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六話

 円卓会議。女王陛下をはじめ、国政に関わる有識者が集められ、ある議題に沿って議論を交わす場。聞いたことはあったが、その会議に列席させられるとは思わなかった。ライカ女王陛下、カート宰相、ガルム副宰相、リオン魔術師長、ライラ副魔術師長、ラック騎士団長、ロン副騎士団長、ザッカス室長、クレハ、ダグラス班長……王族付きでもない、新人騎士の俺がここにいてもいいのかと思うくらいの面々だ。ダグラス班長もこういう場には慣れていないのか、緊張しているようだ。しきりに汗をぬぐっている。

「魔法騎士が亡くなったと聞いた。どういう状況だ?」

 凛とした声が会議室に響く。女王陛下から発せられた声は、怒っているようにも、悲しんでいるようでも、あった。女王陛下がどういう感情を伴っているのか、俺にはわからない。そもそも、女王陛下にお目通りしたのが初めてのことだ。「魔法騎士班」ではなく「魔法騎士」と認識なさっているのも、初めて知った。

「畏れながら申し上げます」と挙手をしたのは、ラック騎士団長だ。

「王宮から南西の方角にあるエルト公園にて、ダグラス班のマール・ゾットという騎士が亡くなっているのを、近所に住む中年の女が発見いたしました。マールはここにいるキース・ナイトレアと南西地区の見回りをしている途中であったそうです。遺体に目立った外傷はなく、毒物の反応もありませんでした。何者かが魔法を使ったという形跡もありませんでした。マールには持病もなく、健康体であったことがマールの両親と医師から確認されています。ただいま騎士団棟にて検死が行われている最中です。何らかの疾患が突然彼を襲ったと考えられるのが普通なのですが……」

 報告の口ぶりから、ラック団長にもまだ死因はわかっていないようだ。

「普通なら円卓会議など必要ないだろう。普通ではないと、誰が判断した?」

「私です」

 女王陛下の問いかけにすかさず挙手をするのは、ザッカス室長。

「私の見解を述べる前に、先に申し伝えておかねばならないことがあります。もしかしたら報告が上がっているかもしれません。私からの報告が遅くなって申し訳ないのですが、ここ最近、アストリア国内で変死体が発見されております。ケール町で三名、ネロ村、アフラ村、リーリア村でそれぞれ一名、ソルトリク町で二名……マールと同じように死因不明の遺体が見つかっております。外傷もなく、持病もなく、突然、意識を失って亡くなったというのが周囲の人の話です。さて、この死因不明の遺体の発見日と、位置関係ですが」

 ザッカス室長の言葉を受け、クレハが壁際にあった地図に日付を記入したネス紙のメモをピンで留めていく。アストリア国の南、ケール町から始まり、ソルトリク町に至るまで、五日から十日の間で、それは明らかに北上していた。

「これは……」

 みなが固唾を飲んで地図を見つめる。クレハが最後にピンで留めたのは、今日の日付。もちろん、場所は王都だ。

「皆様がお考えの通り、北上しているのです。これは、もちろん感染症ではありませんし、原因不明の病でもありません。たとえば、ケール町では最後の被害者が出て以降、同じような遺体は見つかっていません。その代わり、数日後にネロ村で一人の死亡が確認されました。感染するような病気ではないのです」

「では、何だ、シド」

 女王陛下の静かな問い。それはみんなが考えている質問だ。病気でなければ何だというのだ。ザッカス室長はぐるりと円卓を見回す。

「……魔族です。それも、人の命と魔力を食らう、危険な魔族です」

 ざわり、と円卓が揺れた。魔術師に限らず、アストリア国に住む者なら、必ず知っている単語である。通常、魔族は人に危害を加えようとしない。世界中で静かに棲息しているだけで、人には友好的であると聞く。けれど、今回の魔族はそうではないようだ。

「程度で言うと、特別危険魔族です」

 魔族にも階級があるのだとは初耳だ。その階級は人間がつけたものなのか、魔族がつけたものなのか、現段階では判断できない。俺の勉強不足だ。それにしても、魔術師長のリオン殿が驚いているのを初めて見た。目を丸くしている。

