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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
第四章「自由な少女たち Die freien Mädchen」――九月十九日
21/62

3.

 ※

「高原、明後日暇か?」

 昼休みも残り少ない。教室に戻って魅咲(みさき)伽那(かな)に話を持ちかけてから、急いで昼食をかき込もうと席に着くなり、誠介がやって来た。詩都香(しずか)は幾分すまなく思いつつもかぶりを振った。

「ごめん、明後日は忙しくて」

 嘘ではないのだが、なんだか口実を作って断っているようで申し訳ない気持ちになる。

「そんじゃ日曜日は? 映画のペア券があるんだけど、日曜まででさ」

 誠介はなおも食い下がる。古典的なお誘いだなぁ、と微笑ましくなってしまったが、もう一度断ることになる。

「あー、ほんとごめんね。実は明日の夜から月曜まで部活で合宿なの」

「マジかよ。くっそー」誠介は心底悔しそうに頭を抱えた。「なら魅咲でも誘うか」

「……重ね重ね悪いんだけど、魅咲もたぶん一緒に来ると思う。ついでに伽那も」

「なんだそれ? 部活の合宿なんだろ?」

「わたしにもよくわからないんだけど、友達参加オッケーだって」

 誠介はがっくりと肩を落とした。

「せっかく高原が好きそうなの買ったのになぁ」

 チケットを見れば、アメリカの有名小説家の作品を原作とした軍事スリラーものだった。

「わざわざ買ったんだ。なんでもっと期間に余裕があるのにしなかったの?」

 余裕があっても、一緒に行くかは保留であるが。

「そりゃあ、余裕があると、お前からのらりくらりと躱されるかもしれないだろ? こういうのはびしっと一日か二日に決めて誘うのがいいんだよ」

 誠介も色々考えるものだ。

「でも、チケットもったいないなぁ。金券ショップにでも売る? あまりいい値段つかないと思うけど」

「いや、面倒だしやるよ。琉斗(りゅうと)にでもあげてくれ」

 どうやら本当に詩都香を誘うためだけに買ったものらしい。琉斗なら観に行くかもしれないと考え、ありがたく頂戴することにする。

「でもタダじゃ気が引けるなぁ」

「そんなら、その一口カツくれ」

 誠介が詩都香の弁当の一角を指す。

「えっ? いや、まあこんなんでいいんなら。じゃあ、はい――」

 と、詩都香が箸をつけるよりも早く、横合いから伸びてきた誠介の指がカツをかっさらった。

「うん、美味い。さすが高原だな。ごっそさん」

 誠介は指先に着いた油を舐めとりながら、自分の席に戻っていった。

 詩都香はそれを見送りもせず、呆然としていた。

(今、何やろうとした、わたし……?)

 あまりにも自然に手が動いていた。いけない、いけない、と自分に言い聞かせ、チケットを財布に収めてから再び箸をとったところで、今度は後ろから背中をつつかれた。

「何ぐむっ」

 振り返った詩都香の左頬に、待ち構えていた田中の人差し指が突き刺さった。

「ああやっぱり。しずかちゃんって、振り返るときはいつも左なんだね」

「小学生かっ! ……んで? 何?」

 お行儀が悪いとは思いながらも、詩都香は弁当箱を手に椅子ごと振り返った。

「いやね、さっきの三鷹くんのお誘い、今日の放課後じゃダメなの?」

「ダメってことはないけど、放課後だとあまり時間ないし、誠介くんだって別にただ映画を観たいだけじゃないでしょう?」

 映画が口実であることくらい、詩都香にだってわかる。なんで田中がそんなこと気にするのか訝しみつつ、片手を口元に当てて白米を噛みしめた。

「それくらいはわかるんだ」

「当たり前じゃない。何度誠介くんから告白されたと思ってんの」

 詩都香としては不本意に過ぎるのだが、三鷹誠介が彼女に惚れていて一月に二度くらいのペースで交際の申し入れをしていることはクラス中に知れ渡っており、一種の名物扱いされている。夏休み以降は少し落ち着いているが。

「ふ~ん。……ねえ、しずかちゃんって恋愛に興味ないの?」

「……ない、わけじゃないけど」

 詩都香は意識して顔色を保とうとする。普段は気の置けないオタク仲間としてアニメ談義をしている田中と、あらたまって色恋沙汰について語るのは、なんだか異様に照れ臭い。

「じゃあ、三鷹くんのこと嫌いだったり?」

「……別に、嫌いなわけないでしょ」

 詩都香とて、誠介のことを嫌って振っているわけではない。真っ直ぐな好意を向けられるのはやっぱり嬉しいし、何より彼はいい奴だ。それでもまだ詩都香の中では、彼の気持ちを受け入れる準備が整えられていない。

