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 葉渡唯音からラインを通じてメッセージが届いたのは午後八時くらいのことだった。しかし、本を読んでいた俺はすぐには気づかず、結局それを見る頃には午後十時をまわってからであった。


――お忙しいところ、すみません


 そんな文面だった。メッセージはそこで止まっていた。忙しいのだと、そう判断してのことなのか――それは知る由のないことであるがまるで無視を決め込んでしまったようで妙な罪悪感を抱いてしまう。


――遅くなって悪い。どうした?


 そんなメッセージを送ってみる。すると既読マークが俺の想像をはるかに超える速度で早く付いた。リアルタイムでメッセージの確認を行っている証拠だ。二時間以上、既読をしていなかった俺からすると、なぜだか少し怖くも感じてしまった。

 彼女の次のメッセージはややあってから届いた。


――今週の週末、空いていますか? 少し、話したいことがありまして


 残念ながら、その日は補習であった。しかし、何を思ったのか――いや、原因は分かっている。先程まで読んでいた小説がいわゆる恋愛もので、似たような場面があったのだ。だから、そのかっこいい主人公に影響されてこんなメッセージを送ってしまったのだ。


――なんだかその言い方だとデートの誘いみたいだな


 やってしまった、そう思ったのは送って少し時間が経ってからであった。なぜなら、既読は付くもののそこからの返事がなかったからである。

 すぐに謝罪と、週末は補習があるといった旨のメッセージを送ろうとしたときだった。


――はい、デートのお誘いです


 頭が混乱する。状況が分からない。

 葉渡が、俺を、デートに、誘う。わざわざ、返事が、かえってくるまで、待機して。

 これは、つまり、どういうことだ。


――あの、やっぱりダメでしょうか?


 彼女が不安そうにそんなメッセージを送ってくる。答えは決まっていた。俺には人生を左右しかねない補習というものがある。少しずつ点数が上がってきたとはいえ、油断をしてはいけない時期なのはあきらかだろう。むしろ、ここが踏ん張り時といっても過言ではない。だから、返事はもちろん、決まっていた。

――どこに集合する?

 人をデートに誘うなんてよほどの勇気がないとできないことだろう。メッセージを送るまでのあの間にはきっと、俺の想像をはるかに超えるほどの葛藤が繰り広げられていたに違いない。そんな人の勇気をないがしろにすることなど、俺にはできない。断じて、下心のような失礼な気持ちは抱いてはいない。そう、これは対話なのだ。彼女の気持ちを全力で受けとめる、心と心の対話なのだ。


――ありがとうございます! そうですね、隣町の今月オープンしたばかりのカフェとかどうですか?


 もちろん、知っていた。一生、俺には縁のないものだと思っていた場所だ。オシャレなカフェに一人で入るのに精神的苦痛を抱いてしまうのは俺だけではないはずだ。


――了解


 ついに、というべきか。人生に二度あるといわれるモテ期的な何かがきたのかもしれない。

 俺はふいに自分の頬をつねってみる。

 痛い。

 夢じゃない!

 そうして荒ぶる心を抑えつつ、いや、抑えられなくて俺は自分のベッドに寝転んだ。しかし、淡い期待と共に何かがよぎる。それはいうまでもなく俺に告白してくれた彼女のことであった。この行為は彼女にとって、彼女の恋心を冒涜することに他ならないのではないか。

 何をやってるんだ。

 そんな心の声がはっきりと聞こえた気がした。

 俺ができることは何なのだろうか。俺に愛乃の恋心をないがしろにする権利はない。しかし、それは葉渡の恋心も同じである。ゆえに、俺ができることはただ一つ、全て受け止めてあげることだろう。

 そうだ、それしかない。

 俺はゆっくりと目を閉じた。夢の世界に突入するまでに時間はかからなかった。

 その夜見た夢はおおかた忘れてしまった。しかし、これまで生きてきて一番と言ってもいいほどに甘美な夢であったことは覚えている。それこそ「男の夢」というやつだ。





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