兎の獣人は満月に猛り狂う
タイトルがそのまますぎてつらい。
まぁいつも通りということで。
短いですが、暇つぶしにどうぞ。
僕はこの村と隣村を行き来する郵便屋さんだ。2つとも小さな村だけど、意外と手紙のやり取りは多い。出稼ぎに出たお兄さんと、帰りを待ってるお姉さん。結婚して出て行った娘さんと、そのご両親。そして離れ離れの友人同士の手紙、などなど。
手紙はその2つの村だけでやりとりされている訳ではない。僕は繋いでいるのはこの2つの村だけだけど、別の街へとつなぐ郵便屋さんも勿論いる。その人達や僕は普通の人間じゃない、獣人だ。身体能力の高さゆえに、素早く荷物や手紙を届けられるのだ。それに、人間の香りが薄いため、魔物にも狙われにくい。狙われたとしても余程の事がない限り逃げ切る事ができる。むろん、完全に危険がないとは言えないのだが、大切な人の手紙を心待ちにしている人や、薬の配達を心待ちにしてくれている人の為に、僕たちが止めることはないだろう。
「よおミオ、今日の手紙だぜ。お疲れさん」
「あ、僕もあるから、置いていくね」
同業者の虎の獣人が僕に手紙を渡す。どうやら僕の行っている村経由でもう1つ向こうの村に届ける手紙のようだ。随分と遠くから来たようで、手紙は少しへたっている。彼はもう足が弱っているので、届いた手紙をここで他の郵便屋さんに手渡す仕事をしている。それぞれの郵便屋さんは村を行き来して、手紙の配達をしたりするので、行き違いになる事が多い。なので、彼のような配達業を引退した人が中継して手紙を渡すのだ。
この村と別の村を繋いでいる獣人は2人いる。僕と、ルルエラって子だ。その子は鳥の獣人で、飛ぶのが速くて優秀な郵便屋さんだ。
貰った手紙を鞄におさめつつ、僕も手紙を彼に託す。手紙の交換をし終えて、この村の人達に手紙を届ける。
「こんにちは」
「こんにちは」
おばあちゃんに手紙を渡す。おばあちゃんの旦那さんは、もう昔に亡くなっており、息子さんがこの村から3つ村を挟んだ大きな町に引っ越した。そこで孫も出来て、先日は賑やかな家族連れで笑っていた。あんなに嬉しそうなおばあちゃんの顔は見た事がなく、僕も笑いが零れた。
今はまた遠くに帰ってしまったらしく、ちょっと寂しそうだ。息子さんと孫たちの手紙を貰って、とても嬉しそうに笑っている。
「息子さんと住まないんですか?」
向こうに大きな家が建っているので、そちらに住めばさみしくないのに。
けれどおばあさんは首を振る。
おじいさんが眠っているこの地でゆっくりと余生を過ごしたいのだと。確かに都会は便利なのかもしれない、孫や息子に会えて賑やかなのかもしれない。けれど、ゆっくりと過ごしておじいさんの思い出と暮らすほうがいいのだといっていた。
僕には少し分からなかったけれど、おばあさんがそうしたいならそれがいいのだろう。
「こんちには」
「や、こんにちは」
普段はおっとりとした魚屋のお兄さんに手紙を渡す。
けれど今日はちょっと焦りながら手紙の封を破る。
現在お魚屋さんのお嫁さんは、実家に帰っているらしい。お嫁さんという人がいながら、別の女の人といちゃいちゃしたんだとか。怒ったお嫁さんが遠い村に帰ってしまった。どうして彼がそんな事をしたのか分からないが、そういうのはいけないとおもう。
魚屋さんの経営はお嫁さんが仕切っていたらしく、お魚は綺麗に並べられていないわ、閑古鳥が鳴いてるわ。完全に赤字経営らしい。まぁ自業自得ということで。
僕が立ち去ろうとすると、慌てて僕の腕をとるおにいさん。
「て、手紙今から書くから、届けてくれ!」
「え、でも他に手紙も届けなきゃだし……」