「じゃあさ、一度ちゃんと向き合ってあげたら? つき合うにしろきっぱり断るにしろ。このままだと蛇の生殺しみたいで、三鷹くんも浮かばれない」

「……きっぱり断ってるつもりなんだけどね」

 食事中に蛇の話なんてしないでもらいたいところであった。

「でも普段仲いいじゃん。いつからか名前で呼ぶようになってるし。さっきだって、『はい、あーん』って」

「なっ! 違う!」

 今度こそ頬が熱くなるのを感じて、詩都香はぶんぶんと首を振った。

「あらためて気持ちを伝えてさ、この辺で関係を新しくやり直してみたら? そろそろ出会ってから半年経つんだし」

 言われて詩都香は黒板に記された日付に目をやる。九月十九日。半年にはまだ満たない。

 誠介に一目惚れされたらしい入学式の日から半年と言えば……、

(――中学の方の文化祭の頃か)

 水鏡女子大学には附属中学校もある。高校と違い、女子校である。その体育祭および文化祭は毎年体育の日を含んだ十月の連休に催される。誘拐事件の容疑者が挙げられ、それ以降同様の犯行も起こっていないことから、予定通りの開催が決定されていた。

 附属高校の文化祭は文化の日の連休だ。期日を定めるとすれば、縁もゆかりもない中学の文化祭よりも、そちらの方がふさわしいと言える。

「……わかった。じゃあ、文化祭までに一度考えてみる」

 詩都香はそう言って田中に背を向けた。

「よし。言質とったからね」

 その背を田中の嬉しそうな声が追いかけてきた。



 ※

「へー、恵真ってそんなにお小遣いもらってるんだ」

 水野さんが羨ましそうな声を上げた。

「そんなに余裕あるわけじゃないよ。生活費も含めてだから」

 私はなぜか弁解がましくなってしまう。

 ――恵真たちってどれくらい仕送りもらってるの? などというなかなかに不躾な質問から発展した会話だった。

 二人で月二千マルク……じゃなかった、千ユーロ。現在のレートで、日本円にして十三万ちょい。住んでいるマンションは〈連盟(リーガ)〉が用意したものだから、家賃はかからない。仕送りの半分は食費・光熱費その他共同での出費といざと言うときのための貯金に当て、もう半分を折半してそれぞれ必要なものを買ったり、遊びに行く時のお小遣いにしたりしている。たしかに、中学生の子供にとっては多いかもしれない。

 ちなみに八月分のお小遣いについては、エレキギターを筆頭に要らないものばかり買った姉さんに幾らか貸してある。明日のショッピングの際にも私に借りる気満々のようだ。返済はあまり期待してない。

「いーなぁ、あたしもそんな家に生れたかったよ」

 永橋さんも水野さんに同調した。

 ……そんな家、ね。どんな家なのか、実のところ私だって全貌を把握できていないのだが。

 そもそもにして城主様(へリン)の経済感覚がよくわからない。贅沢をするお人柄ではないけれど、かつては領邦君主でもあったわけで。当時の暮らしぶりは、控えめに言っても庶民とは隔絶したものだったことだろう。

 そしてその後はひきこもりである。家計の切り盛りさえアーデルベルトその他の使用人たちに任せているのだから、現在のドイツの標準物価はもちろん、ゼーレンブルン家の財産さえ把握していない可能性がある。日本の物価なんて知る由もなかろう。

 とはいえ知らないのは私たちも同様だ。二ヵ月ちょっとのテレビ視聴では物価のことなんてわからなかった。

 その上、城主様が一体何によって収入を得ているのかも一切謎である。こうして離れて暮らすまで疑問に思ったことすらなかったけど、〈連盟〉から年金でももらっているのだろうか。まさか御法度である錬金術に手を染めているのでは……ないと信じたい。

 水野さんと永橋さんと私は、駅前通りに向かって東進していた。この市役所前の通りも活気づいていた。若い女性の人出が特に多い。

 連続誘拐事件――本当は連続誘拐殺害事件――が一応の解決を見たことで、クラスのみんなもほっとしている。身近に被害者がいなかったこともあり、試験明けのような解放感があった。

