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八章『帝国の歴史』

 二階の廊下の突き当たり、先程まで歩いていた大通り側に面した角部屋に入った凌介は、背負っていた木籠を部屋の隅に下ろす。


「疲れたー」

「ふふ、お疲れ様。手伝ってくれてありがとうね」


 労いの言葉を掛けるアイラは、部屋の壁に沿わせ、それぞれ両端に置かれたベッドへと腰掛ける。

 凌介も間に置かれた円状の机を挟み、反対側のベッドへと座る。

 部屋としては然程広くないが、ベッドと机、二脚の椅子だけしか置かれていないため、随分と開放的だった。


「ここなら大丈夫かな」


 そう言うや否や、アイラは自身に生えた『耳と尻尾』を引っ込める。

 髪の隙間から見える人の耳に、変身魔法を解いたのだと分かる。

 凌介もフードを外し、外套を脱ぐ。


「夕ご飯はどうしようか? この宿でも一階に食堂があるみたいだけど……外に行く?」

「あー、さっきのパンで結構お腹が膨れてるんだよな。もう少し時間置いちゃ駄目かな」


 あの硬パンを食べたせいで、口の中には小麦の味が未だに残っている。


「じゃあ、もう少ししたらまた考えよっか」

「それで……そろそろ聞かせて欲しいんだ。この世界のことについて」


 外では話せない、とアイラに話を保留されていた分、凌介の中では訊ねたいことが山積みになっている。


「そうだね。ちゃんと話しておかなきゃだもんね。何から話そうか?」


 そう言ってベッドに座り直すアイラ。


「まず、ここはどこなんだ? 何で亜人だらけで人がこそこそと隠れてる?」

「ここはヴァルカシア帝国、帝都メルビア。東にアルギリア公国、南にジャクルヘルナ王国が位置する大帝国の中。二つ目の質問は順を追って話した方が分かりやすいかな」


 どうやらヴァルカシア帝国の北と東は海に覆われ、その果ては永遠に続く崖と考えられているらしい。球体の地球を知る凌介にとって歴史で習う大昔の考えだが、この異世界ではそれが事実とされているらしい。

 陸の隅に位置する帝国だが、隣国のアルギリア公国とは国交が堅く、非常に良い友好関係にある。

 対して南のジャクルヘルナ王国は帝国程の国力を持たないものの、帝国内の厄災を好機と見るや度々攻め込んでくる。目的は帝国領土内に埋まる地下資源__魔石だと言われている。

 しかし、軍事力で圧倒的に勝る帝国にとって、王国との戦いは定例行事として熟される程度のものとなっていた。

 __三十六年前までは……


「三十六年前まで?」

「そう……リョースケ、理不尽な話になるかもしれないけど……最後まで聞いてね」

「何を心配してるかは分からないけど、アイラの話に耳を塞ぐつもりはないよ」

「……三十六年前、帝国内で内戦が起こったの。今まで平和に共生してきた人族と亜人族、それぞれが殺し合う戦争が。そして、この内戦の原因となったのが__」


 『黒髪黒瞳の人族』__つまりはニ系の人族だった。


「今まで文献にも一切存在しなかった人種が人族を率い、亜人族へと攻撃した。当然、亜人族側も反撃したんだけど、ニ系の人族が使う魔法__今では『黒魔法』と呼ばれる謎の力で圧倒したの」


 それから、内戦はたった一ヶ月半でニ系率いる人族の圧勝で終わった。

 この内戦で亜人側は多くの犠牲を出し、彼らの権限は人族によって奪い取られた。

 画して、帝都は人族中心の帝国となり、その実権を握ったのもまたニ系の人族だった。


「帝国内の亜人族は皆、人族の奴隷になっていたらしいよ」


 アイラの物言いが伝聞なのは、彼女自身まだ凌介と同い年の十七歳であり、実際にその光景を見た訳ではないからだ。


「でもよ、その史実が本当なら、どうして今の帝都はこんな現状なんだ? 全くもって立場が逆じゃんか」

「それは今から十四年前。私がちょうど三歳の時に起こった革命運動が原因」


 二十二年もの間、人族が統治してきた帝国だが、虐げられてきた亜人族が何もしなかった訳がない。

 憎しみは募り、怒りが亜人達を駆り立てた。

 それが十四年前のとある日、革命が起こった。

 帝都に集った亜人達によって皇宮を支配していた人族が一夜にして惨殺された。

 当時、皇帝に座していた人族も帝都中央の大広間で斬首され、帝都は亜人に占拠された。


「各地に配属されていた帝国軍も挙兵しようとしたんだけど、軍の兵士の大多数は亜人族が担っていたの。だから、帝都占領の一報を聞いた亜人達が……」


 前線の危険な役回りを亜人族に任せていた分、軍の指揮をしていた人族の数は比べるまでもなかった。

 こうして人族中心の帝国は二十二年で終わりを告げ、今度は亜人中心の帝国が出来上がった、と言うことだ。


「ざっくりと説明すればこんな感じ。こんな歴史もあって、人族は亜人にとって忌むべき存在になっているの。特にニ系の人族に至っては『黒豚』『悪魔の子』なんて呼ばれてる」