「なぜ、そう思う? その根拠は? 魔法の痕跡はなかったのだろう?」

「ええ、確かに魔法の痕跡はありませんでした。けれど、病なら感染源があるでしょう。潜伏期間があり、発症に至るまで、死者に何らかの共通点があるでしょう。調べたところ、死者の出身地も現住地も年齢も性別もバラバラ、死亡場所も時刻も状況も異なります。死者の共通点はただ一つ。魔術師であるということだけです」

 原因不明の何らかの理由で魔術師が死んでいる。魔術師を多く擁するアストリア国には重大な問題だ。

「そして、直近のソルトリク町とリーリア村の遺体を調べたところ、三人の心臓はみなきれいに喪失しておりました。外傷がないにもかかわらず、彼らの体から心臓が抜き取られていたのです。周りに人がいる状態で、体に傷をつけることなく、内臓だけを取り出す……そんなことができる人間は限られます。リオン殿、どうですか?」

 ザッカス室長の示す条件を、魔法以外の殺害手段で満たすことは難しい。ゆえに、リオン魔術師長に言葉がかけられたのだと推察する。魔術師長は腕を組んで目を閉じ、何かを思案している状態でザッカス室長の言葉に応じる。

「人間なら、その人自身が強大な魔力を持っているか、強力な魔法道具があれば可能でしょう。ただし、周りの人には魔法を発動しているところを見られてしまいますし、外傷もつけてしまうでしょうね。魔法道具に関しても、私が作ろうとしても何期もかかりますから、並の人間ならもっとかかるでしょう。単純に人間が人間の心臓を手に入れようと考えるのなら、魔法は使わないほうが得策ですね」

 魔法大国の魔術師長がそうおっしゃるのだから、いくら魔術師であっても、そういう殺し方はできないということだ。ザッカス室長はうなずく。

「さらに共通するのは、心臓以外に、彼らの魔力がことごとく消失していたという点です。どんな遺体であっても、その人が魔術師であったという痕跡は残っているはずです。しかし、彼らの遺体には魔力の痕跡がほとんどなかったのです。近親者に事情を聞いて初めて、魔術師であったことを知ったくらいです」

「つまりは、死者の心臓が体内から消え、さらに魔力が消えていたということですか?」

 ライラ副魔術師長の質問に、ザッカス室長はうなずく。

「調べたところ、マールの心臓も喪失しておりました。何者かがヴァレンタイン家特製の甲冑から騎士の心臓を取り除いたということです。そして、先の遺体と同じように、マールの魔力はほとんど残っていませんでした」

 俺がマールの遺体に違和感を感じたのは、それだ。マールから魔力をはっきりと感じ取ることができなかったのだ。マールが持つ魔力がほとんど残っていなかったのだとすると、納得ができる。いつものマールと違うわけだ。

「もし、ヴァレンタイン家特製の甲冑から騎士の心臓だけを取り除き、さらに魔力を奪うとしたら、どれほどの強力な魔法と魔力が必要となるでしょうか。その者はどれほど強力な魔力を有していないといけないのでしょうか」

 ザッカス室長がおっしゃっていることを、俺はようやく理解できてきた。高位魔術師がひしめく王都で、そんな大きな魔法を発動すると、たいていの魔術師なら気づくだろう。しかし、誰にも気づかれず、マールは死んでいた。近くにいた俺でさえ気づかなかった。

「つまりは、魔術師の殺害を繰り返しているのは、人間ではないということです」

 しかし、すぐに魔族の仕業だと決めつけるのは尚早ではないか。生まれた疑問も、ザッカス室長は簡単に解決する。彼は、この国で一番、人外生物に精通している人間だ。

「人間以外で強大な魔法を発動する生物は多く存在します。竜族、魔族、エルフ族……みな、それぞれ魔力の質も発動方法も異なります。残存魔力さえわかれば、どの種族が関わっているのかがわかるのですが、今回の事件現場からは、魔法の痕跡は見つけることができませんでした。つまり、どの種族にもマールを殺害する可能性があるのです」

 王都に戻りながら、ザッカス室長はこの事件の犯人と対策をずっと考えていたに違いない。次なる犠牲者を出さないために、必死で。

「なぜ、魔族だと考えられたのですか?」と尋ねるのは、ライラ副魔術師長。

「これほどまでに強力な魔力を有し、なおかつ人間の心臓と魔力を捕食する……この魔法の特徴に当てはまるのは、魔族だけです。捕食、と申しましたが、この魔族は、人間の心臓と魔力をエサとしているものと考えられます。人間はエサなのですよ」