 もちろん、本当の意味での解決ではない。〈連盟〉から派遣された末端構成員が殺害をほのめかす供述をしていることもあり、連日連夜事件関連の報道がなされている。世論は沸騰し、極刑を求める声も高い。

 ただし、どのような刑罰が言い渡されようとも、彼がそれに服することはない。彼は顔を貸すだけ。姓名も経歴も何もかも架空のものだし、そもそも彼は犯人ではない。こうした重大事件が起こった際の、世論をなだめるための常套手段だった。〈連盟〉と、その統制下にある国家の。

 ――私は少し険しい表情をしていたのかもしれない。水野さんに話しかけられて我に返った。

「恵真とこうやって帰るの初めてだね。いつもどの辺寄ってるの?」

「え、えっと……。本屋さんとかかな。あと、カフェとか」

 昨日だけだけど。

「いっつも梓乃が恵真を独占してるからなぁ。なかなかこういう機会なかったね」

「独占って、別に、そんな」

 むしろ姉さんを私が独占しようとしていたのに。


 ホームルームが終わった後、水野さんが一緒に帰ろうと声をかけてくれた。私にとっては初めての経験だ。

「部活は?」

 恐る恐るそう尋ねると、今日は仕事がないから休み、とのことだった。

 さらに永橋さんも加えて、三人で一緒に帰ることとなった次第である。

『今日は友だちと一緒に帰ります』というメールを姉さんに送ったときの昂揚感といったら。


 三人でCDショップに寄った。

「恵真ってどういうの聞いてるの? ドイツ帰りだし、ジンギスカン?」

「ええと、何それ?」

 水野さんのイメージも大概偏っている。


 以前姉さんがタロットカードを買った雑貨屋にも寄った。

「これって、梓乃のと同じ?」

「うん、たしか。永橋さんも占いに興味あるんだ?」

 永橋さんは少しはにかみながらレジに向かった。


 同級生と寄り道して帰るという初めての経験に、やや身構えていた私だったが、ある意味では拍子抜けだった。そこにあるのは、普通の、ごく当たり前の日常だった。

 ああ、こんなもんなんだ。こんな他愛もない時間をみんな思い思いに過ごしているんだ――この平凡で陳腐で、きっとすぐに記憶からこぼれ落ちてしまう、それでも愛おしい時間。

 ふと、姉さんや高原たちのことが頭をよぎった。この街に住む魔術師たち。彼女たちにもやっぱりこういう時間があるのだろうか。

 ……そんなことを考えてしまったせいだろうか、財布の紐が緩んだのは。

「びっくりしたー。恵真ったら、普通学校帰りにそんなもん買う?」

 水野さんが私の持つ品を見つめながら苦笑した。

「……私もびっくり」

「二万円をぽん、か。豪気だねえ」

「……大丈夫。姉さんに相談すれば、共同の分から出るから。……たぶん」

 新しい音楽プレイヤーが見たいという水野さんにつき合って入った電機屋で、フードプロセッサー(キューヒェンマシーネ)を衝動買いしまった。

 その時は早く試してみたくてワクワクしていたのだが、一歩店の外に出て冷静になってみれば、何をどう考えても、学校帰りの寄り道で買う代物ではなかった。重いし大きいし、歩きにくい。

「重くない?」

「平気。見た目ほど重くないから」

 強がりではない。けど、真実でもない。最初の十数メートルを歩いた時点でまともな手段で持ち帰ることを諦めた私は、身に具わった魔力を念動力(テレキネーゼ)に変えてズルをしていた。悪いところばかり姉さんの影響を受けている気がする。

 ――そして、三人が三人とも財布を軽くしたところで、お小遣いの話となったわけである。が、

「でも、高原くんとつき合うのは大変そう」

「はい?」

 水野さんの言葉は唐突だった。何が「でも」なのかわからない。話を聞き逃したのだろうか。

「そうそう。ぶっちゃけ恵真と琉斗ってどうなの?」

 永橋さんまで乗ってくる。

「高原くんとはそういうんじゃありません」

 狼狽のあまり口調が戻ってしまった。

「ごめんごめん。恵真って反応面白いから、ついついからかいたくなっちゃう。でも、琉斗はまあまあモテるよ。誰ともつき合ったことないみたいだけど」

 たしかに彼はモテそうではある。ぶっきらぼうなところもあるけれど優しいし、頼りがいがありそうだし、誠実そうだし、とりたてて美形ってわけではないが顔立ちだって悪くはないし、背だって高いし、同級生の男子の幼稚で下品な会話や悪戯に乗っかることがないし、かといって協調性がないわけではないし……。あれ? どうして私、高原くんのいいところを並べ立ててるんだっけ?

