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07



 フレッドは王の傍仕え。何故後宮に入れるのだろう。


「王と行動を共にする場合と、王が特別に許可した場合は別だ。今ここに住まうのは正式な妃ではないからな」


 後者の場合は女官長がついて回ることになるが、と。視線を合わせることなく答えた陛下に、そうですか、ありがとうございますとだけ返せばもう会話終了。沈黙が戻る。

 だが有り難いことに、部屋を出ていた二人がそこで戻ってきてくれた。アミリアはほっとしたような目をターニャに向ける。


「お待たせいたしました。陛下、大人しくしておられましたか?」

「……お前は俺をなんだと思っている」

「自分の気持ちを素直に表現できない、というより気付きもしない鈍感で意気地のない御方ですよね?」

「っな……!」

「そんなことより、用事も済んだので城の方に戻りましょう。朝議の時間が迫っておりますので」

「誰のせいで朝からこっちに来ることになったと……!」

「それはもちろん陛下のせいでしょ?」

「そんなわけがあるかっ! 俺は昨夜これに言われたことをお前に言っただけだ!」


 これ、とはアミリアのことらしい。

 話の流れについていけず、またフレッドの従者らしからぬ言動や昨夜とは違った陛下の様子に目を瞬かせる。しかし突然その陛下に指差されたことでハッと我に返った。

 アミリアが昨夜したことといえば、それこそ昨夜から彼女の頭を悩ませている件のことしかない。

 流す、その言葉はやはり撤回されてしまっているのだろうか。

 わずかに体を強張らせたことに目敏く気付いたのは、陛下ではなくフレッドだった。


「ほーら、陛下。貴方がそんな言い方をされるからアミリア様が驚いておられますよ? 大丈夫です、アミリア様。陛下の方がなにを言っても聞き流すと許可を出されたのでしょう? それでしたらなにを言われても貴女の罪にはなりません」

「っ、本当ですか!?」

「はい、本当ですとも。私は女性には嘘はつきません。あ、ちょっと陛下は黙っていてくださいね、話がこじれますので」


 フレッドは終始浮かべる笑みを崩さないまま、アミリアに告げる。それに、安堵の息を吐いた。


「よかった……」

「はい、もしも陛下がおかしなことを口走るようでしたら私が全力で止めることをお約束いたします」

「フレッド様……! ありがとうございます!」


 こぼれる程ではないけれど視界がわずかにぼやけ涙目になっている自覚は、あった。思いのほか昨夜の件で気を張っていたのだと気付かされる。

 フレッドに礼を述べれば、彼は軽く目を見張った後に囁くような声で呟いた。


「……そこまで喜んでいただけるとは、」


 それは小さすぎて、アミリアには聞き取ることができなかった。


「え?」

「いいえ、なんでもありません。それと、私に様は必要ありませんので、どうぞフレッドとお呼びください。……陛下、お気持ちはわからなくもないですが睨まないでいただけます? それからそろそろ本当に戻りますよ」


 フレッドの視線を追うと、なにやら不機嫌さを隠そうともせず顔を歪めた陛下がいることに気付く。もしかして怒ってらっしゃる?

 そんなアミリアの疑問には結局誰も答えをくれず、陛下は一人無言で足早に扉へと歩いていく。フレッドはそんな彼をまるで憐れむような目で一瞬見つめた後、アミリアに再び視線を合わせた。


「では、アミリア様。またお会いできるのを楽しみにしております」


 はい、とうなずきかけて、その意味を理解する。そうして「次? 次なんてないでしょ? むしろあってたまりますか!」と。閉まった扉に向かって言葉を放り投げた。


「アミリア様、落ち着いてください」

「落ち着いてるわよ! ……そうだ、それより、フレッド様のお話ってなんだったの?」

「それは、」


 言いかけてなにを思い出したのか。ターニャは「他言無用と言いつかっておりますので」と教えてはくれなかった。

 教えて、教えません。そんなやり取りを数回繰り返し、先に折れたのはアミリアだった。ターニャの口の固さは昔からである。


「わかっていただけて嬉しいです。アミリア様、本日はどのように過ごされる御予定ですか?」

「庭を散歩するわ。朝から鬱々とした空気吸って気が重いから、こういう時は外に出るのが一番よ!」

「かしこまりました。それでは準備いたしましょう」

「面倒だからいい、」

「駄目です」


 最後まで言わせてさえもらえなかった。後宮に入ってからというもの、ターニャは貴族の女性らしい立ち振る舞いに非常に厳しい。もちろんそれがアミリアを思ってのことだとわかってはいる、わかってはいるのだが……。


「日焼けとか、今さらじゃない?」

「ここではアミリア様の御実家ではありません。貴族の御令嬢が黒い肌をされていては、御家(おいえ)の名に傷がつきます」

「う…っ」


 それは、痛い。結婚はしない、修道院にはいる。そうやってただでさえ親不孝者の自覚があるのに、そこを突かれると痛い、とても。

 渋々ターニャの言われるまま用意するまま、身を任す。

 そしていざ、部屋を出ようとターニャが扉を開けた先に、ご丁寧にもネズミの死骸が数体、詰まれていた。


「……」

「……」

「……ターニャ、悪いけどこれ、裏庭かどこかに埋葬してきてあげてくれる?」


 薬でも使ったのか、血を流さず身体を横たえ息絶えたネズミたち。あまりにその身体が綺麗だったので一瞬眠っているだけかと錯覚した。

 ネズミたちがこんな目にあってしまったのは、自分のせいだろうか。

 部屋から一歩も出ることなく踵を返したアミリアの耳にターニャの言葉が届く。


「かしこまりました。その間、アミリア様は部屋から絶対に出ないでくださいね。どなたかがいらしても決して出ないように」

「わかってるわ。……ターニャも、十分気をつけてね」


 承知いたしました、その言葉と同時に扉が閉じられたのは、これ以上主であるアミリアの目に死骸を晒さないため。

 外に出ることを諦めてソファに身を沈めた彼女は天井を仰ぎ、グッと瞼を閉じた。

 ネズミたちは関係ないのに。どうして命を軽んじるようなそんなことができるのだろう。

 きっと嫌がらせのつもりだったのだ。自分よりも身分が低い者を陛下が選んだことが、悔しくて、恨めしくて。

でも、命を簡単に奪ってしまうその行為が、アミリアにはどうしても許せなかった。


「……次は、どんな手でくるかしら」


 同じ女としての勘は、たった一回の嫌がらせでは終わらないだろうと告げていた。

 しかしこちらの意志が関係ないとはいえ、どうか。これ以上命を踏みにじる手口が使われませんように、と。



 その日一日、アミリアは終始部屋を出ることなく、珍しくボーッとソファに座るだけの時間を過ごした。



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