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Elvish  作者: ざっか
外伝二
52/117

理由 一


 ルナリアが一緒に寝てくれなくなった。

 ライール領からこちらに戻り、初日は問題無く一緒に寝た。お風呂は別々だったけれど、ちょっとした空白の時間にだって、可能な限り近くに座ったり、頬を撫でてくれたり。

 寝る前の、口づけも、したのに。


「……あっと」


 書き写した字が乱れてしまった。脇に置いた瓶から修正用の液体をペンの先につけてなぞる。見る見る黒はかすんで消え、後に残るのは白い紙だ。

 

 そう、ルナリアが一緒に寝てくれない。二日目以降、ルネッタはエリスの部屋で寝ている。

 今こうして日課となった翻訳を続けているのも、エリスの部屋の片隅だった。

 

 もちろん、ここが嫌なわけではない。エリスのことも、その、心から好きだけども。

 あれもこれもと求めるのは贅沢なんだろうか。でもあんなに優しく受け入れてくれたはずなのに。嫌われるようなこと、問題となることをした覚えも無い。遠ざけられる理由が分からない。

 それが余計に不安になる。

 

 泣きたい。

 むしろ、もう泣いた。こっそり、エリスにも見つからないようにだけど。

 ――ああもう

 少し滲んでしまった涙を袖で拭いた。


「ふう」


 深呼吸を一つ。何よりも落ち着かないと。

 足音。気配。

 こんこん、という音の後に、部屋の扉が勢い良く開いた。


「あぁー……」


 げっそりとした顔。低く唸るような声。疲れきった様子のエリスが、戻ってきた。時刻は、と思って時計を見れば昼の少し前といったところだ。


「おつかれさまです」

「ええ、まぁ、はい、ちょっと休憩……」


 エリスはずりずりと足を引きずるようにベッドまで進むと、ぼふんと仰向けに倒れこんだ。

 そのまま器用にブーツを脱ぐと、部屋の隅に放り投げる。輝くように白い素足を見て、少しだけ心臓がとくんと鳴った、気がした。

 枕に顔を埋めたまま、エリスがぼそぼそと言う。


「いやね、ほら、アンジェからもらった兵、いるでしょう」

「えと、はい」

「何百という新入りが同時に入るわけですよ。もう変な対抗心燃やすやら妙な派閥が出来かけるわで大変で大変で……」


 ぱたぱたと、エリスが両足を振る。子供のような仕草ではあるが、口から吐き出している悩み事はとても深刻に聞こえる。少なくとも彼女が苦手とする分野なのは確かだ。


「元から居るのをある程度優遇して丸くおさめようかと思ったんですが、新入りとはいえあっちは錬団。質は互角……どころか、新入りのほうが上っていう始末でして。弱いの優遇するわけにもいかないのです。筋が通りませんから」


 言葉を切って、大きくため息をついた。


「……いっそ端から殴り倒したらみんな平等になりませんかね」

「そ……それは、ダメだと、思います」


 エリスがごろりと横を向いた。むすっと口を尖らせて、言う。


「分かってます。言って見ただけです」


 絶対五割は本気が混じっていると思う。

 不満げだったエリスの顔が、にまり、と緩んだ。


「ところでルネッタ」

「はい?」

「となり、あいてますよ」


 ――へ?

 思わずぱちくりとまばたきをして、エリスの顔をまじまじと見る。

 彼女は悪戯っぽく口元を歪めて、もう一度言うのだ。


「とーなーり、あいてます、よ?」


 狭く小さなベッド、だけど詰めれば二人寝れる。夜のように。

 言葉の意味は、もちろん分かった。本を閉じ、椅子から立って、おずおずとベッドに近づく。

 靴を脱いで体重をかけると、ぎしりと小さな音がなった。


「んーふふ」

「ひゃっ!?」


 引っ張りこまれた。視界がくるくると回って、あっという間にエリスの隣に寝転ばされる。

 小さな枕に頭が二つ。狭いベッドに体が二つ。向かい合って、くっつきあって。

 

