第12章「レンズ越しに見た風景(虚像)」
泣き疲れていつの間にか寝てしまった。喉の渇きと痛みで目が覚める。
きっかけが何かは分からないけれど、少し冷静になる。
どうにかこの状況を打破しなければならない。さっちゃんの意図を考えるんだ。さっちゃんの要求を理解して、それを満足させ、さっちゃんを懐柔して、状況を好転させなければならない。そうしなければ、私はいたぶり殺されるだろう。
いくら何でもさっちゃんが本当に私に殺されたいとは思えない。
じゃぁ、さっちゃんの本当の要求は何だ?
さっちゃんは私に対して許されないことをしたと言った。その償いとして?私に殺してほしいと言った。その言葉の裏は何だろう。
分からない。
言葉の意図は無視して状況だけで考えてみる。つまり、ただ、私をゆっくりといたぶって楽しんでいる。これはありそうだけど、だとしたらわざわざこんな意味の分からない設定を持ち出す意味はないと思う。
結局、これも分からない。
ならば、差し迫った問題について考えてみる。友恵の事。
さっちゃんは妹にまで手は出さないと思う。
さっちゃんは馬鹿じゃない。
一体何時間たったのか、何日たったのか分からない。でも、私が行方不明になってすぐに警察も動いているだろうし、家族に対するガードも堅くなっている筈だ。この状況で、妹を誘拐するようなリスクは犯さないはずだ。
もしかしたら、本当に友恵を連れ去ろうとするかもしれない。今のさっちゃんはまともな状態じゃない。そうなれば、運を天に任せるしかない。さっちゃんが失敗した場合、私は助からない。ここまで事を実行に移した硬い意志。その意志は崩れない。私の居場所は最後まで口にしないだろう。
運が良く、さっちゃんが目論見を成功させた場合。友恵にまで被害が及ぶ最悪の状況になる。いや、さっちゃんは運に頼る様なタイプじゃない。
じゃぁ途中で諦めて帰って来てくれるだろうか。そうあってほしい。それなら、私がいたぶり殺されるだけですむ。状況はこれ以上悪くならない。そう言えばここはどこだ?窓のない部屋。分厚いドア。そう言えば少し記憶にある様な気がする。
さっちゃんがいない間、必死で考えた。
不安はふくらむ。ともかく冷静になろうと足に力を入れて、激痛で恐怖を殺す。
何時間たったのか分からない。さっちゃんが部屋に入ってきた。
さっちゃんの姿を見た瞬間、頭の中の考えはすべて吹き飛んだ。
「さっちゃん、さっきのって嘘だよね…?」
妹が心配で声を上げようとするのを必死で我慢する。冷静にならなきゃ。
さっちゃんはクスクス笑ってた。表情が柔らかい。よかった。怒ってない…。どういうことだ。失敗したのか、成功したのか。さっちゃんの表情からは読み取れない。
「前に、みんなで一緒にドライブに行ったじゃない?可愛かったなぁ。お姉ちゃん子でねぇ。おさげがおぼっこくてねぇ。」
嘘だ。引っかかっちゃだめだ。必死で感情を抑える。
「でも、せっかく癖のない綺麗な髪なのにくくっちゃもったいないよ。」
ミスリードだ。
わざと関係ないことを言って揺さぶりを掛けているんだ。引っかかっちゃだめだ。自分を強く持たないとさっちゃんにの見込まれる。困惑するふりをしても、困惑しちゃダメだ。
「めがねの度。意外ときついのね?でも薄くて軽いね。コーティングもしっかりしているし、良いレンズね。高かったでしょ?」
信じちゃだめだ。冷静にならなきゃ。
「でも、友恵ちゃんは眼鏡やめてさ。コンタクトにしてショートカットにした方が絶対もっと可愛いよ」
嘘だ嘘だ嘘だ。さっちゃんはそんなリスク冒さない。
「だからね。ちょっと試してみたの。良い感じだったよ?」
そういってさっちゃんは手に持っていた眼鏡を鼻にかけて、何かを顔の横に持って行った。
見覚えのあるアンダーリムのフレーム。血が付いたレンズ。毎日見ている髪型。舌を出していたずらっぽく笑うさっちゃん。
冷静になんてなれなかった。




