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Elvish  作者: ざっか
外伝三
56/117

久遠のようにさえ 一


 シアンは父が好きだった。

 親愛と憧憬をない交ぜにしたその感情は、信仰とさえ表すべきほどである。

 

 彼女の歳は十も半ばに差し掛かる。大人というには程遠いが、子供というには立派である。固定化はまだ数年先のこととはいえ、親離れをしてもなんらおかしく無いころであった。

 だというのにここまでの『べったり』を、情けなく思う者もいるだろう。

 

 しかし、である。

 シアンの父――即ちアルセウスをよく知る者ほど、無理もなかろうと口を揃える。

 

 公明にして正大。弱きを助け、強きを挫く。いわゆる錬騎兵の中でも極上とされるほどの力を持ちながら、決して驕らず、ひけらかさず。

 まさしく父は、絵に描いたような『英雄』だったのだ。


「父様、もう一回!」

「うん、どこからでも構わないよ」


 庭であった。貴族のものとしてはいささか狭いが、平民としては十分すぎる広さである。

 

 互いに剣を持ち対峙するのは、シアンとアルセウス。恵まれた体躯を持ち、巨大な長剣を構える父に対して、娘の体は小柄である。同年代の少女達と比較しても、やはり小さいと言って良い。

 あくまで訓練である。しかしそれでも無理がある。知らぬものは止めに入るような光景であるが、見守る数人は微動だにしない。

 

 理由は三つある。

 第一に、優れたエルフにとって肉体の大小はさほどの意味を持たないということ。如何に大量の魔力を体に流し、それを制御できるかが重要だからだ。とはいえその分野においても、シアンはアルセウスに遠く及ばない。

 

 第二に、あくまで訓練であるからだ。アルセウスは極めて優秀な剣士であり、間違って娘に多大な傷を負わせることなど、ほぼありえないであろう。もっとも、それを考慮してなお、止めるべきだと言い出す者も居る。

 

 第三、そしてもっとも重要な理由である。

 シアンは、この時間が好きだった。勉学に励み、豪華な食事を取り、柔らかなベッドで眠り、一人きりでの訓練も決して忘れない。恵まれた暮らしの中で、しかし何よりも幸せを感じるのは、ぎりぎりまで肉体を追い込む父との訓練だったのだ。

 

 邪魔をすれば怒る。それはもう、烈火のように怒るのだ。以前、新しい父の部下が思わず止めに入ったときは、その後しばらく口を聞いてもらえなかったという。

 

 シアンが地を蹴った。

 その速度、その気迫、もはや並みの兵士と遜色無いほどであった。踏み込む時の姿勢に、地から天へと流れる剣の軌跡。そしてシアンの四肢を流れる美しい魔力の束。全てが少女の溢れんばかりの才を表している。


「いいぞシアン。さあ、もっと鋭く」

「うん!」


 その剣を軽々といなして、アルセウスは穏やかに言う。

 しばし、二人は無言で剣を交わした。

 

 シアンの剣筋は、どれも致命であった。たとえば首筋、たとえば胸。どれも直撃すれば死においやるであろう。いくら訓練用の『なまくら』であっても、惨事になることは想像に難くない。

 

 それでもシアンは剣を振るう。明るく、真剣に、そして楽しそうに急所狙いの剣を打ち込み続けている。

 

 ――やっぱり父様は凄い

 こうまで危険な軌跡をシアンに選択させるのは、父への多大なる信頼だった。かすりもしない。まるで当たる気がしない。たとえ素手の父と戦ったとして、毛ほども勝てるとは思えない。

 

 大地を踏みしめるとき、底が抜けるのではと悩む者などおるまい。つまりシアンにとって、父とはそれほどの存在であった。


「よし、今日はここまでにしようか」

「はぁ……そう、だね……」


 日は段々と沈み、夕焼けが世界を満たしつつあった。

 父が剣を降ろし、一歩引く。

 玉のような汗を額に浮かべて、シアンは頷いた。疲労の滲む声ではあったが、表情は満足げだ。

 

 アルセウスも柔らかく微笑んだ。


「少し休んだら、食事にしよう」

「その前に!」


 身を乗り出すようにして、シアンは叫んだ。


「いつもの、ねえ、いいでしょ?」

「もちろん」


 苦笑するアルセウスに対して、シアンの瞳はきらきらと輝いていた。剣を脇の侍女に任せて、父の背中を押す姿はより一層幼く見える。

 足早に屋敷の中へ。廊下をさくさくと進み進み『いつもの』部屋へと二人はたどり着いた。

 

 いわゆる書斎であった。

 左右の棚には数え切れないほどの本が並び、奥には水彩版が天井近くまで詰まれていた。

 中央に、巨大な水槽がある。水彩版の『中身』を映し出すための装置であるが、極上の品であることは一目で分かる代物であった。

 