「書いておくから帰りに来てくれ頼みますおねがいします後生ですから!」
鬼気迫る勢いで言われて思わず頷く。まぁ、帰りに寄るくらいならいくらでも。
「こんにちは」
「こんみにゃにゃ」
小さな男の子に手紙を渡す。小さな男の子は、女の子に恋したみたい。男の子の手紙は、押し花や、ハンカチなど入れている。それと、簡単なメッセージカード。大好きだよ、と拙い文字で書かれた手紙はとても和むものだった。対する女の子からの返信は、どんぐりや幸運の葉っぱ、綺麗な文字の手紙。どうやら女の子は男の子よりも随分と年上のようだ。
手紙から良い匂いがするらしく、いつも嗅いでいるのだとか。その事を書いた手紙をだしたら、毎回違う良い匂いを付けてくれるようになったそうだ。少年よ、良かったね。君がもう少し大きい子だったら、変態としてドン引きされてたかもね。
「こんにちは、ミオくん」
「あ、レナさん、こ、こんにちは」
大きなフランスパンを抱えたレナという少女に遭遇した。パン屋さんの娘な彼女は、いつもパンの酵母の匂いがする。お父さんがパンをよりおいしくするために研究を重ねているらしく、余ったパンをこうして近所に安値で売りさばきにいっているのだ。その涙ぐましい努力で、常連客を獲得。毎度手法を変えてくる父のパンはそれなりに好評だという。
「これ、ミオくんに」
少し顔を赤らめて差し出されるのは甘い香りの袋だった。中をのぞくと、こんがり揚げられたパンが入っていた。この甘い香りは、メープル。恐らくは生地に練り込まれているか、中に入っているかのどちらかだろう。
僕は甘いものが好きなので、思わずお腹が鳴った。
そんな僕の様子を見たレナさんがクスクス笑い、恥ずかしくて俯く。
「これね、私が作ったんだ」
「え、レナさんが?すごい!」
「えへへ……」
はにかむレナさんはとても可愛らしい。笑うと口のあたりが引っ込んでぷにっとしてみたくなる。
落ち着かないようにスカートをいじりながらレナさんは顔を赤らめる。
「えっとね、ミオくんのために……つくったんだ」
「えっ……!」
そのセリフに思わず赤面する。
僕が赤面して固まると、レナさんもどんどん顔を赤らめていく。
そこにくすぐったい沈黙が落ちる。
「ああー……いいよね、甘酸っぱいよね」
そこに口を挟んで来たのは魚屋のおにいさんだった。死んだ魚のような目でこちらをみつめてくる。魚屋だけに、魚の真似が上手い。
その手には手紙。どうやら手紙を書き終えたようだ。
僕達は慌てて少しだけ距離をあけて居住まいを正す。凄く恥ずかしい所をみられた気分で落ち着かない。
それはレナさんも同じだったのか、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。勿論僕も彼女の顔も真っ赤っかだ。
「ミオくん、じゃあ、次来た時に感想聞かせてね!」
居た堪れなくなって、レナさんは立ち去った。
立ち去るレナさんの姿を目で追いながら、手で熱くなった顔をあおぐ。
「いいかんじじゃないの。つきあってんのか?」
「え!ち、違うよ、まだ、そんな、はやいし……」
「俺がおまえくらいのときにはもっとな……」
と、なにやら愚痴まじりに話しかけられて、後ずさる。
「あ、あの、僕、まだ仕事があるから!あ、手紙はもらっていくね!」
「あ、お、おう……」
素早く手紙だけ抜き取り、さっさと退散する。酔っぱらいに絡まれるってあんな感じだろうかと、ドキドキしながら離れる。
でも、レナさんと良い感じなのだろうか。確かに僕の事好きなんじゃないかって思う行動が何度もあった。さっきも僕の為に作ってくれたっていってたし、期待してもいいのかな?