 そうだ、高原くんには、今まで恋仲になった相手がいないという話だった。まだ中学二年なんだから不思議でもなんでもないと思うが、気にはなる。

「……どうして?」

「ん~、お姉さんかな。詩都香先輩と比べられるんじゃないかって思って踏み出せない子が多いみたい。そりゃ、詩都香先輩相手じゃ勝ち目ないもんね」

 そういうものだろうか。高原姉はあれはあれでどうしようもない奴なのだが、後輩相手にはそういう面を見せないように気を張っていたのかもしれない。

「ね、ね、ほらあれ!」

 水野さんが前を指す。市役所前から駅前通りに折れんとする一組の男女。

 永橋さんも、おや、と眉を上げた。

 見慣れた制服の背の高い男子と、腰まで届く長い黒髪を背負った女子高校生――前を行くのは高原姉弟だった。仲睦まじい様子だった。

「詩都香先輩、相変わらず美人だなぁ。ミズジョの制服すごい似合ってる」

 後姿しか見てないくせに、永原さんがはふぅ、と嘆息する。見た目だけだよ、と私は心の中で応じる。

「あれ! 手ぇ繋いでる!」

 水野さんが素っ頓狂な声を上げた。

 ほんとだ。日本では姉弟でこういうのアリなのかな。

「いくら仲がいいっていっても、これはナシだよな。写メ撮って明日からかってやろっと」

 と、携帯を取り出す永橋さん。やっぱりナシなのか。

「どんな話してんのかな?」

「気になるよね」

「……え? ちょっと?」

 二人が足を速め、私までそれに引っ張られる。興味がない……と言えばもちろん嘘になるけど、盗み聞きなんてしたくないのに。

 しかし、結局二人に抗えずに雑踏を縫うように早足で歩き、高原姉弟と三、四メートルの距離まで近づいてしまうのだった。



 ※

 合宿に持っていく品物や本を買いに行こうとしたら、学校帰りの琉斗に会った。詩都香はこれ幸いとばかりに荷物持ちとして買い物につき合わせることにした。対価は誠介から頂戴した映画のペアチケットである。

「何これ? でけえリュック」

「見た目ほど容量大きくないんだけどさ。あ、さっき買ったお菓子もこれに入れちゃおう」

「どっか行くわけ?」

「地震とか起こったら困るでしょ。備えあれば憂いなしってね」

 立ち止まった琉斗の背のリュックにお菓子の袋を詰め込みながら、詩都香は適当にはぐらかした。ちょっとした悪戯心が芽生えたのだ。

 かさばる買い物は済ませた。後は本だ。古書店めぐりは長くなるし、弟をつき合わせる気はない。

「今日は買い食いしないで帰ってきなさいよ? お姉ちゃんが腕によりをかけて美味しいものたくさん作ってあげるから」

 連休中に家を空けるので、冷蔵庫の中の日持ちしない食材を一気に使ってしまう算段だった。

「なんだよ、そのサービス。気持ち悪いな」

 琉斗は顔をしかめた。

「まあまあ。荷物持ちのお礼ってことで。何かリクエストある?」

「……コロッケ」

(ジャガイモ、OK。挽肉、OK。タマネギ、OK。キャベツはどうし……OK)

「コロッケね、了解。ていうかそんなんでいいの? 他には?」

「ええっ? どうしたんだよ、ほんとに。……じゃあ、刺身」

 そんなものは買い置きしていない。

「却下。あー、そういや昨日アボカド買ったんだった。何かに使えるかな。アボカドのお刺身でもいい?」

「カリフォルニアかよ。ていうか、リクエストの意味ないじゃん」

 詩都香が模範的主婦になれないのはこの辺である。好奇心に任せて食材を買ってしまうことが多いのだ。

「あ、豚肉もあったな。豚汁食べる? それとも豚しゃぶとか?」

「聞けよ。まあ、お姉ちゃんの作るものは大抵美味いからいいけどさ」

(――おっと)

 弟からであっても、そういうことを言われると反応に困る。

 詩都香が本格的に料理を始めたのは小学校五年生の頃。母親が事故で死んでからだ。それまでも母の手伝いをすることはあったが、毎日男二人の胃袋を支えるというのは大変なことだった。何度も失敗したし、当時はそこそこ上手にできたと思ったものも、今から考えるとありえない代物だ。文句も言わずに食べてくれた父と弟には感謝しなければならないと思っている。