 シアンは小走りで部屋の隅まで駆けると、手に石版を一つ抱えて、戻ってきた。


「父様、これ!」

「わかった。でもこの部分はもう十回以上になるけど、いいのかい?」

「だって一と二が見たいって言っても、ダメなんでしょ?」


 アルセウスの瞳がきょろきょろと泳いだ。


「……そうだね。あの部分はまだシアンには刺激が強い。いつか自分で見られるようになるまで、お預けだ」

「うん、我慢するよ。だから今日もここ」


 父は頷き、水槽の元へ。中央の窪みへと石版をはめ込むと、魔力で覆った手で、そっと表面をなぞった。

 

 石版から強い光が一度、水槽が淡く光ること三度。

 内部へと秘められた『物語』が、静かに水面を彩りだした。

 名を、セルフィアス英雄譚。強く、清く、美しい一人の女戦士の生涯を描いた――少々意地の悪い言い方をすれば『見飽きた話』の一つだった。

 

 とはいえそんな有象無象の中でも、これは大層人気のある作品である。それゆえ数え切れないほどの水彩版が作られたが、その理由は単純なものであった。

 

 セルフィアスは、実在するのだ。随分と昔、戦の果てに命は費えてしまったという話ではあったが、彼女と出合ったと証言するエルフは一人や二人ではない。

 生前の彼女の日常を写した水彩版が存在するくらいである。その手の好事家の間では、驚くほどの高値で取引されているという。

 

 もっとも、シアンにはそんなことはどうでもよかった。好む理由は単純かつ明快。強く美しい主人公が、剣を片手に戦場を駆け回り、歴史に名を刻んでいく。その痛快さ、偉大さこそが興味の対象であったからだ。

 

 長い髪を風になびかせ、あっという間に集団を切り伏せるセルフィアスの姿が、水槽の中に映し出されている。

 映像は驚くほどに流麗で、なんと色までついている。現実から足りないものは、それこそ音くらいである。

 

 なんでも南東に暮らす名工の手によるものらしい。その出来は間違いなく随一だが、代償として映像を映し出すために多量の魔力と高い技術が必要であった。練騎兵でさえ、そう容易く扱えるものではない。ゆえに製作者はこれを失敗作とよんだ。面白がったアルセウスが引き取ってこなければ、砕かれてしまったかもしれないという話である。

 

 シアンは食い入るように水槽を見つめて、女戦士の一挙手一投足までも脳裏に刻んでいる。

 憧れの頂点を父とすれば、それに次ぐのは間違いなくセルフィアスであった。

 

 父のようになりたい、ではない。

 セルフィアスのようになって、父の隣に立ちたい。

 それが――子供とも大人とも言えない、複雑な年頃であるシアンの、何よりの夢であった。


「じゃあ、今日はここまで」


 言葉と共に映った絵は消えて、残るは静かな水面である。

 シアンが満足げに微笑むと、アルセウスは穏やかに微笑み返した。


「夕食にしよう。おなか減ったろう?」

「うん」


 屋敷といっても、それほど広いわけでは無い。少し廊下を進めば、それで食堂だ。

 中央にあるテーブルには目移りするほどの料理が並べられているが、これも普段通りの光景である。優れた父に、才ある娘。必要な量は相当なものになる。


「準備は出来ております」


 侍女が微笑んだ。

 そう、侍女である。食堂にいるのは僅か一人。服装は黒を基調としたものに、白いエプロン。頭にはカチューシャがのっている。東、西、あるいは中央と、どこの流行とも違う服装である。一目で侍女だと分かるものは、そうはおるまい。

 

 シアンが侍女の胸元に飛び込んで、ぎゅうと彼女を抱きしめた。


「さすがにおなかすいたよマティア」

「はい、そうだろうと思いまして、腕によりをかけさせていただきました」


 彼女の名はマティア。格名どころか、姓も無い。多少の魔力は扱えるが、それとて第二市民に届くかどうかといったところである。髪はくすんだ茶色で、顔つきも――あくまでエルフとしての話だが――美人とはいえないだろう。

 

 力も持たず、さして美しくも無い。エルフの価値観からすれば、まるで評価に値しない。

 それでも、シアンは彼女が大好きだった。心から、本当に大好きだったのだ。

 

 シアンは母を知らない。聞けば彼女を生んで、すぐ死んでしまったのだという。元から体の弱いエルフであったのだ。外見はとても美しかったというが、それが余計に悪い評判を呼んだらしい。貧弱な魔力に不釣合いな美貌であると。

 

 もっとも、シアンは母を軽蔑などしていない。そして同じように、尊敬もしていない。

 なにしろ会ったことが無いのである。それ以上の感情を抱けといわれても土台無理な話であると、シアンは常々考えている。

 

