一話
何回か「二次選考落ち」になりました。
まだまだ精進あるのみ、です。
仕事が好きか、と問われれば、俺は自信を持って「好きだ」と答えることができるだろう。アストリア国の王立騎士団に入団し、魔法騎士班に所属できたことを誇りに思っているし、青い甲冑を着て街を歩いているだけで国民から頼られていると実感できる。出身国では虐げられていた俺が、この国では必要とされている。それが一番幸せなことだ。叙任式から十日ほどしかたっていないが、俺は自分の仕事におおむね満足している。
"ここを本拠地としていたのでしょうね"
王都から程近い森の中。俺たちが見つけたのは、目くらましの魔法を使い、岩の陰に隠れるように設置された野営だ。火を起こした跡も、何かの肉を食べた跡も残っている。矢でも作っていたのか、木の削りかすがそこここに落ちている。
「まだ温かいな。遠くへは行っていないだろう」
焚き火の跡に手を添えて、青い甲冑を着込んだ同僚、リント・ビームスはつぶやいた。野営の規模から見て、人数は多くないと推察される。問題は、野営を設置した彼らがどこへ向かったか、ということだ。
「キース! 向こうだ!」
リントの指差すほうを見上げると、確かに、木々の間を駆け上って行く赤い狼煙が見えた。アキかマールがあげた魔法の狼煙だ。リントと俺は森の中の探索を打ち切って、もう一組の仲間の方向へと駆けていく。
「我々は、アストリア国に仕える騎士である。もちろん、国王女王陛下だけではなく、王族、貴族、すべての国民に仕える身分である。国の大事には全身全霊をもって職務に臨まなければならない。だが、その前に個人である。それを忘れてはならない。我々は国に仕える騎士であるが、その命を簡単に投げ出すような真似は決してしてはならない。それを忘れずに、勤務してほしい」
それは、王立騎士団の叙任式で、ラック騎士団長から賜ったお言葉だ。
「我々は国に仕える者ではあるが、国のために命を投げ出すものではない」。それは、本来ならラック団長の言葉ではない。ライカ女王陛下のお言葉だ。宮仕え人にとってはあまりにも有名なお言葉である。
俺たちが守らなければならないのは、アストリア国に住むすべての国民だ。だが、例外もある。例えば、王都とミカの港町の街道に出没する盗賊、などだ。
「うわっ、シアテネル」
前を走るリントが、慌てた様子で円の陣を切った。俺とリントの目の前に、水の網が出現する。その網に吸い込まれるように、じゅわりと音を立てて炎が掻き消える。誰かが炎の球を放ったようだ。
「やっぱり魔法の使える盗賊団か」
「いや、キース。今のはアキの魔法だよ。アキ! 自分の魔法くらいちゃんと制御してくれ! 火事になるだろ!」
リントは火が消えたことを確認してから駆け出す。その先に、三人の男たちと攻防を繰り広げている二人の騎士の姿がある。三人の盗賊は、盗品なのだろうか、立派な剣を手にしている。だが、遠くから見ても、三人に剣の素養があるとは思えないほどひどい立ち回りをしている。一人は無闇にロングソードを振り回し、一人は突き出した剣先がふらふらと揺れ、さらにもう一人はショートソードを持っているせいか間合いがつかめず首を傾げている。アキが魔法で一気に片をつけようとした理由がわかった。素人に剣を振り回されると、迷惑だ。予測がつかないからだ。
アキとマールは俺たちに気づいて、少し残念そうな顔をした。俺たちが来る前に片づけたかったのだろう。俺たちの姿に気づいて慌てたのは、盗賊三人のほうだ。俺たちが回り込もうとしているのに気づくと、あたふたと動揺し始める。その隙を見逃さず、アキとマールはロングソードの二人の盗賊にそれぞれ剣を突き出した。
二人の盗賊の悲鳴が周辺に響き渡る。致命傷とはならないが、逃げることはできないくらいの傷を負わせたのだから、当たり前か。盗賊はそれぞれ足と腕を押さえて、地面に伏した。
残されたショートソードの盗賊は、剣先を誰に向ければいいのかわからないようで、ただ、おどおどしながら剣を振り回している。
「……足りないな」
街道のほうは二人に任せておけば大丈夫だと踏んだのか、リントは歩きながら周囲を見回す。