 ……あるいは、文句も言う気にならないほど、詩都香が沈んでいたせいなのかもしれない。

 それから精進を重ね、どうにか他人に振舞えるくらいのものは作れるようになった。今なお新しいレシピを研究してもいる。

 だから、こういう言葉をかけてもらえるのは、素直に嬉しいのだった。

「いてててて! 痛いってば!」

 気がつくと、照れ隠しに琉斗の左手を握り締めていた。

「――あ、ごめん」

 詩都香は琉斗の手を放した。

「お姉ちゃん、女にしては握力強い方なんだし、加減してもらわないと」

「強いとか言うな。でもあんた、手おっきくなったわね」

 並んで歩くとどっちが年上なのかわからない。詩都香が中学に入る頃、弟に背丈で抜かれた。その時はまた抜き返してやる気でいたのだが、今では背伸びしても太刀打ちできない。

「ま、お姉ちゃんのおかげさんでな」

(だからそういうのやめてってばー)

 なんで恥ずかしげもなくこんなストレートなことが言えてしまうのだろう。それとも、詩都香が素直でないだけなのだろうか。

「ふふん。ママの代わりができてるとは言わないけど、お姉ちゃんに感謝しなさいよね」

 素直でない詩都香は、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。

「いや、できてんじゃね? わかんねーけど。ていうか、お姉ちゃんはお姉ちゃんで母さんじゃないんだからさ、無理に代わりをしようとしなくてもいいだろ。ま、とか言いながら、お姉ちゃんにばっかりやらせてる俺も俺だけどさ。俺も何か家事できたらいいんだけどなぁ」

「あんたに任せようなんて思わないわよ。大人しくお世話されてなさい。それとも、小遣い上げて欲しいの?」

 家事を一手に引き受ける詩都香は、高校生の平均よりは少々多めに小遣いをもらっている。琉斗も家事をすることで小遣いを上げて欲しいのだろうか。

「いや、そういうんじゃないよ。でもお姉ちゃんって大した奴だよな。勉強も家事もやって、その上趣味にまで情熱傾けて。どういう時間の使い方したらそうなんの?」

「そっちこそどした? 気持ち悪いな。……睡眠時間削ってる、ってことになるのかな」

「ああ、だから発育が――痛てててっ! だから力強いって!」

 失礼なことを口走りかけた琉斗の手を、今度は意識的に力を込めて握り締めた。姉の胸になんて興味ないだろうに、魅咲や伽那のせいで弟までこういうことを言うようになった。そうすれば姉をからかえることを覚えたのだ。

「……ていうかあんた、二人の時はわりと素直なのに、他の人いると憎たらしいよね。お姉ちゃんと仲がいいって思われるのは恥ずかしい?」

「まあやっぱそうだな。恥ずかしいっていうか、いじられる」

「じゃあ今はどうかな。知らない人から見たら、わたしたちカップルに見えるかな」

「俺が柳田(ヤナ)中の制服でお姉ちゃんはミズジョのだからな。せいぜい部活の先輩後輩ってなところじゃないか? ――って、おい!?」

 からかわれたお返しに、詩都香は琉斗に横から抱きついてやった。

 しかし、効果は薄かった。驚いた表情は一瞬だけで、琉斗は抱きつかれたままやれやれと肩をすくめた。

 悪戯が空振りに終わった詩都香は不満だった。

「可愛くないなー。あんた、こういうの慣れてんの?」

「昔はほら、相川先輩とか一条先輩とかからさ。さすがに最近はやらないけど」

 魅咲と伽那とは小学生の頃からのつき合いだが、兄弟のいない二人は、当時から琉斗を可愛がっていた。琉斗の方も以前は「ミサ姉」「カナ姉」呼ばわりしていたのが、中学に入った頃から先輩と呼んでいる。おかげで琉斗は女子に免疫がありすぎる可愛げのない弟に育ってしまったのであるが。

「嬉しかった?」

「そりゃもちろん。姉に抱きつかれるよりはずっと嬉しいに決まってるだろ。つか、外でまでバカはよせよ。こんなところ知り合いにでも見られたら……」

 そう言って周囲を見回した琉斗が、背後に首を巡らせたところで固まった。

 詩都香もそちらに視線を向けると――

「えーと、その……」

 ノエマがいた。

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