第一章 4
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空は今日も快晴だった。
昨日は散々な目にあった。一時間目が終わった頃を見計らってそっと教室に戻ったつもりだったが、案の定、戻るなりトクや千春の興味の餌食にされてしまった。
それもそうだ。男女が二人そろってどこかへ行き、授業をすっぽかしてまで帰ってこなければ、何をしていたのかと気になるのは当然だ。
だが、あんな話をするわけにもいかず。
その上、葉月に至っては、
「私が樹君に告白をして、今は返事を待っているところなの」
などとのうのうと抜かすものだから、とんでもない言葉の袋叩きにあってしまった。
誤解は解けないまま、ある意味誤解ではないのだけれど、そんなこんなで一日が終わった。
ホームルーム終了とともに逃げるように帰り、家でおとなしく理奈に借りた漫画を読んで過ごすことになったのだった。
結局、その日はそれ以上特に何も起こらなかった。
「いっくん! おはよっ」
通学路の途中、ふと後ろから声をかけられた。
理奈だ。
同じバスに乗っていたらしい。家が近所なのだから当然たまには同じ時刻の電車やバスに乗ることもあるのだが、いつも遅刻少し前につく樹が理奈と同じバスになることは珍しかった。
こんなときに限って会うとは。
「お、おはよう・・・・・・」
樹は苦笑して応じ、結局理奈と連れだって教室へ向かうことになってしまった。けれど、理奈の方からは特に昨日の不本意な逃避行について触れてくることはなかった。
重い気分を引きずるようにしながら校内を歩き教室へと向かって行く。
ふと気がつくと、自分の教室のドアに手をかけた状態でつい逡巡していた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ、ああ、うん。大丈夫」
理奈が心配そうに声をかけてきた。とりあえず返事はしたものの、すぐにドアを開ける勇気が出ない。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、クラスメイトからの不審人物を見るような視線をいくつか浴びてから、樹は思い切って教室へと足を踏み入れた。
そっと、なるべく目立たないように自分の席へと急ぐ。
が、樹の席にはいつも通り千春が腰掛けていて、前の席に座るトクと話しているところだった。
千春にどいてもらわないことには席につけない。しかし、そのためには話しかけなければならない。
ありとあらゆる考えが頭の中を駆けめぐる。なんて声をかけるべきか。しかし樹が悩み始めたそのときにはもうすでに理奈が二人に声をかけてしまっていた。
「おはよー」
「ちょっ・・・・・・まっ・・・・・・」
樹の抵抗も虚しく、二人が振り向いた。
「あ、いっくんおはよー。珍しくりっちゃんと一緒だったんだ!」
「はよー。朝から一緒とはうらやましいねぇ」
ーーあれ。
「あー! りっちゃんりっちゃん、漫画の続き持ってきてくれたー?」
千春が目をきらきらさせて理奈を見上げる。
「うん、持ってきたよ!」
理奈が自分の席につきながら、鞄の中を探す。
「そんなにおもしろいもんかねぇ?」
トクが頬杖をつきながら会話に水を差す。
「そんなこと言うならトクちゃんには貸してあげないもん!」
「ちーちゃん、その漫画私のだけどね?」
「確かにー!」
ーーあれ?
「いっくん? 今日本当にどうしたの?」
誰も昨日のことについて問いつめようとはしない。
ーーいつも通り。
いつも通り過ぎるんだ。
いや、それだけじゃない。樹は直感する。視線を教室中に泳がせる。樹は背中に何か寒いものが走るのを感じた。
この教室に葉月日和はいない。
昨日の葉月との会話が一気に蘇っていく。
もちろん昨日の葉月との会話は鮮明に覚えているし、昨日は実感はまったく伴わなかったものの葉月日和が進級と同時にクラスメイトになったという記憶があった。
けれど、今日はちがう。
葉月日和がいた形跡がない。樹の隣の席は空になっている。まだ登校前だとか、そういうのではない。人の気配がないのだ。
ーー葉月日和は昨日なんと言っていたか。
「いーっくん! 聞いてるー?」
千春の声にはっとして視線を下げた。
「もー! いっくんはいつもぼーっとしてるんだからー」
千春には言われたくないのだが。
「ごめん、何?」
素直に謝ると、トクがもう一度今の会話の趣旨を教えてくれた。
「今日さ、うちのクラスに転校生が来るんだってよ!」
ああ、俺はたぶん、
「女の子かなー? 男の子かなー? それともちーちゃんの幼なじみかなー!」
「ちーちゃん、それだと幼なじみが女の子でも男の子でもないみたいだよ?」
その転校生のことを、
「なるほど、千春の幼なじみは宇宙人か何かか。それならお前が浮き世離れしていることにも納得がいくな!」
「ちょっとー! トクちゃんそれどういう意味!」
ーー既に知ってしまっている。