表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

第二章 5



「さて、樹君。それじゃあとりあえず聞きたいのだけど」

 合間合間にチョコレート味のシェイクを吸い込みながら葉月が問う。

 学校の最寄り駅から二駅離れたところの、さらに少し歩いたところにあるファーストフードの二階席。あまり発展しているとは言いづらい町だが、そのおかげで二階席はかなりの割合で空席になっていて、人の少ない一角を樹と葉月は陣取っていた。

「はい、なんでしょう」

 向かいに座らせられている樹は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。

「それで、樹君は理奈ちゃんに気があるのかしら」

「どうしてそんなに簡単に人の心に土足で踏み込んでくるんですかね!」

「見てしまったものは仕方がないわ。それにこれは大事なことよ?」

「大事なことって・・・・・・」

「できるのならば、不用意に誰かと二人きりになるのは避けてほしいの。特にあの三人とは」

「やきもちですか」

「ちがう」

 やけに語気が強い。照れ隠しでも余計なことを言うのは避けた方が良さそうだ。葉月は次々とフライドポテトをつまんでは口に運びながらうろんげな視線をよこしてくる。

「で、どうなの」

「どうって言われても・・・・・・」

 樹はどういうべきか迷って、結局素直に話すことにした。

「ただの幼なじみだよ・・・・・・多分」

「なによ、多分って。はっきりしなさいよ」

 葉月は不機嫌そうにシェイクをすする。だが分からないものは仕方がない。

「これには深い理由が」

「うるさい、人でなし。樹君は人の気持ちを弄ぶような人だったのね。そういう優柔不断な態度は悲劇を招くわよ」

 とりつく島もない。そこまで言うか。

「少しはちゃんとこっちの話も聞けよ、一応理由はあるんだって」

「なによ理由って」

「正直まだはっきりと思い出せていないことがあるんだ。どれが自分が体験した記憶で、どれが後から情報だけ植え付けられた記憶なのか分からない部分があるんだ。・・・・・・意識的に忘れていることもあるだろうし。葉月も言ってたことだろ、俺のは記憶の混濁がどうたらって」

「まあ、確かにそうね、それはあるかもしれないけど」

「だからこれまでの俺の考えが本当に俺自身の考えだったのか確信が持てない」

「なるほど、ね」

 葉月はつまらなさそうな顔をしてまたポテトをひとつ口に入れた。葉月もこういう話が好きなのだろうか。そういうところは意外と普通の女子高生と変わらないのかもしれない。

「というか今日はたまたま帰りの時間が一緒になっただけで、そもそも理奈にその気がなければそんなに二人きりになるような状況もないわけだし、問題ないだろ?」

「樹君。それ本気で言ってるの?」

 葉月はひとつ大きく息を吸って、あきれ混じりにため息をついた。葉月の言いたいことは何となく分かる。分かるけれど。

「まあ良いわ。そういうことならこんな話長々としても無意味ね。とりあえずこの一週間だけでいいからちょっとだけ我慢してちょうだい。つまるところ私が言いたいのはそれだけ」

「無意味とまで言うか。この話掘ったのは誰でしたっけね」

 今日はいちいち会話に棘がある。聞きたいのか聞きたくないのかどっちなんだ。

 樹がシェイクを飲み干しつつうろんげな視線を向けると、葉月のそれまでの冗談めかした表情は真面目なものに変わっていた。

「・・・・・・樹君の言うように歪められた記憶によって意図的に誘導された偽の感情かもしれないしね。樹君自身の記憶がそうなるように操作された可能性も否定できないし」

 ちくり、と胸に痛みが走る。

 自分で言ったことだった。けれどそれは自分自身で二年生が始まってからの数ヶ月を否定してしまったようだった。たった数ヶ月、と言われればそれまでだ。だがこの数ヶ月は確かに存在していた。

 その記憶も全部偽物なのか。

「なあ、葉月。お前なら俺の記憶をもっと詳しく調べることってできるのか?」

 葉月の動きがぴたりと止まった。

「ーーできるわよ」

 あれ。

 一瞬葉月の表情が曇ったように見えた。一度瞬きすると、その戸惑いはすっかりと消えていた。まるで見間違いだったかのようにポテトをつまんでいる。

「そうね、確かに協力者である樹君から詳しく調べた方がいいわね。でも樹君にも協力してもらうわよ。樹君の中には記憶が多すぎて私だけじゃ真偽の区別が付けられない。だから樹君自身が自分の記憶を掘り起こして、整理する必要がある。私ができるのはその手伝いよ」

