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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第七章「運命 Das Schicksal」――九月二十二日
46/62

10.

 ※

「はぁ……はぁ……。まったく、こんな攻撃も捌き切れなかったなんて、〈半魔族(ハルプフィンスター)〉も大したことないですね……」

 我ながら珍しいと思う憎まれ口とは裏腹に、流石に息が上がってくる。でも、こんなことでも口走っていないと気持ちが萎えそうだった。

“姉さん”の攻撃には何の工夫もなく、私の脅威にはなりえなかった。鋭い先端を持つ尾をあるいはかわし、あるいは打ち払い、相手が攻性魔法の準備に入ったと見るや、こちらも魔法を叩き込んで中断させてやる。

 だけど一条も言っていたように、こちらの魔法もまったく効いていない。こんな〈夜の種(ナハトザーメ)〉との戦い方は、城主様にも習っていなかった。

「〈逆さつらら(ツァプフェンタンツ)〉!」

 地面についた手を起点として巨大な氷柱が直線上に次々と生え、その先にいる“姉さん”に襲いかかる。数十本の氷の槍に真下から貫かれてその動きが止まった。

 だけど、それだけだった。体のひと捻りで氷柱をへし折って、“姉さん”が再び自由を取り戻す。穿たれた刺傷もすぐに回復した。

「〈炎弾(フラメンクーゲルン)〉!」

 お次はスイカ大の炎の球を五発。鉄を沸騰させる摂氏三千度の砲弾も、しかしながらやはり効を奏さなかった。四肢と頭を消し炭にされても、すぐに新しい肉が生成され、器官を復元してしまう。

 こうして熱と冷気を交互に加えても、“姉さん”には何の痛痒も与えることができないようだった。

 始めの内こそ姉さんに遠慮して殺傷能力の低い魔法を使っていた私だが、次第になりふり構うことができなくなってきていた。今では高原達との戦闘でも見せたことのない強烈な魔法を連発している。

 一条が消耗するのも頷ける。“姉さん”を足止めするためには、無駄と知りつつもこうして攻撃を続けなければならないのだ。体力はもう少しもちそうだが、〈不純物(フレムデス)〉が無視できなくなってきた。

電光(ブリッツ)――」

 感電させてみようと思い立って、次なる攻性魔法を放とうとした時だった。

 ボコッ、と足下で土くれが吹き上がり、槍のような先端を持った尾が飛び出してきた。

 疲労があった。頭脳的な攻撃はないという油断があった。

 結果として私はその攻撃を察知できていなかった。“姉さん”は長い尾を地中に潜らせ、掘り進ませていたのだ。

「く、うっ!?」

 間一髪で跳びすさり、辛くも直撃をかわす。股間から串刺しなどという無様な死に方は避けることができた。

 だが尾の穂先は、よりにもよって私のスカートを刺し貫いていた。その丈夫な布地に引っ張られる形で体が持ち上がった。不意打ちに焦った私は、せっかく準備していた攻性魔法を不発に終わらせてしまった。

