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Elvish  作者: ざっか
第二章
36/117

休日 一


「決めねばならない大切なことがあります」


 やたらと真剣な顔で、エリスは切り出した。

 風呂から上がり、軽い食事も済ませた。もう後は寝るだけという時間だ。

 

 借りた白い寝巻きは妙に下が短く、胸元はスカスカになってしまう。同じ服を着ているエリスは若干窮屈そうなあたり、互いに基準軸からずれているのだろうと思う。ちなみにというわけでも無いが、相変わらずルナリアは下着一枚のみだった。

 

 ふかふかの感触をお尻で味わいつつ、それにしても広いベッドだとルネッタは思う。

 足を投げ出し、だらりと座るルナリア。隣にちょこんと膝を抱えてルネッタ、正面に中腰で乗り出すようにエリス。こうして三人が占拠しているわけだが、まだまだ空間には余裕がある。それこそ十人寝れるほどだ。


「いってみ」


 気だるそうに、ルナリアが返事をした。何を言い出すか、大体想像はついている、そんな顔をしている。

 さらに身を乗り出して、エリスは言った。


「誰が! どこで! 寝るかですよ!」


 沈黙に、ため息。ルナリアはひらひらと右手を振った。


「この広さだ。てきとーでいいだろそんなもん」

「ダメです」


 すぱりとエリスが断言した。


「流れに任せて寝て起きれば、私だけのけ者にされてる絵が目に浮かぶようです。だからダメです」

「……そんなわけあるか」


 ちらりと、ルナリアがこちらを見た。


「ルネッタはどうしたい?」

「え、と……」


 返答に困る。ものすごく、困る。選べというのか、あるいは――


「私が中央! ルネッタは左、団長は右! 無論寄り添ってくださいね。せっかくの休みなんですから」


 胸を張ってエリスは宣言する。

 正直なところ、ルネッタに異論は無い。三人離れてすやすや寝るより、どちらかの胸に包まれていたいとは思う。思うが、さすがにそれを言い出すのは恥ずかしすぎて不可能だ。どっちが良いかと選ぶのも不可能だ。

 

 こうしてエリスから申し出てくれるのはありがたい気もする。我ながらなんと小ずるい。

 ルナリアはしばらく首を傾げていたが――やがてにやりと笑った。

 

 四つんばいのままずりずりとベッドを移動する。美しいお尻がふりふり揺れる。

 背を向けたまま、彼女は言う。


「別にそれでもいーんだけども、さくりと通すのはシャクだよな」

「……いえ、良いなら通してくれてまったくかまいませんが」


 エリスの返事を気にした様子も無く、ルナリアはベッドの隅にたどり着くと、小さな木の棚を開けた。ごそごそと中をさぐり、あったあったと一言告げる。

 彼女は背を向けたまま、何かを背後へと放り投げた。手のひら大の『木箱』は綺麗な放物線を描いて、エリスの元にやってくる。

 

 ルナリアがずりずりと戻ってきて、ぺたんと座り込んだ。

 彼女が言う。


「これは一勝負だろ。せっかくの休みなんだから」

「こ……これで、ですか」


 苦々しく顔を歪めて、エリスが答えた。明らかに狼狽している。珍しいとさえ思う。

 小さな箱をベッドにおいて、フタを開ける。中には――


「カード?」

「そう。トゥーヌという遊び道具でな、確か発祥はここ、ライールだったか。大抵は金をかけるんだが、今回はいらんね」


 束となったカードを、エリスがさくさくと混ぜている。特に意味の無い、単なる手遊びなのだろう。

 それにしても、と思う。


「ルールを説明するぞ。なに、そこまで難しくは無いし、ルネッタに合わせてゆっくりやっていくから大丈夫」


 優しく微笑んで、ルナリアが説明を始めた。

 山札が五十二。手札が五。絵柄を合わせて役を作り、その強弱で勝負する。掛け金を乗せるか、勝負を受けるか、そのまま引くか。その駆け引きが大事な遊び、らしい。

 

 ――これって。

 本当に、似ている。

 もちろん、差異はある。ルネッタの知るこの手のカードゲームは、山札は四十だったし手札は三だ。掛け金周りの攻防も遥かに単純だったように思う。

 

 それでも、不自然なほどに似ている。まるでどちらかが元であるかのように。


「どした?」

「えっ? あ、いえ、大丈夫です。聞いてます」


 意外と、誰の考えでもたどり着く先は同じ。そんなこともあるのだろうか。

 ルナリアが手を差し出すと、エリスは素直にカードを渡した。


「じゃ、私が親。チップはこれ。上限は三で」

「……ちなみに、団長が勝った場合はどうなるんですか?」

「内緒。ルネッタは大丈夫か?」

「はい。なんとか」


 自分が勝ったらどうしようかとは、あまり考えていない。二人に挟まれて寝るのが幸せの極致であることは簡単に分かるが、さすがに言えない。


「くばるぞー」


 三者三様の表情のまま、寝場所確保の遊戯は始まったのだった。






「ふぐぬぬぐぬぬぐ……」


 唸っていた。表情はまさしく悲壮感で塗りつぶされており、目には涙さえ見える気がしてしまう。さすがに最後のは錯覚だけども。


「次で空だぞーエリス」


 にやにやと、意地悪くルナリアは笑っている。

 結論から言うと、ルナリアの圧勝だった。より正確に言うならば、エリスの一人負けなのだ。

 

