表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Elvish  作者: ざっか
第四章
98/117

私は


 どうやらルネッタは寝たらしいな。

 ずいぶんと、その……付き合わせてしまったので、さすがに疲れたのだろう。肌には汗を浮かべたままに、くぅくぅとかわいい寝息が部屋に響いている。

 

 もう少し優しく、あるいはおとなしくすべきだったろうと、理性は訴えてはいるんだけどね。何しろ風邪でお預けだったわけで、我慢していたわけで、寂しかったわけで。

 さすがに全てを言葉にするのは難しく、だからもう全部行為に変えて……こうなったと。

 

 湿ったシーツと篭った熱気。本来であれば不快であろうそれらの要素さえ、暖かな余韻の味付けに役立っているように思う。それもこれも、全てはこの娘のおかげというわけか。

 私は手を静かに動かして、ルネッタの頬をそっと撫でる。彼女は僅かに身じろぎするが、夢の世界から帰ってくることは無い。

 

 撫でる。撫でる。私は綻ぶ口元を引き締めるのに必死だ。


「ルネッタ」


 静かに呼んでみる。起こしたいわけでは無いのだ。ただ呼びたい。言葉にしたい。応えは無くて構わない。

 ルネッタは変わらず睡眠中。それで良い。私はごろりと体を横たえて、軽く彼女を抱きしめた。

 

 この子はよく縋るような瞳で私を見る。ふと間が開けば傍に来る。そしておずおずと手を握るんだ。少しの遠慮と、それ以上の暖かさを求めるように。それは少なからず、捨てられまいとする行為にも、見える。

 きっとこの娘は分かっては居ないのだ。もはや私にとって、どれほどルネッタが重い存在になってしまったのかを。




 私の生は戦いと共にあった。最初に剣を握った時のことなど、少しも思い出せないほどに。

 

 無論、戦火に飲まれたわけでは無い。故郷であるメーデは基本的に平和な土地であり、盗賊騒ぎでさえ数える程度だ。大量の『上納金』を理由とした王の手厚い保護に加え、領主はかつての最強、ラムリア・レム・ベリメルス。望めば好きなだけ平和を味わえる土地なのだ。

 

 私を血みどろの戦道へと連れ出したのは、その夫であるヴァラ。即ち私の父である。とはいえそのこと自体は恨んでなどいない。これは母も納得済みのことなのだ。あるいは――より、母のほうが。

 

 私とて同感である。力持つものの責務。強く生まれた者の責務。そして――奪い取ったものの責務。私は戦うために作られた。そのこと自体は受け入れている、つもりだ。

 

 物心ついてすぐ剣を取り、一年のうち七割は訓練の日々。最初は近所の草原。次に山や森。やがて詳細な地図さえ無い場所まで入り、そして父と手合わせをする。それはもはや純粋な殺し合い一歩手前であり、死にかけたことなど数えるのも馬鹿馬鹿しいほどだ。当然同じかそれ以上に父のことも殺しかけたが。

 

 寒くなれば家に篭り、今度は勉強と魔術の日々。こちらの教師はもっぱら母だった。己の知る限りの全てを、そして可能な限りのそれ以上を。もはや強引にねじ込むようなあの日々は、正直なところ訓練のほうがマシだったかもしれない。母のことは、もちろん大好きなのだけれど。

 

 磨き上げ研ぎ澄ます日々は、私の歳が十になるまで続いた。ほとんどメーデにはおらず、帰ってきても碌に外に出れない。まともな友を作る暇なんてものは、あるはずも無く。

 そうした日々は十歳で一つの区切りを迎えたが、次の場所に平穏は無かった。

 

 父に連れ出される時期は以前と同じだ。暖かくなってから寒くなるまでの間。場所は――国中の様々な戦場。布切れを被り、口元を隠し、素性を隠したまま私は傭兵染みた日々を送ることになった。

 

 どんな場所に、そしてどちら側についたとしても、私達は極めて歓迎された。父の名を思えば当然のことであり、私の素性を追及するものさえ出ることは無かった。あるいは――どうでも良かったのかもしれない。

 

 この時点で、私の力は父に並ぶほどになっていた。当然の話だが、その父自身も極めて強い剣士である。聞けば生まれて初めて負けた相手が母ラムリアなのだとか。

 結果として、簡易な砦なら容易く落とせる二つの駒として、私達は国中の戦場を荒らして回ることになった。思えばこれさえも、後の布石であったのだろう。

 

 冬の終わりから冬の始まりまで戦い、そうして家に帰る。すると母が飛び出してきて、強く強く私を抱きしめる。ついでに父を一発殴る。その一撃で壁まで飛んでいく。

 暖かい――そして大量の――食事を出してもらい、一緒のベッドで深く眠る。。

 

 よほど私は酷い顔で帰ってきていたのだろうなと、今は思う。血が飛沫のように飛び交う戦場で、四桁に届く死を撒き散らしてきたのだから、当然なのだろうか。あるいは慣れて、慣れて……己の娘が剣や槍と同じ存在になってしまうことを恐れた、のだろうか。

 

 とはいえいらぬ心配ではあった。数え切れぬほど訓練していたとはいえ、全て父相手。厳密な実戦は皆無。そうした初陣であってさえ、そして初めて同じエルフを斬り殺した瞬間でさえ、私の心には漣一つ立たなかったのだから。