勿論僕は、彼女が大好きだし。両想いで付き合えたらいいなって思うけど。僕達まだ12歳なんだけど……はやくないかなぁ……。
村の手紙を配達し終わり、自分の家がある方の村へと帰る。風のように森を駆ける。最初の方は木にぶつかる事もしょっちゅうだったけど、もう今では慣れたものだ。ぴょんぴょんと森をとんでいく。
今日の夜は満月だ。僕のような兎の獣人がもっとも強くなる日でもある。その夜だけ、僕達兎の獣人は寝る事はしない。聴力なども敏感になり、集中すれば隣町まで音が拾えるだろう。まぁ、近所の人達の話し声を聞かない為に、敢えて聞いていないけど。
その日の兎の瞳は赤く染まる。鏡を見た事ないので分からないが、両親も赤かったので、僕もまず間違いなく赤くなっているだろう。
力が漲りすぎて危ないから、ちょっとだけ森に入って発散させる事にしている。
丁度日が落ちる頃合いに家へとたどり着く。もうこの村の中継地点は閉まっているので、明日の朝に手紙を届ける事にしよう。
自分の家の屋根に上り、屋根を修理する。3日前の雨の日に雨漏りしたのだ。今日は力が満ちる時。簡単にひょいと屋根に上る事ができる。大人の獣人は、普通の日でものぼれるけれど、僕はまだこの満月の夜にしかのぼる事ができない。だから、この屋根に上る時は、ちょっと大人の気分に浸れるようでウキウキする。
柔らかな月の光が僕を照らす。
両親ははやくに死んでしまった。僕と同じ郵便屋さんで、魔物に喰われて死んだ。僕に残されたのは僅かな両親の記憶とこの家……それと、郵便配達。郵便屋さんは確かに僕の両親を奪ったけれど、僕はその郵便配達に生きがいを感じている。両親が死んででもやりたかった仕事に興味を抱いただけだった。最初は死に場所を探しただけだったのかもしれない。でも、今は両親の気持ちが痛い程わかる。
郵便屋さんは真心を届ける仕事だって。
屋根の修理も終わり、お茶を入れて屋根の上でくつろぐ。これが僕のひそかな楽しみ。月に1回だけのこの楽しみ。雨の日でも傘を差してでもやってしまう。雲が月を遮っても、満月がその向こうにあるのなら、僕達兎は力が満ちる。まぁ、ちょっとだけ力は落ちるけれど。それでも普段の何倍もの力を得るのだ。
今日はとっても綺麗な月明りだった。レナさんから貰ったメープル入りの甘いパンを齧りながら眺める満月。なんだかとても得した気分だ。もしかすると、彼女は満月だからパンを作ったのかもしれない。僕がこんな風にお茶する時の為に……なんてね。考えすぎかもね。
ざわりと毛が立った。
思わず立ち上がって、ぐるりと周囲を見回す。家の周辺に何かが来たわけじゃない。何もない……はずだ。けれど胸騒ぎが止まらない。
ぴょんと煙突の上に飛び乗り、再びぐるりと周囲を見回す。
「……なに……あれ」
遠く遠く、暗いはずの森が赤く染まっていた。
ドクリと心臓が1つ大きく脈打った。
ひくひくと鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐと、やけた匂いと……僅かな血の匂いが風に混じる。耳を澄ますと、普段なら聞こえないような範囲で僅かな音を拾う。ゴウゴウという音と、人達の悲鳴。
僕は弾かれた様に走り出した。
普段の僕は森の下をぴょんぴょんと木を避けながら進むのだが、今日だけは違う。木の枝を踏み、宙を舞う。
ざわざわとざわめく胸を抑えつつ、緑の海を飛び越える。
近づけば近づくほど音と匂いが酷くなる。
泣き喚く子供、怒鳴る大人の声、金属が擦れる音。
