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第一章 7


     *


「樹と葉月ちゃんが、ねぇ」

「・・・・・・なんだよ」

 樹の机の上で英語の宿題を写しながらトクがつぶやいた。樹が登校したときにはすでに千春が昨日の放課後の出来事をトクと理奈に話した後だった。

「いっくんと日和ちゃんが、ねぇ」

「いっくんとひーちゃんが、ねぇ?」

 理奈と千春も意味深につぶやく。

「りっちゃんはひーちゃんのこと知らないの?」

「私は・・・・・・いっくんとは小学校からだから、その前じゃないかな?」

「ふーん」

 千春が意味ありげな視線を投げてくる。

「俺に言われても」

「いやいや、お前に言わないで誰に言うっていうんだよ。まさか樹にあんな美人の幼なじみがいたとはねぇ。そしてすでに十何年とかの空白を埋めているとはねぇ」

「そんなんじゃないし、覚えていないものは覚えていない。あいつらに囲まれて困ってたから丁度良く出しに使われただけだって」

「そうは見えなかったけどなぁー? だって結局一緒に帰ったんでしょ?」

 千春が樹の机の横にしゃがんで、英語の宿題を写す手を止めて見上げてくる。千春は頭はあまり良くないが、たまにやけに勘が鋭いところがあるから樹は内心何かを見透かされてはないかとひやひやしていた。

「・・・・・・仕方ないだろ、ああいう状況だったんだから」

「でもちーちゃんとは一緒に帰ってくれなかったくせに・・・・・・」

 千春の視線が恨みがましいものに変わる。半眼でじとっと睨みつけてくる。

「まぁまぁ、ちーちゃん落ち着いて。でもほら、昨日の放課後もああだったんでしょ?」

 理奈が助け船を出し、教室の前方に視線を向ける。樹たちもその方向を見ると、今日は今日で朝から葉月がクラスメイトに囲まれていた。

「まぁわかるけどね。高校にもなると転入生ってあんまりいないし、日和ちゃんかわいいから」

「でもさー! いっくん今日もひーちゃんと帰るの? ちーちゃんやりっちゃんとはあんまり一緒に帰ったことないのに」

「俺とだってあんまり一緒に帰ってくれないのに!」

「お前らはほぼ毎日部活で遅いじゃねぇか! 特にトクは!」

「そうでした」

 金切り声で抗議するトクに間髪入れず答える。それと同時に朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。葉月を囲む女子の軍団の耳にその音は届いていないらしく、騒がしい声がまだ聞こえていた。

 樹の返答にまだ納得のいっていないらしい千春がぶーたれたままさらに何かを言おうとした時だった。

「ちょっといい加減にしなさいよ!」

 教室中に怒鳴り声が響きわたった。思わずクラスメイト全員が押し黙る。全員の視線が一点に集中していた。

「やべー、佐山がキレた」

 トクが肩をすくめて小声で樹たちだけに分かるように茶化す。

 今クラス全員の視線の先にいるのは風紀委員の佐山さんだ。きっとそんなにこだわっていないであろうメタルフレームの眼鏡をかけ、髪を二つに結んでいる。多分何も知らない人が見てもすごく真面目な子なんだろうなという印象を抱くだろう。

 うちの学校はクラスのまとめ役である学級委員とは別に風紀委員という学校の規律に関する委員会がある。主な仕事は文化祭での生徒への注意喚起や見回りであり、実際のところは見回りと称して普通に文化祭を楽しんでいるだけなので、いわゆる楽な委員会の筆頭であるのだが、佐山さんに関してはそうではない。しかしそれなりに人望がないため学級委員にはなれずにいるらしい。

「時計を見なさい! 葉月さんだって困っているでしょう!」

 すっかり黙りこくった女子軍団に向かってつかつかと歩み寄ると葉月を取り囲んでいた人垣が左右に割れた。お前はモーゼか。

 佐山さんは葉月の前まで詰め寄るとさっと振り返り周りの女子を視線で一喝する。有無を言わせない威圧感に、全員そそくさと自分の席に戻っていった。

「あ、ありがとう」

 さすがの葉月もその様子に驚いたらしく、かなり控えめに佐山さんにお礼を告げ、その肩に一瞬触れたーーが、それと同時に佐山さんはさっと体を翻すと葉月にぴしゃりとつぶやいた。

