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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第八章「信じ、望め Glaubt und hofft!」――九月二十三日
55/62

3.

 ※

 クスっ、と知らず知らずの内に口元に浮かんだ笑みを、姉さんは見逃してくれなかった。

「何笑ってんのよ。あんたが切ったんでしょうが」

「わっ、笑ってなんかいませんよ」

 私は慌てて両手を振って嫌疑を否定した。

 リカバーは上手くいったと思う。少なくとも、それまでの姉さんを知らない人の目に奇妙に映るということはないはずだ。

 でもやはり、これまでずっと同じ髪型の姉さんを見慣れてきた私からすれば、ジャイアントパンダからいきなり黒斑が失くなったかのような物足りなさがある。あえて言わせてもらえば、これじゃない感じだ。

「あ、また笑った!」

 表情に乏しいと言われる私だけど、姉さんの目は誤魔化せない。素直に謝ることにする。

「すみません。やっぱりちょっと違和感があって」

「もう! あーあ、早く時間来ないかな」

 姉さんは壁の時計を睨んだ。幸いキャンセルがあって美容室の予約がとれたが、それでも六時半からだ。テーブルの上には帽子がひとつ。これも姉さんが先月無駄に買ったもので、それから一度もかぶっていないが、ついに役に立つときが来たわけである。

 時計の針が示す時刻はまだ五時前。少々話をする余裕がある。

「ひとつだけ、わからないことがあります。私たち、〈夜の種(ナハトザーメ)〉なんでしょうか。高原は違うと言っていましたが」

 姉さんが変身したあの巨大な怪物の姿は寄生していたホムンクルスのせいだとしても、その前の有翼の姿は説明できない。

〈夜の種〉には変身や擬態を得意とする者もいる。だが、それらは全て意識してやっているものであって、私たちが無意識に人型をとっていることはありえない、と高原は言っていた。

「まあ、詩都香(しずか)が違うって言うんなら違うんだろうね」

 姉さんが頷いた。高原はずいぶんと姉さんの信頼を勝ち取ったようだ。

 ホムンクルスによって〈モナドの窓モナーデンフェンスター〉にアクセスされてからのことはおぼろげで断片的ながら記憶にある、と姉さんは言っていた。私の頑張りよりも高原の印象の方が強いのはやむなきことなのかもしれない。

 そして、別れ際の高原に言われて考えをまとめ、私なりに導き出した仮説は――

「〈半魔族(ハルプフィンスター)〉、でしょ?」

 姉さんが先取りした。

「わかっていたんですか?」

「確信があったわけじゃないよ。なんとなく、ってだけ。あたし、あんたが小さい頃に変身したの見てるしね」

 城主様(ヘリン)の言うとおり、姉さんは私よりもよっぽどあのときのことを覚えているようだ。

「城主様は……」

「城主様も予感するものがあったんじゃないかな。でも、あたしは城主様に話してないし、向こうから尋ねられたこともない。だからたぶん、あたしたちが本当に〈半魔族〉なのかどうかも、そしてあたしたちがそのことに気づいているのかも、わからないと思う」

 だといい、と私も願った。城主様に隠しごとをするのは本意ではないが、アーデルベルトも言っていたではないか、特別な相手だからこそ隠さねばならないこともある、と。

「あたしはあまり覚えてないけど、あのときの力が使えたら詩都香たちにも楽に勝てるんだろうけどね」

 姉さんはそんな楽天的なことを言うが、冗談ではない。

「〈連盟(リーガ)〉にバレたら、今度は私たちまで標的にされかねませんよ」

 両親のこともある。あの力を使いこなす自信が私には無かった。

「それもそうか。でもそうなったら、詩都香たちと一緒に逃避行だね。それはそれで面白そう」

 そんな冗談を口にするところを見ると、姉さんも本気で〈半魔族〉の力を望んでいるわけではないようだった。

 そこで私は気になっていたことを尋ねることにした。

「ところで姉さん、佐野から変なことされませんでした? 私、本気で心配したんですからね」

「へ? なんで? 隆博が?」

 あくまで誤魔化す気か。不安が生じたが、ここは引くべきではない、と判断した。

「知ってるんですよ? 佐野と密かに会ってたこと」

「あ、うん。あんたにバレたってことは、高原くんから聞いた」

 あっさり白状され、私は勢いを失ってしまった。だがもう引き下がれない。

「佐野がどんな噂のある男か知っているんでしょう? それなのにどうして彼とつき合おうだなんて」

「あたしが? 隆博と?」

 姉さんは目を丸くした。違うの?