ここまでの音を拾って察しない馬鹿ではない。村が、あの村が誰かに襲われているのだ!僕は死ぬ気で走った。飛び越え、たまに足を踏み外して落ちて怪我をしても、気にせずとんだ。
「はぁっはぁっはぁっ……!」
僕が辿り着いた村は、いつも僕が来ていた村ではなくなっていた。赤く燃える家、飛び散ったおびただしい量の血……。
赤い、赤い、赤い……。
僕は呆然とその景色を眺めた。
じりじりと焼けるような痛みを感じる。
ここはもう全員手をかけられたのか、人の気配はない。でもまだ襲われている人の声が聞こえる。バクバクと心臓が破裂しそうなほど脈打ち、全身が震える。どっちだ、どっちにいけばいい?音が大きすぎて、どこからのものなのか分からない。火の音が大きすぎて、僕を飲み込む。
ガクガクと震えていると、かたんという音がすぐ隣でした。
ビクリと震えてそちらに向くと、顔半分を酷い火傷で溶かした魚屋のおにいさん。体が溶けて、どうして生きているのか不思議なくらいの大けがだった。
僕は慌てておにいさんの左足に乗っかった瓦礫をどける。
「おにいさん、おにいさん!だいじょうぶ!なにがあったんだよ!」
「ぐっ……げほっ、盗、賊だ……」
どうやら、この村を狼の獣人たちが襲ったようだ。獣人たちも全員が良い人ではない。その狼の獣人たちのように村を襲う者もいる。
そんなのは知っていたが、理解していなかったのかもしれない。僕の知っている人達は皆穏やかで優しかったから。
「あー……浮気して、良かった、な。あいつが、無事なら」
そう、おにいさんのお嫁さんは怒って実家に帰っている。それは、不幸だったけれど、今この瞬間だけは、幸福だったかもしれない。
「お前、も、逃げろ。狼に、兎は、がっ……あ」
「おにいさん?おにいさん!!」
おにいさんは血を吐いて何も言わなくなった。そうだ、これが死ぬという事だ。両親もこんな風に死んだのか。体から血の気が引いていく。
狼の獣人もまた、満月の夜に力を得る。
その力は兎をはるかに上回る。故に、この満月に夜襲をかけたのだろう。僕は走り出した。家が崩れ、道も何もかもなくなった今、穏やかだったあの光景を思い出しながら走った。魚屋のおにいさんの家から、4つ目の家を左に。ぐちゃぐちゃに重なり合った家では分かりにくくなっているが、多分次を曲がる。
曲がる前に、おばあさんが倒れていた。
いや、正確にはおばあさんの上半身の死体が転がっていた。そのあまりの事実に歯を食いしばりながら走り抜ける。ここから何歩あるけば辿り着く?今まで培ってきた感が距離を伝える。もう少し行ったら、中継地点のお兄さんがいる所。石でできたそこは、焼けずに残っていた。けれど、中には誰もいなかった。少しだけ見えたその中継地点は赤黒く染まっていて……。
熱い、燃える火が暑いはずなのに、何故か体の芯が冷えていく。
ああ、ああ、だめだ、嫌だ、こんなことって、こんなことって。
無事で、無事でいてくれお願い、ああ、ああ、レナさん―――!!
その道の先にあった光景は―――。
―兎の獣人は満月に猛り狂う―
まぁ嫌な予感はしていたんだ。
こうなるってな……(遠い目)
ちなみに、魚屋のおにいさんの浮気はただの誤解です。
それを伝える手紙を出しています。
足の弱った虎の獣人は2人ほど盗賊を殺して首を跳ねられています。
中継地点の血は盗賊のもの。
小さな男の子は瓦礫の下敷き。
お母さんに隠れていなさい、と入れられた箪笥ごと……。
レナさんは……いや、もう何も言うまい。