「あなたも早く席に戻りなさい」

 佐山さんはそれ以上何も言わずに自分の席へと帰って行った。行き場を無くした手のひらをひらひらと所在なげに下ろした葉月も、樹の隣の席へとようやく戻っていった。明らかにきょとんとして目を丸くしておとなしくなった様は、これまでと違い小動物のようで樹は少しだけ笑いがこみ上げてきた。

 どさくさに紛れて、いつの間にか千春も自分の席へと帰っていた。

「大丈夫?」

 気まずそうに体を小さくしながら席に戻ってきた葉月に理奈が苦笑しながら声をかけた。

「ええ・・・・・・なかなか個性的な人ね」

 そう言って、通り過ぎざまに理奈の背中に触れた。


     *


「さて、樹君。問題です」

 静かな声で葉月がつぶやいた。

「あのさ、葉月」

「問題です」

「あのー、葉月さん?」

「聞いているのかしら、私は『問題です』と言っているのよ? それとももう答えが分かったのかしら? これまでと違って随分と理解が早いわね」

 すぐ目の前に葉月の顔が迫る。

「いや、そうじゃなくて。これは何ですかね?」

 樹が身じろぎをし、それに合わせて背後から安っぽい金属音が聞こえた。昼休み、樹は校舎裏の木に後ろ手に手錠で拘束されていた。

 葉月は樹の疑問に眉をひそめる。

「何って、今さら何を言っているの?」

「いやいやいや! どう考えてもおかしいだろ! 葉月の言い分だと、最初は俺を、何だっけ、イブツだかなんだかだと疑っていたけれど最終的には違うという結論に達したんじゃないのかよ!」

「そうよ」

「じゃあなんで俺はまた手錠をかけられているんですかね!?」

「そんなことは些細な問題だわ」

「だろうね! そっちにとってはね!」

「それじゃあ話を続けるわよ、問題です」

「あーはいはい、もうさっさと終わらせてください」

 至って何も気にしていない様子の葉月が会話を続ける。至近距離まで顔を近づけられている樹は見るべきところを見つけられず視線を泳がせた。人に見られたら色々な誤解を招きそうな状態だ。

「私はどうしてこんな話をわざわざ事件の渦中にある学校の敷地内でしているのでしょうか」

「・・・・・・は?」

 視線をすぐ下の葉月へと移す。彼女は真っ直ぐに樹を見ていた。

「どういうことだ?」

「そのままの意味よ。何故敵に私自身の正体がバレるかもしれない学校なんかで、びくびくと隠れることもなく樹君に話をしたのか、分かるかしら」

「そんなの、授業時間が終わっていないんだから校内しか選択肢がないだけだろ」

「放課後、樹君を校外に連れ出してからでも良かったとは思わない?」

「それは知らん。いつかの俺に拒否されたとかじゃないのか」

「樹君は拒否なんてしないわ」

 葉月は目線を外すことなく、真っ直ぐに樹を見据えたままはっきりと言った。

「・・・・・・じゃあ、なんで」

「とりあえず、私たちのまわりをかぎまわっている人物を特定したいからよ」

「え?」

 彼女の言葉に迷いはない。

 樹は慌てて葉月から視線をはずし、あたりを見回す。特に不審な影は見あたらない。

「誰もいないけど」

「見える位置にいるわけないでしょう?」

「・・・・・・そりゃそうだ」

「気をつけて。この間から私たちはずっと、尾行されている」

 樹にだけ聞こえるくらいの静かな声でつぶやき、制服の左ポケットにそっと何かを押し込むと、葉月はようやく樹を手錠から解放した。

 けれど樹はしばらくの間、その場から動くことができなかった。

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