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十三話

「何、話していたんだ?」

「情報収集。軟派な騎士は口が軽くて助かるわ」

 今日は家に帰る前に屋台通りの露店で揚げポテトを買い食いする。近くのベンチに座り、他愛もない話をする。狙われるような行動をするのだと、クレハは言う。

「ギルドや酒場は情報を集めるのには打ってつけの場所だけど、王宮の中の情報はなかなか出回らないのよね。王宮内の情報がほしければ、王宮内で手に入れるしかないの。騎士や公務員は結構簡単にしゃべってくれるからやりやすいわ」

 揚げポテトにはバターがたっぷりと塗ってあり、指を舐めながら食べなければならない。手が汚れてしまうのだが、それが買い食いの醍醐味だとクレハは笑う。近くに水場があるのだから、そこで手を洗えばいいという考えのようだ。歯はまだ痛いらしく、少し顔をしかめながら揚げポテトを頬張っている。

 そういえば、屋台通りのかき揚げが美味しいと言っていたのは、誰だっただろう。ダグラス班長だっただろうか。いつも買って帰るのだと笑っていた。

「王宮内の情報?」

「最近のね。長いこと王宮から離れていると、噂話でさえ重要な情報になるのよ。一応、私たちが国を離れていた間の情報は時系列で報告をもらうようにしているけど、それだけじゃ追いつかないから」

 道理で、今日、クレハは頻繁に室長室を出入りしていたのか。確かに、ザッカス室長よりもクレハのほうが役職についていない分動きやすいのだろう。どういう情報を手に入れたのか気になるところだ。

「あぁ、そうだ。この件が片づいたら、すぐにレイリアルト国に行くことになっているんだけど、その警護騎士をキースに頼むようになると思うの」

「え?」

「ネルド国じゃないんだから、いいじゃない。手当は弾むわよ。一応、ラック騎士団長にはお伝えしているし、ダグラス班長にも話が行っていると思うわ。本来ならクアンタからレイリアルトに渡りたかったんだけど、帰国命令が出ていたからそうもいかなくて」

 そういえば、二人はクアンタ国の出張から帰ってきたところだったのだ。確かに、クアンタ国とレイリアルト国は近いのだから、一度アストリア国に戻るよりも移動距離は短くてすむし、経費もかからない。だが、そうしなかったおかげで、危険な魔族の痕跡を見つけたのだから、結果的にはよかったのではないか。

「ちなみに、どんな案件なんだ?」

「王族の私的な浜辺に何かが棲みついてしまっているみたいなのよね。その調査。原因と対策方法を調べなきゃ」

 浜辺に棲みついてしまった何か。動物、魔物、魔族、精霊……選択肢は大幅にある。なぜそこに棲みついてしまったのか、どうすれば共存・追放できるのか、そういうことを調査するのだろう。

「何かって、見当ついているのか?」

「全くついていないわよ。それを調べにいくの」

 それにしても、クレハが今のこの魔族の件ではなく、次の案件に目を向けているとは驚いた。この件が早くに片づくと踏んでいるのだろう。対魔族特別非常事態宣言が出されるほどの特別危険魔族相手に、どんな勝算があるというのだろうか。

 ふと視線のすみに、見知った顔が入り込む。ネネだ。仕事帰りなのだろうか、一人で足早に酒場町のほうへと去っていくのが見えた。魔術師はみな通勤退勤中に警護騎士をつけるのに、彼女はつけなくても大丈夫なのだろうかとぼんやり考える。

「レイリアルトは今の時期暑いからあんまり行きたくないのよね……」

「きゃああ! 大変! 誰か!」

 女の人の悲鳴が聞こえた。その瞬間に、隣に座っていたクレハは悲鳴のあがったほうに駆け出していた。揚げポテトは半分以上残っていたはずだったが、すでに道端に落ちている。たとえ仕事中でなくても、こういうときにすぐさま動けるクレハを、俺は心底尊敬するのだった。

「私、宮廷魔術師のクレハ・ミストールです。どうかなさいましたか?」

 国章の入った魔術師証を周囲に見せながら、悲鳴の主のほうへと駆け寄るクレハ。人垣ができかけていたが、人々はすぐに寄ってくれる。この国の人々は優先事項をしっかりと知っているのだ。人垣の中心にいたのは、中年の女の人と年老いた男の人だ。男の人が倒れ、泡を吹いてがくがくと震えている。女の人がそれを支えているように見える。

