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Elvish  作者: ざっか
外伝二
51/117

王都の片隅で 二


 ニルスは地下室の廊下を走り抜けて、階段を上る。扉のあたりに見張りが一人。横に振るった刃が、音も無く見張りの首を切断した。


「なんだよ……」


 炎が盛っていたニルスの頭が、再び氷で占められた。何しろまともに剣など使ったことが無いのだ。たとえ魔力だけが爆発的に増えたとしても、こうは行かぬ。

 

 ――お前の力だ。存分に振るえ。まだまだ敵はいるぞ

 無論、これは私が流し込んだ力の一部である。とはいえ説明はいらぬであろう。こうした手合い、扱いには注意せねばな。

 

 扉を開けて、さらにニルスは突き進む。長い廊下の床は軋むが、見回りが来るわけでも無い。警戒心が足りぬようにも思えるが、貧弱な、その上片手片足を切り落とした男に脅威など感じるはずも無いか。

 目の前に迫った一際巨大な扉を、ニルスは蹴り開けた。

 

 広い部屋であった。やや擦り切れはいるものの、高価そうなソファー。天井には魔力の光がともっており、幾つもの椅子が転がっていた。

 

 そして。

 当然だが、敵は居た。武器持ちが二。素手が二。そして頭と思しき男が一人に……女が一人。

 女は半裸に向かれて、ソファーに押し倒されていた。覆いかぶさる男もまた上半身をさらけ出している。どうやら事に及ぶ直前であったようだが……はて。

 

 ニルスの凄まじい感情の波が、こちらにまで伝わってきた。なるほど、どうやらこの女、先ほどの娼婦らしいな。

 剣を振りかざしニルスが飛び出すのと、敵が臨戦態勢には入るのはほぼ同時であった。

 

 一人目に正面から突っかけ、斜めに切り下ろした。剣は骨ごとからだを両断し、夥しい血が噴出す。悲鳴に近い恫喝が聞こえる。しかしニルスの精神は灼熱であった。

 二人目を突き殺し、その死体を蹴り飛ばして弾に使う。身動き取れぬ三人目の首を刎ねて、背を向け逃げる四人目を縦から真っ二つにして見せた。


「どうなってやがる……糞」


 そうして頭が一人、残った。

 手には剣。構えは油断無く。なるほど、それなりの腕ではあるようだ。また、そうでなければ頭などやれまい。たとえ弱小組織であろうとも、であるな。

 

 ニルスは待たず、再び正面から突っ込んだ。

 剣と剣がぶつかり合って、見事な火花を宙に撒く。

 鍔迫り合う力は――互角か。さらにニルスへと注げばあっさり勝てそうなものの、そんなことをすれば終わり次第壊れてしまうかもしれぬ。それではつまらぬな。

 

 ――手を貸してやろう

 一声かけて、私は魔力をニルスの剣へと篭めた。黒い靄が刃を包み、刀身が一度漆黒へと染まり。

 そうして出来上がった魔装刃は、頭の剣をあっさりと両断し、そのまま体を通り抜けた。手ごたえすら碌にあるまい。剣を覆った霧は役目を終えて宙に消える。節約せねばならんからな。

 

 心臓から綺麗に割られたごろつき共の頭は、断末魔さえ残さずに死んだ。

 これで残っているのはニルスと――震えて泣く女のみである。


「……ぁ……がぁああああっ!」


 まったくの予想外であった。

 ニルスは剣を振りかぶると、女へ向けて全力で地を蹴ったのだ。精神の揺らぎはますます悪化しているようで、すでに性欲と殺意の区別さえつかぬようである。

 

 ――待て、ばかもの

 私はニルスの体内にある魔力を流動させて、その動きを止めた。

 女。非戦闘員。そして無泉である。これを殺すなどまさに獣の所業、無用な殺戮の極みであろう。そのような真似を喜ぶなど、あの憎き……いや、良い。やめておこう。


「なんで、うご……ああっ! こいつは! こいつを!」


 私の制止を受けても、ニルスはもがき続ける。目は血走り口から泡を飛ばす様は、まさに狂人のそれであろう。無論、私の所為、ではあるのだが。

 魔力の塊をニルスの胸元に集め、ほんのわずか、その心臓へと圧力をかけた。

 

 ――殺すぞ、貴様

 ぴたりと、可笑しくなるほどに動きが止まった。どうやら恐怖は残っているらしいな。

 ――よろしい。貴様にはまだ大事な仕事があろう

 

 私の誘導に、素直に従う。歯の根が少々震えておるがな。ふと見た女の顔は、現状を理解しきれない様子ではあったが……まぁ壊れてはおらぬだろう。

 

 外に出た。

 歪んだ石畳に、ヒビの入った壁。とはいえ生活に支障などあるまい。清掃も行き届いている辺り、これ以上を望むなど贅沢に見えてしまうな。

 

