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Elvish  作者: ざっか
第二章
46/117

騒動の締めくくりは


 前は見上げる側だった。

 今度は見下ろす側になった。

 不思議なものだとルネッタは思う。

 

 円形に広がる客席は高い壁によって仕切られており、下には広い空間がある。床は石だが、客席は柔らかで厚い布が被せてあるようだ。

 天井はところどころがガラス張りで、太陽の強い光が幾つもの束になって降り注いでいた。

 

 客席にいる人数はせいぜいが数百だが、皆一様に身なりが良い。このあたりも以前と同じか。むしろ服飾の派手さは以前より上かもしれないけれど。

 つまりここは、闘技場だ。


「意外と集まったもんだなぁ」


 隣に座ったルナリアが、感心したように言った。

 言葉の通りだと思う。何しろ、あの『食事会』から、まだ二日目なのだから。

 

 あの後。

 結局、アスルムは戻ってこなかった。ディアによれば、手勢と共に馬車に乗り込み、逃げるように去ったのだという。

 呼びつけた己の部下に屋敷の片付けを任せて、アンジェはあっさりと自分の宮殿へと引き返したのだ。無論、ルネッタも一緒にだ。

 

 翌朝――手段はさっぱり分からないが――諸侯にアスルムの『悪行』を伝えて回った。当然のように、アスルム側も同じことを、しかも先んじて行っていたようではあるが、さすがに不利なのは向こうだ。

 アンジェ有利なまま、結局主張はすれ違い――となれば、答えを求めるために必要な物は一つだった。

 

 さすがだと思った。

 この闘技場が、王側のそれを上回るほどに美しい建造物であること。そして結局腕力で最後は決着をつけるその生き方を。


「どうせすぐ終わるのに、良く来ますよほんと」


 備え付けの肘掛にもたれかかり、気だるそうにエリスが言う。

 なんでも、この勝負は最初から決まっているようなものらしい。アスルム側に飛びぬけて優れた錬騎兵は居らず、唯一駒足りえたザイルはアレきり姿を確認できない。

 

 それが分かっているからか、アスルム本人はこの場に来ていない。大問題だとルネッタは思うのだが、そのあたりも全て織り込み済みらしい。いわばこれは、アンジェ側に正義あり、と認めさせるためだけの儀式なのだ。


「手早いにこしたことはありませんわ」


 一段上、まさしく王の席からアンジェが言った。ルネッタ達三人は事実上の部外者ながら、友人ということでこんな席をもらえている。正直言えば、視線が痛くもある。

 

 ディアの姿は無い。理由は単純かつ当然のことだ。

 何よりも信頼できる側近が居ないからこそ、ルナリア達を傍に座らせたのかもしれない。

 こほん、と小さく咳払いをすると、アンジェは、


「それでは、霊決を執り行います。等級は一。品は……どちらの言い分が正しいのか、ですわ」


 声は、闘技場の隅々まで響き渡った。張り上げているのではなく、恐らくは風に乗せているのだ。

 ルネッタの時は、等級が三だった。基本的に命を奪わない約束だ。結果は悲惨なものではあったけれど。

 

 今回は一。つまり――どちらかが死なねば、決闘が終わらないことを意味している。賭けの重さを考えれば、仕方が無いことかもしれない。

 ――むしろ。

 大貴族とその諸侯の命運が、たかが二つの命に乗る、という捉え方だって出来る。もちろんアンジェは負けても破滅するわけでは無く、アスルムは仮に勝ってもそれで放免とは思えないけれど。

 

 鋼鉄の門が、ゆっくりと開かれた。

 アンジェの側が送り出したのは、側近であるディア自身だ。柔らかそうな薄い服に、光りを吸い込むように黒い長剣を持っている。歩き方に迷いは無い。

 

 相手は名も知らない騎士だった。鎧は禁止ゆえつけていないが、せめての足掻きが頑丈そうな厚手の服を身に着けている。目に見えて腰が引けているのが気の毒にさえ思えてきた。

 

 開始の合図は、やはり無い。

 一瞬、空に雲がかかり。

 互いが勢い良く走り出して。

 

 結論から言えば、あっさりと戦いは終わった。

 ディアの放った猛烈な初太刀が、相手を縦から真っ二つに切り下ろしてしまったからだ。

 観客も特に驚いた様子も無い。全てが予定調和のように静かだった。

 

