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Elvish  作者: ざっか
第一章
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宿で売り込み 下

 ルナリアも、ルネッタも、二人同時にエリスを見た。


「なんだ、居たのかエリス」

「その冗談はまるで笑えません」


 まったくだ、とルネッタは思った。

 彼女はずっと部屋に居た。ルネッタが品物を広げた時から、情けなくも涙をこぼしたついさっきまで、部屋の隅でパンに切れ目を入れる作業を続けていたのだ。

 どうやら一通り終わったらしく、次の行程に入っている。細かく切り分けられた野菜を、素晴らしい手際でパンに挟み込んでいた。

 エリスは手を止めぬまま、言葉を紡いだ。


「要するに、爆発すれば良いわけですよね。製造過程においてでなく、あくまで最後の使用段階において、魔力を必要とせず、熱や火花に反応して爆風を発生させれば良いと」


 魔力、という言葉がさらりと出たが、話の腰を折るわけにもいかない。


「おそらく、そういうことだと思います。その……断言できるほど詳しくは無いんですけど」

「それならば一つ、心当たりのある品がございます。破岩灰、と呼ばれるものです。岩の灰ではなく、岩を砕くための灰。高度な魔術や高い魔力量を持つ者が居らず、それでいて岩を砕く必要のある場所……鉱山などで使われる一種の薬品でございます。高い魔力を持ちながら鉱山労働を希望する者など、滅多に居りませんゆえ」


 エリスはこちらに顔を向けた。


「聞く限りでは、その火薬と呼ばれる代物と酷似していると思われます。ですが破岩灰は製造過程で魔術を必要としております。起こる爆発の規模も、火薬と同程度であるという保証はございません。似ている、であって、まったくの同じ、ではありません。これは小さなことでは無いと私は思います」


 その通りだった。爆発が強すぎれば、銃自体が破裂してしまうかもしれない。もしもそうなれば、ルネッタは死ぬだろう。

 ――だけど。

 元々、火薬は三発分しか持っていなかった。銃本体にしても、一つや二つでは無意味な代物なのだ。火薬共々量産出来て初めて驚異たり得る。

 破岩灰、と呼ばれるもので火薬の代用が出来るのであれば、素晴らしい前進であることは間違い無い。


「少量で試すところから始めれば、大丈夫だと思います。その破岩灰というものは、手に入れるのは大変なのですか?」

「いいえ。ある程度大きな町であればごく普通に買えるはずです。製造工程も単純です。その気と時間さえ許すのであれば、私でも作れます」

「でしたら明日の朝にでも町で買って頂けると……」

「必要ありません」


 ぴしゃりと言い切ったエリスに、ルナリアが口を尖らせて抗議の声を上げた。


「なんでだ」

「団長……そもそも私達は、なぜこの町に居るのですか。これからどこへ、何をしに向かうのですか」

「んぁ」


 思い出したのか、彼女の口から奇妙な音が漏れた。

 後ろ頭に手を当てて、舌を出す。そんなルナリアを、しかし冷たい目でエリスは見ると、


「あざとすぎます。まるでかわいくありません」


 一刀両断だった。

 それが面白くなかったのだろう。露骨に不機嫌そうな顔をして、ルナリアは言った。


「だいたいかやくの代わりが頭に浮かんでいたなら、さっさと言えば良いんだ。私も激しく落胆しないで済んだし、何よりルネッタが可哀相だろう」

「私はパンを刻む作業で忙しかったですし、何より話が盛り上がってましたでしょう」


 エリスにはこれっぽっちも悪びれた様子が無い。

 ――本当に侍女なんだろうか。

 自分の常識で、彼女達を測ってはいけないことは分かっているけども。

 彼女がこちらへとやってきた。手には大きなトレーを持っており、上には大量のパンが乗っている。


「その辺り、片付けてくださいますか」


 ルネッタは、慌てて本を一カ所に纏め、銃はテーブルに立てかけた。開いた空間にトレーを置くと、エリスもソファーへと腰掛ける。


「この町から歩いて数時間の距離に、我が第七騎士団直轄の鉱山がございます。そこの視察こそが、今回の目的なのです。出発は明朝。事前に連絡はいっておりますし、豪勢な昼食を用意してくれるという話にもなっております。その時に破岩灰も調達してもらえばよろしいでしょう。これで解決ですね。さあ食事です」

 

 一息で言い切った。素直にすごいとルネッタは思う。

 ルナリアはそれでもどこか納得がいかないらしかったが、やがて諦めたのか、山と積まれたパンを手に取った。

 がぶり、と豪快にかじりつく。

 ――なにも、しないんだ。

 

 食事前に手を合わせる。あるいは拝む。もしくは長い祈りの言葉を捧げるなど、その他幾つかの『儀式』をルネッタは見たことがある。いずれも宗教的なものであるはずだが、即座に食いつくのは珍しいと思った。それも、彼女のように間違い無く高い地位を持つ者が行うのは、一層の違和感がある。