 もう随分繰り返したと思うけれど、心地よさに陰りは少しも見えないものだ。

 エリスの手が伸びてきて、ルネッタの頬をそっと撫でる。すりすりと二回、そのまま顎から首へ。くすぐったい。笑い声が漏れる。

 腰の辺りまでやってきた手を掴んで指を絡める。離したくない、といつも思う。

 

 じ、と見つめたエリスの瞳には、ルネッタの顔が映っていた。

 そのまま自然に。本当に自然に。

 甘い甘い、口づけをした。

 はむ、と唇を軽く噛んで、少し離れた。息を吸って、


「ん……」

「ふふ」


 声が漏れると、エリスが嬉しそうに微笑んだ。

 さらに深く。

 

 歯止めが利かなくなりそう。きっとエリスだって同じだと思う。

 白くて綺麗で柔らかくて、そんなエリスの脚が、ルネッタの脚に絡んできた。

 

 ――ズボン、脱げば良かったかな

 そうすれば、素肌同士で触れ合える。寝るときはいつもそうだ。彼女の肌は本当にすべすべで、気持ちよくて気持ちよくて浮いてしまいそうになるくらいで。

 

 ルネッタのふくらはぎを、彼女はつま先で、すぅ、と撫でる。

 くすぐったい。気持ちいい。どちらも同じくらい強い。

 唇が離れて、だけど吐息がかかるくらいの距離で、エリスが言う。


「どきどき、します?」


 頷いた。顔はずっと熱いままで、けれど辞めたいとは思わない。


「んふふ、でもほら、私だって……」


 エリスはルネッタの手を握ると、自分の胸に押し当てた。服の上からでも分かるくらい柔らかな感触と――その奥に感じられる早い鼓動。エリスも、たぶんルネッタと同じ心境なのだと分かる。それが言葉に出来無いくらいに嬉しい。

 彼女は赤い顔をしている。きっと自分も似たようなものだと思う。

 

 胸に当てた手を離して、かわりにエリスの背中を抱いた。くっつきたい。もっと、もっと。体の全てで彼女を感じるくらいに。

 エリスは――


「副長、副長すいません!」


 ゴンゴン、という強いノック。さすがに中まで入ってはこないけれど。

 エリスは眉をしかめ、両目を閉じて、盛大に頭を逸らした。さすがにこれはとルネッタも思う。もう少しで。

 

 もう少しで、なんだろう。自分の想像が自分で恥ずかしくなってしまう。

 エリスはため息と共に体を起こすと、ベッドから降りた。ぺたぺたと裸足で歩いて、


「いーま行きます。行きますよ」


 部屋の隅の靴を拾って乱暴に履いた。

 彼女はこちらを振り返り、謝るような仕草をして、そのまま出て行ってしまった。

 ルネッタは起き上がりかけて――辞めた。ごろりと転がってエリスがさっきまで居た場所に重なる。

 

 胸いっぱいに息を吸うと、彼女の匂いが体に満ちる。たまらない、と思った。あったかいような、優しいような。

 これこそまさしく幸せだと思う。

 

 頬が緩んで、気持ちも緩んで――そうして溶けて溶けて溶けた先で、再びルナリアのことを思い出すのだ。

 ――欲張りだなぁ、わたし

 起き上がって靴を履き、机に戻って椅子に座る。ペンを取ろうか考えたが、思い直した。


「そうだ」


 ルネッタは、書き写す仕事と平行して、こちらの本をゆっくりと読み進めている。もちろん字への慣れが必要なので、簡単な代物からではあるけれど。

 丁度昨夜、一冊終わったところなのだ。

 

 返却しつつ、新しいのを借りてくる。そのための場所は――執務室。つまりルナリアが居るはずだ。

 深呼吸をした。そして本を手に取ると、部屋から出た。

 

 執務室はすぐそこだ。ぎしぎしと鳴る廊下を歩いて、目的の扉にたどり着く。開こうとして、躊躇して。もう一度開こうとした、その時だった。


「あっの馬鹿……!」


 ――ひっ

 どん、という音。怒りの混じった声。ルナリアのものではあるのだけど、部屋の外にまで聞こえるほどとは、何があったのだろうか。

 