 堂々と勝利を謳いあげるアンジェ。ご機嫌とりに現れる複数の貴族。血まみれの夜から――あるいはその遥か前から続いた不穏も、こうして終わりを告げた。少なくともルネッタはそう思った。

 それが間違いだったと気付かされたのは僅か数時間後のことで。

 

 どうやら。

 アスルムが、兵を起こしたらしいのだ。

 



 何もかも、早かったと思う。

 最初から負けることを想定して動いていたアスルムは当然かもしれないが、アンジェの準備には本当に驚かされた。

 

 広々とした道、左右に広がるのは肥沃な草原。真昼の太陽に負けない迫力を、その砦は放っていた。

 門を閉ざし、見張りさえ居ない。全てを拒否するかのような建築物の周囲を、綺麗に矢の距離に入らぬように、アンジェの軍が取り囲んでいた。

 

 数はせいぜい千。少ないとは思うが、何しろ集めたのは霊決の夜なのだ。武装は統一性が薄いながらも十分すぎる質で、統率も取れているようだ。

 昨日の今日で、これだ。もはや異常だとルネッタは思う。

 

 彼らは練団だと、ルナリアは言った。アンジェ直属の兵で無いがゆえにライールの縛りに問われず。それでいて非常時にはあらゆる雑務よりも優先して駆けつける。なんでも町での商活動を黙認するかわりに、こうした事態に格安ではせ参じるのが条件なのだそうだ。


「んー……難しいな。良く考えてるぞあっちも」


 砦を見渡し、ルナリアが言う。彼女は普段の白い礼服を着ている。鎧も無く、剣も持たない。部外者だから、だそうだ。


「見張りさえ出さないのは、もう徹底して篭るつもりだからだろうな」

「でしょうね。挙句あの砦は第十五街道の中継拠点でしたの。食料は腐るほどあるでしょうし、何より一月もあれば次の作物が内部で出来てしまいますわ」

「小樹は中……となれば老大樹からの魔力を丸ごとせき止めるしか無いが」

「戻すのに年単位でかかりますわ。見合いません」

「ふむ」


 黙るルナリアに変わり、エリスが尋ねた。こちらも、普段通りのメイド服だ。


「では、強行突破で短期決戦ですか?」

「そうしたいのは山々、ですが」


 アンジェが、すぅ、と砦の正面を指差した。


「あの門は特別製ですわ。極光石をふんだんに使い、様々な岩石を混ぜ合わせ、さらには高名な魔術師に何重もの防御膜を張らせたものです。魔術は散らされて効果もありませんし、純粋な強度も相当な物です。父の偉大なる財産ですわね。忌々しい」

「それだけじゃないだろう」


 こきり、とルナリアが首を鳴らす。


「言ってしまえば、こんなものは身内同士の痴話喧嘩だ。命を張るにも捨てるにも、あまりに下らず価値も無い。兵達はそう考えて当然だし、その中で無謀な突撃などすれば後にどんな悪影響を及ぼすやら」

「ごもっとも、ですわ」

「しかし、まぁ、それはアスルム側も同じことだが」

「再度言いますが、ごもっとも、ですわ」


 にぃ、とアンジェが微笑んだ。悪魔も逃げ出すと思う。


「本来ここは、砦として使う場所ではありませんの。それは既に遥か過去の話で、今は第十五街道における『宿屋』のようなものでしたわ。物流の中心たるこの場所を抑えたアスルムの見や良し。たとえ己の領地であるとしても、です。わたくしに見過ごす選択肢も、持久戦に訴える選択肢も生まれませんものね」

「そうだな。で……手はあるんだろ、その表情だと」

「もちろん」


 くるくると指先を回して、アンジェは続ける。


「向こうの肝、こちらの難。つまるところは同じですわ。ようするに――あの門。アレが強固であるからこそ、アスルムの篭城は成り立つのです。無理を押して壁をよじ登って攻めれば、こちらの被害は目に見えてかさむ。それは嫌だと考えるわたくしと、ほどほどのところで交渉を……そんなところかしら」


