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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第四章「自由な少女たち Die freien Mädchen」――九月十九日
22/62

4.

 ※

「ほんと仲がいいのね」

「だから違うって。姉貴の悪ふざけだよ」

 実はわかってる。途中から会話を聞いていたし。

 高原姉の方は、「まずいところを見られた」という顔を作った後、挨拶もそこそこに逃げていった。これもたぶんわざとだ。そうやって私たちに誤解させる気なのだろう。無駄だけど。

 それでもせっかくのチャンスなので、少しつっついてみる。

「とか言って、抱きつかれて結構嬉しかったんじゃない?」

「冗談よせよ、実の姉だぞ? 気持ち悪いだけだって。ていうかお前、話し方と一緒に性格まで変わったような」

 ま、いいけどさ、と高原くんはふるふると首を振った。

「……ところで、それは何?」

 高原くんは通学用の鞄の他に大きなリュックを背負っていた。

「知らん。姉貴がさっき買って押しつけていった。つーか、お前こそそれ何だよ?」

「……フードプロセッサーです」

「お前……なんで学校帰りにそんなもん買ってんだよ」

 高原くんは呆れ顔。

琉斗(りゅうと)、言ったって言ったって」

「ブルジョワめ~」

 後ろから永橋さんと水野さんまで茶々を入れてくる。つっつくつもりが、形勢が不利なのは私のようだ。話題の転換を図ることにする。

「ええっと、お姉さん、大きな鞄買って旅行でも行くの?」

「それもわからん。備えあれば憂いなしとかなんとか言ってたけど。中身は……そういや菓子だな。ちょっとその辺で食べちまおうか。――お前らもどう?」

 高原くんが後ろを歩く水野さんと永橋さんに声をかける。

「あたしたちは遠慮しておくよ。ね、水野さん?」

「そうそう。わたしダイエット中だし。二人でどうぞ」

 そう言って二人はぱたぱたと手を振って去っていく。変な気を遣われたのだろうか。

「……その辺の公園でも行くか」

「そうだね」

 後に取り残された私たちは、のんびりと移動することにした。行き先はお寺の門の前に広がる静かな広場だ。

 と、高原くんが私の手からフードプロセッサー(キューヒェンマシーネ)のパッケージを引ったくった。

「あっ」

「ほら、持ってやるよ、重いだろ――って、軽っ!? あれっ、重っ!?」

 パッケージが高原くんの手に渡った瞬間に、私は慌てて念動力を解消した。高原くんはよろめいたが、なんとか踏みとどまった。

「なんだ、今の? 空箱にいきなり中身が生えてきたみたいな……」

 高原くんは手にしたパッケージをしげしげと見つめる。さすが男の子、今みたいに不意を突かれたりしなければ、それほど重荷とは思わないようだ。

「そ、そんなことあるわけないじゃない。早く行こう?」

 私は高原くんの背中を押すようにして公園へと急かした。


 自動販売機で飲み物を買ってからベンチに並んで腰かけると、高原くんは早速リュックを開いた。チョコレート、グミ、キャンディ、クッキー……、色とりどりのお菓子が中から取り出される。

「でもいいの? お姉さんのなんじゃ」

「いいっていいって。どうせこんなに食い切れ……ないとも言い切れないか。あの姉貴だしな」

 ちょっと複雑そうな表情を浮かべつつも、高原くんは大胆にクッキーのパッケージを開封した。毒を食らわばなんとやら、私もご相伴に与ることにした。

「一条……さんって、去年の生徒会長だったの?」

 適当に甘いものを選んだように見えて、悔しいが高原姉はいい選択をしているようだった。バターの風味が濃厚で美味しいクッキーを口に運びながら、一条を話題に出してみた。

 高原くんはお茶で喉を潤してから乗ってきた。

「そうそう。一条先輩は評判よかったよ。育ちのよさを感じさせるくせに、全然気取ったところがなくてさ。生徒会長くらいは余裕で務まるってとこかな。問題が起こると一条先輩にとばっちりが行くかもしれないから、みんな大人しくしてた。先輩の困った顔って、あまり似合わないんだよな。結構積極的に人と関わろうとするのに、男にも女にも好かれる。控えめなくせにたまに敵を作っちまううちの姉貴とは、人間のできが違うんだな」

