二話
「ご苦労様。みな、怪我はしていないな?」
荷馬車の近くで俺たちを待っていたのは、魔法騎士班のダグラス・ダリア班長。俺たち四人の上司だ。すでにアキが三人の盗賊を縄で縛り上げており、荷馬車の御者が嬉しそうな笑顔を浮かべて俺たちを見つめていた。
「積荷にも損害はありませんね?」
「ありません。騎士様たちのおかげでございます」
ミカの港町から積荷を載せて王都に向かっていた荷馬車を、四人組の盗賊団が襲ったのはつい先ほどのこと。積荷の中に、アストリア国の魔法騎士班三人が潜んでいたことを知らなかったのが、彼らの運の尽きだ。ちなみに、俺とリントは荷馬車には乗らず、先に森の中の探索をしていた。普通の騎士では見つけられなかった、魔法で隠された岩の陰で盗賊の野営を発見したときに、ちょうどその盗賊たちが荷馬車を襲ったのだ。
「まだ馬車に人を乗せる余裕はあるから、こいつたちも王都に連れて行くぞ」
アキから縄を受け取って、リントが手際よく魔術師の男を縛り上げていく。衣服は焼け焦げ、顔も煤だらけ。髪の毛はちりちりと短くなってしまっている。ひどい有様だ。
「それにしても……ひどいな」
「マール、お前、少しは手加減してやれよ」
「王都から離れるとイライラするんです。早く帰りましょうよ」
マールの言葉に、四人で顔を見合わせるしかない。彼は本当に出張が嫌いなのだ。
荷馬車には、魔法騎士班五人と、捕らえた盗賊四人が乗り込む。盗賊たちはみな手足を縄で縛られ、猿ぐつわをかまされている。そして、荷馬車の床に寝かせられている。こうなることを想定していたので、積荷はそれほど多く載せていない。窮屈だが仕方がない。
「そろそろ慣れたか?」
ダグラス班長が俺に笑顔を向けてくれる。仕事に慣れたか、ということだ。
「まだまだですよ」
ガタガタと揺れる荷馬車の床に毛布を敷いているが、お尻が痛い。盗賊たちには毛布すらないのだから贅沢は言っていられないのだが、せめて荷馬車でなくて駅馬車であればよかったのにと思う。
「初めての出張で、初めてこういう実戦の場に出させてもらいましたけれど……まだまだだと思います」
アストリア国では、騎士は、国の治安を守るために配備されている治安部隊だという位置づけとなっている。他国では、騎馬隊であったり、土地を持たない功労者のことであったり、様々な名誉ある人が「騎士」と呼ばれる。ただし、我が国では、国の治安を守る公務員という扱いだ。
ラック騎士団長とロン副騎士団長の二人の下に、騎士が配置される。通常警備勤務は、王宮内や国内の主要都市において国民を守る仕事だ。王族付き警備勤務は、その名の通り王族の身の安全を守る仕事だ。王族に近しい貴族の警備に当たることもある。国の中枢に関わるだけあって、責任の重さがぐっと違う。王族付きになるには、勤務期数や剣術力だけでなく、団長と副団長二人の信頼を勝ち得なければならないので、かなり大変なことだ。ただし、それだけ名誉なことでもあるので、たいていの騎士は王族付きに出世したいと思うのが通常だ。俺にとってはまだまだ先の話だ。
騎士の警備は多岐に渡り、王宮・王都だけではなく、地方の市や町に派遣されたり、国外の大使館・領事館に派遣されたりすることもある。同盟国からの要請があれば、そちらに出張することもある。騎士とは国のための便利屋なのだと俺は考えている。魔法騎士班は、「魔法も使える騎士がいる」という程度の存在だと俺は思っている。
俺はリントと同様に、魔法学校から騎士団に入団した変り種だ。通常、職業学校や剣術道場で剣術を学んで紹介状を得た人間が騎士試験を受験することが多い。班長、アキ、マールはそうだ。けれども、俺はクラスメイトたちが宮廷魔術師になりたくて魔術師試験を受験している中、騎士試験を受験した。魔法学校と道場の先輩であるリントに、素質があると言われて、それならば受験してみようと考えたのがきっかけだ。リントと同じ道を歩いてきたというわけだ。
「ま、最初はそんなもんだよ」とダグラス班長は微笑んでくれる。優しい上司だ。
「魔法騎士班は、魔術師でもあり騎士でもあるがゆえに、いろんなところから応援を要請されるのがほとんどなんだよ。だから、五人が集まることはめったになくて、今回特別にキースのために班行動をすることを騎士団長に許可していただいていたんだ」
