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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第五章「彼女たちの行動を静かに語らいつ Ruhend von ihren Taten」――九月二十日
24/62

1.

『お大事に』で結ばれたメールを送信してから乗り込んだバスの中には、見知った顔があった。郷土史研究部の部長、吉村奈緒である。

「お前の家はこっちじゃないだろう?」

 詩都香(しずか)に気づいた奈緒は不思議そうに声をかけてきた。こういう面倒事を避けるために早くに家を出たのだが、この部長は詩都香の想定よりも早く学校に行くタチのようだった。

「おはようございます、部長。朝の内にこっちで済ませておきたい用事がありましたので」

 曖昧な弁明だった。それでも奈緒は納得したのか、追求してはこなかった。

 車内はまだ空いていた。詩都香は奈緒の前の席に座り、旅行用のボストンバッグを通路に置いた。これまた大きなリュックの方は膝の上に抱える。

「大荷物だな」

 そんな詩都香を見て、楽しそうに奈緒は言う。体を捻って後ろを向いた詩都香は、軽装の奈緒に逆に驚いた。

「部長、荷物は?」

 三泊四日の合宿の出発当日だというのに、奈緒の持ち物は通学鞄ひとつだった。いくら変わり者の部長でも、着替えのひとつくらい持ってきてしかるべきだろう。

「そんな荷物を持って学校に行くなんてごめんだからな。昨日の内に宿に送ってある」

「ずるいっ」

 澄まし顔で答える奈緒に、詩都香は思わず声を上げた。合宿は奈緒が一人で計画したのだから、昨日突然告げられた他の部員とは違い、旅支度の余裕はあったわけだ。奈緒は奈緒で忙しく立ち働いて各所に手を回したのだろうし、文句を言う筋合いでもないのだが、重い荷物を抱えて歩き回ったために汗みずくになってしまった詩都香にしてみれば、やっぱりずるい。

「あ、そうだ、部長。今日は一人キャンセルです。伽那(かな)が熱出しちゃいました」

「ほー、珍しいこともあるもんだな、あの健康優良娘が」

「まったくです。中学で皆勤賞とってたのに。あ、昔はあれでも体が弱かったんですよ?」

「そうなのか? ……想像できんな」

 奈緒は目を丸くする。

 詩都香もくすくすと笑った。

「そうなんですよ。『二十歳までは生きられないかもしれない』って。とんだヤブ医者ですよね」

「いやいや、笑い事じゃないぞ。酷い話だ。……ああ、そうか。お前は一条の見舞いに行ってたのか」

 合点がいった、という顔の奈緒。

「ええ。ついでに、安眠できる本を貸してきました」

「朝も早くからそんなもんを押しつけられて、一条もいい迷惑だな。風邪を引いているというのに」

「わりと元気そうでしたよ? 行きたい行きたいって駄々こねてました」

 保護者代わりのユキがどうしても許可を出さないのだという。伽那は「詩都香からも頼んでよぉ」などと求めてきたが、詩都香とてユキを怒らせるのは御免だった。

「そういえば、部長は誰か誘ったんですか?」

「いいや、誰かを特別扱いすると他がうるさいからな」

「……さいですか」

「それに綾乃ちゃんの目もある。下手に誰かを誘って、みんなの前で綾乃ちゃんにへそを曲げられても困る」

「…………」

 詩都香はもう何も言えない。

「それに、高原がいれば私は満足だ」

(……今さら何を虫のいいことを)

