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Elvish  作者: ざっか
第四章
93/117

大きなお風呂でどこまでを

 ルネッタがお風呂と聞いて思い出すのは、北の街だった。

 雪山で倒れ、目が覚めた時には暖かな湯船の中。目の前には女神のような美しきエルフと、たぶん死ぬまで忘れられない光景だと思う。

 

 いわゆる『風呂屋』にお世話になったのはアレが最初で最後であり、残りは兵舎の備え付けであったり、仮宿の樽風呂に入ったり。それはそれで十分贅沢なものに思えたのだけれど。


「こっちですよー」


 エリスに続いて街へと繰り出し、それなりに慣れ始めた道を歩いて、いつもの十字路にたどり着いた。逸れぬように近づいて、けれどさすがに手は繋げず。

 そこでエリスは言葉と共に、普段とは違う方向へと曲がったのだ。

 

 少し慌てて後を追う。たくさんのエルフ、たくさんの目線。道と同じように、街の喧騒にも慣れてきた。日差しも空気もひとびとの姿も、とても暖かく感じる。


「こっちって」

「第二市民の上層と、第一市民の区画……高級住宅街ってところですかね」


 言葉の通り、丁寧に舗装された道の左右に立ち並ぶのは、見るも見事な家々の数々。集合住宅らしきものでさえも輝くように立派だ。

 少し、緊張する。


「い、良いんでしょうか、わたしなんかが……」

「大丈夫ですよ。一応第二市民ですし、私も隣に居ますしね」

「……はい。そういえば、エリスさんの市民権って」

「もちろん第一ですよ。二十歳の再審査のとき、魔力測定用の石にヒビ入れてやりましたからね」


 むふー、と自慢げに言う。すごいことなのは想像つくけれど、同時にさぞ迷惑な客だったろうなとも思う。もちろん口には出さない。

 中央に比べれば幾分か少ない人通りと、綺麗な路面を歩いて、歩いて、そしてエリスの足が止まった。

 

 ぴ、と指差し彼女は一言。


「で、ここですよー」


 それは――もはや古代の神殿のようだった。石造りの柱はつやつやと輝いて、壁も屋根も当然のように石製。大きさは屋敷か、下手すると砦だ。

 当然というべきか、臆せず進むエリスと一緒に、見上げるような大きさの門を潜る。

 

 中はさらに一際豪華で、まるで宝石のようにぴかぴかと煌く石の床を、こつこつと音を響かせながら進んだ。

 受付と思しきテーブルには、二人の女エルフ。


「ご利用でしょうか」


 微笑む彼女の顔はやはり相応に美しく、服装は露出度を除けばアンジェのそれに近かった。即ちまばゆいほど白い法衣に似た何か、といったところか。

 言葉にはエリスが応える。


「ええ、二人です」

「では市民権の提示を」


 ちらり、と視線が刺さる。もちろん彼女達はルネッタが人間であることに気付いているのだろう。付け耳なんてしていないわけだし。

 ルネッタは懐から小さな『石版』を取り出した。持ち主の名前と市民権の等級、居住している街が刻まれている、らしい。

 らしい、になってしまう理由は二つ。今まで使う機会が無かったことと、文字を浮かび上がらせるには魔力を篭める必要があるからだ。それはルネッタ本人では使い物にならないことの証明でもある。

 

 エリスは自身の石版を取り出しカウンターへ置くと、ついでとばかりにルネッタの石版にも手を触れた。

 光が輝き、形を持って、刻まれた文字を紡ぎ出す。

 受付の二人はやはり怪訝そうに顔をゆがめてはいたものの、


「なにか?」

「いえ、失礼致しました。ごゆっくりお楽しみください」


 エリスの言葉に、取り繕うような反応を見せた。客の一人が第一市民だからなのか、あるいは『有名な副団長』だからなのか。

 いずれにしても第一の関門は抜けた、のだろう。背筋を縛り上げていた緊張の糸は僅かに解れて、おかげで溜息が口から漏れる。

 それだけで、分かってくれたのだろうか。


「大丈夫ですよ」


 エリスの手が、そっと肩に触れた。微笑んでくれる。だから微笑み返して、再びエリスの後についていく。

 荘厳さすら漂う通路をしばらく歩いて、見事な木造りの扉へと入った。壁は石だが、床は木だ。広さはそれほどでもなく、隅には高く積まれた布があった。見る限りずいぶんと柔らかそうだ。


