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01

こちらの意思と関係なく

放り込まれた迷宮で

ウサギは走る


自分の意思とは

まったく逆の方向へ


「面倒事は嫌いなんだけど!?」



「……ねえ、ターニャ」

「はい、アミリア様」

「これは夢、」

「というオチではありません」


 オチよね、と最後まで言わせてさえもらえなかった。

 すでに身支度を済ませたターニャは、膨れて枕に顔を埋めた自身の主人を見てため息を吐く。主人に対してその反応は、と本来なら咎められるものなのだが、付き合いが長い今となっては別に特に気にすることでもなかった。


「すでにここへ来て半月。受け入れられないお気持ちはわかりますが、毎朝それを確認なさられても事実は変わりませんよ? いっそ玉の輿を狙うチャンスだと、腹を括ってみてはいかがです?」


 彼女たちがいるのは適度に広い白を基調とした部屋。置かれた家具たちは高くはないが、決して安くもない。少なくとも男爵位を持つアミリアの生家ではお目にかかれない程度には高価だ。

 男爵位は、この国の貴族階級を示す五爵のうちの最下位にあたる。国の片隅の小さな領地を治める程度で、思うほど裕福ではない。天蓋付きのベッドなど、アミリアはここへ来て初めて見たし、初めて使った。

 だからターニャの言う通り、もしも陛下のご寵愛を頂けたら正真正銘、玉の輿。過去にないほど贅沢な暮らしができるのだが。


「……贅沢なんて敵よ、敵!」


 そんなものはいらない! アミリアはそう、頑固なまでに後宮のすべてを否定する。

 貴族の中で贅沢を嫌がる者など、探しても彼女くらいだろう。


「アミリア様、ここは後宮なのですからむしろこれくらいでないと王としての威厳が保てないというものですよ」

「だからって、たっかい国税使ってなんて無駄遣いを……!」


 後宮。そこは王の側室、そしてその者たちに仕える侍女たちの住まいだ。

 しかし現王には側室どころか正妻もおらず、後宮は世話焼きな臣下たちが集めたその候補の娘たちが四十人近く生活している。


「陛下がとっとと妻をとってさえくれれば私はこんなところに来なくて済んだのに!」


 世話焼きな臣下たちの苦労虚しく、陛下が誰か一人を選ぶ気配はないらしい。

 時折後宮に足を運んでいる、くらいは半月の間に何回か耳にしているがアミリアのところへ来る様子はまったくない。プライドの高い御令嬢たちの嘘かもしれないから、実際に後宮に来ているのかどうか怪しいところだけど。


(ま、来られても困るんだけどね……)


 むしろほっとしていると言ってもいい。

 このまま陛下に存在を知られないうちに陛下が自身以外の誰かを選んで、用無しになった自分を早く家に帰してほしい。アミリアは老若男女を虜にする麗しいお方だという噂の陛下に対する好意も、女性なら誰もが夢見る国母になりたいという願望も、なにも持ち合わせていないのだ。

 結婚なんてしない。そのうち修道院にでも入って修道女にでもなろうと思っている。すでに立派な跡取りとしての道を兄は歩いてくれているから、家の心配はあまりしていない。

 だから私は修道女になるのだと両親に次げた時はひどく悲しそうな顔をされたが、最終的に家のことには囚われなくていい、好きなように生きなさいと言葉を貰えた。

 ――そう、アミリアにとっては玉の輿などもっての外なのである。

 もちろん、家のために自分ができることがあるのならいくらでもしよう。両親に家のために結婚してほしい、そう望まれた時の覚悟だけはきちんと持って生きてきたし、これからもそうしていく。

 だけど、今はまだそんなこと望まれてはいないから。アミリアはただ、静かに暮らしていたかった。


「ああもうなんだって目をつけられたんだろう!」

「……国内屈指の美姫と噂されるアミリア様がこれまで目をつけられなかったことの方がよっぽど不思議ですが」


 本気で悔しがっていたアミリアは埋めていた顔を横にずらし、そのローズクォーツを連想させる淡い桃色の瞳でターニャを捉える。


「だってそんなの、どこかで誇張された噂が独り歩きして広まっただけじゃない」


 半月前に後宮へ召し上げられた国内屈指の美姫と噂される娘の正体は、この国の血だけでは現れることのない珍しい桃色の髪と瞳を持って生まれた平凡な男爵家令嬢。

 十五で社交界デビュー、その後何度か顔を出しただけで三年前からは家に引きこもりがちになった。そのせいで本当のアミリアを見たことがない者たちが馬鹿みたいな期待を込めてそんな噂話をするようになったらしい。

 小さく頬を膨らませ、アミリアはほんの少しの苛立ちを込めて呟く。


「この色が現れやすいカレイド国出身のおばあ様の遺伝子を受け継いだだけだもん」


 母方の祖母の血だ。娘である母は瞳の色だけを受け継いでいる。

 この色が嫌いなわけではないが、この色のせいで好奇の視線にさらされ続けてきたのもまた事実。

 なぜならばカレイド国はここ、フローティア国より遥か南方にあり、とにかく遠いの一言に尽きる場所だからだ。よほどのことがない限り行くこともあちらから来ることもないので、かの国の血を引く者と出会う可能性は極端に低い。

 では何故祖父母は出会ったのか。

 当人たち曰く、旅行が趣味の祖父がかの国を訪問した際に出会いお互い一目惚れだったのだという。


「だいたい、この色にばかり目がいって私の顔なんてその辺に生える雑草と同じ程度でしょうに」


 相手を侮蔑ぶべつするかのような語調に、ターニャは結局そこに落ち着くのかと苦笑いをこぼすしかない。

 彼女は髪や瞳の色についてなにか言われるたびに、同じような言葉を口にするのだ。そろそろ耳にタコができてもおかしくない。

 主贔屓を差し引いても、アミリアは愛らしい顔立ちをしていることは間違いないのに。


「さあ、アミリア様。せっかくの朝食が冷めてしまいます」

「……そうね、起きるわ」


 枕から頭を離し、ベッドから出た後の彼女は早い。

 男爵家とはいえアミリアの家は初めに述べたように裕福ではない。雇える使用人も多くはないため、アミリアは幼い頃からやれることは自分でやるよう育てられた。

 後宮にだって本来は侍女を五人までは自由に連れて来ることができた。しかし、彼女が連れてきたのは幼い頃から傍にいた七歳年上のターニャ一人だけ。

 だから他の後宮住まいの者たちがぞろぞろと侍女を引き連れているのを見ると、ひくりと顔が引き攣る。そしてそのたびに自分にはやはりこんなところふさわしくないのだと、心の中でうなずいていた。


「ああもう、早く陛下が一人に決めてくれればいいのにー……」

「それはなるようになります。それに、今夜はそのための夜会ですからね」

「……」

「いいですか、こればっかりは必ず参加、ですよ?」


 後宮の一角に設けられたホールで月に一度行われる小規模な夜会は、同じ後宮に住まう者同士の親睦を深めるためのもの。だがそれはあくまで表向きの目的であり、実際は陛下と直接接することが許される数少ない機会だ。

 これも世話焼きな臣下たちの提案したものであり、ここに住まう間は参加を義務付けられている。

 しかし先の通り、妻になる気も側室になる気もないアミリアにとってはどうでもいいもの。面倒なだけだ。


「……あーあ、面倒事に巻き込まれないように祈りましょ」


 静かに呟き、静かに紅茶を飲み干した。



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