 通りの人影はまばらであるが、こちらを見る目は少なくない。ほとんど全てが集まっていると言い換えるべきか。何しろ抜き身の剣に血まみれの服だ。これで見るなと言う方が無理な話である。

 

 ――なに、すぐに来るさ

 遠巻きに見る住民達の間から、興奮した様子の男が三名。いよいよ兵でも出てきたかと思ったが、どうやら殺したごろつき共の仲間らしい。つまらぬ、が、手持ち無沙汰よりはマシか。

 

 私が声をかけるまでもなく、ニルスは男共へと剣を構えて突っかけた。横に払った一撃が相手の剣ごと胴体を両断し、勢いそのままに二人目を斬り殺す。

 ――おっと

 さすがに三人同時、かつ近距離は面倒であったか。残った一人の刃が、ニルスの腹部に深々と突き刺さった。


「おら、これで……」


 言葉はそこで途切れた。鼻から上が宙に飛んだのだから当然であろうな。

 ニルスは腹に刺さった刃を無造作に掴み、そのまま引き抜いた。負った傷は私が治す。高まる魔力はみしみしと音を立ててニルスを蝕み、その力は目に見えて増していくようである。同時に、心は霧がかかるようにぼやけていく。

 

 悲鳴。怒号。目の前での殺人。住民が騒ぎ――ようやく警備の者共が現れた。

 数は十そこそこ、武装は槍である。質は見て分かるほどに残念であるが、第三市民の区画などこんなものか。

 ――さあいけ。つとめをはたせ

 

 もはやニルスの脳に疑問は無い。促されるままに駆けて行く。剣から血を滴らせながら。

 群れに突っ込んだ。

 一人目を突き殺し、二人目を斬り殺した。三人目の首を掴んでねじ切ると、四人目に投げつけて隙を作る。払い四、踏み込んで五。突如周囲が光り、炎の束が襲い来る。恐怖のあまり味方ごと焼くか、悪くは無いが。

 

 ――恐れるなよ

 炎は空中で霧散した。私の魔力にかき消されたのだ。攻へと使える力は、この通り依り代に大きく左右されるが、防御となれば別なのだ。

 

 残った二人を掃除して、ニルスはさらに駆ける。駆ける。

 既に瞳に色は無い。髪は――見事に銀色である。

 十二地区を抜け、大通りへ。住民の数は急激に増え、もはや群れのようである。とはいえ奴らは兵では無い。ごろつき悪漢の類でもなかろう。必要であらば巻き込むことに躊躇など無いが、進んで殺すこともあるまい。

 

 地区の境を守る兵を殺し、さらにさらにさらにさらに駆けて。


「……!?」


 ニルスは大きく後方に飛んだ。何かされたわけでは無い。向かう先に佇む気配に――最大限の警戒を払っただけである。

 ――はは、これはすごいのが出てきたな。

 

 それは、武器を持った一組の男女であった。

 さきほどのごろつき共を遥かに上回る、まさしく巨漢。放つ魔力自体は並程度といったところだが、隙の一つも無い構えが力のほどを雄弁に語っている。兵数十人分と見てさえ過小かもしれぬな。

 

 そして、こちらだ。

 女である。ひらひらとした、そして太ももまでむき出しのスカートに、なにやらエプロンらしき服まで着ている。これで戦場に出るなど舐めに舐めている、と表すべきであろうが……女の放つ凄まじいまでの魔力が、そのような小言の一切を否定するであろう。

 

 二人とも、手にした剣は漆黒である。男は扱いやすそうな長剣を、そして女は身の丈を超えるほどの両手剣を。

 女――そう、エリス・ラグ・ファルクスだったか。そいつは一歩踏み出すと、隣の巨漢へと声をかけた。


「ここは私がやりますよ。ガラム、あなたは十二地区の境へ」


 巨漢――ガラムは眉をしかめ、怒りを抑えるような声音で返した。


「こいつは、俺が」

「分かってますよ、あなたのことも。だからこそ十二地区へいってあげなさい。こいつ単独とは限らないでしょう」


 一瞬の間に、歯軋りの音。巨漢はまさしく睨み殺すような視線をニルスに向けて――直後に走り出した。

 ニルスの脇を抜けていく。切りかかろうと思えば出来たかもしれぬ。もちろんそんな真似をすれば、直後にエリスの手で真っ二つにされたろうが。

 

 ――さあ仕上げだな

 もはや私の言葉に、大した意識も持てぬようである。長くはあるまい。とはいえ問題無い。今回の『実験』は、どうやら最高の終幕を得られそうであるからな。

 ニルスは正面に剣を構えた。エリスは軽々と両手剣を扱うと、腰溜めに構えた。黒い刃にほんのりと光の筋が通る。

 

 一気に距離を詰めて、上段から打ち込むニルス。しかしそれはあっさりと止められた。反撃の横薙ぎ。受けつつ背後に飛んで衝撃を逃がす。それでもなお、ニルスの全身が確実に軋んだ。

 