 母がいないことを寂しく思ったことはない。こうして己を抱きしめて、ふわりと良い匂いで満たし、優しく頭を撫でてくれる、マティアがいつもいるからだ。

 体を離して、マティアがぽん、と手をあわせた。


「さあ、夕食に致しましょう」


 三人がそれぞれの椅子に座った。マティアも同じように食事を取る。当然であるとシアンは思う。彼女は家族だ。使用人では無い。

 一抱えほどもある巨大な魚は、近くの湖で釣れるものである。その腹を割いて香草と肉を詰め込み、じっくりと蒸す。臭みは香草と特製のソースが見事に消してくれる。

 

 マティアの得意料理であり、同時にシアンの好物でもある。切り分けられた皿の中身を勢い良く掻きこめば、芳醇で複雑な味が口内に広がっていく。

 

 そんなシアンの様子をにこやかに眺めていたアルセウスが、静かに切り出した。


「どうやら格名をいただけるらしい」

「……本当ですか!?」


 驚くマティアに対して、シアンは静かなものである。父はもらって当然であると考えていたのだから、感動など無いのだ。

 

 格名とは、性と名の間に挟む、一つの言葉。文字通り『格』に関わるものである。

 種類は様々で、地方の領主が授けるものから、己で名乗りだすものまであるほどだ。

 

 しかし。

 国中のどこでも通用する格名は、たった二つしかない。

 

 一つはラグ。戦士階級を表すもので、確かな力を見せ付けた強き者にだけ送られる。授ける資格を持つのは中央の古老と、東の王のみ。必然的にほぼ全てが錬騎兵足りえる力を持つこととなる。

 無論アルセウスは格名を持っている。国中に名を轟かす英雄なのだから。

 

 故に今回授かるのは、第二。

 その言葉をレムという。

 

 端的に言うのであれば、それは貴族を表すものである。領地を持つことが許され、税を取ることが許され、貴族同士の『会議』へと顔を出す権利も持てる。即ち支配者階級の証に他ならない。

 

 ラグを更に上回るだけの力、あるいは国の歴史に残るだけの功績、といったあたりが授かるための面たる資格ではあるが、建国時から名のある貴族達に独占されているのが実情ではあった。

 

 格名は一族に与えられ、世襲も許可される。そしてレムの名を与える資格を持つのは、結局はそうした貴族――その中でも最古の者達だけであるからだ。

 

 アルセウスはまさしく異例であった。

 エルフの力、特に魔力は血の影響を色濃く受ける。シアンは紛れも無く天才であるが、父の力を考えれば何も不思議なことは無い。

 

 しかしその当人であるアルセウスは、平民の出身なのだ。第二市民か第三市民か、それさえ定かではない。親の顔も知らず、幼いながらも剣をふるって生き延びた。

 

 話自体はそう珍しくも無い。結果として極上の戦士となりえた事実が、異例なのだ。無論――歴史上にぽつぽつとは存在する例ではあるが。

 おずおずと、マティアが尋ねた。


「その……どなたが」

「東の王だ。あわせて……私を長とした騎士団の設立も予定されているという話だった」


 シアンは食事の手を止めて、父を見た。


「父様、また遠くに行くの?」

「……まだ全て決まったわけじゃないよ」


 王の住む都は遠い。同じように、中央の貴族達の領域も遠い。アルセウスの屋敷は、その境界線上にあるのだ。とある戦の褒美として頂いたものであるが、場所を考えれば深読みの一つや二つは出来てしまう。

 

 シアンはこの家を気に入っていた。たとえ周りが草原だらけの田舎であっても、生まれてからここしか知らなければ問題などなかった。

 しかし、もっと大事なことがある。


「決まったら、父様は向こうで暮らすの?」

「そうなるだろうね」

「……あたしもついていって良い?」


 一瞬、父は目を逸らした。しかし、すぐに顔を戻し、まっすぐシアンの瞳を見た。


「たぶんそれが一番良い。生まれた家を離れるのは、寂しいかもしれないけど」


 シアンは大きく首を振る。


「いいよ、一緒なら」


 父と過ごせる時間が増えるのであれば、生まれた家から出ることに躊躇も無かった。

 

 アルセウスは年の三分の一も家に居ない。不穏な西へ、反乱の多発する北や南へと戦に次ぐ戦を戦い抜く日々であった。

 王の下、騎士団に属するのであれば、少なくとも戦いは東を主とするであろう。敵は――恐らくは『黒塗り』共。容易いとも安全だとも思わないが、帰ってこれる時間は増える。

 

 アルセウスが優しく微笑んだ。


「これでシアンも学校に行ける。きっと友達だって出来るよ」

「ん……いまでも友達いるよ?」

「初耳だな。なんて言う子だい」

「ドゥーガちゃん」


 父は盛大に噴出して、やがて呆れたように口元をゆがめる。

 ドゥーガとは、父の部下の名だ。扱いとしては副官のようなもので、たまにこの屋敷で食事も取る。付き合いの長さはもはや数えるの馬鹿らしくなる、という。

 