 ふーん、あの一条にちゃんと務まっていたのか。それにしても相変わらず姉に厳しい高原くんである。

「お姉さんは何やってたの?」

「姉貴は陸上部。種目は知らん。その前はバスケ部だったんだけど、チームプレイに向かないことを自覚したみたいで辞めた」

 陸上部所属だったことは知っていたけど、その前にバスケ部にいたことは初めて聞いた。

「たしかにまあ、孤高って感じだよね」

「孤高っつーか孤立っつーか。だって一条先輩と相川先輩がいなかったらぜってーぼっちだぜ、あれは」

 ひどいことをおっしゃる。だけど、私にもわからないではない。

 ――水野さんや永橋さんや松本さんや、あるいは高原くん……こうした、私を気遣ってくれる人たちがいなかったら、この生まれて初めての学校生活は、もっとずっと居心地の悪いものになっていたかもしれない。そうなっていたら、「楽しんできて」と言ってくれた城主様(へリン)に、どう報告することになったのだろうか。

 少し想像してみる。任務を達成してドイツの城に戻ってからも、欠かさず級友たちから連絡が来る姉さん。携帯でアラーム設定し、メールが来ているかのように見せかける私。

 そんな私たちの様子を眺めながら、きっと城主様は言うのだ、

 ――向こうでもお友達ができたみたいでよかったわ。そろそろあっちも春休みフリューリングスフェーリエンね。私が旅費を出してあげるから、お友達を招待してあげなさい。

 などと。

 ……ああ、嫌だ。ご勘弁ください、城主様。

「……どした、泉?」

 ひとり脳内で悶えていた私は、高原くんの怪訝そうな声で我に返った。

「――あ、ええと、ごめんなさい、ちょっと考えごとしてて」

「姉貴の人見知りっぷりとかか? ほんと、内弁慶で、俺らには強気なんだけど、あまり親しくない相手は苦手なんだよな。でも、ああ見えて結構人気あったんだぜ? 俺の知り合いにも、一人玉砕した奴がいるしさ」

 それもなんとなくわかってきた。あれは少々マニア向けだけど、ああいうのがいいという男だっているに違いない。

「相川さんは?」

「相川先輩は手芸部だったな。ほら、これ」

 高原くんは通学鞄の奥から小さな和風の袋を取り出した。きんちゃくぶくろ、って言うんだったかな、こういうの。

「これは?」

「相川先輩が作ってくれた。あまり上手くないけど、まあなんとかまだもってる」

 広げられた中身は二重になっていて、目の細かい薄絹に、いい香りのするお香の粉末が詰められていた。高原くんが言うとおり、縫製はあまり上手なものではなかったし、年季のためか端っこが少しほつれている。

「相川さんが、手芸部ですか?」

 意外だった。その気持ちを察して高原くんは吹き出した。

「くくっ、変だよな。姉貴なんか目じゃない男顔負けの運動神経持ってんのに、こういうのやってるなんてさ」

「ええ、まあ……」

 素直に認める外なかった。しかし高原くんは思案顔。

「……いや、ちょっと語弊があるかも。男顔負けなんてもんじゃない。泉は信じないかもしれないけど、相川先輩はチョップでブロック塀を叩き割るぜ? いや、マジで」

 聞けばなんでも、高原くんは一度些細なことで相川と本気の喧嘩をしそうになったらしい。相川が高原姉をとある男とくっつけようとしたのが原因だとか。玄関先での口論がエスカレートし、イラっときた相川は手近なものに八つ当たりした。当人が思ったよりも力が籠もってしまっていたその手刀は、高原家の塀を突き崩した。我に返った相川と高原くんは手に手をとってその場を逃げ出したそうだ。

 ――当然バレて、二人揃って高原姉に大目玉を食らったというオチつきである。

「あれ見て思った。相川先輩に逆らっちゃダメだって。あのチョップが俺の頭に降ってきたら大惨事だ」

 そのくらいでなければ、乏しい魔力で上げた身体能力で姉さんと渡り合うことはできまい。

 いつの間にか私たちはクッキーを食べ尽くしていた。高原くんは次のお菓子に手を伸ばした。ドイツではMIKADOという商品名で販売されている、細い棒状のビスケットにチョコレートをコーティングしたものだ。MIKADOは人気が高いくせに、近隣の町の商店には滅多に入荷されなかった。御用聞きが電話してくる度に、姉さんと私は城主様にねだったものである。

 しかも、秋季限定の宇治抹茶味。初めて見た。向こうでは絶対に手に入らないものだ。私は内心の昂ぶりが表に出ないように注意しながら、パッケージを開封せんとする高原くんの手を見守った。

 視界の隅の地面に影が差し、声をかけられたのはそんな折だった。

「――よぉ、高原。それに、えーと、恵真(えま)ちゃんでいいんだよな。こんなとこでデートか?」

 目を転じると、一人の男子が私たちの前に立っていた。うちの学校の制服。やや中性的で整った顔立ちに、見覚えがあるようなないような。

 高原くんは第三者の乱入にあまり動じず、つまらなそうに手を振った。

「噂をすれば、って奴だな。荷物減らすのを手伝ってもらってただけだよ、佐野」

 ……ああ、そうだ、佐野とかいう奴だ。高原くんのおかげで思い出せた。今日見たばかりなのに、すっかり忘れていた。どうでもいい相手だし。というか、彼の話題なんて出たっけ?

