし、何度も言うように俺は幽霊部員である。つまり、わずかにでも俺のことを知っている人ならばともかく、一年にとってはただ単に「勝手に自分たちの領域に踏み込んできた不審者」という扱いを受けても文句の言えない存在なのだ。それなのに「たのもう!」などと自らの存在を鼓舞したのかということであるが、それはひとえにこの空間に入るのが気恥ずかしかったからである。じゃあ入らなければいいじゃない、という話であるが、そういうわけにもいかなかったのである。羞恥心にこの身が焼かれようとも、俺にはやらなくてはいけないことがあった。そう、全ては白河ゆなの進路調査を見るのに必要なことなのだ。
「どうされたんですか先輩?」
一人の男子生徒が話しかけてきた。彼は俺と目が合うと「お久しぶりです」と頭を下げた。
どうもこうも、俺はこの男に会うためにここに足を運んだのだ――というといささか気持ちの悪い表現に思えてしまうが実際、そうなのであるのだから仕方ない。
一年の男子生徒のひとりが「田辺部長のお知り合いですか?」と問う。すると彼は気を使ってくれたのか「ああそうか。会ったことないかもしれないがこの人は美術部の三年の先輩だよ。受験のためか三年になってからは顔を出してくださらなかったんだ」と答えた。できた後輩をもって俺は幸せ者である。彼がまさか部長になっているとはもちろん、知らなかった。しかし、最も本来の存在意義である作品の制作に情熱を注いでいたのはまぎれもなく彼であったので納得であった。
「一年、結構入ったんだな」
「ええ……おかげさまで」
俺の知っている一日に二人来たらまだ良い方の弱小美術部はもはやそこには存在していなかった。田辺のカリスマ性や美術作品に対する情熱によって本来、あるべき美術部の姿に昇華したらしい。それは素直に喜ばしいことであるように思えた。
ふと、自分が美術部で活動しているときのことを思い出した。俺は美術部の中でもトップクラスに画力がないことに定評があった。それでもかなりマシになった方で、ここに入部するまでの俺の画力は園児が描く頭足人といい勝負であったと思う。いや、むしろ、豊かな好奇心やアニミズムがあるだけ園児の方がまだ味のある絵を描くに違いなかっただろう。
俺が好きだったのは油絵だった。まともなデッサン技術もない奴が何を言っているんだという話であるが――それでも俺はその重厚感のある絵が好きであった。ちなみに、田辺も油絵が好きで、おもにこの部ではそれを専門としていた。それは彼が一年の頃の話であるがこの身体に染み付いた油絵独特の香りは今もそれが好きだと語っている。使用する油の匂いは染み付きやすく、しかもなかなか落ちないというのはもはや多くの画家が諦めている周知の事実である。匂いは口よりも物言いであると俺は主張したい。
ふと、不思議に思う。
俺は彼女を、白河さんのことを思い出していた。
匂い、すなわち嗅覚という感覚と記憶は密接な関係にある。なんと、匂いの記憶は目で見る記憶よりも鮮明であるらしい。だから、ここで彼女を思い出すのはある意味、生理的にも当然のことだといえる。なぜか。
それはもちろん――田辺に染み付いた油絵の香り、およそ体臭とは考えられない匂いと白河さんの匂いがまったくもって同じであったからである。
しばらく呆然としていたが閑話休題。俺は口を開く。
「おまえに頼みがあるんだ」
「嫌です」
彼はぴしゃりと言った。あまりの即答にそうか、それなら仕方ない、と帰ってしまいそうになる程である。無論、そんなことでは俺も引き下がらない。俺にだって俺なりの矜持というものがある。でないと長い期間、顔を出していなかった部活に顔を出すものか。今だってやたら多くの視線を感じて恥ずかしいのだから。
「すみませんが先輩。先輩と分かって言わせてもらいますけど、急に部に来なくなってしまったと思えば今度は急に顔を出して開口一番『頼みがある』っていささか虫がよくないですか?」
「…………」
それを言われると何も言い返せない。図星である。彼の言うとおりである。
そんなことは分かっていた。さすがの俺もそこまで馬鹿ではない。しかし、たとえばお詫びのしるしに菓子折りを持ってきたとしても俺の当時の立場上、許されるとはとてもじゃないが思えなかった。
押し黙る俺を見て、田辺は嘆息する。
「どうして、急に来なくなったんですか?」
「…………」
「どれだけ二年のみんなが、たった一人の三年がいなくなって苦労したか知っていますか?」
知らない。俺は何も知らない――しかし、彼の口ぶりからしてそれを想像するのは容易なことであるように感じた。だが、それも違うのだろう。それはただの俺の勝手な想像でしかないのだから。
「ただでさえ存続の厳しい部であったことは先輩も重々承知だったはず。退部はしていませんでしたからなんとかなりましたけど責任不足で一時、廃部の危機にまで陥りました! その時、せめて僕たちが頑張ろうと奮闘したことを先輩はご存知ですか!」
普段、おおらかな性格である田辺がわずかに声を荒げるので二年も一年も皆、下を向いてしまった。
彼が怒っているところを見るのは初めてのことだった。彼自身、怒り慣れているというわけでもないのだろう。まったく凄みといったものはなかったし、大声も出した経験がないのか声もかすれていた。目を見るとうっすらと涙目にもなっていた。知らない人からするとその姿は無様で情けないものに映るかもしれない。しかし、俺やこの美術部の面々には分かる。その想いが本物であることは痛々しいほどに理解できた。
俺は何度も言うように絵が下手だった。しかも下手なりの吸収力すらない、そもそものセンスがまったくないというものであった。だから、正直に言ってしまうと辛かったのだ。俺は焦っていた。二年になって新しい部員が入ってくるが皆、俺よりも上手かったり、もしくはすぐに、俺なんかが指摘するのは申し訳ないと思えるほどにメキメキと上達していった。今もそうだ。チラと一年の描いている作品を見ても分かる。きっと彼らは俺なんかよりもよっぽど上手い。二年もまるで当然のことのようにあれからさらに上達している。あの絵が描けるようになるまでに俺は何年の月日を費やさなくてはいけないだろうか。きっと、一年なんかでは追いつけない。
断言できる。俺には才能がこれっぽっちもない。
俺は才能から逃げ出したのだ。彼らを直視できなくなっていったのだ。俺は才能に負けたのだ。
しかし、それを理由にすることはできない。そんなこと、許されるはずがない。そんなおこがましいことができる立場にあるわけがない。
後輩をここまで必死にさせる先輩にそんな資格などあるはずがないのだ。
「本当に悪かった……」
「っ! だから……!」
「すまん!」
頭を下げる。ひたすら下げる。そのままひざを曲げる。許されるためなら、いや、許されなくとも相手の気がそれで済むなら土下座も辞さない覚悟だ。俺は彼らにとってそれだけ向き合っても許されないことをしでかしたのだから。そんなことは百も承知である。それでも、阿呆な俺は引けないのだ。
「お願いします! 俺の頼みを聞いてください!」




