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「それにしても、髪も瞳も見かけない色だな。どれだけ眺めていても飽きる気がしない」


 席を進めるのをすっかり忘れているアミリアを責めることはなく、ただそう言って口角を上げる陛下。それは面白い玩具を見つけた子供が浮かべるものとよく似ている。

 だ、か、ら、人を珍獣扱いするなと……!

 その類はアミリアにとっては禁句にも等しく、聞くと無条件に言い返してしまう。それが心の内のみで留まっているのは、ひとえに彼女の自分が身分差が重視される貴族世界に生きていることを長年刷り込まれてきたからだろう。

 彼女を認識してからの第一声とまったく変わらぬ内容の言葉に、アミリアの頬が今度こそ引き攣った。


「面白い」


 こちらがどう思おうが関係ない、ただ自分がそう思ったから口にしただけ。傲慢ともいうべきそれにぷっつん、アミリアの頭の中でついになにかが切れた気がした。

 急激に冷静になっていく思考。先ほどまでの戸惑いはどこへやら、だ。


「……陛下、この際不敬覚悟で申し上げたいことがございます。発言をお許しくださいますか?」


 観賞用の珍獣を見た感想のような言葉は引きこもる前まで幾度も浴びた。好奇心で近づいてくる人なんて大勢いた。陛下が今こうして目の前に立っているのはそういった人たちと同じ理由だろうと勝手に推測する。憶測だけど、どうせ外れてない。

 ただ違うのは、伴う現実。

 それこそ、これまでは興味を持たれても大して害がなかったが今回の相手は陛下で。爵位の差はあれど、その辺に這い捨てるほどいる貴族たちに面白半分で近寄って来られるのとは、わけが違う。


「いい、許す。言ってみろ」


 不敬罪に問われるかもしれないと承知したうえでも言いたいこと。陛下はますますこの珍しい女に興味が湧く。

 笑みを浮かべるその人に対し、アミリアもまた笑みを浮かべた。


「陛下の行動は私に命を捨てろとおっしゃっているも同然です」


 下から陛下を見上げる彼女の顔には、変わらずにっこりと笑みが貼りついている。だがしかし、よく見れば目だけは笑っておらず、冷たく据わっていた。


「いいですか? 陛下がどなたか一人を特別扱いすれば、その人物は他の御寵愛を望む方々から手酷い洗礼を受けることになります。まあ言ってしまえばただの嫉妬ですが、たかが嫉妬となめてはいけません。嫉妬は時に人間の理性を壊すものになり得ます。理性を失くした人間がどのような行動に出るか、それはもう予測がつかないほどに危険です。よって陛下が今宵私の部屋にいらっしゃったことが公に広まれば、私は恰好の餌食となってしまうわけです。おまけに私は男爵家の人間です。貴族とはいえ、その中でも一番下なわけです。ここにどれほど私より上の家柄の方たちがおられるか、知らないわけではないでしょう? 家柄が高ければ高いほどそのプライドは海より深く山より高いのです。そんな方たちが、慕ってやまない陛下が自分よりも劣る格下の家柄の女に意識を向かわせているなんて知られてみてください。彼女たちのプライドに傷がつきます。ええもちろん、そう簡単に殺されてやる道理も義理もございませんが、相手の方は私を苦しめたいが為に手段を選ばなくなっていくことでしょう。嫌がらせも度が過ぎれば死へと繋がらないとどうして言えましょうか」


 どうして好きでもない相手のせいで死んでやらなければならないの? いや、好きな相手のためでも死にたくないけど。でもただ静かに暮らしたいだけなのに。どうしてそうさせてくれないの?

 アミリアは笑みを引っ込め、陛下を睨む。

 陛下は責められたことがお気に召さなかったのか、先ほどよりわずかばかり冷めた目で彼女を見下ろした。


「では何故、ここへ来た」

「来たくありませんでしたよ。ですがどうして私のような力もないちっぽけな女が国章の押された手紙という名の命令を無視できるとお思いになられますか?」

「押したのは俺ではない」

「関係ありません。現在進行形で、私の命を危険に晒しているのは陛下ご自身でしょう」


 陛下が男爵家令嬢の部屋にいる。その事実だけで、妬みや顰蹙(ひんしゅく)を買うには十分だ。

 本当はこんな言い合いをしている間に出て行ってほしいのが本音だが、ここまで来たら言いたいこと全部言ってすっきりしたい。許可は貰ったのだから。


「陛下には自分の言動になにが伴うか、どういう結果を生むか。それをきちんと弁えていただけなければ周囲の人間が困るのです」

「言われずともわかっているつもりだ」


 わかってないから夜会を抜け出してきてまで今ここにいるんでしょうよ、ねえ、陛下?

 まったく納得していない疑惑の目を向けられ、陛下の声はますます低くなる。

 自分よりも数段身分の劣る人間に上から目線の言葉をかけられればまあ気分を害して当然だろう。だがそれでも怒りが理性を突き抜けてしまったアミリアには止まる、という選択肢はなかった。


「言っただろう、薬を届けに来たのだと」

「お気遣いありがとうございます。ですがそんなこと、侍女にでも申し付ければよかった話では?」

「否定はしないな」


 その瞬間アミリアの眉が吊り上がる。この人、いったいなにがしたいのだろう。本当にわけがわからない。

 その陛下は冷めた目のまま呟く。それに秘められていた感情はアミリアにはわからなかった。


「お前のような女は初めてだ」

「私のようなもの、どこにでもいますわ」

「いいや、いない。その珍しい桃の髪と瞳を持つ者にも、俺を間近で見て媚を売らない女にも会ったことはない」

「この色が見たければカレイド国へ行ってください。それと、」


 なにかをこらえるように閉じられた桃が再び開かれた時、それはひどく険しい光を放った。陛下はそれに軽く目を開く。

 先ほどまでの怒りだけがこもった声音とは違う響きが伴った言葉にも。


「私、陛下のように顔の良い方には近づかないことにしているので。とくに男性の方には」

「何故」

「陛下の御耳に入れるような話ではありませんわ」


 陛下には関係ない、と。暗にそう告げた彼女はそれ以上を拒絶し、取り付く島もない。

 そんなアミリアの様子に陛下は不機嫌そうな顔でチッと舌打ちをすると、唐突に彼女の手を取る。アミリアが驚いて引こうにも、存外掴む手は強く、どうにもできない。


「なにをっ、」

「もう戻る」


 だがその前にこれだ。そう言って陛下が無理矢理握らせてきたのは、中身の見えない小さな丸い入れ物だった。

 なんだこれはと首を傾げるアミリアの疑問を正確に読み取り、陛下は口を開く。


「塗り薬だ、良く効く」

「そん、……そんなもの頂くわけにはいきません!」

「受け取れば今日の発言には目をつむってやる」


 ぐっ、と唇を噛む。許可を取ったとはいえ、多少なりとも言いすぎた感が自身の中にもあったが故の、隙だった。

 その間に陛下は握らせた手を離すとアミリアから距離を取る。そして不機嫌そうな顔のまま、また来ると言い残し静かな廊下へと姿を消した。



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