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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第七章「運命 Das Schicksal」――九月二十二日
38/62

2.

 ※

 七時半頃に家を出、私はもう一度一条の家を訪ねた。早朝からの訪問に嫌な顔をされるかもしれないとは思ったが、居ても立ってもいられなくなった。あいつを問い詰めてやりたい、という嗜虐的な欲求に負けたのだ。

 道順は覚えていた。昨日と同じ停留所でバスを降り、歩くこと数分。一条邸の偉容が目に入った。

 そこで声をかけられた。

「泉さん」

 門の前にユキが佇んでいた。インターホン越しにどう来意を告げようか迷っていた私には、ちょうどよかった。

「……お邪魔します」

 正面からメイドの目を見据える。昨日と同じく息を呑むほどの美貌だが、今の私は気圧されたりしない。

 彼女が私を待ち受けていた理由は他でもない。私の開いた〈モナドの窓モナーデンフェンスター〉を感知したのだ。

 ユキが門を開き、私を先導して玄関に向かって歩き出した。

「〈モナドの窓〉を開いていらっしゃったということは、今日はお見舞いというわけではないのですね」

「お見舞いになるかもしれないし、そうでなくなるかもしれません。一条は?」

 私ははぐらかして問い返した。実のところ、私自身にもどうなるかよくわからない。

「在宅です。さすがにこの距離ではあなたの〈モナドの窓〉を把握していることでしょうね。私はあなたを止めるべきでしょうか?」

 私はそこで足を止める。ユキはその気配を感じたはずだが、歩き続けた。

「どちらなりと。ただ、用件が済んでからにして欲しいですね。二、三尋ねたいことがあるだけですから。今私とあなたが戦えば、一条も加勢しに来るでしょう。あなたたち二人を同時に相手するのは、ちょっと疲れそうです」

 言う間に、私とユキは十メートルほどの距離を開けていた。

「病み上がりの伽那(かな)が私の加勢に来るかはわかりませんが……ふっ……!」

 一秒で開けるという言葉に偽りはなかったらしい。ユキは一呼吸の間に〈モナドの窓〉を開くと、振り向きざまに強烈な念動力(テレキネーゼ)を衝撃波に変えて放ってきた。

 だけど昨日とは違う。こちらも念動力を行使。不可視の力同士が私たちの中間でぶつかり合い、絡み合った。空間が軋みを上げ、追いやられた空気が突風となって周囲に吹きすさぶ。

 念動力の勝負は私の方が上だった。押し勝った衝撃波の先に、しかしユキの姿はなかった。

 メイド服のスカートを翻し宙高く跳んで距離を詰めてくるユキを、私は地上で迎え撃った。

 ユキの右手に魔力が行き渡るのを感じた。攻性魔法が来る――そう判断し、防御障壁を張った。

「〈発雷〉!」

 こちらに伸びたその手がキラッと光った。

「わっ!?」

 飛来したのは稲妻だった。紫電が障壁の表面を舐め、こじ開けようとしてくる。

 予想外の攻撃にたまらず後退した私に、ユキが追撃をかけてきた。両手の爪が長く伸び、五指剣(チンクエディア)のような形状をとっていた。

 私は左手に厚い氷の円盾を生成した。鉄に迫る硬度の氷に、ユキの右手の爪が半ばまで食い込んだ。

 その瞬間、念動力で円盾を急回転。これに抗えず、食い込んだままのユキの爪が粉々に破砕される。

 ひるんだユキにもう一度念動力の衝撃波をお見舞いしてやる。これを避け得なかったユキは屋敷の車止め近くまで吹き飛び、それでもなお猫のように軽やかに着地してみせた。

「ユキ、とおっしゃるから、てっきり氷雪系の魔法を得意としているのかと思いましたが」

 雷は予想外だった。

「名は体を表しませんよ、泉さん」

「それはそうですが……大丈夫なんですか、こんな派手な魔法を使って? ご近所迷惑では?」

「大丈夫です。黄紫水晶を敷地のそこここに配置して、認識を撹乱する結界を張ってありますから」

 なら、私も遠慮は無用ということか。ここまでの道すがら貯めてきたので、〈(ゲフェース)〉は純度の高い魔力でいっぱいだった。先ほどの応酬でもほとんど目減りしていない。その一割ほどを使い、少々強力な攻性魔法を準備する。