 そこに追撃の尾が飛んでくる。一気に五本――

「恵真ちゃんっ!」

 思いがけず後ろから抱き締められた。一条が、残された力を振り絞って防御障壁を前方に展開、全ての攻撃を受け止める。しかし、その衝撃を殺しきることはできなかった。

 スカートが音を立てて裂け、私と一条はバラバラの方向に吹き飛ばされた。

 体が地面の上を幾度かバウンドした。その痛みに呻く間もなく、ハッと顔を上げる。

“姉さん”の次なる攻撃目標は、私よりも手近な場所に転がった一条だった。

「一条!」

 私を守った一条は、既に体力を涸らしていた。身動きがとれない彼女を、三本の尾が襲う。

 思わず目を瞑った。

 ……だが、一条の断末魔は一向に届かなかった。

 おそるおそる目を開けると、

「ぎりぎりセーフ、ってやつだね」

“姉さん”の尾は、それまで一条が伏していた地面だけを貫いていた。

 そこから少し離れた所。一条を力強くお姫様だっこで抱えた体勢で、相川がにやりと笑った。

「魅咲ぃ……」

 仲間の顔を認めた一条が破顔する。

「ん、お待たせ。よく頑張ったね、伽那」

「えへへ。ありがとう。詩都香は?」

「詩都香なら後で来るよ、たぶん。あたしを先に行かせてくれたの」

 相川が一条に微笑み返す。ああ、まったく。本当に気持ち悪いくらい仲がいい二人だ。

 私は立ち上がり、パレオのようになってしまったスカートも気にせずに相川たちのもとへ駆け寄った。

「相川……伊豆から?」

「そ。交通費タダだって聞いてたのに、特急料金かかっちゃったよ。後で詩都香に請求してやろうかな。ていうか恵真。あんた、酷い格好だよ?」

 ……それは言われなくてもわかってる。

「結構可愛いの履いてるんだ?」

 ……それは言うな。

“姉さん”は闖入者に警戒を抱き、ぐるるる、と唸っていた。その巨体を見据えて、相川は首をこきこき鳴らした。

「うーん、伽那が言ってた通りでかいねー。どこまでやれるかわからないけど、ま、一丁やったりますか」

 一条を地面に下ろし、今度は指のストレッチ。相当の闘志が漲っている。

 ギン、とその双眸が見開かれた。その足が大地を蹴った。

「うりゃあああああ!」

 裂帛の気合の声。相川の目にも止まらぬ連撃が“姉さん”の体から肉片を飛び散らせた。猛攻にさらされた“姉さん”の巨体が少しずつ後退していく。

 しかし、その傷も片っ端から塞がっていってしまう。

「うわ、やりづらぁ……っと!」

 相川が顔をしかめた刹那、十数本の槍状の尾がその身に襲い掛かった。

「ふっ!」

 軽い呼気とともに、相川はたった二つの拳でその全てを迎撃した。

 ……凄い。相川ってこんなに強かったんだ。

 鬼神の如き戦いっぷりに、援護しながら私も感嘆しそうになる。

 しかし、当の相川は、

「あー、こりゃダメだ。こういうのの相手は向いてないわ。打撃じゃどうしようもない」

 現在進行形で“姉さん”の体に打痕を刻みながら、既に諦め半分だった。痛みを感じず突進してくる姉さんに対しては決定力不足なのだ。

「ちょっと、相川! いきなり!?」

「あたしには無理ってだけ。準備の時間さえ稼げば、伽那の大砲で何とかなるでしょ。伽那ー、つーわけでさ、あたしが引きつけておくから、あれでぶっ飛ばしちゃって」

「それがねぇ。……恵真ちゃん?」

 寝転んだ姿勢のまま、一条が私に顔を向けた。釣られて相川も振り返る。

 私は返答に窮した。

「教えて、恵真ちゃん。魅咲も来たし、今なら勝てると思うんだけど、どうしてあいつをやっつけちゃまずいの?」

 一片の曇りもない赤い瞳に直視されて、私は腹をくくった。打ち明ける外ないようだ。

『あいつは……姉さんなんです』

 相川と連携して動きながら、私は精神感応(テレパティー)で事の顛末を語った。姉さんが体調を崩していたこと、急に翼を広げて変身してしまったこと、そして、この山中であのような姿になってしまったこと。……さすがに、〈夜の種〉という名称は口に出せなかったけど。

「んじゃどうすんの、これ!?」

 相川が悲鳴に近い声を上げる。先と変わらず攻撃をしのいではいるが、戦闘開始時点ほどの余裕が見られない。

「そっかぁ。梓乃ちゃんを死なせちゃうわけにもいかないもんねぇ」

 一条も困惑した表情を浮かべた。情けなさが込み上げてきた。

「……ですが、あなたたちが私の要望に応える必要はありません。危ないと判断したら、いつでも……」

「逃げてください」と言おうとしたのか、「殺してください」と言おうとしたのか、自分でもわからない。

「……ん、まあ、わかった」

 相川が表情を引き締めて“姉さん”に向き直る。一条もふらふらと立ち上がった。

「相川、どうするんです?」

「時間稼ぎだよ。あ、伽那は休んでて」

「時間稼ぎって……何か当てでも?」

 振るわれた尾をかいくぐった相川が、こちらをちらっと見た。

「当てってわけじゃないけど、まあ、あいつが何とかしてくれるっしょ」

 言いつつ、傍らを掠めていった尾を引っ掴み、引き千切る。

“あいつ”とは高原のことか? 私と一条と相川でさえどうしようもないのに、高原が来て何ができるというのだ。



 ※

(わたしが着いたときにはもう全部片づいてた、っていう展開を希望するんだけどなぁ)

 いくらか体調の回復した詩都香は、快速電車のロングシートの端に左肩をもたせかけた体勢で、〈不純物〉を抜きながら、つらつらと考えていた。

 車内は若干混んでいた。時折、自分の方に向く視線を感じた。

(うううっ……針のむしろだわ)

 前世のいかなる悪行が祟って長柄の箒を携えたまま電車に乗るはめになったのか、と心中泣き言を漏らす。

 詩都香はペットボトルから口に含んだ水と一緒に、不安と疑惧を飲み下そうとした。

(……そう、わたしが注目されちゃってるのは、この箒のせい)

 もう一つの“可能性”のことは絶対に考えない。思考の域内にそっと忍び込んできても、その度に叩き出してやる。

 ……そうしていないと、今すぐに電車から飛び降りたいという衝動が湧き起こってきてしまうのだった。

『次はー、西京舞原、西京舞原ー』

 車内放送が、目的地が近いことを知らせる。

 次の西京舞原駅は既に地元である。誰か知り合いが乗ってきやしないかと思うと、冷たい汗が背筋を伝う。

(早く降りたいよぉ……)

 詩都香は目を閉じて残りの時間を耐え忍ぶことに決めた。

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