 職場に向かう会社員たちで、バスが少しずつ混んできた。詩都香も窮屈な姿勢で後ろを向いているのにくたびれ、座席に座り直した。



 ※

「おはよう、高原くん」

「おおっす、泉。おはよう」

 登校してきた高原くんと、打ち解けた挨拶を交わした。

 昨日はしゃっくり騒ぎのおかげで、映画のお誘いに自然に(?)応じることができた。禍を転じて、といったところか。

「今日は遅めだったね」

「姉貴が早く出たんで寝直せたからな」

 高原くんがうんっ、とひとつ伸びを打った。

 しかし、彼の爽やかな振る舞いもそこまでだった。なぜか大きく溜息を吐く。

「どうかしたの?」

「いや、姉貴がさぁ……。ま、それはいいや。そういや、あのミキサー、調子どうよ?」

「ミキサーって。まあ、悪くはないかな」

「何おろしたんだ?」

「……りんご」

「すげえフツーだな」

「でも、でもっ、こっちのりんごって大きくてびっくりしちゃった」

 私は慌てて付け加えた。

 ゼーレンブルン城で食べていたりんごは、私の手でもすっぽり包めるくらいの大きさだった。昨日八百屋で見かけて買ったものは、それよりも二回りも三回りも大きかったのだ。

恵真(えま)ったら、二万円も出してりんごジュース?」

 私の感動は伝わらなかったらしい。後ろの席から水野さんが乗っかってきた。

「だって、姉さんがお腹空いたってうるさくて、あまり手の込んだもの作れなかったし……」

「何作ったの?」

「……カレー」

「すげえフツーだな」

 高原くんが最前の感想を繰り返した。呆れられたのだろうか。

「でも、姉さんなんか三杯もお代わりしましたし」

「ほ~、泉って料理得意なんだ?」

「え? そ、そこまででもないよ。ただ姉さんがお腹空かせてただけだと思う」

 都合よく誤解されるのは心苦しいけど、この際仕方がないので全否定はしない。

「いいね、カレー。肉と野菜を切って炒めてルーで煮込むだけ。わたしも一人暮らししたらカレーの頻度が上がりそう。あと、肉じゃがとかシチューとか」

 水野さんはひゃひゃひゃと笑った。

 レトルトだったことは黙っておこう。



 ※

 登校した詩都香は、伽那のお見舞いに行ってきたことを魅咲(みさき)に報告した。

「登校前に西まで遠征ですか。詩都香は相変わらず朝強いな。ったく、せっかくの連休だってのに、伽那らしくもない」

 魅咲は心底残念そうに首を振った。

「メールくらいしといたら? 薄情だと思われるとアレだし」

「家を出る前にしたよ。定番の、『なんとかは風邪引かないって嘘なんだね』って。そしたら、『魅咲が引かないんだから当たってるんじゃない?』だとさ。失礼千万だわ」

 と、そこへ、

「いやいや、やっぱ当たってんじゃね? 俺、お前が風邪引いてるの見たことないし――痛えっ!」

 三鷹誠介が恐れ知らずにも話に加わってきて、当然の如く魅咲の拳骨を頂戴した。

 詩都香は時々、誠介は魅咲に折檻されるのが好きなのではないかと疑ってしまうことがある。

「あっつぅ~……。お前、少しは加減しろよな。軽い冗談だろうが」

「加減してるわよ。成績の良好な三鷹さんは、おバカなあたしから試験勉強手伝ってもらう必要がない、とそうおっしゃるわけね」

「ちょっ、それは困るって。追試を免れたのは魅咲さんのおかげです。おバカな俺を、次回もお救いください」

(「バカ」って……。魅咲ったら、さっきまでせっかくボカしてたのに)

 魅咲は詩都香以上に成績がいい。夏休み中の実力試験は面倒臭がって受けなかったが、それ以外は常に学年首席をキープしている。これで運動神経まで人間離れしているのだから、詩都香から見ても超人だ。

