あたしは
下着姿で自分のベッドに寝ころび、さてこの一人の夜をどうしたものかと、あたしは考えるわけである。
ルナリアはといえばニマニマニヤニヤぐふふふふ、と卑猥な笑みを顔に浮かべて向こうの部屋に行ってしまった。
夜も訪れ、闇も深く。はてさて今頃どんなことになっているかは……追及しないわけよ。あたしも大人だからね。そこはね。
でもね、そこで生まれるこの空白。あまりに強固で強烈な隙間を、どう埋めたものかと。今の課題はそれなわけですよ。
開き直って向こうに混ざるとか? 無くは無いけど、邪魔しちゃ悪いかなーって気もするし。何より昨夜から寂しがるルナリアの相手をするのが大変で大変で……ってそれは良い。
まぁとにかくさ、その色とか欲からスっと離れた、綺麗で有意義な時間つぶしっていう、奇跡みたいな代物をね、あたしはさっきから考えてて、
「おっ、そうか」
思わず声が漏れてしまった。思い出した。思い出しましたよ。
あたしはベッドの脇に投げ捨てられた仕事着へと手を伸ばした。これもさっきルナリアにひん剝かれたんだけども……ってだからそれは良いんだよ。
乱暴に袖を通して、靴を適当にひっかけて、あたしは自室を出た。扉だけは静かに開けるんだけど。
廊下を歩いて階段を下りる。そのままテクテクと食糧庫の方へ。途中何人かの団員とすれ違うも、みんな背を伸ばして固まるんだよね。教育が行き届いてるというのは良いし、あたしの普段の行いの所為って部分は否定しないけどさ。そこまで怯えなくても良いんじゃないのかね、と思うよ。
ま、今はいーのそんなことは。こうして目的の場所にたどり着いたわけだし。
ドスドスと積まれた冷箱の間を縫って、食糧庫の隅も隅。隠すように置かれた小さな箱をあたしは手に取った。いや実際隠してたようなもんだけど。
このまま台所で初めても良いんだけど、せっかくだから可能性は根から摘んでおこうと思う。
左右を伺い安全を確認、そしてあたしは部屋へと引き返す。道具は幸い自室にあるのだ。こういう時のためにってね。
誰に見咎められることもなく、無事我が部屋へたどり着き、あたしは早速準備を始めた。
棚の奥から熱石を埋め込んだ皿を取り出す。魔力を込めればそのまま食材を焼けるつくりで、それでいて熱が周りに伝わらない。結構高かったんだよねーこれ。仕組みは全然知らないけど。
皿をひょいとテーブルに並べて、ナイフとフォークを取り出して、と。
「うふふふふふ……」
大事に抱えてきた小さな冷箱の蓋を静かに静かに開けまして。
中から取り出しましたのは……肉。お肉だよ。食用セルタ牛の最高級部位。薄切りの一口用。普通に買ったら今の給料軽く二か月分。ちなみにあたしが叩き殺したうちの一匹、らしい。エレディアがくれたんだよね。なんでくれたのかは……いや、わからんでも無いんだけどさぁ。
ちなみに今なら買うだけの余裕はあるんだ。アンジェからの騎士団全体への支援があって、だけど現在活動停止中なので軍費に回すわけにもいかず。ならばともらった金はぱーっと団員に配ったんだ。もちろんあたしやルナリアの取り分もあって……と、今はどうでもいいか。
赤と白の美しい大事なお肉を、皿にひたひたと優しく置いて―ー気づいた。肉と同じくらい大事なアレが手元に無いことに。部屋の隅まで小走りで駆けて、似たような冷箱を引っ張り出す。中にはもちろん酒が入っている。中央のある都市でのみ作られる高級酒。火が出る激しさに甘露の艶めかしさを併せ持つ極上の一品だよ。価格は考えたら負けってくらいするけどね。
窓を開けて、軽い風の魔術をかける。煙がそちらに流れるように。これで準備は完了と。
「では、さっそく」
皿の縁に手を添えて、魔力をそっと流せば―ーぼう、と中央に熱が生まれる。肉の表面を焼くには十分な熱量を出しながら、皿の横も下も少しも熱くない。大したものだよねこれ。
熱を持った黒い部分に――肉を当てる。ナイフとフォークでうまいことね。
じゅう。じゅじゅう。じゅーーーーっと。
「ほっほっほ」
香り。音。そして視覚。すべてに訴えかけるこの力強さよ。
結局肉か欲じゃないか、ともうひとりのあたしが言ってる。知ったことじゃないよねそんなもん。
表面に色がつく程度に焼いて、脇に用意しておいた塩とシリカ粉をぱらぱらとかける。こんなんで良いのよこんなんで。余計な味付けはいらないの。肉が良いんだから。
存分に仕上がった肉を前にして、思わず喉がごくりと音を鳴らした。
ナイフで刺せば柔らかく、滴る油が皿を輝かせ。
そんな至福を口に運んで――はむっと。
広がる。広がる。甘い油がとろけてとろけて、同時にしっかりとした肉のうまみが口内に色をつけるように。でもダメ。ここで手をゆるめてはいけない。
あたしは素早く酒瓶を手に取ると、直接口をつけた。何しろ一本飲み切るつもりですので。
熱い熱い液体が、喉から胃までを蹂躙して、
「……あぁあぁああぁぁぁ」
なんとも間抜けな声が漏れる。でも仕方ないじゃない。こんなの我慢できるわけないもん。
一人きりだからこそ味わえる、この時間。ま、そう考えれば悪いものじゃない。
肉食って。酒飲んで。ただそれだけで夜が更けていく。
悩み? 無いよねそんなものは。あたしは終始前向きですので。絶対にアレをブチ殺すっていう目標はあるけどね。
ちなみに、一通り満足したら別の欲も出てきてしまったわけで。何しろさっきはものすごく中途半端に終わらされたからね、あの娘に。
そうして向こうの部屋の手前まで行ったは良いものの……なんていうのかね。その、漏れ聞こえる声のあまりの激しさに、怯えて帰ってしまいました。
あの場に突っ込む度胸が無い。それが今の課題かなぁ。