 敵を倒した。弱い敵を。ただそれだけ。

 

 そのために作られた私だから、なのか。あるいはこれこそベリメルス、なのか。答えは今でも持っていない。

 

 戦に出るようになってから、母との時間に変化が出来た。学ぶ時間が少し減り、変わりに安らぐような時間が増えた。触れ合う、とでも言えば良いのだろうか。

 

 たとえば料理を一緒に作り――ただし母も私も下手だ――妹達も交えて一緒に食べたり。あるいはメーデの町を二人でゆっくりと歩き回ったり。たわいも無い話を一晩中してみたり。せめてと穂先を鈍らすかのような過ごし方は……うん、楽しかったかな。

 

 住民も、私の顔くらいは知っている。母の領主としての評判もすこぶる良い。皆が私に笑顔で接してくれ、おかげで私も笑顔になれる。柔らかなあの時間は、今思い出しても素晴らしいものだったと思う。

 

 しかし……そうだな、僅かな違和感に気付いたのはちょうどそのくらいだったか。

 

 戦に出かけて、かえって休む。そうした日々は五年ほどで終わりを告げた。ついに私は、私達は目的に向けて第一歩を踏み出すために、王の下へと向かったのだから。

 エリスに会ったのは……ちょうどそのころか。

 

 知り合いは増えた。メーデはもちろん、戦で旅したその先々で、新たな出会いというものはあった。

 それでも、友と呼べるほどの存在はエリスが初めてだったのだ。

 

 この時私は、以前から付き纏う違和感の正体にはっきりと気付いていた。

 領主の娘、古老の血。容姿は……まぁ自分で言うのもなんだが、母に似て美しく、母との時間のおかげで人当たりも明るい。そして力は図抜けている。

 皆がほめる。皆が称える。もはや崇める。

 決して手の届かぬ距離から。

 

 違和感の正体は、なんてことは無い。皆怯えていたのだ。固定化さえしていない幼いガキが、歴史上最強とまで謡われたラムリアさえ超える力を持った。何かがおかしい。化け物だと。

 

 そう認識してみれば、皆の顔色が良く見えた。嫌悪の隠せないものから、己でも気付けない程度の潜在的な恐怖まで。それはメーデの住民でさえ変わらなかった。

 

 その中で、エリスが初めてだったのだ。私の力を恐れない、どころか……一度殺されかけてさえ、友達になろうと言ってくれたのは。

 あの時は本当に嬉しかったな。泣くのを我慢するので精一杯だった。今は……うん、友達以上になってしまったが、それはそれで。

 

 様々な困難はあったものの、どうにか騎士団は設立され――私は集団の長になった。皆が敬い、慕ってくれる。今まで以上に。

 そして変わらず私を見る。竦んだ目に、恐怖を残して。それは同じ団員という身内であっても変わることは無く。

 

 私は……そう、寂しかったのかもしれない。本当に贅沢な話だな。エリスというかけがえの無い相手を得た後だというのに。

 

 騎士団としての形も出来て、幾つかの戦も経験し、私の名は今度こそ国中に広がって、けれど僅かな空虚さは消えず――ルネッタを拾ったのはちょうどそんな時だったかな。

 人間だというのはすぐに分かった。魔力は皆無で耳は小さく、けれど切り落とされた形跡も無い。そしてそこは国境付近だ。超えるのは禁止された上に困難であっても、まったくの不可能では無いはずだから。

 

 白状する。拾ったのは、下心があったからだ。かわいらしい少女だったから、というのも無くは無い。しかし私が『そっち』にこれほど興味があると気付いたのは、極最近。それこそルネッタとあってからだ。同性の愛人を囲うなど貴族ではさして珍しい話でも無いが、それをまさか己がやるとは驚きの一言だ。エリスに本気で押し倒されたら、受け入れてしまうかもしれないなと、その程度の認識だったのだから。

 

 つまり……私は期待していたのだ。この娘は人間だと。ゆえに何も知らないと。何も分からないと。周りが全て未知であれば、私のこともまっさらで見てくれるのではないかと。

 

 強く、強く――それこそ私や父、母を除けば東において最強に近い力を持ち、ゆえに隣に居てくれるのであろうエリスとは、真逆の存在。吹けば飛ぶような無泉。か弱きひ弱な一人の少女。

 もしもそんな彼女が話をしてくれれば。傍に居てくれれば。友達に――なってくれればと。

 

 失礼な話であるということは分かっている。少なくとも、最初はルネッタ自身を見てなどいなかった。弱く可憐で確かな他人が、しがみつくようにして私を頼ってくれる。傍に来てくれる。一緒に寝てくれる。その甘美さに溺れていたのだ。ずっと味わって見たくて、決してもらえなかったものだから。

 

 今もそうした思いは……無いとは言えない。ただ確かなことは、ルネッタへの思いはもはや『それ以上』だということか。

 恥ずかしい話だが、ルネッタの居ない日常を私は考えることが出来なくなっている。絶対に手放すことの出来無い存在になってしまっている。それは集団の長として、戦場に向かう立場のものとして、極めて問題であることは――自覚しているのだけど。

 

 それでも良い。それで良い。私は今、とても幸せだ。お前に会うことが出来て、本当に良かったと心から思う。

 ありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ああああ!心の隙間埋めあって!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