第4章「てこの原理と振り下ろされたハンマー」
薄い意識の中で、遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。感覚は鈍く。痛みは知覚でしか感じられない。顔をはたかれている様だけど、心だけがそれを感じていて、痛みとしては感じられない。
世界が広く。代わりに自分は緩やかに小さくなって重力は感じないのに少しずつおちている様な感覚。
覚醒。
一瞬で感覚が現実に戻る。急激に取り戻した苦痛でうめく。
「気がついた?心配したのよ。」
感情を読み取れない表情でさっちゃんが私に声を掛けた。さっきの鉄パイプで軽く私の額を小突く。
「私がこの鉄パイプで殴りつけると思った?そんな事したら、貴女、死んじゃうじゃない?絶対にそんな事しないわよ。」
「じゃぁ、どうしてこんな非道いことするの…。」
「何回言わせるの?言ったじゃない。貴女に殺してもらう為よ。だから殺さない。輸血してでも生きていて貰うわ。」
後ろから私を優しく抱きしめて、淡々とさっちゃんは答えた。
背筋が凍り付く。狂ってる。
「そんな事…。」
「出来ないと思う?お父さんもおじいちゃんもお医者様だったし、輸血なんて何回も見てきたわよ?それにね…。」
クスリと笑う声。
「何回か、したこともあるしね。」
口から適当なことを言って脅しを掛けているのとは違う、明らかに自信のある声色。怖い。ただ、単純に怖い。
「ゆるして…。」
「許してほしいのは、私。貴女じゃない。だからね、はやく私を殺して?」
甘えた声で私をぎゅっと抱きしめた。少し荒い生暖かい息が私の頰に当たる。
「ゆるして…。ゆるして…。」
何度も許しを請う。気がつくと私は嗚咽していた。
「そっか…。ダメかぁ。」
残念そうに抱きしめていた手を離した。頭を優しくなで回してから、前に回って私の前に跪いてさっきの鉄パイプを私に見せた。
「てこの原理。」
「へっ?」
「この鉄パイプの使い道の事。」
さっちゃんは鉄パイプの穴に自分の小指を奥まで入れる。
「こうやって指を入れるでしょ?指を入れた方が支点と作用点。逆の終端が力点…。って言葉で言っても分かりにくいわね。取りあえずやってみたら、理解できると思うわ。」
さっちゃんが私の前でうずくまる。左足の小指が何かが当たる感触。
「この状態じゃ見えないと思うけど、理解は出来るわね。パイプに足の指を入れたのよ。足の指の付け根とパイプのフチが当たる位置が支点。力点は逆のフチ。何が言いたいか分かる?」
足を動かそうとしても完全に椅子と床に縛り付けられていて、逃げられない。
「許してお願い!」
私はさっちゃんの「言いたいこと」を理解して、懇願する。
「だって、殺してくれないんだもの。殺してくれる気になるまで私、頑張るつもりよ?それまでの間に逃げられたくないしね。」
「逃げない!逃げないからやめて!お願い!」
「じゃぁ、お願い聞いてくれる?」
「分かった。分かりましたから、お願いだから許して!」
「ありがとう。でもね…」
一瞬。息が止まる。
小指に激痛。痛みを予測する間を与えられなかった。
身体を固定されて、強制的に受け入れさせられる純粋な痛み。
絶叫。
不整脈と過呼吸。
「こうやって床に対して垂直に立てて…。さぁ、もう一度、歌ってみなさい。」
私は叫び続ける。
「歌いたくない?残念ね。代わりに私が歌って上げる。ハンマーが振り下ろされる…。」
足に衝撃。
「鉄パイプの上に、ね。」
絶叫。自分でもどこから声を出しているのか分からない絶叫。
「こんな状況で適当に言われた言葉なんて…、信じられないわ。」
そうして、淡々さっちゃんは足の指を壊し始めた。
モザイク加工なし口絵
http://www.biwa.ne.jp/~coo-mail/usumaku/forgive_me/OB1180705460996.jpg