思ったことを素直に言えば良いというわけでは無い
なんでも服を買ったらしい。
そりゃあもちろん見せてほしい。エリスがそう提案すると、しぶしぶ、そしてなぜか恥ずかしそうにルネッタは頷いた。
お披露目場所はエリスの部屋。廊下でルナリアと一緒に着替えを待つこと大体五分。
「ど、ど、どう、ぞっ……!」
切羽詰ったような声だが、特に気にせずエリスは扉を開けた。
そして見た。
「か……かわ、いい、じゃないですか……」
「そーだろー」
上下共に純白で、見事な細工の青い刺繍が入っている。
むき出しの両肩がやけに輝いて見え、華奢な太ももを短いスカートが引き立てる。
羞恥にだろうか、頬を赤く染めたルネッタはスカートの裾を右手で抑えて、左手は軽く自分のおなかを抱いていた。会った時から少し伸びた前髪の間から、潤んだような瞳がちらちらとこちらを伺っている。
エリスは思わずため息をついた。
「天使ですね……」
「そーだなー」
ルナリアの相槌も、正直なところ内容は良く分からない。
このまま飛びついて抱きしめたい。
しかし触れずにそっとしておきたい。
戦う二つの欲の間で、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「あの肩がたまりませんね……」
「そーだねー」
頬が緩む。引き締めようとも思わない。
「手を繋いだまま湖畔を一周して、その後なでなですりすりぺろぺろしたいですね……」
「そう……ん?」
なぜか、ルネッタの顔が余計に赤くなったような、気がする。
ずり落ちそうな上を気にしては、もじもじちらちらこちらを見る。どうしてくれよう、このこ。
「ちょっと油断すると落ちてしまいそうな胸元が、いえむしろ強引に引き剥がしたくなってきますね……」
「…………」
ルネッタは両手で胸を庇い、唇を震わせながら一歩下がった。
その顔。仕草。全てが愛らしく愛おしく何もかもを掻きたてられる。
零れそうになった涎を必死に飲み込んで、
「あの細い足首に鎖を巻いて、天蓋付きのベッドへと強引に押し倒して……痛いっ!?」
視界が盛大に揺れた。
どうやら頭を勢い良く引っぱたかれたらしい。
なぜ分かるかと言えば、もう何度も喰らった感触だからに他ならない。
「なにをいってるんだおまえは」
呆れと軽蔑と若干の照れを混ぜ合わせたような、不思議な表情でルナリアは言う。
「もぅ、冗談に決まってるじゃないですか。何もそんな引っぱたかなくても……て、あれ? ルネッタ、どうしてそんな怯えた顔を……? だから、冗談だって言ってるじゃありませんか……ああでも、そんな顔をしてるルネッタもたまらなくそそりますね……痛いっ!?」
今度は拳だった。
ひりひりと痛む。いやもうこれは完全にやりすぎではないか。
抗議のために顔をあげたが、既にそこにルナリアは居ない。彼女はいつの間にかルネッタの隣に立って、守るように横から抱きしめていた。
二人の視線が、エリスの顔にまっすぐ注がれる。
「……あの、抱き合った姿勢のまま抗議の目で見るの、辞めてもらえます?」
「自業自得だ、ばか」
ルナリアがそっとルネッタの頬を撫でて、己のほうへと顔をむかせた。
「こんな変態にお前を任せるわけにもいかないし、今日は一緒に寝ようか」
「はい」
甘い言葉に、笑顔で答える。
――いやいやいや
「ちょ、え、だって、しばらく私のほうでって」
「だから、しばらく経っただろ?」
「いやそれはそうですけどだってでも」
こちらの言葉なんてまるで聞かずに、二人はいそいそと支度を済ませると、部屋からあっさり出て行ってしまった。
ぽかんと見送ること数秒、再び扉が半分だけ開かれて、ルナリアがこちらを覗き込む。
そして、言う。
「三日は私のほうで寝るから」
「えええええ……」
「今まで連続だったろー」
それはそうだけども。
ばたんと扉が閉じられて、静寂が取り残されたエリスを包んだ。
――えええええええ……
もちろん分かっている。一日交代のところを、ずいぶん贅沢させてもらったことは。
だけども。
昨日まで居たのに、居ない。ずっと居たのに、居ない。これが――中々に堪えるのだ。
「ううううう……」
ベッドに倒れこむと、ルネッタの残り香が鼻腔をくすぐった。
――はぁ
一人でさえ、あれだけ狭く思えたベッドが、今はやけに広く感じた。
それから数分後のこと。
きぃ、と静かに扉が開いた。
半身だけ中に入ったルネッタが、済まなそうに、
「あの……さっきは、えっと……ごめんなさい」
ベッドへ倒れこんだままのエリスへと、そんなことを言ったのだ。
あの程度のからかいでさえ、わざわざ謝りに来てしまう。
ルネッタのそういうところが、たまらなくほんとうにこころからかわいいと、エリスは改めて思うのだった。
結局、戻っては来てくれなかったけれど。