第7章「サイフォンの原理(流体支配)」
換気扇が備え付けられていないのか、換気扇の電源が入っていないのか、確かめるすべはない。ともかく、破裂し終わった爆竹の臭いが部屋中に充満していて、落ち込んでいた私の心をさらに沈み込ませた。
さっきのさっちゃんの表情が頭から離れない。
悪意より憤怒を感じた。
私の足の指を壊した時はあんな表情はしてなかった。ただ、作業をこなしている様な、淡々とした感情の感じない動き。
さっちゃんが私のことを友達だと思っているかはもう分からない。
でも。それでも、人の足をあんな風にむちゃくちゃにすることに対して、まるで感情が感じられなかった。
まさに「作業」だった。蟹工船で蟹を加工するかの様に、淡々と彼女は作業をこなした。
頭痛と足の痛みで考えがまとまらない。何も考えられない。
ガチャ。電気がついて、ドアが開く。
もう時間の感覚は残っていない。どのくらいの時間がたったのか分からないけど、爆竹の臭いは残っていなかった。
さっちゃんの顔をおそるおそる見る。さっきの様な表情は消えていつものニコニコとしたさっちゃんの表情に戻っていた。
「もぅ、やだよ…。さっちゃん。許してよぉ…。」
気がつくと、私はこびる様にさっちゃんにすり寄っていた。意識的に表情を作ったわけじゃないのでどんな表情をしていたのか私には分からないが、多分、下卑た表情であったのではないかと思う。
私の前に立って、さっちゃんは私を見下ろす。
「ひっ…」
その表情は私の心の奧を見透かしている様で反射的に身体がこわばる。
「違うわ。許してもほしいのは、私。私が貴女に許してほしいのよ。どうして分かってくれないの?」
そう言って、さっちゃんはひざまずいてから手に持っていたぬれタオルで私の顔を拭う。
「さぁ、綺麗になったわ。」
突然、額にキスをされた。全く予想外のことだったから、驚いて私はさっちゃんを見る。
さっちゃんは少し顔を赤らめて、優しい目で私を見ていた。
訳が分からない。さっちゃんの真意を探ろうとしたけど何も見いだすことが出来ず、ただ、硬直して結果として二人で見つめ合う事になった。
耐えきれない。
ともかく、何か次の一手を出そうと色々な言葉が頭を駆け巡ったけど、どれも声に出来なかった。
「おしっこ行きたい…。」
不意に、私は言葉を発していた。
そうだ。理由なんて何でも良い。この椅子から離れられれば、逃げるチャンスが見つけられるかもしれない。もし、今はダメでも何かのヒントを得られるかもしれない。
「どうしたの、急に?はしたないわよ。」
「おしっこ行きたいの。さっちゃん…。おしっこ…。」
「困ったわねぇ。ホントにおしっこ行きたいの?」
「このままじゃ、もれちゃう…。お願いさっちゃん。そんなの恥ずかしい。」
神様にすがりつく気持ちでさっちゃんにすがる。
「ふーん。おしっこねぇ。」
いつの間にか立ち上がっていたさっちゃんは、まるで笑みを隠すかの様に口元に手を添えて私を見下ろした。
「どうしても行きたい?」
私は悪手を打った。どう間違えたかは分からないけど、それだけは理解できた。でも、もう引き返せないことも理解できていた。また身体が震え始め嫌な汗が噴き出してきた。
「嘘じゃないわ。ホントに、行きたいの…。」
涙が出てくるのが分かる。呼吸も乱れている。また、さっちゃんは私の前にひざまずく。
彼女は両方の太ももの付け根あたりを優しく摩る。
「どうしたの。足が震えているわよ?そんなに我慢してたの?」
恐怖で私は答えることが出来ない。
「でもね…。」
下腹部に引っ張られた様な軽い痛み。
「痛っ。」
「これ、カテーテルっていうの。知ってる?」
そう言って私に茶色い紐を見せつけてから、それを勢いよく引っ張った。
「いっぅ!」
「知らないよね?膀胱からおしっこを抜くための管よ。」
下腹部を手で押さえてから、またカテーテルを引っ張る。抜けない。
「二重構造になっていてね。先が風船みたいに膨らむ様に出来てるの。」
さっちゃんはカテーテルを引っ張りながら、私の下腹部を揉む。
「だからね、こうやって膀胱まで入れてから膨らませたらね。抜けることはないの。それにね。」
身体の中に冷たい何かが逆流してくる感触。
足の震えが止まらない。私の中に出ては、入り直す気持ち悪い何か。カテーテルをたぐり寄せて、椅子の下からさっちゃんは何かを取り出していた。
「気持ち…悪い…。」
「カーテーテルも知らないと、これも何だか分からないでしょ?」
何かの茶黄色い液体が入ったビニール袋を見せつける。
「じゃん。おしっこ袋。誰のおしっこかは…、分かるよね?」
そう言っておしっこ袋を、私の顔面に押しつける。また何かが入ってくる感覚。
「止めて、汚い!」
「貴女の者で汚い物なんてないわよ。ほら、こうやって袋を握っておしっこを逆流させられるでしょ?」
さっちゃんは立ち上がっておしっこ袋を高く上げる
「こうやって高く上げても、サイフォンの原理で身体の中にもどる。随分沢山だしたのね。お腹がぷっくりしてきたわよ?」
おしっこ袋に入っていた分、体内に入りきらない量のおしっこが私の中に逆流する。足の震えが恐怖からなのか、膀胱が圧迫されたせいなのかもう分からない。
しばらくして袋を私の目線に下ろしてから、さっちゃんは私の下腹部を足で揉む様に踏みつける。すると、また、袋におしっこが逆流する。その気持ち悪さに身もだえする。
「足を離したら、また、身体に戻っていくでしょ?でもね…。」
おしっこ袋から手を離して、袋が足下に落下する。床に落ちた衝撃で少し身体に逆流してから、袋におしっこが戻っていく。その様は見えないけれど、下腹部の感触でそれが分かった。ぱんぱんに膨らんだ膀胱が解放されていく感覚は間違えようがない。お漏らしをした様な開放感に一瞬支配される。
「袋が膀胱より下にあったら、重力に押されておしっこは袋の方に落ちるのよ。言ってる意味分かるよね?」
多分、さっちゃんが袋を踏みつけたのだろう。また、おしっこが逆流してくる感覚。
「貴女の身体の中におしっこなんて、入ってなかったのよ。」
何度も、袋を踏みつけては離し、踏みつけては離しを来る返した。その不快感に私は身もだえする。
「うそつき。」