 面は強面、体は大柄。剣魔術共に一流であるが、趣味は花細工。無論、男性である。

 アルセウス単独に要請がかかることも多々あるために、ドゥーガを初めとした部下達には多少の暇があった。

 

 屋敷の護衛代わりにやってくる部下を見つけては、剣の訓練を要求するのが日常であったのだ。外見は美しく、性格も素直で、剣の腕は底知れぬ才を感じさせる。いわばシアンは練団の姫君のような扱いである。

 父が言う。


「そういうのも悪くは無いけどね、同年代はやはりまた違うよ。剣以外で語り合える友というのも、必要だと思う」

「そうかな……そうだね」


 なにしろ父がそう言うのだから。

 

 最後の料理を口に含むと、来客を知らせる音が屋敷中に響き渡った。

 父が席を立ち、マティアも続く。今は貴族ではないのだから、出迎えは本人の仕事である。シアンも続き、三人で玄関口へと向かった。

 客の一人は巨漢、強面、つまりは、


「ドゥーガか。どうした」

「夜分に申し訳ありません隊長。それが……」


 言葉を遮るようにもう一人の客が前に出た。

 大きく、そして立派なフードをおろせば、緩やかなウェーブのかかった金髪が目に付いた。

 

 男性である。美形だが、蛇のような目つきはどこか恐ろしげであり、とても人当たりのよさそうな人物には見えない。

 細身であり、背も高くない。腰には細身の剣が一振り。

 

 それでも、この男がアルセウスと遜色無いほどの強者であることは、シアンにも一目でわかる。

 針のように研ぎ澄まされた魔力を纏い、気配には僅かな隙も無い。今のシアンではたとえ背後から斬りかかったとしても傷一つつけられまい。

 

 何より、シアンはこの男を知っていた。

 ――また、この目だ。

 男の瞳がシアンを舐める。頭からつま先までなぞるように、それでいてほんの一瞬で。

 

 今までも幾度か屋敷にやってきた『こいつ』は、紛れもない、古老に連なるものであった。

 まさしく大貴族の一角、しかもその直系である。凄まじい力を持っていて当然の存在なのだ。

 

 男が静かに口を開いた。


「アルセウス殿、済まないが再びあなたの力をお借りしたい」

「それは光栄です」

「場所はここより遥か北東。本来は王の領分であるが、緊急のことなのです。極光石の鉱山で働く第三市民を中心とした反乱が起こり、その火は直下の都市にまで及ぶという」

「確かに一大事。しかしなぜ私と……失礼ながらあなたが」


 わざとらしく肩を竦める。言えぬこともあるのだと、態度で示すように。


「要請はあなた本人と、率いる錬団全てを持って、北東の反乱を鎮圧すること。現地では王側の部隊と既に交戦中ゆえ、連携はうまく取っていただきたい。無事収めていただいた暁には、多大な報酬を約束しましょう。我が一族の名において」

「……承知いたしました」


 アルセウスは多くを語らず、即座に踵を返した。

 ドゥーガは申し訳なさそうに息を吐いて、父の後に続いた。

 そんな二人の様子を――古老に連なる男は、さぞ満足そうに見送っている。

 

 ――あ

 目があってしまった。蒼い瞳がくるくると大きさをかえる。

 男の口元が歪んだ。卵を見つけた蛇のように。

 シアンは背を向け駆け出した。体中を包む悪寒に耐えながら。

 

 幸せの時間は終わって、動乱の夜がやってきて。

 父も部下も居ない静かな屋敷の中で、隣に立つ力がまだ無いという事実に、シアンは泣いた。




 一週間が経った。

 二週間が経った。

 やがて一月が過ぎた。

 

 戦とは長いものだ。かつては半年帰ってこなかったこともある。不安が無いといえば嘘になるが、初めてというわけでもない。

 シアンは剣を振るった。勉学の時間も半分は剣の訓練に当てた。マティアも何も言わなかった。

 

 更に一週間が過ぎた、激しい雨の夜。

 来客を知らせる音が、静かな屋敷に響き渡った。

 シアンは駆け出した。頭の隅では理解している。父であればこんな音を出す必要も無いことは。

 

 それでも急ぎ玄関までやってくると、侍女を押しのけて扉を開いた。

 ドゥーガが、そこに居た。

 

 傷は無い。泥で汚れても居ない。着ている服も――濡れていることを除けば――破れもほつれも無い、綺麗なものだ。

 只ひとつ、おかしいことがあるとすれば。

 右の肩から先が存在しなかった。

 

 言葉も無く、ただ見上げる。そんなシアンに対して、彼は重く、低く、そして涙混じりに一言告げた。


「申し訳ありません」

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