「だから俺の黒髪や黒瞳を見た亜人があんなに怯えたり、殺そうとしてきた訳か?」

「亜人族だけじゃないよ。多分、人族もリョースケの素顔を見たら同じことになると思う。人族の中でも、この現状がニ系人族のせいだって言う人も少なくないから」


 だからこそ、アイラはあの排水路で凌介の顔を見られることをあんなにも危険視した訳だ。


「特徴が似てるだけで殺されそうになるとか、随分と迷惑な話だよ」


 この異世界は凌介が生きるには厳し過ぎる環境だった。


「これがラノベならあり得ない設定ミスだぞ……」

「リョースケ、何か言っ__」


 唐突にアイラの言葉が途絶える。

 首を傾げる凌介は彼女が向ける視線の先へと向くが、


「ぁ__」


 思わず口を開いたまま固まる。

 視線の先は部屋の『開かれた』ドア。ドアノブを握ったまま、こちらを見て立ち尽くす店員の鼠男だった。

 凌介もアイラも、そして鼠男も。三人は固まったまま動かない。

 そして気付く。

 外套を脱いだ凌介の顔を隠すものがないことに。アイラが変身魔法を解いて人の姿であることに。

 __素顔を見られた。

 __人であることを知られた。


「ライ・ソウク」


 直後、一番最初に我を取り戻したアイラがベッドから立ち上がると同時に呟く。

 柔らかな魔法の光を纏ったアイラは数メートルの距離を疾走し、固まったままの鼠男を部屋に引っ張りドアを閉める。


「っちょ、アイラ!」


 次に我を取り戻した凌介が見た光景は鼠男を床に捩じ伏せ、動きを封じるアイラの姿だった。

 しかし、彼女の顔には困惑の色が滲み出ている。


「ど、どうしようリョースケ。咄嗟で、私……これどうすれば……」

「落ち着け、アイラ。とにかく騒がれないよう猿轡すべきか?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいお客様ァ!? 何かするつもりはございませン。わ、私の話を聞いてくださイ!」


 木籠から包帯を取り出した凌介だが、鼠男の言葉で動きを止める。

 必死に訴えかける鼠男は対話の意思を訴えかけてくる。


「アイラ、放しちゃ駄目だ。話しがあるならそのまま話せ。叫んだりしたら……」


 飽くまでこちらが優位であることを示し、変な気は起こさないよう脅す。

 コクコクと首を必死に縦へと振る鼠男。


「私は食事のご案内をするため、この部屋ニ……私としてはお二人のことを通報したり、口外するつもりもございませン」

「口では何とでも言えるだろ! お前が誰にも言わない保証はない」

「この宿はお尋ね者も利用する場所でス! 従業員全員がそう教えられているのでス!」

「リョ、リョースケ……この人もこう言ってるし……」

「アイラ、まだ押さえてて」


 罪悪感を覚え始めたアイラの表情は今にも泣きそうだ。

 咄嗟の判断とは言え、心優しい彼女にとっては辛いのだろう。凌介だってアイラにこんなことをさせたくはない。

 しかし、彼は鼠男の解放を許さなかった。

 問題は凌介の顔を見られたことだけではない。

 アイラの顔を知られたことだ。凌介だけならまだしも、彼女は今まで人族であることがバレていなかった分、薬の配達のために変身魔法で外へ出ることが出来た。

 彼女の変身魔法は飽くまで下級魔法。猫の耳や尻尾を生やすことは出来ても、顔を変えることは出来ない。

 アイラには迷惑を掛けられない。


 __どうする? どうする!?

 今、頭に思い浮かぶ選択肢は『口封じに殺す』と『信じて解放する』だ。

 断然、前者が有力だが……この鼠男を手に掛けられるか?

 否、そんなことが平和育ちの凌介に出来る訳がない。


「アイラ、記憶消す魔法とか使えないか?」

「私は陽の魔法しか使えないよ……記憶消去は陰系統だし、かなり高位な魔法だよ。上位の陰魔法を使える人じゃないと」

「陰の高位魔法師って……あ? いるじゃん!」

「へっ?」


 アイラはポカンと口を開けたまま、凌介を見る。


「いるよ、いる! 陰の魔法が使える高位魔法師!」


 凌介の嬉しそうな声に少女と鼠の亜人は固まる。

 そんな二人を置き去りに、凌介は一人で夢中に算段を立てる。

 だからこそ、夜闇が広がる窓の外。そこに響く微かな音色に彼は気付いていなかった。


陰の高位魔法師の正体、そのヒントは七章にあるので、気になる人は読み直してみてください。

次回、凌介死す。お楽しみに。


順次更新して行くので、今後とも宜しくお願いします。

感想等も書いて頂けたら嬉しいです。

twitterで更新の連絡もしてます。 @aonokitsune

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