第17章「振動器」
さっちゃんとの駆け引きに勝利した高揚感で、しばらくの間は痛みを忘れていた。しかし、興奮は何時までも持続しない。結局、一度痛みを思い出したら、瞬く間に身体は痛みと熱に支配された。
何度も意識を失い欠けたが、ぎりぎりで踏ん張る。
意識を失ったら、もうさっちゃんに勝てない様な気がする。ここが踏ん張りどころだ…。
「ずいぶん、つらそうね?」
さっちゃんの声に覚醒する。
意識が飛んでいてさっちゃんが帰ってきた事に気が付かなかった。意識的に足を動かして痛みで気力を取り戻す。
「あぁ、起きてたの。寝てるものだと思ったわ。」
「こんな状況で、のんびり眠れるほど私の心は図太く出来てないわ。」
「そうかしら?意識はここになかったみたいだけどね。」
分かっているなら聞くな。いらつく。
「ちょっと聞きたい事があってね。」
「なに?そんな事より友恵はどこよ。はやく連れてきて!」
「友恵ちゃんも美術部だったでしょ?」
「知ってるでしょ?一々知ってる事聞かないで。はやく、友恵を…」
「ちょっと、自分の言いたいことだけ言わないでよ。私の話をちゃんと聞いて。」
私の汗をハンカチで拭きながら、淡々とさっちゃんは自分の要求を押しつけてくる。分かってる。飲まれちゃダメだ。
「やっぱり、美術部の人って将来絵の仕事がしたいものなの?」
「人によるわよ。」
飲まれるな。さっちゃんに飲まれかけてる。踏ん張れ。息を整えろ。
「友恵ちゃんの事が心配?」
これ見よがしに私の目の前で指を小刻みに動かしながら、手のひらを揺らす。あがなえずに、視線を持って行かれる。
「ここにいないって、自分で決めつけたじゃない?馬鹿にしてるの?」
突然、足に激痛。絶叫。
「よそ見しちゃダメじゃない?そんなんだから、足を踏みつぶされるのよ。」
冷静な私が心の中で叫ぶ。負けちゃダメだ。
でも、食いしばった歯がかみ合わない。アゴに力が入らなくなっている。
「馬鹿にされるのは私、好きじゃないんだ。」
涙と鼻水とよだれが滝の様にこぼれている。鏡を見なくても感覚で分かる。
このままじゃ飲み込まれる。ダメだ。耐えろ。耐えろ私。痛みを利用して自分を保つんだ。
「それとも、まだ私の事信じてくれてるの?信じてくれてるなら嬉しいわ。」
「どっち…でも、いいでしょ。はやく!友恵を…、連れてきなさい。」
激痛。また、足を踏みにじられる。
無意識に息を止める。歯を食いしばろうとしてもアゴに力が入らなくて踏ん張れない。
ほぼダイレクトに痛みを受け止める。純粋な痛み。
「もう私の事なんて信じてないんでしょ?ちょっと前に言ったわよね?人を信じられないのは悲しいって…。あなたに嘘つきって言われた時、私悲しかったのよ。」
髪を鷲掴みにして無理矢理顔を上げさせられた。見下したさっちゃんの感情が感じられない眼差し。それでいて呼吸は荒く、深い怒りを感じさせる。
飲まれた。
飲まれてしまった。
「傷ついたのよ。わかる?傷ついたの。」
ガタガタと身体がまるで振動器の様に震え出す。
歯がカチ合って音を立てる。それが頭の中で響いて、冷静な私が「私がさっちゃんに恐怖している事」を錯乱した私に教えてくれる。
「だからね。ペナルティよ…」
そしてさっちゃんはまた、私の足を踏みにじった。