「ったく、普段からもっと勉強しなさいよ。せっかく一人暮らしまでさせてくれてるおじさんやおばさんに悪いじゃない」

「おっと、そういう物言いはズルいだろ」

「夏休みに電話かかってきたのよ?『まぐれでいい学校に合格したから、授業について行けるか心配してたけど、魅咲ちゃんと一緒なら安心ね~』なんて」

「うわ、あのクソばばあ……」

「ほら、そういうこと言わない」

 幼馴染同士の会話に当てられて、詩都香は沈黙を余儀なくされていた。するとそれに気づいたのか、誠介が詩都香の方へと向き直る。

「そういや、誰が風邪引いたって?」

「え? ……ああ、伽那よ、伽那」

「マジかよ、あの脳天気が? そら魅咲も驚くわ」

 半目し合っているくせに、奈緒と似たような感想をこぼす誠介だった。

「あんた、あたしをバカ扱いする前にそっち尋ねなよ」

「悪い悪い。……あれ? でもお前ら、今晩から伊豆に行くんだよな?」

「まあね」

 魅咲が頷いた。

 反りの合わない奈緒を含めた大人数の旅行に魅咲が参加するかどうか、詩都香は危ぶんでいたのだが、意外なほど積極的に応じたのである。

 誠介はそこで声を潜めた。

「一条をひとりにして大丈夫なのか?」

「なんで? ……って、あー、あれか。ま、大丈夫でしょ」

 魅咲はそんな風に安請け合いする。

 誠介は詩都香たちが何のために魔術師として戦っているか知っている。これも魅咲が教えてしまったことだ。

「ここんとこの相手は律儀だし、伽那がひとりでいる時に襲いかかったりしないって」

「魅咲」

 詩都香は横からたしなめた。一般人の誠介にあまり話しすぎるのはよくないと考えている。

「あ、ごめん……」と魅咲は身を小さくして素直に謝った。

 しかし誠介は完全に安心してはいないようだった。

「高原は? お前も同意見か?」

 さっきまでの軽い調子が消え、詩都香に交際を申し込む際くらいにしか見せたことのない、真剣な表情で見つめてくる誠介。

「えあっ? うーん……心配は要らないと思うけど」

 それを聞いてようやく誠介の肩の力が抜けた。

「……うん。そっかそっか、高原が言うんなら、まあ大丈夫だろうな」

「ちょっと?」

 魅咲が怖い顔で誠介を睨んだ。わざとだろう、と詩都香は思った。

 再開された夫婦漫才を背にして、詩都香は自分の席に向かう。そちらでは既に田中たちが激論を繰り広げていた。



 ※

 ――おや。

 昼休み。珍しい光景が私の目を引いた。高原くんがいつものお弁当ではなく、コンビニのおにぎりを開封していたのだ。

「珍しいね。今日はお姉ちゃんがお弁当作ってくれなかったの?」

 こんな話し方にもだいぶ慣れてきた。

 高原くんは渋い顔でおにぎりにかじりつき、咀嚼した。

「“お姉ちゃん”はやめてくれってば。……酷ぇんだよ、姉貴ときたら。今朝、弁当の準備もせずに、いつもより一時間以上も早く大荷物を持って家を出たと思ったら、部活の合宿とかで連休中家を空けるんだと。昨日のあれはやっぱ旅行の準備だったわけだ。そんで食費として置いてったのが紫式部だぜ?」

「ムラサキシキブ?」

 何かの呪いだろうか。

「あー、恵真は知らないか。二千円札だよ。そういえば最近見ないね」

 私が理解していないことを看て取って、横合いから水野さんがくすくす笑いながら補足してくれた。二千円札という日本銀行券の存在を、私は初めて聞いた。ユーロ圏では二ユーロ硬貨や二十ユーロ札といった双数形の通貨が流通しているけれど、日本にもそんな額面の紙幣があったのか。