騎士団の中にはいくつか班があり、基本的にはその班内において二人一組で行動をすることが推奨されている。だが、ダグラス班長率いる魔法騎士班のように例外もある。騎士団の中では、「魔術師と騎士の組が一緒に行動するより、魔法騎士一人を任務に当たらせたほうが効率がいい」と考えられている。実際に、経費面で考えると、正しいと考えられる。魔法騎士班にそういう依頼が来るときは、経費削減のために一人で任務に当たることが多いのだ。特に、誰かの警護騎士として国内外へ出張することが多いという。一人で誰かを警護するというのはかなり責任重大だ。魔法騎士班にはそれだけの裁量が与えられているというわけだ。
「じゃあ、なかなか許可が下りなかったんじゃないですか?」
「まぁ、通常なら許可は下りないだろうね。普通ならうちの班から二人と、他の騎士班から二人くらいの編成で仕事に当たらされるだろう。でも、今回の件は新人騎士の実戦としては大きな危険がないように見えたし、何よりキースには早く実戦に慣れてもらわないといけなかったからね。団長は規律や規則には厳しいけれど、事情をきちんとお伝えすれば許可してくださる方だから」
融通が利かないというわけではなさそうだが、今回は特別だということか。
「ま、ちゃんと片がついてよかったよ。これで盗賊を取り逃がしていたら、俺の立つ瀬がなくなってしまうからね」
ダグラス班長の冗談であるとはすぐにわかる。班長が盗賊を取り逃がすような計画など立てるわけがないとはわかっている。班長は、きちんと計画を立てて、様々な危険を回避してから事案に臨む人であるのだ。
「そういえば、ギアはこういうときにはちゃんと協力してくれるのかい?」
"当たり前ですよ"
俺の頭の中で声が応じる。俺にしか聞こえない声だ。ギア、というのは、なぜか俺の左目に棲んでいる魔のことだ。俺が故郷のネルド国で虐げられる原因となったのは、このギアが俺の瞳に宿っていたからだ。
「ギアは仕事中はあまり話しかけてこないのですが、危険を察知する力は非常に高いので、そういうときには協力的ですね」
「へえ。そういうとき、魔人って便利だな」
アキの言葉に悪気はない。単純に、自分にないものを持っている人をうらやむ気持ちが含まれているのだと知っている。だから、俺も嫌な気はしない。そもそも、俺自身が魔人であることを特別だと思っていない。
魔が宿った人、という意味で、俺は「魔人」と呼ばれる。ギアの声が普通の人間には聞こえないものなのだと知ったのは、随分あとだ。そして、魔に精神も肉体も乗っ取られてしまう人間が多いことを知ったのは、もっとあとになってからだ。魔人には強い魔力が宿る。ゆえに、魔に体を乗っ取られてしまったら、強力な魔力が暴発する恐れがあり、人々の脅威となってしまう、らしい。そのあたりのことは俺にもよくわからない。世界においても魔人の絶対数が少なく、研究もあまり進んでいないのだという。
「でも、アキ。魔人であることを便利だと思えるようになったのは、本当に最近のことだよ」
「生まれが生まれだからね。キースは生まれた国を間違えたと思うよ」
マールの言葉にみんながうなずいてくれるから、俺はほっとする。少なくとも、この班においては、俺の存在は認められているようだ。もちろん、すべての国民が俺の性質に理解を示してくれているとは思わない。思ってもいない。けれど、ありがたいことに、アストリア国は国という立場で俺をネルド国から救い、保護してくれた。事情を知りながら俺の後見人になってくれたサンドリュート魔法学校のリュート校長には感謝しているし、生活のすべてを援助して育ててくれたミラにはもっとずっと深い恩がある。もっとも、ミラは俺が魔法学校を卒業したことを見届けてから、老舗武具屋のレオ・ヴァレンタインと結婚してしまって、俺に親孝行なんて一つもさせてくれなかったけれど。
「俺はこの国に感謝してもし足りないくらいなので、国に貢献できるのであれば、どんな仕事でも頑張ります」
「そうだね。そう言ってもらえると嬉しいよ。仕事に関してはちょっとずつ任せていこうかと思っているんだ。今のリントが任せられている仕事を少しずつ振っていこうと思っていて」
「本当ですか!」
喜びのあまり叫んだのは、俺ではなくてリントだ。目を輝かせて班長を見つめている。よほど嫌な仕事があるんだろうと考えて、納得する。そうだ。リントが嫌だと言っていた仕事に一つだけ心当たりがある。
