七話
マールの死は、ダグラス班長からアキとリントに伝えられた。二人は既に知っていたらしい。一旦は騎士団棟に遺体が収容されたのだから当たり前だ。班長からの詳細な報告を聞き、泣き腫らした目で空をにらんでいた。ダグラス班長から「マールの仇を討とうと考えるな」と言われたとき、俺は二人が拒否するものかと思っていた。俺よりも同僚であった期間が長いのだから、仇を討とうと考えるのが普通であるように思えたのだ。親しい友人が殺されたら、俺ならきっとそうするだろう。だが、二人は、ただうなずいただけだった。それが奇妙なことに思えて仕方がなかった。
マールの葬儀は明日行なわれるようになった。騎士団がどういうふうに遺族に説明したのかは俺にはわからない。もしかしたら、殉職ということで、特別予算から何かしらの手当てが出るのかもしれない。それでもきっと、マールの遺族には納得しがたいことではあっただろう。けれども、彼らにも、俺たちにも、まだ何もできないのだ。
そうして、今日は何もできないまま、何もわからないまま、俺は家に帰った。帰らされたと言ったほうが正しい。けれども、王宮に残っていても何もできないのだから、それはきっと正しい命令だったのだろう。
"キース、お客様です"
ギアの言葉が終わる瞬間に、家のドアがドンドンと強く叩かれた。ギアは魔力を持つ者に反応する。誰か魔術師がやってきたのだろう。ギアが"お客様"だと言うのなら、ミラではない。誰だろう、こんな夜中に。本を読んでいた俺がソファから腰を上げるより早く、招かれざる客人は家へと侵入していた。
「キース、鍵はかけておかなきゃダメじゃないの。魔族は家の中にまで侵入してくるかもしれないのよ」
魔族どころか、招待もしていないのに俺の家に入り込んできて、何を言っているのだろう、彼女は。
「……クレハ、どうして」
居間にドンと荷物を置いて、クレハ・ミストールは微笑んだ。
「どうして、って。話があるのよ、ギアに。話の内容によっては、ここにご厄介になろうと思って」
朗らかに、クレハは宣言した。彼女の荷物は一つ。よれよれの麻袋だ。きっと、今回王都に帰ってきたばかりの状態のまま持ってきたのだろう。国内外へ長期で出かけている彼女らしい仕事用カバンだ。
「ご厄介?」
「そう。ねえ、どうすれば、ギアに会える? ギアと直接話がしたいの。ねえ、どうすれば、ギアは私をあなたの中に入れてくれる? 入れてほしいの。キースの中に」
ぐんぐん迫ってくるクレハの勢いに圧倒されて、俺は思わずたじろいで後ずさる。そうして、ソファに座り込んだ俺の手を両手で包み込み、クレハはしっかりと俺の左目を見つめた。左目に宿るギアを見つめたのだ。そうだ。彼女は、俺のどこにギアが宿っているのかを知っているのだ。
「ねえ、ギア、私を呼んで。あなたと話がしたいの」
"そうですね……"
ギアの声は嬉しそうだ。俺はギアの思惑を知っている。ギアはクレハが好きなのだ。初めて会ったときから、彼女のことが大好きなのだ。クレハは、初めて、俺の左目にギアが宿っていることに気がついた人間だ。ザッカス先生でさえ気づかなかったのに、まだ十歳に満たないクレハがそれに気づいた。初めて自分を見つけてくれた人間であり、なおかつそのとき左目を「きれい」だと言ってくれたものだから、その瞬間にギアは恋に落ちた。完全な一目ぼれだ。もちろん、クレハはそれを知らない。長い片想いだ。
"とりあえず、キース、彼女をぎゅっと抱きしめてみましょうか"
俺がクレハを抱きしめたところで、ギアにその感触は伝わらないはず。
"いいんですよ。情報だけでいいんです、彼女がそばにいるという事実だけで……ああ、もう、それだけで"
まったく、この、色ボケ魔は。
「とりあえず、クレハ」
「うん、なに?」
「ギアは、俺が寝ているときにしか相手を呼べないんだよ。だから、眠る準備だけしてからのほうがいいと思うよ」
俺の意識がなく、俺と肌が触れていること。それが、ギアが俺の中に誰かを呼ぶときの条件だ。クレハはきょとんとして、けれどすぐにぎゅうと手を握って微笑んだ。
「じゃあ、それでお願いするわ」