十一話
クレハの警護は通勤退勤中だけだと思っていたが、マールの葬儀から帰り、騎士団棟に出向いたところ、ダグラス班長から思わぬ言葉を聞いた。
「キースは今日から例の魔族が捕まるまでザッカス研究室室長室の警護騎士だから」
「え」
室長室警護は、通常、王族付き騎士にしか与えられない任務だ。俺はまだその役職には就いていないし、そもそも勤め始めて日が浅すぎる。人手が足りないのならば、先輩騎士から任務を与えるのが筋ではないのか。
「騎士団長が決められたのだから、その決定がどんなに理不尽であろうとも、どんなに腑に落ちないことがあろうとも、我々は従うしかあるまい。警護はしたことあるだろう? 室長室警護も同じようなものだ。出入りする人間に気を配るようにしていれば問題ない」
「でも」
「まぁ、最初からお前はザッカス研究室に取られるものだとは思っていたからな。それが早まっただけさ。しっかりやってこい。それにしても、リントが囮役に抜擢されてしまうとは……団長はどれだけ俺の班員を犠牲にすれば気がすむと思っているんだか」
ダグラス班長の言葉で、リントが囮を引き受けたことを知る。マールの葬儀のときにリントは何も言っていなかった。マールの仇を討つつもりなのだろうか。だとすると、相当な緊張感を強いられているはずだ。
「リントは大丈夫ですか?」
「心配か? あいつなら大丈夫さ。リオン魔術師長に何か魔法道具をもらって嬉しそうにしていたぞ。たぶん、囮になる代わりに、防御力や攻撃力でも上げるような道具をもらったんだろう」
リオン魔術師長の魔法道具。それはだいぶうらやましい。本来なら魔術師にのみ貸し出されるという、高価かつ珍しいアイテムだ。うらやましい。
「とりあえず、キースは魔族が捕まるまでずっとクレハ殿の力になるように、な。棟中の騎士がうらやましがるぞ。それでなくても、前期はうらやましいという声が続出したんだからな。まぁ、リントは全然そういうのに興味はなかったが」
「うらやましい?」
ダグラス班長は俺を見つめ、ため息をつく。「お前も興味のないクチか」
「クレハ殿は、騎士からはとても人気があるんだよ。もともと幼い頃から例外的に研究室所属であり、宮廷魔術師に就任した直後から王族付きになった特別な魔術師であらせられる。さらには他国からの信頼も厚く、将来も有望されているけれど、だからといって驕り高ぶることはない。俺たち騎士に分け隔てなく接してくださるし、庶民的な感覚をお持ちの方で……そして何より、美人だ」
そうか。そういう評価なのだな、騎士たちの中では。不思議ではあるが、疑う余地はない。確かに、彼女は優秀だ。客観的に見ると美人なのかもしれない。
「妬まれますかね?」
「デレデレしていなければ大丈夫だろう。リントはクレハ殿に全く興味がなかったから、他の騎士からそこまで妬まれることもなかったようだし。キースはキースで、ミラに失恋したというかわいそうな魔人騎士だということになっているからね。大丈夫だろう。さ、仕事仕事!」
ダグラス班長にバシバシと背中をたたかれ、俺はやり場のない困惑した感情を飲み込む。
「かわいそう……」
"言い得て妙ですね"
ギアが笑っているのが目に浮かぶようだ。