商人ギルドから、魔法を使う盗賊が出現したという報告があったのは、数日前。商人が持つ手荷物や荷馬車の積荷を目当てにした盗賊のようで、王都とミカの港町を結ぶミカ街道に出没すると報告されていた。商品の流通が滞り物価が高騰すると、困るのはアストリア国民だ。ギルドも自警団と協力して対応していたようだが、被害ばかりが大きくなり、騎士団に「どうにかしてほしい」と要請があった。こういう場合、副騎士団長がどの班が適任かを決めるのだが、魔法を使う盗賊であるがゆえに、魔法騎士班に仕事が回ってきたというわけだ。
ギルドからの報告書には盗賊の数は「不明」と記されてあったし、野営の状況から見ても何人組なのかは判別できなかったが、あの三人には剣の素養はもとより、魔法の素養はなさそうだ。だとすると、他に仲間がいると考えるのが自然だ。
"左です"
空を裂く音が聞こえた瞬間に、俺もリントも剣を引き抜いていた。抜きざまに、炎が揺れる矢を断ち切ったのは、俺だ。炎の矢は俺の足下で赤く揺れる。
「シアフラグ」
伏せながら、円の陣を描き、消火する。同じく伏せたリントが、矢が飛んできた方角をにらんでつぶやく。
「どいつもこいつも、森の中で火を使うことがどれだけ危険なことかわかっているのか」
わかっているから、炎を使っているのではないか。喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
弓を構えた男が、下卑た笑みを浮かべてこちらを見ている。おそらくは、あれが盗賊の魔術師だ。リントが森を気遣っていることに気づいて、意図的に炎の魔法を使ったようだ。頭は悪くないらしい。
「一人みたいだな」
「そのようだな。俺は右。キースは左」
「わかった」
サンドリュート魔法学校での先輩、ゴーディ剣術道場での仲間、そして、今は魔法騎士班の同僚……長年一緒に過ごしてきたがゆえに、リントの考えていることはすぐにわかる。うなずくと同時に、リントは右へ、俺は左へと駆け出す。
森の中は街道と違って整地されていない。木の根や落ちた枝葉に足をとられないよう気をつけながら、走る。円の陣はすでに完成している。魔術師の男はリントと俺に向かって矢を放ってくる。炎の矢を避けながら、水の魔法で消火する。炎さえ消してしまえば、あとは矢を避けるだけだ。
"次、大きいのが来ますよ"
魔術師の男が弓を捨て、空で大きく三角の陣を描いた。炎の魔法陣だ。俺とリントも一旦立ち止まって、大きく円を描き、水の魔法陣を出現させる。
「トーラフォルト!」
「シアフォルテル!」
「シアヴォールマグ!」
炎が男を取り囲み、水がそれを飲み込む。炎よりも速く水が男に回り込む。男の悲鳴が水にかき消される。魔法学校を卒業後、騎士試験に合格して魔法騎士となった男が二人、盗賊などをやっている魔術師に魔法で負けるわけがない。魔術師の男はずぶぬれになりながら、俺たちをにらみつける。火の気はまったくない。
「お前の仲間も捕らえた。そろそろ観念したらどうだ?」
リントの言葉に、男は唇を噛んで腰に手をやる。空を切り裂くように男から放たれたのは、細身のナイフ。矢といい、ナイフといい、男は飛び道具を使うのが得意らしい。確かに男は俺の額を正確に狙っていた。だが、俺が誰かにぐいと手を引っ張られたことにより、男の思惑からは外れる結果となった。ナイフは俺の左肩のあたりをかすめて通り過ぎていった。悔しげな表情を浮かべて逃げ出した男を、俺の無事を確認したリントが追う。
「ぼうっとしていたら危ないぞ」
見上げると、同僚のマールの顔があった。俺を引っ張ってくれたのは彼のようだ。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。あとはリントに任せておこうかな」
「でも」
マールは空にするりとギザギザの線を描き、陣を完成させる。視線の先には、男。マールは冷めた目で男を見つめる。
「ブリグフォルト」
激しい光のあと、男の悲鳴が森に響き渡った。水をかぶった男に、強力な雷の魔法とは恐ろしい。感電して動けなくなっているだろう。息をしているかどうかも不明だ。リントがとばっちりを受けていないかどうかが心配だが、マールはふぅと一息つく。
「俺、やっぱり、王都から離れたくないんだよねぇ」
王都からあまり出たがらない魔法騎士マールは、リントと魔術師の男のほうを一瞥することなく、街道へと向かった。
「マール、このバカ、俺を殺す気か!」
リントの大声を耳にしてようやく、俺はその場から立ち上がり、彼のもとへと急ぐ。無事で何よりだ。
俺はこの仕事が好きだ。この先、この同僚たちの中で、ちゃんとやっていけると思う。……たぶん。