表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Elvish  作者: ざっか
第四章
99/117

あたしは


 下着姿で自分のベッドに寝ころび、さてこの一人の夜をどうしたものかと、あたしは考えるわけである。

 

 ルナリアはといえばニマニマニヤニヤぐふふふふ、と卑猥な笑みを顔に浮かべて向こうの部屋に行ってしまった。

 夜も訪れ、闇も深く。はてさて今頃どんなことになっているかは……追及しないわけよ。あたしも大人だからね。そこはね。

 

 でもね、そこで生まれるこの空白。あまりに強固で強烈な隙間を、どう埋めたものかと。今の課題はそれなわけですよ。

 開き直って向こうに混ざるとか? 無くは無いけど、邪魔しちゃ悪いかなーって気もするし。何より昨夜から寂しがるルナリアの相手をするのが大変で大変で……ってそれは良い。

 

 まぁとにかくさ、その色とか欲からスっと離れた、綺麗で有意義な時間つぶしっていう、奇跡みたいな代物をね、あたしはさっきから考えてて、


「おっ、そうか」


 思わず声が漏れてしまった。思い出した。思い出しましたよ。

 

 あたしはベッドの脇に投げ捨てられた仕事着へと手を伸ばした。これもさっきルナリアにひん剝かれたんだけども……ってだからそれは良いんだよ。

 乱暴に袖を通して、靴を適当にひっかけて、あたしは自室を出た。扉だけは静かに開けるんだけど。

 

 廊下を歩いて階段を下りる。そのままテクテクと食糧庫の方へ。途中何人かの団員とすれ違うも、みんな背を伸ばして固まるんだよね。教育が行き届いてるというのは良いし、あたしの普段の行いの所為って部分は否定しないけどさ。そこまで怯えなくても良いんじゃないのかね、と思うよ。

 

 ま、今はいーのそんなことは。こうして目的の場所にたどり着いたわけだし。

 ドスドスと積まれた冷箱の間を縫って、食糧庫の隅も隅。隠すように置かれた小さな箱をあたしは手に取った。いや実際隠してたようなもんだけど。

 

 このまま台所で初めても良いんだけど、せっかくだから可能性は根から摘んでおこうと思う。

 左右を伺い安全を確認、そしてあたしは部屋へと引き返す。道具は幸い自室にあるのだ。こういう時のためにってね。

 

 誰に見咎められることもなく、無事我が部屋へたどり着き、あたしは早速準備を始めた。

 棚の奥から熱石を埋め込んだ皿を取り出す。魔力を込めればそのまま食材を焼けるつくりで、それでいて熱が周りに伝わらない。結構高かったんだよねーこれ。仕組みは全然知らないけど。

 

 皿をひょいとテーブルに並べて、ナイフとフォークを取り出して、と。


「うふふふふふ……」


 大事に抱えてきた小さな冷箱の蓋を静かに静かに開けまして。

 中から取り出しましたのは……肉。お肉だよ。食用セルタ牛の最高級部位。薄切りの一口用。普通に買ったら今の給料軽く二か月分。ちなみにあたしが叩き殺したうちの一匹、らしい。エレディアがくれたんだよね。なんでくれたのかは……いや、わからんでも無いんだけどさぁ。

 

 ちなみに今なら買うだけの余裕はあるんだ。アンジェからの騎士団全体への支援があって、だけど現在活動停止中なので軍費に回すわけにもいかず。ならばともらった金はぱーっと団員に配ったんだ。もちろんあたしやルナリアの取り分もあって……と、今はどうでもいいか。

 

 赤と白の美しい大事なお肉を、皿にひたひたと優しく置いて―ー気づいた。肉と同じくらい大事なアレが手元に無いことに。部屋の隅まで小走りで駆けて、似たような冷箱を引っ張り出す。中にはもちろん酒が入っている。中央のある都市でのみ作られる高級酒。火が出る激しさに甘露の艶めかしさを併せ持つ極上の一品だよ。価格は考えたら負けってくらいするけどね。

 

 窓を開けて、軽い風の魔術をかける。煙がそちらに流れるように。これで準備は完了と。


「では、さっそく」


 皿の縁に手を添えて、魔力をそっと流せば―ーぼう、と中央に熱が生まれる。肉の表面を焼くには十分な熱量を出しながら、皿の横も下も少しも熱くない。大したものだよねこれ。

 

 熱を持った黒い部分に――肉を当てる。ナイフとフォークでうまいことね。

 じゅう。じゅじゅう。じゅーーーーっと。


「ほっほっほ」


 香り。音。そして視覚。すべてに訴えかけるこの力強さよ。

 結局肉か欲じゃないか、ともうひとりのあたしが言ってる。知ったことじゃないよねそんなもん。

 

 表面に色がつく程度に焼いて、脇に用意しておいた塩とシリカ粉をぱらぱらとかける。こんなんで良いのよこんなんで。余計な味付けはいらないの。肉が良いんだから。

 存分に仕上がった肉を前にして、思わず喉がごくりと音を鳴らした。

 ナイフで刺せば柔らかく、滴る油が皿を輝かせ。

 

 そんな至福を口に運んで――はむっと。

 広がる。広がる。甘い油がとろけてとろけて、同時にしっかりとした肉のうまみが口内に色をつけるように。でもダメ。ここで手をゆるめてはいけない。

 

 あたしは素早く酒瓶を手に取ると、直接口をつけた。何しろ一本飲み切るつもりですので。

 熱い熱い液体が、喉から胃までを蹂躙して、


「……あぁあぁああぁぁぁ」


 なんとも間抜けな声が漏れる。でも仕方ないじゃない。こんなの我慢できるわけないもん。

 一人きりだからこそ味わえる、この時間。ま、そう考えれば悪いものじゃない。

 

 肉食って。酒飲んで。ただそれだけで夜が更けていく。

 悩み? 無いよねそんなものは。あたしは終始前向きですので。絶対にアレをブチ殺すっていう目標はあるけどね。

 

 ちなみに、一通り満足したら別の欲も出てきてしまったわけで。何しろさっきはものすごく中途半端に終わらされたからね、あの娘に。

 そうして向こうの部屋の手前まで行ったは良いものの……なんていうのかね。その、漏れ聞こえる声のあまりの激しさに、怯えて帰ってしまいました。

 あの場に突っ込む度胸が無い。それが今の課題かなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 流石に時間が経っても恨みは褪せることないか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