「え? 俺が自分で自分の記憶を整理する? 葉月がするんじゃないのか?」

「本当は全部私がやってしまいたいところだけど、樹君については出来なかったのよ。樹君の記憶は洗い出せるような状態じゃないの。そもそも記憶の内容が混濁していなかったとしても、量が多すぎてかなり長時間記憶に入り込まないといけないから本人の承諾を得るか昏睡でもさせるしかないわ」

「物騒なことを言うな。でも自分でも忘れていることをどうやって・・・・・・」

「大丈夫、そこは私に任せて」

 向かいに座ったポテト好きの少女は穏やかに笑っていた。

「でもおかしいのよね」

「おかしいって、何が?」

 ふと葉月の表情が少し険しくなった。何の気なしにポテトをつまみながら尋ねる。

「記憶の改変が行われていない生徒は私を含め五名。記憶の改変および消去が行われた痕跡のある生徒は十五名、記憶の混濁が激しく解析が困難な生徒が樹君、消失した生徒が二十人」

「そう言ってたな」

「・・・・・・おかしいのよ」

「だから何が?」

「イブツっていうのは奪った記憶を使って自分を形作っているの。けれどその記憶は結局自分が経験したことじゃなくて、いわばすごく現実に近いデータだけを手に入れたようなもの。通常の記憶と比べると圧縮された記憶なのよ」

 樹は黙って聞いていた。話が見えてこない。それと自分たちのクラスと何の関係があるというのか。

「けれど私たちのクラスメイトには佐山さんという人をのぞいて記憶が空に近い人はいない」

 樹はもう一度ポテトに伸ばしていた指の動きを止めた。葉月が何気なく言った「佐山さんという人」という言葉が、彼女がもう葉月の記憶の中にはいないということをはっきりと表していた。

「だからおかしいのよね。樹君は記憶が多すぎるし、他の人も正常の範囲内なのよ」

 葉月は頬杖をついてひとりで考え込んでしまった。とりあえず樹が理解したのは自分の容疑は確かに晴れているらしいということだけだった。

「あれー?」

 そのとき、唐突に脳天気な声が降ってきた。

「ひーちゃんといっくんだー! やっほー!」

「ち、千春ちゃんっ?」

 トレーを持ってにこにことやってきたのは千春だった。この店を選んだ樹に葉月からさっと鋭い視線が浴びせられる。それを言うなら「いいじゃない、やってみたかったのよ。放課後に友達とファーストフードってやつを」と言った自分を呪ってほしいところだ。

「こんなところで何してるのー?」

 誰に聞くでもなく、まるで当然がごとく樹たちの隣の席に腰を下ろす。どうやら千春は一人のようだった。

「えーっと・・・・・・」

「実はちょっと樹君に相談をしてたところなのよ」

「そっかそっかー、だからガッコから離れたお店に来てたんだね!」

「それに樹君と二人なんて見られたら恥ずかしいわ」

「おい、どういう意味だそれ」

「うーん、なるほど、そういうのもあるよねっ!」

「同意するな!」

「ひーちゃん、ちーちゃんを頼ってくれてもいいんだからね! ひとりで抱え込まないでね? でもひーちゃんが言いたくないなら聞かないよ」

 にこにこと笑いながら、けれど千春はそれ以上無理に葉月の話を聞こうとはなしなかった。どうにか命拾いしたらしい。

 だが次の爆弾はすぐに降ってきた。

「さて、いっくん。それじゃあとりあえず聞きたいんだけど?」

 なんだかどこかで聞いた台詞である。

「もしかしてひーちゃんと付き合ってるの?」

 千春は真剣な顔をして樹の顔を見つめていたさっきシェイクを飲み干していなければ吹き出していたところだ。

「そ、そんなわけないだろ!」

「あら、随分と即答なのね?」

 葉月が意味ありげにうろんげな視線をよこしてくる。絶対に分かっていてやっている。

「あっ! ううん、いいの。別にそういうことならそれでいいの。でもそうしたら、もうちーちゃんたちと遊んでくれなくなるのかなって」

「・・・・・・千春?」

「それはちょっとだけ、やだなって」

 樹と葉月は戸惑いながらそっと視線を交わした。千春は昨年クラスになじめず、二年生になってようやく自分たちと仲良くなれたと言っていた。ふとそんなことが頭をよぎり、樹はなるべく穏やかな口調で言った。

「心配するな。もし俺たちがそういう関係だったとしても、そんなことにはならないよ。まあそもそも、葉月とは付き合っていないけどな」

「そっか」

 不安そうな顔を少しだけ上げた千春に葉月も微笑みかけてうなずいた。

「・・・・・・良かった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