「本当にリントはザッカス研究室に関わりたくないんだねぇ」
マールの言葉に、リントがびくりと体を震わせる。前期のことを思い出して、顔面が蒼白になっている。その隣で、アキがケラケラと笑う。
「そんなにビクビクするなんて、お前、どれだけクレハのことが嫌いなんだよ」
「ああ、嫌いだよ。俺の生活をめちゃくちゃにした女のことなんか、思い出したくもない」
"……クレハ"
一つの単語に、ギアが反応する。ザッカス研究室の宮廷魔術師の名前だ。ギアはこの国で出会ったクレハ・ミストールという人間に対して、ただならぬ興味を抱いている。仕事中は必要なとき以外はあまり話しかけてこないのに、興味のある単語にはこうやって反応を示すのだ。
「ザッカス研究室は今頃はクアンタ国でしたっけ?」
「ああ、そうだな。今回の案件は調査が長引くとおっしゃっていたから、帰ってこられるのはだいぶ先だろう。来月末くらいじゃないかな」
ザッカス研究室とは、俺をネルド国から救い出してくれたザッカス室長の率いる研究室だ。人外生物――魔物や魔族、竜族、エルフ族、様々な種族について研究している。特にザッカス室長自身が精霊使いであることもあり、精霊についての知識が非常に深い。おそらくは、世界一だ。
魔人もザッカス研究室の研究対象であったから、俺も何度かザッカス室長の手伝いをしたことがある。手伝いとは言っても、ギアに関する質問にいくつか答えたり、ギアの知識を調べたり、くらいのことだ。ザッカス室長が俺を研究の対象としてしか見ていなくても、ネルド国から救ってくれたという恩があるがゆえに、俺自身は、ザッカス室長のことが結構好きなのだ。
「班長、俺はもうクレハに関わりたくありません」
またリントの愚痴が始まった、とみながうんざりした顔をする。俺も前期はずっと話を聞いてきたのだから、リントが言いたい内容は大体わかる。ザッカス研究室の警護騎士として任務に当たると、一月、ひどいと何季も王都に戻ってくることができなくなる。リントは、クレハと同じサンドリュート魔法学校出身であること、同期であるということが理由で、前期はザッカス研究室の警護騎士に長らく指名されていたのだ。なかなかアストリア国に帰ってこられなくて、リントは困っていた。片想いの人に会えないという、少し間の抜けた理由ではあったけれど、リントにとってそれは死活問題なのであった。
「というわけで、班長、今期は俺の代わりにキースをザッカス研究室の警護騎士に推薦、いえ、任命してください。お願いします! 俺はもう嫌なんです!」
リントが必死に懇願しているこの姿は、十日前にも目にしている。俺が魔法騎士班に着任して、一番喜んだのは、他ならぬ彼であろう。ダグラス班長はそんな部下の姿を見て苦笑している。
「そうだなぁ。一応、俺もそのつもりで考えていたから、ザッカス室長には話を通しておくよ。でも、最終的に判断なさるのは、ザッカス室長ではなくて」
「クレハ・ミストール、ですか?」
俺の言葉に、ダグラス班長は微笑む。
「ああ、そうだよ。そういえば、クレハ殿はキースの魔法学校の先輩でもあったね。キースは以前からザッカス研究室にも出入りしていたのだし……ならば話は早いか。今期はキースにザッカス研究室の対応を頼むことになると思う」
「構いません。覚悟はしています」
ザッカス室長もクレハのことも知らないわけではないのだし、国内・王都内ではやはり経験の多い魔法騎士が任務を行なうべきだと思う。新人騎士の俺には断る理由がない。リントと同じ魔法騎士班に配属になったときから覚悟はしていた。この一期はろくにこの国には帰ってこられないだろう。ザッカス室長もクレハも優秀な魔術師であるから、危険なことはほとんどないが、気の抜けない旅ばかりが続くとリントが言っていた。
「うん、本当に助かるよ」
「やった! これで俺も国内勤務に当たれる!」
ダグラス班長は微笑み、リントは諸手を挙げて喜ぶ。アキは「俺もクレハと一緒に仕事したいな」とうらやみ、「俺は出張したくないなぁ」とマールはほっとしている。新人騎士がどこまでできるのかわからないが、もしザッカス研究室に指名されたら、できることをやるだけだ。
「期待に応えられるよう、頑張ります」
「うん、ありがとう」
ダグラス班長の屈託のない笑顔が、俺にはとても心地よかった。