「はぁ……久しぶり、ですねっと」


 エリスは、んーっと伸びをして――躊躇無く服を脱ぎ始めた。ぶるりと零れる巨大な胸は相変わらずの迫力だったり、脱ぎ方が乱暴なわりにはきちんと一まとめにしていたり。このあたりは、脱いだ傍から辺りに放り投げるルナリアとは正反対だと思う。

 ぼーっとそれを見守っていたルネッタに気付いたのか、


「ほら、あなたも脱ぐんですよ」

「はっ……はいっ」


 慌てて脱ぐ。出遅れた分急いで脱ぐ。

 一足先に全裸になったエリスは、積まれた布を一枚取って体に巻きつけると、部屋の隅にあった窪みへと手を触れた。

 

 僅かに発光し、小さな音がして。入り口とは別にあった扉から、すぐに女が一人やってきた。

 服装は受付の二人と似たようなもので、もちろん若い。そして美人だ。当然胸は大きい。たぶんそれなりに魔力も豊富なのだろう、とその程度の判断はルネッタにも出来るようになった。


「お待たせ致しました。それでは、お荷物を預からせていただきます」


 二人分の荷物を持つと、彼女は深々と頭を下げてから退室した。貴重品まで含めて全て持っていかれてしまったが、エリスは毛ほども気にしていないようだ。

 ある程度以上に裕福な層が来る場所なのだから、その手の心配とは無縁なのかもしれない。少なくとも店員に金を抜かれることなどありえないと。


「さーいきますか」


 幾分か声が弾んでいる。彼女は勢い良く、部屋でもっとも大きな扉を開いた。

 湯気。水音。仄かな良い匂い。ぺたぺたとつやつやの石床を進めば、広がっているのはまさしく大浴場だった。

 

 湯船はほとんど池のようだし、立派な彫像からお湯が注がれているし、天井高いしそもそも広いしと、言葉も出ないほどに圧倒的だ。

 ただし、細かな部分はアンジェ邸の浴室のほうが凄い。これは比べる相手が悪すぎるだけ、ではあるけど。

 

 窓らしきものは無いが、夏の空のように浴場内は明るい。当然魔術の明かりだろう。こういうのは人間には真似しようが無い。

 平日の昼間なこともあってか、人影はまばらだ。それでも十数人程度の女エルフ達が、思い思いに風呂を満喫している。もちろん全員が顔も体も完璧だ。手足は長く、腰は細く、胸は大きく。聞いたエルフの理想そのままで、全裸でさえ富裕層だと一瞬で分からせるだけのものを確かに持っている。

 

 ――う

 一人気付き、二人気付き、やがてほとんどのエルフ達は顔をこちらに向けた。この中でも尚圧倒的に目立つエリスがすぐ横にいるから、ではなさそうだ。

 確かに皆はルネッタを見ている。噂の人間、そんな無泉如きが私達と同じ湯船に浸かるのか――そうした暗さを、感じないでも、無い。


「怖い、ですか?」


 優しい声。顔を向けると、エリスが心配そうにこちらを見ている。連れてきた責任みたいなものを感じている、のかもしれない。


「……いえ」


 そっと、ルネッタは手を動かした。エリスの小指に、自分の小指を絡めるように。人前なので控え目に、それでも出来る限りの親愛を篭めるように、くりくりと。

 精一杯明るく、ルネッタは告げた。


「エリスさんが居ますから」


 彼女はぱちくりと瞬きをして、やがて少し照れたように顔を逸らした。今どういう気持ちなのかは、絡めた小指が教えてくれる。

 

 ――えへへ

 最近、分かったことがある。出来る限り強く、出来る限りまっすぐ、ありったけの好意を伝えると――エリスはわりと照れるのだ。いつもしてくれていることをそのまま返すと、意外と頬を染めてくれる。

 それがたまらなく本当に可愛いと思う。さすがに言葉にはしづらいけれど。


「まっ、まずは体を洗ってからですかね」


 少し上擦った声で、小指だけを絡めたまま浴場内をぺたぺたと進む。

 一人がちらり、二人目もちらり。すれ違うたびに視線がルネッタへ確かに向けられる。しかし、と思う。

 