 ――戻ろうかな

 生まれた弱気を、頭を振ってかき消した。引いてどうなると思う。だからノックをして、そのまま扉を開けた。


「失礼します」


 ルナリアの睨むように鋭い眼光が、ルネッタを捉えた。一瞬息が止まる。

 けれども。


「……なんだ、ルネッタか」


 ふにゃり、とルナリアの表情が緩んだ。ほっとする。本当に、心から、安心する。

 変わらず優しい。だからこそ、理由が分からない。


「えと、返却と、次の本を……その、どうかなさったのでしょうか」

「ん……あー……そうだな、お前には言うべきか」


 ごとり、という音と共に、机の上に布に包まれた長い『何か』が置かれた。


「アンジェからの贈り物。お前にあげるよ、あけてごらん」


 なんだろう、と首を傾げる。本を戻して、机に近づきそれを手に取った。

 重い。もちろんルネッタが持てる程度だが。

 布の中から出てきた代物は――長銃だった。


「ああ、なるほ……え?」


 単に用途が済んだので戻ってきた。最初はそう思ったのだが、どうにも違和感がある。木も鉄もずいぶんと綺麗で、まるで新品のようだ。

 背筋に冷たいものが奔る。

 つまり、これは。


「もう作れる、と」

「らしいな。それだけなら良かったで済むんだが」


 ルナリアは、一枚の紙を机に広げた。


「分かるかな。とりあえず読んでみると良い」


 紙はどうやら図面らしい。長い鉄や木を見る限り銃のものだと思うのだけど、ところどころ違っている。

 まず火皿が無い。引き金さえ無い。着火機構が無いのだ。そして――信じられないのだけど――どうやら銃身の根元からぱっくりと中折れるようになっているらしい。まさか後方から弾を詰めるのか。でも強度は。そもそもどうやって発射を。

 

 本体の脇には小さな鉄の筒に、丸い弾を入れるような絵もある。

 書かれた文字。様々な矢印。不可思議な銃。

 ――あ

 少しだけ、分かってきた。


「こ、これって……」

「強度を犠牲に次弾装填までの時間を大幅に削る。同じように弾の構造も、最大の問題となる着火の仕組みを丸ごと無くしたようだ。そして失った要素は――どうやら魔力で補うらしいな。極光石混じりの鋼で銃身を、砕岩灰への着火は持ち手が火を生み出して解決、と」


 ごくり、とルネッタはつばを飲んだ。

 ルナリアが軽く頭を抑えて、。


「要するにこれで、連射が可能な銃の誕生というわけだ。無論今は図面の中の話に過ぎん……が、時間の問題だろうな」


 顔つきは険しく、声音は恐怖を覚えるほどに低い。

 そのまま、彼女は続ける。


「得られるは新たな武器。まさしく時代を変えるかもしれないほどの。だがその結果、本来の予定から大幅にずれることになる。これは――無泉でも戦えるような代物にはならん。今強いものがより強くなるだけの武器だ」


 ルネッタは軽いめまいを覚えた。大砲をあの短期間で作って見せたのも驚いたが、この新しい銃はそんな次元の話ではない。

 こんなものは、人間の世界にも無いのだ。


「どちらにしろ、アンジェの手を借りねば何も出来なかった。後悔しても始まらん。分かってはいるけどね」


 長い長いため息をつくと、ルナリアの顔が和らいだ。


「あげた給料、まだ残ってるかな」

「……え? はい、だいぶ」


 あれ以来使う機会も無かったし、何より相当な金額をもらってしまっていたらしい。欲しいものも、これといって思いつかないのだ。


「じゃあ外で食事して……そうだな、暖かくなってきたし、服でも買おう」

「その、ルナリアさまも一緒に?」

「うん。今日の仕事は終わりというか、新兵しごくのは私がやったらまずいのでね。その分面倒が全部エリスに行くんだけど。書類仕事はジュシュアがほとんど済ませてくれてたし、さらに言うなら今も半数は休暇中。やること無いんだ」


 にこり、と笑う。

 どきり、とする。

 ルナリアと出かけるのは、これが始めてのことだった。

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[一言] あらあら、あらあらあら〜
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