世界征服より食事処がいい
ちょっと思いつきで書いたものです
「いらっしゃい」
「鯖味噌のご飯多めお願い」
「わっかりました!鯖味噌1つ!」
「レバニラ炒め1つ」
「はい、レバニラ1つですね。レバニラ1つ!」
「お茶のおかわりお願いね」
「はい、すぐ持ってきます」
「すみませんお会計を…」
「はい、少し待ってください。レイナ、会計頼む!」
「分かりました魔おu…カナタさま!」
「魔王s…、カナタさま、鯖味噌とレバニラが出来ました!」
「了解、今から行く」
11時50分。それは食事処にとっての一番の稼ぎどきであり戦場である。昼間になれば腹を空かせた会社員達やショッピング帰りの人達がわんさか来てただでさえ狭い店がもっと狭く感じられるほどだ。それに俺たちの食事処「暗黒点」には俺を含め店員が三人しかいない為、昼間は大変なことになる。それに。
「魔王s…、カナタさま、焼肉定食出来ました」
「魔王さm…、カナタさま、こちらの方が鯖味噌を…」
「……」
昼間の客ラッシュの中、俺はちょっとムカついた。客の注文とか仕事が多すぎているのもあったが、それより俺がムカついたいるのはこいつらの俺への呼び方である。
(こいつら、アレだけ言ってんのにまだ間違えるか!!)
正直マジでキレそうになるほどだった。
「魔王s…、カナタさま、レバニラのニラがないのですがどうすれば!」
「魔王さm…、カナタさま、助けてください!」
「魔王s…、カナタさま!」
「魔王さま!」
なんでこいつらは俺を「魔王s…」とか、「魔王さm…」とか言いかけるのか。それはちょっと前の話になる。
魔王ゼアル、その名を聞いたものは恐怖で震え上がり、少し歩くだけで生きとし生きるものは死に絶え、その力は全てを無に還すほどだ。
そう、俺、茅場カナタこそがそれである。
そんな俺はある日考えた。
『なんかつまらない。暇だ』
なぜこんなことを言うのかは簡単だ。
つまりは全てが完了してしまったのだ。そう思う1週間前には世界征服が完了し、2日後に勇者が現れけちょんけちょんにしてやった。だからやることがなくてつまらなかったのだ。
そんなとき、俺は何気なく水晶で異世界を観ていた。その時、俺はあるものに目が止まった。それは自分の城よりもはるかに小さくボロい家だった。その玄関には食事処と書いてある布が掛かっていた。それに少し興味を持った俺はさっそく行ってみることにした。
そして俺はなんの気なしに「鯖味噌定食」を頼んだ。5分後、初老の女が鯖味噌定食を運んできた。それは湯気が立っておりとても美味そうな匂いがしていた。こんなの城にはなかったな。
そして匂いもさることながら味も格別だった。食事処というところはこんなに美味いものを作るのか、そう俺は思った。多分それがきっかけになったのだろう。
それからの俺はあの味が忘れられなかった。
その2日後、おれは決意した。
『魔王やめて食事処をしよう』
そして俺は二人の部下を連れ異世界へと渡った。
その後色々あったのだが、それはまた別の話。
そして現在。
まだここに来て1年だと言うのに俺の店は繁盛した。これもひとえに都心に店を構えたおかげだ。
時刻は15時10分。会社員達はもうほとんど会社で仕事に勤しみ、ショッピング帰りの人達は全員家に帰って行った。つまり今俺たちの店には客はいない。
「よし、お前ら集まれ」
『はい魔王さま』
「お前らそれいい加減やめろつってんだろ!!」
「あ、申し訳ありません!」
「しかし我々からすれば魔王さまは魔王さま。魔王さまを魔王さまと言って何が悪いのですか」
「いや悪いからな、むちゃくちゃ!おかしいだろそんなの、客にいい歳こいて厨二病かとか思われるだろう!」
「そうでしょうか?」
「そうだろうがッ!」
本当にこいつらは。俺はこいつらに呆れてしまう。どんだけ言っても俺を魔王さまと言うので何度も俺が注意しているのだが全く改善されていない。だからあいつらが俺を呼ぶときずっと「魔王さm…」とか「魔王s…」と言いかけるのだ。
「まあ、それはまたきっちり言うとして。今日はどんな感じだ、レイナ」
「はい、今日はいつもよりレバニラをたくさん注文する人間がたくさんいました!」
そう元気に発言するのは茅場レイナ。この店のウェイター兼会計係でポーニーテールのよく似合う小柄なやつだ。
「そうか。カイの方は?」
「はい、レイナの言ったように今日はレバニラ炒めがよく注文されました。そのためもうニラの在庫がありません」
そう言うのは茅場カイ。この店の料理担当で、赤っぽい髪に中肉中背のいかにも普通のやつだ。
「そうか。じゃあまずは今足りてない材料を買ってこなきゃな」
「では私が」
「オッケー、じゃカイ頼むぞ」
「はい分かりました」
「魔王さま、じゃなかった。カナタさま、私は何をすれば」
「レイナは俺と一緒にテーブルを拭くぞ」
「いえ、魔王さ、カナタさま」
「なんだ?まさか嫌だと」
「いえそうではなく。それではカナタさまのお手が汚くなってしまうではありませんか!なのでここは私一人で」
「いやあんま時間ねえだろうから、一人でやってたら間に合わねえだろ」
「そ、そうでしょうか」
「そうだよ。ほれ、急いでやるぞ」
「は、はい」
そして俺たちがテーブル拭きをしようとしたところで。
「すいません。やってます?」
客がやってきた。やばい、まだカイが帰って来てないのに。多分あの調子だとしばらくは帰って来ないだろうな。
「はい、やってますよ」
「そうですか。じゃあ鯖焼き定食頂けますか」
「はい分かりました、少々お待ちを」
しゃあねえから、俺が作るか。幸い鯖焼き定食なら俺でも作れるし、なんとかなるだろ。
そして俺はせくせくと準備をするのだった。
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