「あああ、魔術師様! この人がいきなり倒れて……!」

 昨日もこんな風景を見た。マールのことが頭をよぎり、一瞬魔族が近くにいるのかと身構えるが、ギアは何も言わないので違うようだ。クレハは男の人の口の中を調べ、一瞬の躊躇もなく泡だらけの口に指を突っ込み、吐かせはじめる。背中をさすりながら、さらに五芒星の陣を描き魔法を施している。手についた吐瀉物を気にせず、人垣の中の人々に命令を出す。

「どなたか水を持ってきてください。あと、どなたか、王宮へ行ってロング研究室長を呼んできてくださいますか? クレハ・ミストールが呼んでいると伝えていただけたら、警護騎士も通してくださいますから」

 クレハからゴールド硬貨を受け取った二人の男が、それぞれの方向に嬉しそうに駆けて行く。俺が行こうかと思ったが「キースはここにいて」と言われ、仕方なくそばに立つ。

 困惑した表情の女の人に、クレハは微笑みかける。

「大丈夫。心配ないですよ。あなた、この人の知り合いですか?」

「い、いえ……私はそこの屋台の者です。この方は先ほどうちで買っていただいたかき揚げを食べた方です」

 確かに彼女は「かき揚げ屋」という名前が刺繍されたエプロンを身につけている。自分の店のものを食べた客がいきなり倒れたものだから、ビックリしただろう。

「キース、この人の様子を見ていて。で、水を取りに行った人が戻ってきたら水を飲ませてあげて」

 クレハと交代する。男の人は苦しそうにゼェゼェと呼吸をしている。顔色は悪いが、命に別状はないと見える。クレハは店主に事情を聞いている。

「差し支えなければ、かき揚げの材料を見せていただいても構いませんか?」

「え、ええ、もちろんです」

 屋台の中で店主とクレハが話をしている。俺は、水を持ってきた男の人に礼を言いながら、倒れた男の人に水を飲ませる。むせながらも、カップからちゃんと水を飲んでくれた。よかった、と胸をなでおろす。

「どうしました、クレハ殿!」

 騎士を引き連れて、ロング室長が慌てた様子でやってきた。魔法薬の研究者、ネネの上司だ。今日ザッカス研究室に出入りをしていたので、俺も面識がある。だが、クレハが返事をする前に、人垣の中に俺と男の人を見つけて、すぐにするべきことを悟ったようだ。

「ロング室長、この方の解毒をお願いいたします」

「ああ、大丈夫。問題ありません」

 いつも持ち歩いていらっしゃるのだろうか、荷物の中からビンに入った解毒剤を取り出して、男の人に飲ませる。慣れているのだろう、その手際はよい。我が国の魔法薬の第一人者に介抱されながらもまだ男はしんどそうではあったが、徐々に呼吸が落ち着いてくる。ようやく俺もほっとできる。

「この者を王宮に運びますか?」と一緒にやってきた警護騎士が尋ねたが、ロング室長は「とりあえず、このまま様子を見ましょう」と言葉を残し、クレハのほうへ寄っていく。代わりに俺が男のそばにつく。

「ありましたか?」

「ええ。ただ……色が違いますが、ミツユリの花でしょう。花弁はミツユリの花の形です。品種改良でしょうか。この店はミツユリの花を飾り付けに使っていたようですね」

 ちらりと見えた、大量の薄桃色の花弁。きれいな花だ、と思った。ミツユリの球根には魔力を回復させる力があるが、その花には毒がある。その毒というのは、魔力にのみ反応するものだ。魔術師ならみな知っている。誤って口にしないよう、王宮に植えられているミツユリには花がつかないよう品種改良まで施したくらいに、魔術師にとっては危険なものだ。俺は初めてミツユリの花を見た。飾り付けに使いたいと思えるくらいにきれいな花だとは知らなかった。

「彼女はロンザ国からやってきた露天商のようです。魔法に詳しくはないようで、ミツユリの花に毒があることを知らなかったようですね。一応、騎士団に報告をして、どうするか決めてもらいましょう」

「そうですね。中毒者はどうしましょう?」

「一応、この方も連れて行きましょうか。まだ手当てをする必要があるようです」

 結局、騎士団棟に戻ることになった。ロング室長と一緒にやってきた警護騎士がミツユリの中毒者を背負い、俺はまたもクレハやロング室長の後ろを歩くこととなった。こういう役回りだ。

"それにしても、事件に巻き込まれる日々が続きますね"

 苦笑交じりにギアがつぶやいた言葉が忘れられない。理由なんてさっぱりわからないけれど、こんなことが続くのは真っ平だと思う。


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