第5章「錯乱は冷静を呼び、冷静は錯乱を招く」
痛み。
この現実感のない暗闇の中で、それだけが確かな事実として私を支配していた。
暗闇は人を弱らせる。心身ともに。
私は弱っていた。
どうしてこんな目に遭うんだろう。一体、私が何をしたんだろうか。わからない。どうして?
電気がつく。さっちゃんが部屋に入ってくる。
「気が変わった?」
絶叫。嗚咽。恐怖。逃避を願う心を踏みにじる乾いた言葉。
「まだ、ダメなの…?」
足に激痛。壊された左足をさっちゃんが踏みにじる。
「じゃぁ、次は右足の親指と小指ね。」
「うあぁぁやめっ、やめ…。」
腰をゆらしても、脚を動かそうとしても固定されていて逃げられない。せめて指先だけでも逃げようとしても、長い間堅い椅子に座らせられていたせいでほとんどしびれて動かない。
激痛。
歯が砕けそうなくらい食いしばって痛みに対抗する。
激痛。
視界が狭い。呼吸を忘れていてむせる。息をするために口を開けた時に口にタオルを押し込まれた。
「歯が砕けたら、かわいそうだからね。」
平手で頰を叩かれた。パンと大きな破裂音。
「さっきすごい顔してたわよ。可愛い顔が台無し。」
ハンマーが振り下ろされる。
激痛。激痛。激痛。
太ももや脹ら脛が別の生き物の様に痙攣している。
意識が飛ぶ前に気がついた。無意識に息を大きく、最小限にして痛みに対抗している自分がいる。
痛みと恐怖に混乱し錯乱している自分と同時に、それを冷静に観察している自分もいる。冷静な私は、自分とさっちゃんを観察して、その先を予測して、そして予測した結果に恐怖し、さらに錯乱する自分がいるんだ。