 リオン魔術師長がうなずく。ザッカス室長の見解に同意しているようだ。その様子を見て、ライカ女王陛下もようやく得心したようだ。

「では、国民を守る策を先に立てるべきだな」

「この魔族は、魔力の強い者を特に好んで捕食しているようです。しかし、騎士、それも魔法騎士班の騎士が襲われたのは王都だけです。すべての宮廷魔術師と、魔法学校の教師や生徒に、このことを伝える必要があるでしょう。魔術師の警護職は、できうる限り騎士とペアになったほうがいいでしょう。魔族の外見はまだ不明ですが……おそらくは、警戒心を抱かせないような外見をしているものと思われます。動物や物、様々なものが考えられます。できうる限り、関所の警備を強化してください。空を飛べる種なら、それは無駄になるかもしれませんが、しないよりはいいでしょう」

 女王陛下は一瞬だけ逡巡して、すぐに指示を出す。

「よし。ただいまをもって、対魔族特別非常事態宣言を発令する。異論は……なさそうだな。予算は特別予算で計上できるだろうか?」

「そうですね……最終的には経理局長が判断なさるでしょう。けれども、前期の豊作によって税収は悪くはありませんでしたし、非常事態宣言なら災害予算から予算を持ってくることもできるでしょう。国庫的には余裕はあるものと思われます」

 応じたのは、カート宰相。ガルム副宰相もうなずく。

 それにしても、対魔族特別非常事態宣言とは初めて聞いた。おそらくは、ライカ女王陛下の治世になってから初めての発令ではないだろうか。いや、前の国王陛下の治世のときにもなかったことかもしれない。それほど、国にとっては一大事だということだ。

「王都には魔術師が大勢いる。魔族に居座られたら大変なことだ。魔術師の尊い命を守らなければならない。そのためにも、国から追い出すか、討伐するかを決定しなければならない」

「討伐するべきです」と挙手をしたのは、ラック騎士団長だ。

「国民が何名も犠牲になっているのです。討伐しないという選択はありません」

「私も、同じ気持ちです」とダグラス班長が賛同し、「賛成です」とリオン魔術師長も挙手をする。みな同じ表情をしている。賛成、だ。

「国外追放を望むという穏便派はいるか?」

 ライカ女王陛下の問いに応じた人間はいない。それだけ、みんな憤っているのだ。円卓の面々を見回して、ライカ女王陛下は口元に一瞬だけ笑みを浮かべた。

「なるほど。みな、血気盛んだな。国の中枢がそんなに熱くなってしまうとは、困ったものだ」

 ため息を一つついてから、女王陛下は続けた。

「魔族は討伐する。犠牲者はこれ以上出さない。これ以上、我が国の財産を失うわけにはいかない」

 ライカ女王陛下の判断に、円卓会議参加者はほっとしたに違いない。そして、当然だと思ったに違いない。

「王都にいるすべての魔術師に通知をする義務がある。魔術師だけではないな……魔力の高い者は特に知る必要がある。国民に知らせると暴動が起きないか心配だな。余計な情報は流さないほうがいいのかもしれないが……どう思う?」

「知らせるべきでしょう」と声を荒らげたのは、ガルム副宰相。「非常事態宣言まで発令したのですから、知らせないという選択肢はありません」

「だが、ガルム。国民は恐れはしないか? 恐怖に怯えたりはしないか?」

「構わないでしょう。大人の魔術師のみ捕食の対象となりうる点、そして我々がすでに対策を講じているという点を強調すればそこまでの動揺は起こらないでしょう」

 カート宰相がやけにあっさりと断言する。うなずく人は多い。

「今まで、女王陛下が、国民から信頼される政策を行ってきたという証拠ですよ。女王陛下ならまた正しく対応してくれるに違いない、というのが国民の感情です。きちんとこちらの手のうちを提示さえしておけばよいでしょう」

