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Elvish  作者: ざっか
第四章
92/117

最後尾は誰だろう

 団長の執務室には、大きなソファーが二つある。

 ガラスのテーブルを挟んで向かい合わせの形に置かれたソレは、来客用という大義名分で置かれたものである。

 

 座ればふかふかと柔らかく、使われている革は相応に上質。貴族相手であろうとも失礼には当たらぬ程度の質なれど、所詮そのあたりは建前に過ぎない。本音は自分がだらだらと休み時間を過ごすための品だからだ。

 

 さてその贅沢品を持ち込んだ張本人、つまりエリスはソファーにだらりと腰掛け足を組み、渋い顔で正面を見ていた。

 向かいのソファーには、良く知る二人。それは良い。良いのだが、


「あむっ……」

「ふふ……」


 口づけをしている。それはもうしている。

 真昼間から堂々と、執務室のど真ん中で、、かれこれ十五分はちゅっちゅちゅっちゅと休むことも無く。

 

 ルナリアがソファーに深く腰掛け、ルネッタは彼女の膝に堂々とまたがり、互いを芯まで感じるように。

 その激しさたるや恋人同士の熱い口づけを軽く通り過ぎて、もはや夜のソレとなんら変わらぬ濃さである。

 

 ――なんだいこれは

 嫉妬が無いとは言わない。けれど自分だってたっぷりとしていることだし、今更割ったり止めたりしようなどとは毛ほども思わない。

 

 このもやもやした気持ちを簡潔に表すならば――そう、時刻と場所だ。繰り返すが真昼間。ちょうど昼食前のひと時であり、場所はまさしく仕事場である執務室。自分はともかく、ルナリアがそんな行為に及んでいることに理解が追いついていない。


「あー……その、ですね」


 声をかけ、二人の動きが止まるまで五秒。ようやく二人は口づけを中段すると、ぎゅっと互いを抱きしめ合う。

 体勢も変わってルナリアとの目線が通るが、どうやら離れるつもりは無いらしい。

 

 なんだよとでも言わんばかりに首を傾げる彼女へと、


「今、昼ですけど」

「そうだが」

「ここ、仕事場ですけど」

「そうだね」


 ルナリアは怪訝そうに顔を歪めた。


「まったく、お前は何が言いたいんだよも……う……」


 なぜか言葉は弱弱しく途切れて、だというのに表情は何かを思いついたようにニヤリと輝く。

 彼女は膝上のルネッタをそっと持ち上げると、隣にひょいっと座らせた。優しく撫でて、その後頬に口づけを軽く。ルネッタの顔はもはやふにゃふにゃに蕩けて治らない。

 

 ルナリアは席を立った。一歩、二歩とこちらに近づき、ついには眼前までやってくる。

 見上げる。見下ろされる。表情は相変わらず、悪戯を思いついた子供のようである。

 

 彼女は僅かに体を曲げると、組みっぱなしだったエリスの膝へそっと触れてきた。

 ――んっ

 突然のことに声が漏れかけるも、気合でそれを押さえ込んだ。ルナリアはそのまま腕にぐいっと力を篭めると、組まれた脚を解くように動かして――平らになったふとももへと、躊躇なく跨ってきた。

 

 布越しでも体温は伝わる。甘い匂いに包まれる。

 エリスは上擦る声を必死に抑えた。


「な、な、なんですか?」

「んー? んふふふ……寂しいのかなーと思って」


 そうじゃない、そうではないと反論する暇も無く。

 一気に唇を奪われた。

 ぷにゅりと柔らかい感覚。甘く痺れるような味。背筋に伝う仄かな雷に、内部に生まれる淡い炎。

 

 ――溶け、そう

 どうでもよくなってくる。何もかもを、あらゆる全てを、思考の欠片まで放棄して、この快楽におぼれて、おぼれて、そして。


「……んむっ!? ちょ、ちょっと、何してるんですか!?」


 顔を離して、エリスは叫んだ。

 どんな器用さなのか、これだけ激しい口づけの最中、彼女はエリスの服をするすると脱がしていたようだ。 

 ぞくぞくする。身を任せそうになる。だけどここで流されると洒落にならなそうだと理性が叫んでいる。

 ルナリアは――しれっと言った。


「何って、脱がさないと出来無いだろー」

「出来無いってちょっと……!? いやだから、昼間ですよ! 執務室ですよここ!」

「どうせ今休みだし。三人しか居ないから大丈夫」


 頬を染めて、息は荒く。それでもルナリアはにこりと笑う。完全に本気だ。

 ――う、う、あ、う

 

 エリスは――勢い良く立ち上がった。跳ね除けられたルナリアは、それでも平然と足から着地する。当然このあたりは少しも心配していない。

 荒ぶる鼓動を押さえ込んで、震える声を整えて、エリスは言葉を絞り出した。


「……昼食、行ってきます」




 乱れた服を直し、ほとんど逃げるように執務室から出て、軋む廊下を十歩は走って、ようやくエリスは立ち止まった。

 心臓がバクバクと音を立てている。正直言えば欲望に従いたかったところではあるが、何しろ自分が乗り始めたら一体誰が止めるのやらと思ってしまう。

 

 それにしても、というべきか。なんともはや、というべきか。

 ルナリアが、色欲魔になってしまった。

 ――どーしよ

 

 これではとても彼女の家族に顔向けが出来無い。次に会ったらなんと言えばいいのだろう。元から自信家で社交的ではあったが、そっち方面では極めて初心な娘だったというのに。

 エリスは頭を抱え、うんうんと唸り――三秒で思考を切り替えた。

 ――ま、いっか

 

 責任はどちらかと言えばルネッタにあるはずだとエリスは考えている。自分があれだけちょっかいをかけても転ばなかったのだ。それがここに来ての急変なのだから、原因は突如やってきた少女以外にありえないと。

 

 そう割り切るとやはりおしかったか。しかしそれでも執務室でいたすのはまずいか。何よりも腹が減ったか。まずは満たしてそれからか。

 こきこきと首を鳴らして、エリスは廊下を歩き出した。背後からの声が聞こえたのは、ちょうどその瞬間だ。


「エリスさんっ」


 振り返れば、黒髪の少女が小走りでこちらへと駆けて来た。その絵だけで心が癒され、頬が緩む。

 傍まで来て、ルネッタは言う。


「あの、ルナリアさまが一緒に食事をしてきなさいと」

「ん、良いんですかね?」


 この問いには、様々な意味が含まれてはいるのだけど。


「はい」


 ルネッタは笑顔で頷いた。あまりに屈託が無さ過ぎて、言外を察したのかは怪しいところに見えてしまう。

 彼女はなぜかきょろきょろとあたりを見渡すと、少しはにかんだように微笑んで、すっと距離を詰めてきた。

 

 唇が触れる。甘く噛まれる。

 そしてゆっくりと距離が離れる。

 ルネッタは頬を染めて、上目遣いで、けれど幸せそうに笑いながら、


「今日はまだ、してないです、よ? えへへ……」


 クラクラするほど愛らしい。ゾクゾクするほど可愛らしい。唇に残った感触が、絡めた舌の味がたまらない情欲を体中に流してしまう。

 しかし、とエリスは思う。

 ――まさか

 

 現状、三人の中で、もっともおとなしいのは自分なのではないかと。

 それはダメだ。許されない。何か大事な部分で負けた気がする。

 だからエリスはルネッタに伝えた。


「食事も良いですけど、ついでにお風呂にも行きましょう。どうせ時間は腐るほどありますしね」

「お風呂?」


 ルネッタは少し不思議そうに首を傾げた。

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