「高原先輩って、たまにそういうお茶目なことするよね」

「そのお茶目の被害をこうむる身にもなってくれよ。猫の世話までまかせられちゃったし」

 楽しそうな水野さんに向かい、高原くんは口を尖らせる。

 水野さんはその単語に反応を示した。

「そうそう、猫飼ってるんだってね。可愛い?」

「普通の雑種の黒猫。夏休み前に姉貴がもらってきたんだ。まあ、意外と賢いので助かってるけどさ」

「高原先輩って猫好きなの?」

「さあ。いきなり飼いたくなったんだと。家の中のことは姉貴が法律だから、俺も親父も反対できなかったわ」

 そのまま二人は猫話を始めた。

「うちもわたしが小さい頃飼ってたんだけどさあ、ふらっと帰ってこなくなっちゃったんだよね。あん時は泣いちゃったなぁ。あ、そだ。写真ないの?」

「ちょっと待て……ほら」

 高原くんが携帯を操作し、水野さんに差し出す。興味が薄そうなふりをして、しっかり写真を撮っている辺り、高原くんだって可愛がっているのかもしれない。

「あ~っ、可愛ーい! 毛並みツヤツヤ~! ねえ、今度触らせてよ」

「いいぞ。姉貴がいない時の方がいいよな?」

「きゃっ、高原くんたら大たーん! 二人っきりで何しようっての?」

「あー、そういうのいいから。姉貴がいたら水野も気を遣うだろ」

 水野さんの冗談にも、高原くんは眉ひとつ動かさずに落ち着いた対応をとる。

 それにしても、高原はなぜ早く家を出たんだろう。

 姉さんによれば、今朝早く高原がまた〈モナドの窓モナーデンフェンスター〉を開いたそうだが、一体何をやっているのだろう。

「ほら、恵真も見たいって言わないと」

 例によって昼食を持ってやって来た永橋さんが、小声でそう言いながら私の脇腹を肘で突ついてきた。

「いえ、私は別に、そんな」

 猫っぽいのは姉さんで間に合ってる。もちろん、猫は嫌いではないが。

「いやいやいや、動物好きの女の子を嫌いな男なんていないんだからさ、アピールしとかないと。普段のツンとした印象も消えるかもよ?」

 あ、そういうことか。でも、彼にはもうそんな印象を持たれていない気がするのだけれど。

「ううん、やっぱいいよ、私はそういうんじゃないし」

 ちら、と水野さんと高原くんの方を見る。

 ……高原くんって、結構あっさりと女子を家に呼んじゃうんだな。

「それじゃ、わびしい食卓に何かおかずの差し入れでも……って、ダメか。恵真ってばまたパンだもんなぁ」

「なっ!?」

 わざとらしいほど盛大に肩を落とす永橋さんに、思わず声を上げてしまった。

 なんだか知らないけど、私は周囲から家事がダメな女扱いされているのかもしれない。その内挽回しなければ。



 ※

「高原さんがコンビニ弁当なんて珍しいな」

「寝坊したとか?」

 今朝方バスに乗り込む前に買った弁当をつついていると、後ろからそんな囁き声が聞こえてきた。吉田と大原だ。

「いやいや、聞こえてるから。旅行の準備とかで忙しくてね」

 詩都香は振り返って釈明した。吉田と大原は、今日も今日とて田中の席に集まって昼食を摂っている。

「そういや今日からだったね、合宿」

 と、机の主の田中。購買のパンを開封するところだった。両サイドから広げられた二人分の弁当で机の上が手狭になっても、彼は迷惑そうな顔ひとつしない。

「うん。今日から日曜までの分、帰ってから一気に見なきゃ」

「ということは、あの弟くんも今頃コンビニ飯ということですか。いいお灸になるといいのですがな」

「たぶんね。ていうか吉田くん、お灸て」

「わからんぞ、吉田。彼はリア充っぽいからな。クラスの女子がおかずを持ち寄ってきて、『高原くん、栄養偏るよ? ほら、これ食べて』なんて。……もう! も~うっ!」

「……言ってて恥ずかしくない?」

 普段物分かりがいいくせに妄想が暴走することがあるこの二人は、詩都香でさえたまに扱いに困る。

「いやあ、あの弟くんのおかげで我々はこんな格好を」

 大原が左肩をさすった。そこで詩都香もその異状に気づいた。右に比べて、左肩がわずかに盛り上がっている。

「どうしたの、それ? MS-05?」

「近いようで遠いっ! ほら見ろ吉田、高原さんにすらわかってもらえなかった」

「だからってLとかRとか入れるのはいやだってばよ」

 そうぼやく吉田の方を見れば、こちらは右肩がほんの少々マッシブになっていた。

「LとRって……あ、ランスとニーか。言われなきゃわかんないって。なんでそんなことやってんの?」

「だから弟くんのせいなんですってば」

「うちのアホが何かやらかしたの?」

 吉田の言葉は、詩都香には理解できなかった。

「やっぱり制服を改造して肩パッドを重ねただけじゃインパクトに欠けるか」

 大原が嘆息してペットボトルのお茶を呷る。

「……改造しちゃったんだ。なんだかわかんないけど、もう両方に入れて世紀末仕様にしたら?」

「くっ、それでは我々の悩みの解決にならんのです」

「この淡白さ、これは間違いなくあの弟くんと血が繋がっている……!」

「血の繋がった実の姉か……それはそれで。そういえば、先日入手したえろ――」

「うろたえるな小僧ども!!」

 それまで黙って聞いていた田中が突然両腕を振り上げ、吉田と大原の二人はノリがいいことに「ガカァッ」と声を重ねながら大きく仰け反った。

(吉田くんも大原くんも、とうとう阿頼耶識(あらやしき)にでも目覚めちゃったのかな?)

 わけのわからないやり取りにつき合いきれなくなった詩都香は、机に向き直って弁当の残り食べることにした。

(――それにしても、琉斗がモテそう? いやいや、ないって)

 苦笑しながら、冷め切ったハンバーグを箸で切り分けた。

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