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Elvish  作者: ざっか
第三章
80/117

先行


 最初に異変に気付いたのはエリスだった。

 時刻は早朝、太陽がようやく朝の所定地に着くか否かといった時間帯である。穏やかな草原に早々と並び始める反乱軍を見て、ずいぶんとやる気があるんだなと呟いたのはラクシャだったか。

 

 幸いにして距離は相当にある。敵の動きを見てから布陣を始めても余裕で間に合うほどなのだ。朝ゆえ負抜けている自軍に活を入れ、こちらもだらだらと草原に並ばせている、正にその最中。

 違和感の正体は単純にその数であった。


「少なくありませんかね」


 本陣の隅に立ち、横のルナリアへと言葉を投げる。彼女は眉をしかめ、顎に手を当て、小さく唸った。


「篭ったか? しかし……」

「徹底して守るならむしろ今外に出している分がもったいないでしょう。となると意図は」


 回答をくれたのは、慌て気味に駆け寄ってきたセルタ兵。配置は後方、退路の確保が仕事のはずであった。

 何かに追い詰められた顔で、兵は叫ぶように報告した。


「ルナリア様! て、て、敵が街のほうに!」

「……なんだと?」


 ルナリアの返答はあくまでぽつりとした音量であったが、目を見開いた表情からすれば、相当に動揺しているのだろう。

 無論それはエリスとて同じである。


「ジョシュア! ラクシャ!」


 即座にやってきた二人へと、同じ報告をさせた。ラクシャは困ったように息を吐きつつ頭をかいて、ジョシュアは口元を手で覆う。

 沈黙を破る最初の言葉はジョシュアが吐いた。


「ここからどのような手を打つにしても、賭けになりますね」

「ああ」


 ルナリアが背中越しに草原に並ぶ敵影を見やった。


「街に出たという敵、反乱軍だと思うか? あるいは新しい市民の蜂起か?」


 これは極めて重要な点である。前者は敵が前から後ろへと移っただけなのだ。移動手段が不明だとしても、である。

 後者は純粋に敵数が跳ね上がったことを意味する。現状で精一杯の状況を思えば、絶望的と言える。

 

 ジョシュアは考えている。深く、深く。やがて彼は何かに気付いたように顔をあげると、


「下……?」


 屈みこんで地面へと手を当てる。そして彼は静かに言う。


「探ってみます」

「良いのか? 今後を考えると消耗は避けたいが」

「他に手がありません。時間も」


 まるで三重の円のように、魔力の塊がジョシュアの周囲を取り囲んで、弾けた。あらゆるものを撫でるようなそよ風が、どこまでもどこまでも広がって――弾のような汗を額に浮かべながら、彼は立ち上がる。

 苦々しい顔をして、彼が言う。


「地下です」

「地下?」

「元からこの下には養殖場がありました。それゆえ空洞を気にしては居ませんでしたが……どうやら地下道があったようですね。暴れる老大樹の所為で分かりづらくはありますが、相当数のエルフが通った魔力の痕跡があります。それこそ、千に届くような数の」


 思わずエリスは口を挟んだ。


「馬鹿な。私が見た時にはそんな道などありませんでしたよ」

「蓋だけしておけば良いのですよ。後は通る時にぶち抜くだけです。一方通行なのだから直す必要さえ無い」


 いずれにしても、とエリスは思う。

 そんな大仕掛けがあるということは、数ヶ月単位の計画では無いということだ。何年も、何年も、それこそセルタが出来たころからかもしれない。

 しかし、今重要なのはそれではない。

 ルナリアが言う。


「どうやら新たな敵が湧いてきたわけでは無さそうか。それだけは救いだが……問題は」

「黒爪樹はどこにいるかっすね」


 ラクシャの言葉に、皆が頷く。

 街に大半の敵が流れたのであれば、こちらも対応する必要がある。正面の敵を抑えられる最低限を残し、残りを街へと向けねばならない。いずれにしても悲惨な市街戦になるのはほぼ間違いないが、傍観など論外である。

 

 しかし、もしも黒爪樹があの砦に残っているのであれば、これは致命的な悪手になりかねない。残していった兵力が苦も無く皆殺しにされるからだ。当然、眼前の脅威が消えれば奴らも街へと攻め入るだろう。

 だが、である。


「奴らは街のほうに出ていると思いますよ」


 エリスの発言に、ルナリアが返す。


「根拠は?」


 それは単純である。そして純粋である。だからエリスは素直に答える。


「そのほうが面白いからです」


 馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、奴らは性根まで染まりきった戦闘狂の集まりである。雇い主の言葉さえ大して聞くようにも思えない。そんな連中がおとなしく『待ち』など選ぶだろうか。