 怯みを見逃すわけもなく。

 エリスが地を蹴った。同じく上段から、死を乗せた黒刃が一直線に降りてくる。ニルスは辛うじて剣の腹で捌いた。石畳をバターのように剣が抉る。生まれた隙。突く暇さえなく、エリスの蹴りがニルスを吹き飛ばした。

 

 痛みは既に感じておらぬ。恐怖も混濁の波に飲まれた。全身には余すことなく私の魔力が満ち満ちている。それでも。それでもなお、奴の相手は手に余るか。

 力の差はあまりに明白である。であれば優位となる点を突くしかあるまい。

 

 私はニルスの持つ剣へと、ありったけの魔力を注いだ。黒い靄が覆い、刃がぎしぎしと空間を抉る。魔術の壁では到底防げず、鋼さえも両断する、即席にして極限の武器となる。

 恐れず、怯まず、気にもせず。さらなる一撃を繰り出すエリスへと、ニルスは迎撃の刃を奔らせた。

 

 剣と剣がぶつかり合い、衝撃が周囲に撒き散らされた。

 靄を纏い、まさしく未曾有の切れ味となった剣はしかし。

 ――切れぬ、か。

 エリスの持つ、極黒の両手剣によって、正面から止められていた。刃毀れ一つせず、僅かな歪みも生まれない。

 

 どうやら素晴らしい業物であるようだ。無論、使い手が溢れんばかりの魔力を篭めてこそ、だが。

 なるほど、と私は思う。これで――打つ手は無くなった。

 ――たたかえ

 命じる。応える。引きつったような叫びが、ニルスの喉から漏れ出した。

 

 剣戟は見る見る激しさを増し、もはや周囲の住民には軌跡を目で追うことさえ出来ぬ。それは剣の嵐である。

 風さえ撒き散らしながら斬り合う二人であったが、情勢は既に決しつつあった。受け止め、弾き、そして振るう。互いに有効打は無し。しかしニルスの体は一合打ち合うごとに軋み、私の魔力に耐え切れなくなりつつある命が悲鳴をあげる。

 

 瞬き一つごとに数度。それほどの打ち合いをしながらも、その女、エリスは笑っている。口元は深く裂けるように、目は爛々と輝き狂気さえ帯びて。死の危機にて磨り減るごとに、エリスの鬼気は増し、振るう剣の速度はあがる。

 私は笑いを堪えた。自嘲にしかならぬからだ。

 

 ついには数百に届いた会合の末に、エリスは大きく後方に飛んだ。少々私は疑問に思う。押し切って殺せたはずである。

 エリスは剣を正面に構えて、言った。


「この間のと同じ……つまりは試せるわけですか」


 それは、独り言であったのだろう。しかし聞こえた。聞こえてしまったのだ。私の体は期待に震えた、子供のようにな。

 エリスは剣を正面に構えた。まっすぐ、正面に。

 その剣に何本もの光の筋が奔り――やがてそれは霧となって、漆黒の刃を煌々と包んだのだ。

 

 ――あっは

 真似たか。真似て見せたか。思えば理屈は単純なのだ。精密に魔力を操る技術に、凝固させるだけの魔力量があれば良い。無論、知ったところで滅多に出来るものではないのだが。

 

 エリスが、地を、蹴った。

 もはや何も出来まい。ニルスは剣を掲げる。軌道は単純である。迫り来る刃の正面に、剣を突き出した。

 彼女の振るう黒く、そして黄金色の刃は、ニルスの剣を紙切れのように両断した。

 無論、その先にあったニルスの体を斜めに切り裂くのは当然のことである。

 

 素晴らしい。素晴らしい力だ。欲しい。この女も欲しい。ぜひ、ぜひ。あの女の次に。

 

 ニルスは死んだ。十三地区の隠れた王は、こうして生を終えた。あっけないもの、と私が言うことでは無いな。

 既に死体となったその体には、今だ私の力が満ちている。有る意味では……この瞬間こそが、もっとも自由に操れる、とも言える。

 

 ニルスの体を動かして、顔をなんとかエリスへと向けた。さすがに、胸から下が存在しないのだから、こんな動作すら難儀である。 エリスは笑っていた。声こそ出さないまでも、抑えきれない笑みが後から後から沸いて来ているようだ。それこそ高級娼婦を抱いた少年の如しである。

 

 いやはや、これは見せられまいな。ましてやあの愛らしい人間にはとてもとても。

 おや、どうやらこちらに気付いたらしい。では自己紹介くらいはしなければな。何しろ前回は言う暇さえ無かったのだから。


「……ぁ……」


 ……だめか。既に何もかも壊れているか。私の力も消えつつある。この場に残れるのもほんの数秒といったところ。

 仕方あるまい。伝わるかな。伝わって欲しいものだ。

 そう、貴様らはダークエルフと呼ぶのだったな。

 エリス・ラグ・ファルクス、偉大なる狂戦士よ。

 私はアルティラ。ダークエルフの女王である。




 ああクソ、やはり伝わらぬか。うまくいかぬものだ、まったく。

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