 なにしろ表情に出る。手札の良し悪しが全て顔で分かるのだ。大小さまざまな嘘を交えて圧倒するルナリアに対して、それはあまりに致命的な弱点だった。

 

 ――意外だなぁ。

 普段の印象からすれば、むしろ逆になるかと思っていたのだ。

 もちろん、本来エリスは良く笑うことは知っている。ルナリアが、必要であれば幾らでも表情を作れることも。

 それにしても、この大差とは。

 

 ちなみにというわけでも無いが、ルネッタのチップはほとんど変動していない。表情を読むことなど最初から全て諦めて、手札がよければ行く、ダメなら下がると繰り返しただけだ。ルナリアも、どこか遠慮してそんな分かりやすい自分を食いにこなかった。それも大きな理由だろうとは思う。


「勝負、します!」

「そりゃ乗せる弾が無いしな」


 二人同時に、ベッドにカードをさらりと広げた。


「戦槌の三揃い!」

「私も同じ三揃い……が、こっちは大樹。ざーんねんだったなエリス」


 こてん、と。

 姿勢はそのまま、エリスは器用に横へと倒れた。


「ううぅぅう……ひどい。私がこの手の勝負が苦手なのを知っててこの仕打ち」

「負けてから言うなよと」


 呆れたように返すルナリアだが、どこか楽しそうでもある。


「どうするかなー。どうしようかなー」


 もはや表情に悪意さえ感じる。


「これで、ひとり……私は、ひとり……無情です……」


 呟くエリスは倒れたまま、もぞもぞと揺れている。表情は明らかに気落ちしており、ルネッタが保護欲に駆られるほどに頼りない。

 演技、かもしれない。というか半分はそうだろうと思う。

 

 そのあたりを大幅に差し引いたとしても――ぞくりと背筋に何かが奔るほどに、今のエリスは可愛く見えてしまった。普段との差というものが如何に強烈なのか、まさに今実感しているところだ。

 思わず、ルネッタは動いた。エリスの傍まで這いずる。近くにぺたりと座りなおす。


「ルネッタ……?」


 見上げてくる。顔が横向きなのでその表現が妥当かは分からない。一つ確かなのは、犯罪的に可愛く見えるということだけだ。

 なんだか言葉も思いつかないので、投げ出された手をそっと握って見る。


「あ……あはは」


 笑った。心臓が跳ねるかと思った。


「優しいですね」


 エリスが妙に素早く動いて――あっという間に、膝枕の体勢になってしまった。

 以前してもらったことはある。そしてするのは始めてだ。

 伝わる重さ。肌の感触。たまらない、と思う。


「良い匂いがしますね、ルネッタは」

「そ……その言い方はすごく恥ずかしいです……」

 

 顔が熱い。どこか体も熱い。言葉の所為、だけでは無い気がする。


「……これはあれか、要するに私の負けか」


 なんとも言えない表情で、ルナリアが言った。

 ――あ。

 まずかった、だろうか。ほとんど衝動に任せてしまったのだけど。

 けれどもルナリアは――優しく、本当に優しく微笑んで。


「ルネッタが真ん中だな。それが一番丸く収まる」


 ――え、と。

 ある意味勝った、のか。

 下を見る。エリスと目が合う。何かに引かれるように、手を伸ばして――そっと、彼女の頬を撫でて見る。

 エリスは気持ちよさそうに目を細めて、小さく吐息を吐き出した。

 ――こんな感じなんだ。

 ふわふわとした何かが体の中に広がって、息苦しいほどなのに、不快感は少しも無くて。


「もうすこし」


 エリスが、そっと呟いた。


「いえ……休み、ですしね」


 この場が三人でよかったと、ルネッタは思考の片隅で、そんなことを思った。






 目が覚めると、一人だった。

 既に日は高く、大きな窓からは輝く日光が部屋に降り注いでいる。気温はほのかに暖かく、二度寝の誘惑が強く体に巻きついてくる。

 

 ――おきないと。

 もう少し、ああもう少しという欲を振り切って、ルネッタは上体を起こした。

 

 ――きのう、は。

 結局三人寄り添って、柔らかくて、暖かくて、むしろ暑くて、でも気付けばあっさり寝てしまって。

 で、今一人なわけで。


「うぅー」


 呻く。そして動く。はっきり言えば寂しいが、子供じゃあるまいしとも思う。

 テーブルには、冷たい飲み物に軽めの食事まで用意されていた。食べて、飲めば、さすがに目も覚める。

 

