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放課後の魔少女  作者: 結城コウ
序章「城主様ばんざい Heil unsrer Herrin!」――十年前
1/62

1.

一日に一度くらいは更新します。

序章

 あの日、あの場所で、どうしてあのような仏心を出したのだろう、と彼女は今でも時々考えることがある。――いや、ひょっとしたら悪戯心だったのかもしれない。

 十年前のあの日。彼女の住む城のそばの小路。

 あの日、普段の日課となっている朝の散歩の途中で、手を繋いで倒れている二人の少女を見つけた。年の頃は三か四といったところ。森の奥深くにたたずむ城の近辺までやって来るには、いかにも不似合だ。二人とも小さなポシェットを身につけてはいたが、ほとんど着の身着のままで、朝露にぐっしょり濡れていた。

 とりあえず二人ともまだ息があるのを確認してから、彼女は少女たちの所持品を検めた。

 その中に黒い表紙の旅券があった。見慣れない形式ではあったが、その記載内容によれば、二人の国籍は日本。満三歳。姓を同じくし、同じ年、同じ月、同じ日の生まれ――どうやら双子らしい。フランクフルト国際空港の入管のスタンプの日付は一週間ほど前のもの。名前は……梓乃と恵真。

 二人の顔立ちをしばし眺めた。なるほど、オリエントの血が流れているらしいことが判別できた。だが、肩の辺りで切り揃えられた見事な金髪や肌の色からするに、彼女と同じくコーカソイドの血筋も受け継いでいるようだった。ハーフかクウォーターなのかもしれない。

 地面に伏せられたその横顔には、疲労の色が濃い。近隣の町から歩いてきたのだろうか。いや、最も近い町でもここからは十キロ近く離れている。子供の足では考えられないことだ。

「捨て子……かしらね」

 彼女はひとり呟いた。面倒なことになったと思った。

 馴染みの使用人しか置いていない、くつろいだ雰囲気の我が家に連れて帰るのはためらわれた。とはいえ、わざわざ町に出向いて警察に預けるのは論外だ。散歩以外の外出など、彼女にとっては狂気の沙汰である。

 どうせなら死んでいてくれていたらよかったのに、とさえ思った。そうであれば、何も気にすることなく彼女の力で荼毘に付してやることができたのだが。

 しばし逡巡した末に、結局二人を城に連れ帰った。わずかながら魔力の残滓が感じられたのも理由の一つだったが、本当のところほとんど気まぐれだった。それほどまでに彼女は退屈していたのだ。そして、退屈であることにすら気づかなくなってずいぶん久しかった。


 ――この選択をなした十年前の自分に、今は感謝している。

 それどころか、この奇妙なめぐり合わせは天の配剤、有態に言えば奇蹟だったのではないかとも思っている。

 悠久の時を生き、ここ一世紀ほどの間隠遁状態にあった彼女の生活からは、日月の感覚もとっくに失われていた。生に飽き始めていた。聖書のアブラハムはこうして死んだのだろうか、とアブラハムの三倍も生きてからようやく、彼女にもその気持ちが理解できるように思えていた。

 それが、この十年はどうだ。

 日も月も色を取り戻した。二人の子供との生活は、日々驚きと緊張と喜びと、その他諸々の、とにかく彼女がすっかり磨滅させていた感情の連続だった。

 二人はまだ片言ながらドイツ語を話すことができた。やはり両親のどちらかがドイツ人なのだろう。始めのうちは日本の家に帰りたがっていた少女たちだが、何が起こったのかもおぼろげには理解していたようだ。


「パパもママも、あたしたちが悪い子だから迎えに来てくれないの?」

 城に連れ帰ってから三日ほど経ったある日、恵真――双子の妹の方がぐずった。その彼女の周囲で、ぬいぐるみやら積み木やらのおもちゃが宙に浮いていた。全て彼女が使用人に買ってこさせたものである。

「恵真、だめだよ。これは他の人には見せちゃいけないって言われたでしょ」

 姉の梓乃がそうたしなめ、空中の品々の半分を自分の支配下に奪い取った。そう言う本人もべそを掻いている。

「いいのよ、二人とも。ここではいくらでもその力を使いなさいな」

 彼女はそう声をかけてやり、二人の何倍もの力で、玩具をすべて自分のもとへと引き寄せた。

 二人の子供が目を丸くした。

「おばさんもこの力が使えるの?」

 日々使用人たちから美しさを称えられることを密かな喜びとしていた彼女にとって、この呼び方はいたくプライドを傷つけるものだった。いや、このとき初めて、美しいと言われることを喜ばしく感じていた自分に気づいたのかもしれない。

「お、おばっ……? うーん、たしかにあなたたちからしたら、私は見た目もおばさんかもしれないし、年にいたっては『(ウア)』をいくつ重ねても足りないおばあちゃんかもしれないけど、その呼び方は感心しないわね。……そうね、ここにいる間、私のことは城主様(へリン)と呼びなさい」

 彼女は二人の子供に向かってそう宣言した。

 それから十年余り。起居を共にする内に、彼女は双子を自分の娘のように感じ始めた。双子の方もそんな彼女の気持ちに応えてくれるようになった――そう思ってしまうのは自惚れだろうか。


 そして今、彼女は二人を送り出す。故国、日本へと。

(楽しんできてね、私の娘たち)

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