 ユキの眉が警戒に吊上がった。

「すごい魔力。さすが〈リーガ〉の正魔術師ですね」

「これはさっきまでのとは違いますよ。降参するなら――」

「じゃあ、降参です」

「……はい?」

 私の口上をさえぎって、ユキがあっさりと両手を挙げた。

 その潔さに肩透かしを食らったが、ユキがどこかで引くであろうことは予測していた。

 彼女とて本気で私と戦おうとしていたわけではない。その証拠に、あれだけの立ち回りの間も庭も屋敷もほぼ無傷だった。

「……周りが気になるのでしたら、場所を替えましょうか?」

「いいえ、結構です。どこでやっても勝てる気がしません」

 ユキは笑いながらペコリとお辞儀をした。本当にこれ以上戦う気はないようだ。

「じゃあ、一条に会わせてもらえるんですね」

「はい。泉さんはやはり優しい方のようですから」

 優しくなんて、ない。今日だって私は一条を傷つけにきたのだ。

 しかし、ユキは反論を許さなかった。玄関脇の花壇まで歩を進めるとそっとしゃがみ込み、八重咲きのダリアの花を撫でる。

「このお庭、私と老齢の庭師さんとで手入れしているんです。伽那も気に入ってくれているんですよ。庭師さんもそろそろ引退していいお年なのですが、伽那の笑顔を見るためというので張り切っていまして。このお庭が壊されたら、伽那も庭師さんも悲しむところでした。泉さんは攻撃するにせよ防御するにせよ、周りに被害がないように立ち回ってくださいました。

あなたは優しい方です、泉さん」

 照れ臭くなってしまい、つい言葉を挟もうとした。

「でも、私は今日は……」

「かまいませんよ。泉さんの質問と伽那の答えに、私も興味があります。じっくりとうちのお嬢様を見定めてやってください」

 ユキはそう言うと片手を小さく挙げた。その背後で、不可視の力によって玄関の扉が開いた。

 例によって案内はつかないようだ。この大きな屋敷に常時詰めている人間は、そう多くはないのかもしれない。あのメイドだけで何人分もの働きをしそうではあるけど。

 他人の家に入って一人でうろうろするのはどうも気まずい。一条の部屋を一路目指してホールを抜けようとしたところで、携帯が震えた。心臓が跳ね上がり、相手も確認せずに出てしまった。

「……もしもし」

 他人の家の中で通話するのはなんだか憚られる。自然と声を潜めてしまう。

『ちょっと恵真~。〈モナドの窓〉なんて開いて、何かあったの?』

 姉さんだった。辺りの喧騒も伝わってくる。九時半の待ち合わせと言っていたはずだが、どうやらもう出かけているらしい。姉さんは、待ち合わせの時間まで家で待機しているようなおとなしさとは無縁であるし、ひょっとしたら待ち合わせ場所が遠いのかもしれない。

「いえ、まあ、ちょっと軽く。騒ぎは起こしてないので、安心してください」

『そう? そこって一条の家の辺りだよね? 恋敵に脅しをかけに乗り込んだってわけ?』

「そんなことしませんっ!」

 大きな声を出してしまった。これから私のやろうとしていることを客観視すればたしかにそうなるのかもしれないけど、姉さんの言い草はあまりにもあんまりだ。

 通話を終え、二階に上がって昨日も訪れた一条の部屋の前に立つ。ややためらいがちにノックをすると、

「あんとれ」

 という声が中から届いた。何だそれは?