 交渉、と聞いてルネッタは不思議に思った。今更アスルムが多少もがいたところで、良い結果を引っ張れるとも思えないのだけど。

 ――ああ。

 そこまで考えて、答えがなんとなく出てきた。

 なるほど、良い蓋で状況を塞いでいるとはいえ、アスルムにとっては圧倒的に不利な死地に他ならない。これを突破して見せれば――相応の無茶も通るのか。まさしく力を見せたことになるのだから。

 

 同時に、アンジェは何が何でも負けるわけにはいかないのだろう。古老としての示しがつかない。元から微妙な立場なのだから、尚更だ。

 とはいえ。

 彼女の横顔を見る限り、心配するだけ無駄に思える。

 ルナリアが、怪訝そうに眉をしかめた。


「門は頑丈で攻城弓程度じゃ時間がかかる。集団で取り付けばさすがに向こうも手を打つだろうし、被害も出る……まさか、私にぶち抜いて来いとか言わないだろうな」

「あら、やってくれますの?」

「勘弁してくれ。本来ならここに居ることさえまずいんだから」

 

 やろうと思えば出来るのか。つくづく怪物だが、今更すぎる。

 

 アンジェが、歩き出した。

 綺麗に陣を組む集団から、突き出た塊が、一つある。人数は五人か。なにやら黒い布が被せられた、大きな箱のようなものを囲んでいる。

 

 ――あれって。

 一人に見覚えがあった。確かエリスと出かけた時に会った、練団の長だと名乗った美形の男エルフ。名は、ラクシャだったか。

 アンジェが、ラクシャに声をかける。


「準備のほどは?」

「問題ありません、ライール様……しかし、大丈夫なんですかねこれ」

「それはあなたがた次第かしら」

「脅かしますね。まぁがんばりますとも」


 爽やかにラクシャは笑って、黒い布を勢い良く払った。

 ――は?

 絶句、した。

 言葉が出てこないどころか、ルネッタの頭の中は、白一色に染まってしまった。

 

 ラクシャが合図をすると、五人が箱を取り囲んだ。下には車輪がついており、押せば容易く動くようだ。

 凄まじい力で兵が引いていく。あっという間に道を進むと、門から多少の距離を保って止まった。

 

 いつの間にか、正確に表すとルネッタが呆けている間に戻ってきたアンジェが、弾んだ声で言った。


「苦労しましたわ。何よりも強度の確保が大変でしたの。かといってそこを重視しすぎると大きさがあわなくなってしまったり。結局は極光石を混ぜた鉄で薄く作り、足りない強度はラクシャのような優秀な者の魔力で補填する形になりました。あくまで間に合わせ、いずれは補助無しで使えるようにしますけれど」


 ルネッタの肩に、アンジェの手が乗せられた。びくりと体が固まる。兵達は着々と準備を進めていく。


「仕組み、仕掛け、考え方。結局は何よりも大事なのはそのあたりですわね。ねぇルネッタ、あなたには本当に感謝してますのよ」


 両肩に、手が置かれる。耳元で、アンジェが囁く。


「これでルネッタ・オルファノの名は、エルフの歴史に間違いなく残ることでしょう。あなたがそれを望むかどうかは……ふふふ、分かりませんけれど」


 準備を終えた兵達が、箱を細かく動かして、最終的な狙いを定める。

 狙い。

 そう、その箱に乗った兵器を、ルネッタは知っている。

 鉄の筒に弾を入れて、火薬で打ち出す凄まじい威力を誇る兵器――それは、人の世で大砲と呼ばれるものだ。

 

 四人が筒に手を当てた。砲身が黄緑に発光する様は、神々しくさえあった。

 最後の一人が、大砲の背後から手を当てる。

 

 爆音が、草原に響き渡った。

 ルネッタの知る『それ』を遥かに上回る威力で打ち出された鉄の弾は、アスルムの命綱足る門を、紙切れのように破壊した。

 

 アンジェが笑う。

 笑う。

 楽しそうに、楽しそうに。

 肩の手はついに正面まで回り、抱きしめるような形になった。

 笑い声がそこで途切れて、小さな声でアンジェは言うのだ。


「あなたは『とんでもないこと』をしてしまいましたわ。まさか、今更後悔しませんわよね」


 声が出てこない。

 身震いも、抱きしめられたままでは出来無い。

 

 この後、アスルムは本人を殺さぬという約束をしただけで、あっさりと降伏した。

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