 ――あれ

 近くで見てみれば、どのエルフも表情は穏やかだ。嫌悪らしきものは無く、むしろ興味深そうにこちらを伺っている、ような気がする。

 ――気にしすぎ、かなぁ

 思えば、協定ゆえに死刑になりかけはしたものの、人間だからと悪意をぶつけてくる相手はそう多くなかったか。身近ゆえ難しい無泉とは、ずいぶんと違うものなのかもしれない。


「はいほらルネッタ座ってください」


 やや早口で、そして強引に浴場隅の椅子へと座らせられた。これもつやつやの石製だ。

 ご自由にお使いくださいとでも言わんばかりに置かれた布と石鹸を取って、もこもこと擦る。やはり素晴らしくあわ立ちが良い。何で出来てるんだろうと思った、その矢先、


「ひゃぅ!?」


 背中から脇、そして胸をするりと撫でる甘い感覚。犯人は、探るまでも無い。


「エ、エ、エリス、さん……一応ここ、公衆浴場、だと思うのですけど」

「そう、浴場ですよ。だから洗っているだけ。何の問題もありません」

「そ、そうかも、しれ……しれません、けど」


 すべすべの手のひらが上下に左右にと休み無く動く。おなかを撫でて、太ももを揉んで、股のあたりまで滑り込んで、そこで止まって元に戻る。石鹸の感触、それに混ざるエリスの匂い、息遣い。


「本当に、大丈夫、ですかこれっ!?」

「大丈夫大丈夫、ちょっとじゃれてるようにしか見えませんから」


 背後で膝立ちのエリスはさらに距離を詰めてきた。スイカのような胸がぐにゅりと背中で潰れているのが分かる。淡すぎる快感に視界がちらちらと揺らいでしまう。気を抜けば変な声が漏れてしまう。

 

 大きな胸。柔らかい。彼女のお腹も柔らかい。手のひらも二の腕も全てが甘く、甘く、たまらなく。這い回る指におへそをそっとかき回されて、声を抑えるために口元を覆った。

 

 急に、エリスの手が止まった。離れる。振り返る。

 彼女も十分すぎるほどに頬を染めて、明らかに呼吸を荒げて、それでも余裕のある振りをして。


「んふふ、こんなものですかね」

「……うー」


 少し、いやかなり悔しい。同じかそれ以上のことを返したくてたまらないけど、今の騒ぎで明らかに集まる目が増えたような気がする。

 

 ――それ、に

 既に体の芯まで熱が篭ってしまった。下手に続ければ攻守を問わず行き過ぎてしまいそうで、場所を考えればそれはダメだと理性が言う。

 もちろん欲を言えば、あの素晴らしい胸をこれでもかというほど洗い倒してみたいとは思うけれど。


「はぁ……」


 溜息をしつつ湯を被って、体中に塗れた石鹸を落とした。驚いたことにそのためだけの水路が浴場の隅を延々と流れている。もちろん流れているのは暖かな湯だ。

 

 体を一通り綺麗にし終えたところで、本番ともいうべき巨大な浴槽へと足を向ける。

 つま先で温度を探る。既に何人も入っているのは分かってはいるが、ひ弱な自分と同列に考えるわけにもいかないし。

 

 ――うん、平気

 つま先から足首へ、脛から太もも、お腹から肩まで。全身をとぷりとお湯に埋めると、自然と声が口から漏れた。


「ふぃー……」

「おや、珍しい声を」

「あっ……ご、ごめんなさい」

「何を謝るんですか。そういうのも凄く可愛いですよー」


 同じく隣に沈んだエリスが、ニコニコ笑顔で恥ずかしいことを言う。おかげで何も返せない。

 それにしても、本当に広い。泳げるどころか、向こう岸までたどり着くのも一苦労だろう。低予算の兵舎にさえ備え付けの風呂があるところから想像はついたが、どうやらエルフは風呂好きらしい。

 

 ――はぁきもちいい

 それはとてもすばらしいことだとおもう。いまの蕩けた脳みそで出せる答えはそれだけだ。


「ふにゃってるところ悪いんですけどね、ルネッタ」

「……ふぁい?」

「程ほどに堪能したら出ますよ。前半で力尽きるわけにもいきませんし」

「ぜんはんて、なんでしょう」


 エリスはなぜか、にやりと笑って、


「第一市民だと、ここは個室を貸し出してくれるんですよ」


 そんなことを言った。

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