 入るべきか心を決めあぐねて、待つことしばし。

「おはいり」

 もう一度声がかかる。なんだか居丈高だな、と思いつつノブをひねって、室内に足を踏み入れた。

 一条は昨日と変わった様子がなかった。パジャマ姿で、ベッドから半身を起こしている。

「おはようございます。昨日に引き続いてお見舞いに上がりました」

「おはよう、恵真(えま)ちゃん。ユキさんと派手にやったみたいだね」

「じゃれ合い程度です。体の具合は?」

「うん、もう熱も下がったし、大事をとって休んでるだけ。こんなんならやっぱり無理言ってでも伊豆についていけばよかったよぉ」

 一条は実に残念そうに深々と溜息を吐いた。

「ところで、さっきのは?」

「ああ、これこれ」

 一条が手元の本を示した。『ルパンの名探偵』だそうである。知らない本だ。

「なんですか、それ?」

「あれ? ヨーロッパ育ちの恵真ちゃんなら知ってると思ったんだけどなぁ。これも詩都香が持ってきてくれたの。伽那にはちょうどいいかな、って。まったく、子供扱いしてくれるんだから」

 一条の手から受け取ったそれは、活字の大きな少年向けハードカバーだった。元はフランス語らしく、原題は『バーネットラジャンス・バーネット・探偵社(エ・コンパニー)』。

「……ああ、やっとわかりました。フランス語の『入りなさい(アントレ)』ですね」

 ドイツ語で言うところの「herein」だ。

「あれぇ? そのつもりだったんだけど、通じなかったかぁ」

「発音が全然違います。どんな本なんですか」

「えーと、変装と発明の名人の怪盗が、追いかけてくる警部をおちょくりながら、くせのある仲間たちとお宝をめぐる冒険をする……はずなんだけど」

 一条は小さく首を傾げる。栞は全体の半ばを過ぎた辺りに挟んであるのに、こいつは内容を掴めていないのか。

 ――って、違うだろう。こんな話をするために来たんじゃない。

「あの――」

「そうそう、恵真ちゃん。恵真ちゃんたちって、二人暮らししてるんだよね? どんな感じ?」

 結局少しおしゃべりにつき合わされた。マンションでの二人暮らしのことから始まり、お城のことや、ヨーロッパでの生活のこと、今の学校のこと……。どうして私はこんなにもこいつのペースに巻き込まれやすいのだろう。

 会話の主導権を握れないのには、私の側にも理由がある。私は、昨日の一条の不可思議な謝罪をもう一度聞くことを、心底怖れているのだ。一条が口を開く度に、身がすくんでしまう。

「いや~、詩都香(しずか)は偉いよ。自分と家族の分、毎日ご飯作ってるんだから。琉斗(りゅうと)くんだって、ちゃんと感謝しなきゃいけないのに」

 姉さんが今朝お粗末な朝食を用意してくれたことを聞かせたことから発展した会話だった。ちなみに、一条が学校に持っていくお弁当は予想通りユキが準備するらしい。

 一条の口からその名が出るのは、今日何度目だったろうか。最初の頃こそ、一条が高原くんの名前を出す度にささくれを起こしていた心が、ようやく落ち着いてきた。

 ――ああ、こいつは本当に気づいてないんだな。

 昨日、高原くんは「気づいてても気づかないふりをするだろうな」なんて言ってたけど、一条はそこまで敏感でもなかった。私が高原くんに抱く想いには気づいたようだが、自分に向けられる好意には鈍いらしい。

 第一、こいつが気づかないふりをするだなどという腹芸をこなせるとも思えない。

 ぽわぽわとした一条と話している内に余裕が生まれた。急な転換は無理だが、少しずつ方向をコントロールしていくことにする。

「そういえば、相川は料理できるんでしょうか」

魅咲(みさき)? ぜーんぜん。ああ見えて実はすごい乙女な子なんだけど、まあ不器用だからね。高校入ってからはお父さんにいろいろ習ってるみたいだけど、まだまだだなぁ」