 異文化とはこういうものか。

 しばらく彼女の食事の様子を見つめていると、エリスから声をかけられた。


「食べないのですか?」

「え、と……良いんでしょうか」


 当たり前でしょうと言って、エリスもパンを掴んだ。

 山から一つ、パンを手に取る。綺麗な小麦色をしていた。感触は柔らかく、保存用の堅く安いパンとは大違いだ。

 中央には深く切れ目が入っており、中には葉物が詰め込まれている。なんの野菜かは分からないけれど、瑞々しい緑色がとても綺麗だった。

 食べた。

 見えなかったが、奥には何かの肉が隠れていた。感触からすると鳥だろうか。少しの塩気に酸味。柔らかい食感。葉の水分。


「……おいしいです」


 心からの言葉だった。エリスは目を閉じて小首をかしげる。口元は満足げに微笑んでいた。

 ――そういえば、もう丸一日まともに食べてない気がする。

 雪山を越える前は、まずい麦粥を一杯だけ。背嚢には味のしないビスケットと石のようなパン。命と引き替えでも無ければ食べようとさえ思えないものだ。

 

 一度考え出したら、恐ろしいほどお腹が減ってきた。

 大きな口を開けてかじりつく。少し引っ張るだけでちぎれた。おいしい。本当にそれしか感想が出てこない。

 喉に詰まった。


「けほっけほっ……んぐ……」


 苦しむルネッタの前に、とん、と透明なコップがおかれた。急いで手に取る。水はとても綺麗に見える。

 流し込んで、息を吐いた。


「ありがとう、ございますっ」

「沢山作りましたから、そんなに焦らなくても無くなりませんよ」


 エリスは穏やかにそう言ったが、ちらり、と視線を送ると、


「……訂正します。急がないと無くなるかもしれません」

「んむ?」


 口いっぱいにパンを詰め込んでいたルナリアが、何事かと顔を向けた。

 パンは決して小さくない。ルネッタの手のひらより大きいくらいだ。それを確実に三口で平らげていく様は、豪快を通り越して爽快の域だった。

 ――あの体のどこへ入るんだろう。

 全部胸に行くのだろうか。そう考えても尚凄まじい量だと思う。

 ごくり、と大きな音を立てて、ルナリアは口の中のものを飲み込んだ。

 微妙に目線を逸らしている。恥ずかしそうにも見える。


「いや、これでもぜんぜん足りないんだけどね」

「もちろん存じております。ですが、明日の昼までは我慢してください」


 小さく頷いて、ルナリアは食事を再開した。

 どうやら単なる大食いというわけでも無さそうだった。何か、理由がある。なんとなくそう思う。

 トレーが見えないほどに重ねられていたパンの山は、気づけば綺麗に消えていた。

 

 当然のようにルナリアがもっとも多く食べたが、エリスもかなりの量を平らげていた気がする。

 ルネッタは三つ食べた。それだけで苦しいほどの満腹感がある。

 コップの水を一気に飲み干して、ルナリアが立ち上がった。


「さて、明日は早い。さっさと寝るかね」


 エリスが、ちらりとルネッタを見た。


「彼女の部屋はどうしますか」

「そんなもの、ここで寝れば良いだろう」


 エリスは眉をひそめて沈黙する。ルナリアが続けた。


「すでに部屋を二つ取ってるんだ。この時間からさらに上部屋を一つなんて無理だろう。安宿にでも放り込むのか? 鍵の出来も怪しい。個室すら無いかもしれない。何かの拍子で入り込まれ、人間だとバレてしまえば大騒ぎだぞ」

「それは、そうですが」

「あるいはエリスの部屋で一緒に寝るか?」


 じろり、と。射貫くような鋭い瞳が、ルネッタに向けられる。

 身が竦むのを、ごまかせなかった。

 それを見て取ったルナリアは、大きく鼻を鳴らした。少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。


「ルネッタ自身が嫌だとさ。怖いって」

「む」


 ルネッタは慌てて手を振った。


「そ、そんなことはありません」


 声の調子からして、無理をしているのが見え見えだった。

 含み笑いを漏らすルナリアに、エリスはますます眉をしかめる。

 

「……ならば、荷物は私が預かります。銃もです」

「なんだ、そんなこと気にしてたのか」

「よろしいですね?」


 視線には、有無を言わせない強い意志が含まれていた。

 断れるはずも無い。ルネッタは大きく頷いた。

 銃から火薬を抜いて、弾と一緒に紙で被う。しっかりと全体に布を巻き、本と一緒に背嚢へと突っ込む。

 当然だが、相当に重い。肩に食い込む紐の感触は、嫌と言うほど残っている。

 ひょい、と。右手一本であっさりと背嚢を持ち上げると、エリスが席を立った。

 隅に置かれた剣を回収、そのまま扉まで歩き、振り返る。


「では、明朝。寝過ごさないでくださいね」

「お前が言うか。いっつもいっつも昼過ぎまでぐーすか寝息立ててるのは誰だと思ってるんだ」


 ルナリアの言葉にかすかに口元を震わせたが、結局特に言い返すことも無く、エリスは部屋から出て行った。

 ルナリアが大きく伸びをした。


「いやぁ、二人きりになったなぁ」


 声音は軽い。冗談で言ったのも分かる。けれども巧い言葉が返せずに、ルネッタは下を向いてしまった。頬が少し熱い気もする。

 彼女は特に気にした様子も見せず、ベッドへと向かった。


「どっちにする?」

「え?」

「右か左か。そこそこ大きいベッドだけど、二人で大の字になれるほどじゃないだろう」

 