 恐らく皆もそう考えたのだろう。異論は出ず、小さく頷き、そしてルナリアは声を張り上げる。


「敵が二手に分かれた。よってこちらも兵力を分ける。三百はここに残り敵をけん制。向こうから来なければ仕掛ける必要は無し。残りは街へと引き返すぞ」


 突然の指示に一瞬のざわつきは見せるものの、きちんと命令には従ってくれる。こういうところは、セルタ兵も悪く無いとエリスは思う。

 剣を肩に掲げて、エリスはルナリアを正面から見た。


「団長」

「どうした――いや、頼めるか?」

「元からそのつもりです」

「すまん……死ぬなよ」

「ふふ、とーぜん」


 そして誰よりも先んじてエリスは走り出した。





――ああ、こりゃ酷いわ

 剣を掲げたまま、エリスは街を駆けて行く。速度は八割、いつ何があっても対応できるように余力を抱えたままである。

 

 道に蔓延するのは混乱、喧騒、血、そして争い。怒号が飛び交い、そこら中で醜い暴力の振るわれる音がする。

 暴れる反乱軍の興奮のほどは、下手をすれば戦場でのそれを超えていた。さすがに女を犯して回るような余裕など無いが、理不尽な凶刃は数え切れぬほどであるようだ。

 

 とはいえ、だ。彼らは血走り狂気に身を委ねてはいるが、所詮第二市民。エリスが現在居る場所は第一市民用の区画なのだ。突然の事態に怯え、竦み、それでようやく力は五分といったところか。道を見れば返り討ちにあっている者の数も少なくない。それが余計に混乱を助長させているのだが。

 

 ――ルネッタ

 考えないようにはしている。必然的に奴らが優先するのはこの区画であるはずなのだ。あのこが居るのは第二と第三の境である。安全とまでは言えぬまでも、極めて危険では無い。無いはずだ。そう思わねば任務など放り出して助けに行ってしまいそうである。

 

 ――ちっ

 丁度通り道に反乱兵。二名、どちらも武装済み。剣には――血。

 あいにくと、容赦してやる気など毛ほども無い。

 向こうがこちらに気付く。表情が歪むが、意図までは届かず。

 知ったことでは無い。

 

 エリスは通り抜け様に剣を振り抜いた。手ごたえは浅く、薄く、あまりに容易い。首を真横に、頭から半分に。着実に殺して道を急ぐ。

 既に奴らは一線を越えたのだ。エリスにとって、始末する敵以外の何物でも無くなった。

 

 力の差程度は感じ取れるのだろう。ほとんどの敵は走り抜けるエリスから必死に逃げるように脇へと転がる。僅かな例外のみをさくりさくりと殺しながらエリスは目的地へと駆けて行く。

 

 殺し、走り、また殺して――そしてようやくたどり着いた。

 深呼吸を一つする。ここからは意味がまるで違う。

 下品なほどに豪奢な館の入り口には、まさしくぶちまけたような血の跡に、死体が一つ、二つ。いずれも正規兵、いや領主直下の護衛か。さすがに相応の腕であろうが、野良犬でも殺すかのごとくあっさりとやられた、のだろう。

 

 廊下を行く。死体の数は増える、増える。予想通りであれば良い。違えば悪いが逃げさせてもらう。エリスは期待の入り混じった光景を思い描きながら、高ぶる心を必死に静めた。

 そうしてたどり着いたのは、領主の佇む部屋である。見事な造りであった木の扉は、怖気を覚えるほどに鋭い一太刀で半分に断たれていた。

 

 入ってまず感じたのは血の匂い。そして静かながらも力強い魔力が一つ。


「来たか」


 答えた男がゆっくりと振り返り、にこりと微笑む。

 広々とした部屋の中央にはルースが無造作に立っていた。周囲には五つの死体。いずれも腹から見事に両断されている。

 他に部屋にいるのはおよそ十名の武装兵。皆怯えきった様子で、震える手で剣を突きつけながらも、笑えるほどに距離を取っている。すでに戦意など毛ほどもあるまい。

 

 そして、エレディア。彼女はなんと生きていた。部屋の隅で己の体を抱くようにしながら、がたがたと目に見えるほどに体を震わせている。絨毯に広がる見事な染みは失禁の証拠か。

 この様子を見る限り、殺そうと思えば容易く殺せただろうに。

 あるいは――どうでもいいのか。そんなことは。

 エリスはゆっくりと剣を払った。


「待たせましたかね」

「いいや」


 ルースが剣を構える。湖のように静かだったはずの魔力は、既に嵐のようである。もはや隠すつもりも無いのだ。

 これで良いと思う。面白いと思う。感謝するとも思う。


「さぁ続きをしよう決闘狂い」


 子供のように微笑んで、ルースは言う。

 エリスは必死に歯を食いしばった。油断すれば自分も同じ表情をしてしまいそうだからだ。

 にらみ合う。少し笑う。

 そして同時に地を蹴った。

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