 試食でもさせられたことがあるのか、一条が口を変な形に歪めた。自分もやらないくせに他人には厳しいものである。しかし相川が高校に入ってから料理に挑戦し出したというのは、何か心境の変化があったのだろうか。

「あ、恵真ちゃん今、あんたもできないくせに、って思ったでしょ?」

 ……つまらないところで敏いな。

「ええ。あなたも料理できるようには見えませんが」

「わたしは魅咲よりはマシだよぉ。ただ、ユキさんが完璧すぎるから、わたしなんかがやってもねぇ」

 ユキが屋敷の中にいるなら、今の言葉はしっかり聴いておいてもらいたいものだ。あなたが甘やかして何でもやっちゃうから、一条が成長しないんだって。

「あなたは高原や相川のこと、どう思ってるのですか?」

 おっと、少し急だったろうか。雑誌のインタビュアーみたいな質問になってしまった。

 しかし一条は特段の違和感を覚えなかったようで、下唇に指を当てて少し考え込んだ。

「う~ん、詩都香も魅咲も、わたしにとってはヒーローみたいなもんかなぁ。……あれ? 女だからヒロイン? でもやっぱヒーローだなぁ。詩都香はすごいんだよ。なんでも知ってて、いつもちゃんとアドバイスくれる。余計な知識も色々教わったけど。魅咲はもうスーパーマン。……ん? スーパーガール? 中学の運動会でね、魅咲と二人三脚やったんだけど、ちゃんとわたしと二人三脚やってるように見せかけながら一人で走って一等賞とっちゃった。わたしは魅咲にしがみついてただけなんだけど」

 ギュンター王を助けるジークフリートみたいだ。

 頃合いか。切り込むことにした。

「そんなあなたたち三人は、どんな風にして仲良くなったんですか?」

 一条は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「うえ? う~ん、まあ、いいか、恵真ちゃんだし。でも、自分のことは恥ずかしいから、三人称で話すね」

 一条は、三人称というか童話形式で語り始めた。



 ※

「へ~、そんなことが」

 魅咲が五年前の出来事を語り終えると、由佳里が感嘆の声を上げた。

「あの頃は若かったなあ」

 などと詩都香は頭を描いた。

 魅咲は真実を巧いことぼかして物語を組み立てていた。詩都香や魅咲自身の事情は重たいので伏せてある。

「でも、小学生がどうやってそんな警戒厳重なお屋敷に忍び込んだんですか?」

「ああ、こいつがすごいのよ。監視カメラの位置とか全部把握してて、ギリギリまでバレないように動いた」

 違う。詩都香は覚えたての念動力(テレキネシス)で監視カメラの向きをちょっと調整しただけだ。

「いやいや、魅咲こそ、足の速さを活かしてボディガードたちを撹乱したじゃない」

 本当はこれも嘘である。魅咲は十歳の身空で、屋敷に詰めていた十数人の訓練を受けたボディガードを排除した。詩都香など、魅咲のあまりの強さに仰天して何もできなかったも同然だ。

「でも、ユキさんはほんとにヤバかったね」

「あんなの反則よ。メイドがラスボスなんて」

 魅咲が大げさに身震いしてみせ、詩都香は口を尖らせた。

「でも、詩都香の機転のおかげでなんとかなったじゃない」

「まあ、機転というかなんというか。あのツッコミは予想外だったなぁ」

「……あんた、計画通りみたいなこと言ってたくせに、やっぱり想定してなかったんじゃない」

 おっと、由佳里を置いてけぼりにしてしまった、と向き直れば、当人はニコニコと詩都香たちの様子を見守っていた。

 いくつもの隠し事をされているのは察しているだろうに、詩都香と魅咲の仲直りを素直に喜んでくれているらしい。いい子だなぁ、と詩都香も微笑を浮かべた。

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