 ぶんぶんと、ルネッタは盛大に首を振った。


「わ、わたしはソファーで寝ます。ソファーで大丈夫ですっ」

「なんでまた。一緒は嫌か?」

「嫌なんてことはまるでなくてその、なんというか……お願いですから、ソファーに寝させてください」

「……ま、本人が良いなら良いけどさ」


 ――友達くらいに考えてくれて良い、か。

 さっきもらえた言葉は、ルネッタの胸の奥にまでしみこんでいた。流した涙に嘘は無い。腕の感触も伝わってくる体温も、まだしっかりと覚えている。

 今同じベッドで寝ようものなら、何をするか自分でも分からないとルネッタは思った。そういう『趣味』は持ってないはずなのだけど。

 

 ――いえその、弾みで体に触った挙げ句、反射的に飛んでくるかもしれない拳が怖いというのも、無いわけでは無いです。

 言葉には出せなかった。とはいえ、ルナリアに全力で殴られたら自分なんて消し飛ぶんじゃないかという怖さはある。

 ルナリアが服を脱ぎだした。思わず凝視してしまったが、彼女は特に気にするそぶりも見せず、端からベッドに放り投げている。

 上下に薄い布が一枚づつ残っているだけになった。白い太股が、とても綺麗だ。


「寝るときはあまり着たくないんだ。部屋を少し暖かくするぞ」


 彼女は壁に近づくと、手を当てた。その部分だけ周りと色が違う。灰色に、赤い線が幾つも奔っているのだ。

 彩っていた赤が、一瞬強く輝いた。


「あの、それは……?」

 

 当然の疑問だった。

 ルナリアは嫌な顔一つせず、説明を始める。


「暖石、とよばれるものでね。注がれた魔力を熱に変える。一度暖めれば長いこと持続するから、暖房器具としてはこれ以上無いほどの品と言って良い。床や壁、あるいは建物全体に埋め込まれていて、あとは定期的に魔力をくれてやれば、雪にも負けない宿の完成というわけだ」


 彼女はゆっくりと石を摩った。


「とはいえこうした温度調整用の飛び石があるのは、貴族や金持ちが止まる上部屋だけだね。不得意な平民に好きに弄らせると事故の元になるかもしれない。魔力調整の下手な貴族なんて、珍しい存在であることは確かだから」


 もっとも、と続けて、ルナリアは片眼を閉じる。

 

「宿一つ燃やせるほどの魔力を暖石に注げるなら、それは立派な才能と言えるんだけど。貴族どもの見栄やプライドの現れみたいなものさ、この飛び石ってのは」

「あの、もしかして外の道路に雪が積もっていなかったのも――」

「そうだよ。町の至る所にあると思ってくれて良い。そこまで肌寒く無いのも、この石のおかげだな」

 

 石に魔力を注ぐだけの仕事もあるよ、その日の食事代くらいにはなる。そう言って彼女は壁から離れた。

 まるでおとぎ話だと、ルネッタは思った。嘘をついている様子も無いし、現実に部屋は暖かさを増した。

 ――今更か。

 その『夢の石』を説明しているのは、金髪長耳のエルフなのだ。おとぎ話などと言い出すのであれば、まず彼女こそが渦の中心になってしまう。


「……毛布は一枚しか無いのか」

「あ、大丈夫です。外套を被って寝ますから」


 ルナリアは何かを考えるように顎に手を当てると、白いものを掴み、ルネッタに投げた。

 慌てて受け取る。どうやら彼女の着ていた外套のようだ。


「怪我より風邪のほうが治すのが面倒なんだ」


 ちゃんと使えよと言って、彼女は天上に手を翳した。


「明かり、減らすぞ」


 ルネッタが頷いたのを確認すると、ルナリアはそっと右手を握りしめた。

 昼間のように部屋を照らしていた光は、嘘のように消えてしまった。残ったのは真ん中の一つだけ。薄い赤色が、あたりを優しく包んでいる。

 これも魔力なのは分かる。けれどルネッタはもう質問しなかった。


「おやすみ」


 一言告げて、ルナリアはベッドに入りこんだ。

 ――わたしも寝よう。

 疲れては、いる。

 激動の一日だった。十九年の人生のうち、今日ほど新しいものを見た日は無いだろう。体験をそのまま話しても、誰も信じてくれないだろう。

 

 心細さはあった。不安も恐怖も残っている。

 それでも、心のどこかに、ほんのりとした暖かさがある。

 それが、とても、心地よかった。

 自分の外套は着込んだ。そのままソファーに横たわり、ルナリアの外套を体にかける。

 彼女の、匂いがした。

 

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