「噂を頭から信じるってのも考えものだけど、恵真ってばバッカだなー、そんなことあるわけないじゃない。隆博が今好きなのは、あ・ん・た」

 ――は?

 絶句する私に、姉さんは追い討ちをかけてきた。

「隆博はあんたみたいなのが好みなの。どこか影のある、クールぶった、謎めいた女。誰かさんに似たタイプ」

 似てない。高原くんから「似た者同士」なんて言われたけど、少し接触してわかった。高原姉と私はぜんぜん似てない。

「じゃあ、どうして姉さんは彼と……」

「デートじゃないよ。隆博はそう勘違いしてたかもしれないけどさ。呼び出してびしっと言ってきてやったわけよ。『あたしの妹を代償行為に使うな』って。あいつ、意中の子の姉から呼び出されてウキウキしてたけど、見ものだったわ、あん時の顔。それで帰りに体の中に異変が起こって、そのまま気を失っちゃったってわけ」

「代償行為? 何ですか、それ?」

「ありゃ、聞いてない? 隆博は前はなよなよとした女みたいな子だったんだけど、友達の家にちょくちょく遊びに行ってる内にその姉に恋をしたの。ま、フラれたんだけどさ。その姉っていうのが……」

「高原、ってわけですか」

 あの公園での高原くんの言葉――「噂をすれば」というのは、そういうことだったのか。高原姉に言い寄って玉砕した知り合いとは、佐野のことだったのだ。

「そう。恋に破れた隆博は自分を変えようと努力した。体だって鍛えて、コミュニケーション力もつけたし、女性経験も積んだ。それでも彼が好きになるのはみんな詩都香と同じタイプ。たぶん、あいつはまだ心のどっかで詩都香のことが忘れられないんだと思う。だから、少しでも詩都香に似た相手を求めて、それで実際に手に入ると冷めちゃって、ヤリ捨てみたいなことになっちゃう」

 下品な物言いをする姉さんであった。

「ほら、前にあたしがあんたの真似して登校したことあったじゃん? 隆博があんたに惚れてるって薄々わかってたから、試してみたわけよ。本当にあんたのことを見て好きだと思ってるんなら、見破れると思ってね。でもぜーんぜん。こっちから声かけてやったら、あたしのこと恵真だと思い込んで舞い上がってた」

 公園で会った時、佐野がやけに馴れ馴れしかったのはそのせいか。

「でも、びしっと言うだけにしてはちょっと気合入ってませんでした? 服とか」

「……いや、まあねぇ。ほんとは隆博の気持ちをあたしに向けさせたかったところはあるんだけどさ。ほら、あん時あんた辛そうだったし、隆博から温かい言葉かけられたりしたら、ひょっとしたらひょっとしてたかもしれないから」

「……そんな軽い女じゃないつもりですが。姉さんこそ、それでうまく美形男子を捕まえるつもりだったのでは?」

 皮肉を加えることは忘れなかったが、内心は姉さんへの感謝の気持ちでいっぱいだった。

「ま、そのつもりがなかったとは言いませんとも」

 姉さんはうひゃひゃ、と笑う。

「しっかし、アレだなー。隆博はあんたのことが好きで、あんたは高原弟のことが好きで、高原弟は一条のことが好き。ついでに言うと、相川は三鷹誠介のことが好きで、三鷹は詩都香のことが好き。……見事にあたしだけ蚊帳の外じゃん。寂しいわぁ」

 姉さんは鋭敏な観察者だった。いつどこでどういう情報を仕入れたのかは知れないが、全員の心の動きを把握していた。

「なら姉さんが高原姉から好きになってもらえばいいんじゃないですか」

 冗談のつもりだった。

 なのに、反応は予想外のものだった。

「しっ、詩都香が!? あたしのことを!? ば、ばっかだなー、恵真ってば。そ、そそ、そんなことあるわけないじゃない」

 さっきと似たような台詞だったが、声が上擦っている上に噛み噛みである。しかも何やら、いつの間にか高原のことを「詩都香」呼ばわりだ。

「……姉さん?」

「――あ、そうそう」姉さんは話を切り替えた。「隆博と別れた後、高原くんから電話があったわ。あんたから訳のわからないドイツ語でまくし立てられた上に通話切られた、って。なんか誤解ありそうだから言っておくけど、あれ口止めしておいたの、あたしの方だから」