 リオン魔術師長の言葉に、俺も納得する。ライカ女王陛下が「絶対に大丈夫だ」と説明するなら、絶対に大丈夫だと思うのが国民だ。それだけの信頼が彼女には向けられている。

「なるほどな。そこまで信頼されているというのなら、先にしっかりと対策を考えねばならないな」

 ライカ女王陛下が納得したあと、静かに挙手をしたのは、クレハだ。彼女に視線が集中する。

「どうした、クレハ」

「あの、先に一つ確認をしておきたいのですけれど……よろしいですか?」

「ああ、いいだろう」

「キース、ギアは魔族の気配を感じていたようですか?」

 突然俺の名だけでなくギアの名が挙がって驚く。この場にいる人々はギアの名を聞いても別段疑問には思っていない。俺が魔人であること、そして俺の中のギアの名を知っている人々だ。ギアはクレハの声を聞いていたのだろう。すぐに応じる。いつになく神妙そうな声だ。

"一瞬だけ、何かを感じたのですが、残念ながら特定はできませんでした"

「何かしらの気配は感じたようですが、相手を特定できなかったみたいです」

「そうですか」

 俺の言葉にクレハはうなずく。そして発言を続ける。

「ラウル卿のことを覚えておいでの方もいらっしゃるかもしれません。魔族が人間を捕食する場合、何が美味しくて、どれくらいで満腹になるのかを探ることがあります。おそらくは、ケール町で最初の犠牲者が出る前に、どこかで食事をしているものと思われます。行方不明者はまだ報告されていないだけなのかもしれません。我が国での最初の犠牲者がケールから始まったことを考えると、他国からやってきたと考えるのが妥当かと思われます。レイリアルト国、ネルド国、クアンタ国、いずれの国であっても可能性はあります」

 ラウル卿の件、とは初めての単語だ。過去にあった魔族がらみの事件だろう。クレハは淡々と述べる。ザッカス室長が口にしたときにはそうは思わなかったが、クレハの口から「捕食」「食事」という単語が出てくるのは非常に恐ろしい。俺は震えそうだ。彼女とは一歳しか違わないのに、この落ち着きは何だ。人の命をそんな軽々しく口にしていいものなのか。それが宮廷魔術師というものなのか。

「最初、この魔族は人間を捕食することで満腹になっていたと思うのです。けれど、それが少しずつ変質してきているのです。魔族は学習します。学習した魔族が行き着く先は、人間と同じです。もっと気持ちのいいことがしたい、もっと空腹を満たしたい、もっとおもしろいことを起こしたい。快楽を覚えてしまうのです」

"ふむ"

 ギアがうなずいた気配がする。ギアの食事は「情報」だ。俺の体、特に目から入ってくる情報を、ギアは食べる。だから、俺は読書をしないといけない。どんなに興味のない内容であっても、ギアの空腹を満たすために。都合のいいことに俺は読書好きであったので、ギアが空腹を感じることはほとんどない。最近はギアも快楽を覚えたのか、もっとおもしろい情報はないのか、もっとおもしろい本はないのか、と俺に催促をしてくるようになった。魔族というものはみなそういうものなのだろう。

「何が言いたいのです、クレハ」

「ああ、すみません、長々と……えーと、非常に言いにくいのですけれど」

 ライラ副魔術師長に促され、クレハは地図に貼ったメモに何かしらの単語を書き込んでいく。円卓の人々が彼女の動きを見守る。臆することなく、クレハは円卓に向き直る。

「この魔族は、おそらくは魔術師の命に味を占めています。強い魔術師のほうが美味しいのかもしれません。心臓と同時に魔術師の魔力も一緒に食べていると推察されますから。魔族はケールから北上していますが、少しずつ、食事対象の魔術師のレベルが上がってきているんです。ケール町では魔法が使える一般人、アフラ村では魔法学校の卒業生、リーリア村では元宮廷魔術師、ソルトリク町では現役の宮廷魔術師、そして王都では魔法騎士。レベルが上がるに従って、捕食期間……次の犠牲者が出るまでの期間ですね、これが長くなっています。一回の食事で、量より質を重視しているのだと思われます」

 円卓の人々は、目を見張る。確かに、北上していくに従って、魔術師の階級や魔力の程度が上がってきている。なるほど。この魔族は、強い魔術師を求めているのだと推察できる。

「もしかしたら、単純に自分の力を試したいだけなのかもしれません。けれど、クレハの言うとおり、どんどん強い魔術師が狙われているのは事実です。自分の力を試しつつ、捕食対象を探す……確かに、生きるために人間を捕食するという目的からは変質しています」