「どんな噂だっつーの。ま、ちょうど小腹が空いてたんだ。俺ももらっていいか? ……ごめんよ、恵真ちゃん」

 手を軽く挙げて断りつつ、私の右隣に腰かける。私のフードプロセッサーは彼の向こう側に押しやられた。

 その佐野のリクエストでチョコパイが開封された。MIKADOはおあずけだ。

 こいつはいつ私の名前を知ったんだ? しかもなんか馴れ馴れしい。私の体越しにお菓子に手を伸ばしながら、ちらちらと横目で顔を覗き込んでくる。

「……何かついてますか?」

 少し不快に思い、詰問してみた。佐野は虚を突かれたように目を見開き、それから逸らした。

「ああ、いやごめん。うちのクラスの梓乃(しの)ちゃんとやっぱりそっくりだなぁって」

 そうか、佐野は姉さんと同じクラスなのか。それなら私の名前を知っているのも頷ける。

 佐野と高原くんはお菓子をつまみながら話し始めた。「今日携帯壊れちまってさ」「お前いじりすぎなんだよ、バーカ」から始まって、話題は次第に二人の旧友の消息へ。聞き覚えのない人名がいくつも挙がり、私は疎外感を覚えるところだったが、佐野がその度にフォローしてくれた。いささか朴訥なところがある高原くんに比べて、佐野は話し上手だった。相手を楽しませるコツをよく心得ている。なるほど、顔がいい上にこの話術なら、人気があるのも理解できる。私も危うく引き込まれそうになった。

 しかも、だ。はじめは佐野と高原くんの会話だったのが、いつの間にか私もずいぶんと喋らされていた。巧みなものである。

「うーん、ちょっと悔しい」

 話の腰を折って、佐野は突然天を仰いだ。

 こうした突拍子もない行動には慣れているのだろう、高原くんが苦笑する。

「どうした?」

「恵真ちゃんを笑わせてあげられない」

 あっは、またか(ショーン・ヴィーダー)

 私は表情が乏しいと言われることがある。あまり自覚はないのだが、城で使用人たちがそんな話をしているのを立ち聞きしてしまったこともあるので、きっとそうなのだろう。姉さんや城主様から指摘されたこともある。

 なのに、

「いやいや、泉は結構笑ってるぞ? なあ、泉?」

 高原くんはそう笑いかけてきた。私は何も言えずにこくこくと頷いた。


 用があるという佐野が立ち上がったのを機に、高原くんと私も帰ることにした。お菓子をリュックにしまう高原くんを眺めながら、MIKADOを食べそこねたことに気づいた。まあ、いいや。どこかで買っていこう。

「ここから一人で大丈夫か? なんだったら、家まで持ってってやってもいいけど」

 駅前通りで二人の行く道は分かれる。フードプロセッサーのパッケージをまた持ってくれていた高原くんが、私に向き直った。

「大丈夫。ちゃんと持って帰れるから」

 また念動力を行使して、受け取ったパッケージを軽々と持ち上げて見せる。

 そこで高原くんが思い出したように口を開いた。

「あ、そうそう、土曜日だけどさ」

「え? うん」

 そうだった、土曜には高原くんと一緒に和菓子カフェとやらに行くのだった。

「ついでにさ、よかったら映画観ないか?」

「……はひっ!?」

 言葉の意味を理解すると同時に、心臓が跳ねた。さらには横隔膜まで引きつった。

「タダ券あるんだ、ペアの。……って、おい、大丈夫か?」

 いきなりしゃっくり(シュルックアウフ)を始めた私に、高原くんは困惑したようだった。

「だ、ひっく、だいじょひっくぶ」

 無様だ。泣きたい。

「おいおい、しっかりしろよ、泉」

 微苦笑を浮かべて、遠慮会釈なく私の背中をばしんばしんと叩く高原くん。

「痛っひっく、痛いよ、たかひっくん」

 痛がりながらも、私もなんだか笑えてきた。

 大きな手だな、と思った。

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