 姉さんの今までの話を聞いていて、薄々そうではないかと懸念していた。私はあのとき、邪魔者になりそうな私に余計なことを言わないよう、佐野が高原くんに頼んでいたものと思い込んでいたのである。それでカッとなってしまったのだ。

 となると、私は高原くんに理不尽な苛立ちをぶつけたことになる。幸いなのは彼には理解できぬドイツ語を使っていたことだが、ひどいことに内容までは私も思い出せない。

「高原くんに謝っておいた方がいいんじゃないの?」

「そうですね……そうします」

 体の力がいっぺんに抜けた。姉さんのことを心配するだなんて、とんだ思い上がりだった。

 深々と溜息を吐く私の顔を、姉さんが覗き込んでくる。

「そんで? あんたはどうするの?」

「どう、とは?」

「高原くん。諦められんの?」

 それは全く予想外の質問だった。

「あ、あきら……いえ、そもそも私たち、諦める諦めない以前に、住む世界が違うんです。彼らはあくまで普通の市民。私は……」

「なーにトーニオ・クレーガーみたいな煩悶してんのよ。そんなの関係ないでしょ。魔術師と一般人のカップルなんて歴史上たくさんいるし、お城でもあったよ。ヨハネスっていたじゃん? あいつ、一般人の使用人に粉かけてんの」

「初耳ですが……」

 何という耳の聡さだ。姉さんが日課の合間に使用人たちと楽しげにお喋りしているのは知っていたけど、そんな噂まで仕入れてきているなんて。

「だからそんなの障害にならないの。いい?」

 私は半ば無理矢理頷かされた。だけど。

「……ですが、彼は標的の護衛の弟ですよ? いわば敵対陣営です」

「トーニオの次はロミジュリか。まーったく」

「私は、彼の大切な姉を傷つけるのが任務です。殺してしまうかもしれません」

「詩都香はそんなにヤワじゃないと思うけどね。で、どうすんの?」

「どうって……」

「あたしは諦められるかどうか訊いてるの。ううん、あんたが諦めたいのかどうか」

 ほんの数瞬自問する。答えはすぐに出た。

「……諦めたい……わけないじゃないですか」

 それを聞いた姉さんが嬉しそうに破顔した。

「うん、そうよね。城主様も色々フォローしてくれるみたいだし。それに、城主様も言ってたでしょう、ゼーレンブルンの女は執念深いって」

 だからそれは城主様の個人的な性向でしょうに。……って、ちょっと?

「え? 城主様に報告したんですか?」

「そらしたわよ。一昨日あんたがいない間に。ノエマの初恋ノエマス・エルステ・リーベ――くくっ、こんな面白いこと報告しないでどうすんの」

「ぅうぁぁああああああ」

 頭を抱えてしまった。ものすごく恥ずかしい。

「城主様もくすくす笑って喜んでくれてたわよ」

「げらげらの間違いのような気がしますが……」

「そうだったかも」

 姉さんは無責任にそう言い放ち、げらげらと笑った。

「ひどいですよ、姉さん」

 私は突っ伏したまま姉さんに恨みの籠もった視線を向けた。

「まあまあ。方針が固まったところで、次は戦術ね。どーする? 一条に宣戦布告でもしちゃう?」

 それは私も考えないでもなかったけど。

「……ダメです。高原くんが秘している片想いをバラしてしまうことになります」

「そんなこと気にしていられる立場じゃないと思うんだけどなぁ。――おっと、そろそろ時間か。んじゃ、あたし行ってくるね」

 姉さんは帽子を手にソファから立ち上がった。


 次は戦術、か。でも、何から始めればいいのだろう。

 私の思い込みを散々粉砕しておいて出かけた姉さんに取り残され、ひとりになった私はしばらくあれこれと思い悩んでみたものの、大したことは思いつかなかった。

 ……とりあえず、宿題かな。

 連休中に片づけておくべき宿題に、まだ全然手をつけていない。たぶん姉さんもそうだろう。今夜は二人とも地獄を見そうだ。

 自室の電灯を点けて、中を見回してみる。今夜も姉さんはここで寝ることになるだろう。割れてしまった姉さんの部屋の窓が修理されるのは明日だ。

 姉さんにベッドを譲るのは仕方ないとして、二夜続けてソファで寝るのはあまり気の進まないことである。姉さんの部屋のベッドからマットレスだけでも運ぼうか、などと考えていたときだった。

「〈モナドの窓〉……。高原?」

 市の中心部、九郎ヶ岳の辺りで、高原が〈モナドの窓〉を開くのを感知した。

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