 ザッカス室長がうなずく。自分の言葉を補足してくれたことに安心したのか、クレハは少し笑みを漏らした。

「だとすると、確かに我が国の王都には魔術師は非常に多いのですけれど、この魔族に狙われそうな人は限られてきます。快楽と食欲の両方を満たしてくれそうな人間です。結論から言うと、魔法騎士と同等かそれ以上の魔力の持ち主でしょう。現役の宮廷魔術師、魔法学校教師など魔力の高い者、魔法騎士……もちろん、室長もエサの対象になりえます」

「なるほど。クレハ、それはつまり、囮が使えるということだな」

 ライカ女王陛下の理解は速い。俺が思いつきもしなかった言葉が出てきて驚く。そして、クレハもうなずく。

「はい。ソルトリクの港町で宮廷魔術師の一人が最後に犠牲になってから、五日間、マールが犠牲になるまで誰も捕食されておりません。宮廷魔術師くらいの魔力であれば、五日ほどは空腹も快楽も持つということでしょう。ということは、五日後から十日後あたり、青二月の三日から八日くらいに、次の食事があるということでしょう。そこを狙うことはできると思います」

 女王陛下は少し考え、言葉をつむぐ。

「早急に討伐対策班を設置する必要があるな。囮として使えそうな人間を選出するのは、リオンとラック、シドに任せよう」

「あの、ライカ女王陛下。私、囮になりますよ。私なら魔族の特性や特徴を知っていますし、対策も立てられると思います」

「え」

 クレハの申し出に、おそらく、目を丸くしたのは俺だけだったに違いない。他の人はすでに彼女の決意を知っていた。声を出してしまったのが恥ずかしくなるくらいの静けさだ。

「言い出したのは私なのですから、それくらいのことはします。させてください。これ以上犠牲者は出したくありません」

 クレハの決意は固いようだ。そこまでマールに思い入れる何かがあるのだろうか。

"キース……この魔族を追いかけ、犠牲者を出さないように考えてきた期間は、この円卓にいる誰よりも、ザッカス殿とクレハ殿が一番長いのですよ。マールの遺体を発見したときの、彼女の悔しそうな顔……唇を噛みながら必死で魔法の痕跡を探そうとしていた彼らを、キースはちゃんと見ていなかったのですか?"

 ギアの言葉にはっとする。彼女たちは必死で追ってきたのだ。次なる犠牲者を出さないために、魔族を追ってきたのだ。同僚を殺されて怒りしか感じていない俺たちとは違うのだ。

「……わかった、クレハ。だが、最終決定はリオンとラックとシドに任せる。最低でも二名以上、適切な人員を選出してくれ」

 ライカ女王陛下もクレハの気持ちはよくわかっているようだ。それは十分に伝わってくる。クレハはペコリと頭を下げた。

「では、ガルム副宰相、魔法学校への通達を任せる。宮廷魔術師への通達は、ライラに任せる。冒険者ギルド、その他ギルド、自警団への通達は、ロンに任せよう」

「御意」

「かしこまりました」

「お任せください」

 三人は恭しく頭を垂れる。

「ラック、ライラ、警護に当たっている宮廷魔術師は、必ず騎士と共にしてやってくれ。交代も騎士と同じだ。できるだろう?」

「はい」

「ええ。ついでに、関所担当をベテランの魔術師と騎士のペアにしておきましょう」

「ああ、そうだ。よろしく頼む。自宅から通っている魔術師は、できる限り、寮の空き部屋に住まわせてあげてくれ。それができない者には、通勤退勤中に騎士の警護をつけてやってほしい。騎士の負担が増えて申し訳ないが、非常事態だ。経理局長に頼んで、特別手当を工面してもらうから、何とか説得してみてくれ」

 ラック騎士団長は苦笑しながら応じる。

「ライカ女王陛下。そのための騎士ですよ。みな、特別手当などなくても、職務に燃えることでしょう」

「そうだな。騎士はそういう生き物だな。だが、バカなことを考えて命を粗末にすることのないように伝えておいてくれ。みんなもそうだ。国のために死ぬことは、私が許さない」

 ライカ女王陛下は円卓を見回す。

「では、何かあったら、その都度私に報告するように。情報は常に朝一番に伝えよう。会議はいつでも開けるように準備だけしておけ」

 みな神妙な顔をしてうなずく。そうして、会議は一旦解散した。



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