 ――なにしよっか。

 休み、らしい。そういわれても困ってしまう。


「……あれの続きでもしよ」


 部屋の隅に固めて置いてある荷物から、本と紙を取り出した。食器を片付け、テーブルに広げる。

 前に進めたあたりまでページを広げて、気合を入れた。思ったよりも、疲れるものなのだ。


「るーねったっ」

「ひぃいい!?」

 

 ひょこ、と目の前に、突然エリスの顔が現れた。服装は、いつものメイド服になっている。


「……幾らなんでもその反応はどうかと思いますが」

「だ、だって、その……」


 普通に登場できないのだろうか。これも一つの楽しみなのは分かるるのだけど。

 エリスが小さく首を捻る。


「何してるんですか?」

「ええと、ですね」


 言ってしまえば単純な話で、要するに字を覚えているのだ。

 音は同じ。意味も同じ。違うのは形だけ。とはいえやはりとっさに理解するのは中々に難しい。だからこうしてコツコツと、照らし合わせながら本でも読んでいるわけだ。ついでにこちらの国の知識にも触れられるのだから、有意義の極みだと思う。

 エリスは――なぜか、眉をしかめている。


「はぁ……真面目ですねぇ」

「そう、ですか?」

「まー本人がしたいなら止めませんけども。ところで……団長は?」

「いえ、わたしも今起きたばかりで」


 ぴょこりとエリスの長耳が動いて、扉のほうへと首を向ける。


「ちょうど良いみたいですね」


 扉が開く。金の髪をさらりと流して、ルナリアが戻ってきた。こちらも、普段の白い礼服だ。


「おー起きたな。じゃあ――」

「団長」


 エリスが言葉を遮った。


「どした」

「これを」


 小さな『石版』を、エリスは懐から取り出した。ルナリアが手招きしたからか、その場で放り投げる。

 受け取ったルナリアは部屋の隅に置かれていた『ガラスの棚』へと近づいた。中にはたっぷりと水が詰まっている。単なる装飾品だと思っていたのだが。

 

 ぽかりと開いた隙間に、ルナリアが石版を差し込んだ。大きさはまさに丁度良く、どうやらこのためにあるらしい。

 かすかに光る指先で、そっとなぞる。恐らく魔力を通したのだろう。

 中に詰まった水に――光で出来た文字が、浮かび上がった。


「……なるほどな。アレが特別じゃなかったわけか」

「そのようです。境界際の盗賊騒ぎが、この半年で四件。それら全てにアスルム側は不干渉を決め込み、結果ライール側が秘密裏に討伐をした、と」

「……ふん」


 ルナリアが、くしゃりと頭を掻いた。


「誰が悪いのやら、元凶なのやら」

「いずれにしても、次の食事会、穏やかに済むかは怪しいものですね」

「そりゃそうだ、てところか」


 くるりと振り返り、ルナリアがこちらまでやってくる。


「ルネッタ」

「なんでしょう?」

「手を出しなさい」


 はて、と思う。言われたからには出すのだけれど。

 差し出した手のひらに、ルナリアが小さな布袋を置いた。それなりに重い。


「お前に給料をやる」

「……え? えええ?」


 言われてみれば、布越しの感触はまさに硬貨だ。


「い、いただけません! わたしはまるで役に立たないどころか、迷惑ばかりかけて――」

「あぁもうそういうのはいいから」


 返そうとした手を、逆に押し留められてしまった。


「お前もとっくにうちの一員なわけだし、酷い目にもあったし苦労もしたしで、代価を受け取る権利はある。だから素直にもらいなさい。反論はダメ。絶対に許さない。分かったか?」

「う……はい」


 もちろん、ありがたい。もらって嬉しくないはずが無い。

 けれども、どこか申し訳ない気持ちのほうが強かった。


「いいではありませんか」


 言葉、同時に柔らかい感触と、暖かさ。背後から抱きしめられて、いつものように頬ずりされる。


「こうして私達の心を癒す仕事を、懸命にしているのですから」

「……そ、そういうものですかね」


 頷くかわりに、エリスは上下に二回、頬を擦り付けて、


「ところで団長。私の分は?」

「あるかそんなもん……と言いたいところだが、実はある」


 皮袋を、嬉しそうにエリスは受け取った。


「ちなみにどっちもアンジェがくれたものだ」


 一瞬、エリスが固まった。


「……いえ、さすがにここはありがたく思うべきですね」

「そりゃそうさ」


 ルナリアの視線が、再びこちらに向けられた。


「というわけで、本当の意味で今日は休暇だ。こうして資金も手に入ったわけだし、せっかくだから街でも見てきたらどうだ」

「ええと、いいんでしょうか」


 彼女は頷いて、ちらりとエリスを見る。


「二人で行ってくると良い」

「団長はどうするのですか?」


 小さく息を吐いて、ルナリアは言った。


「アンジェの相手だ。今日は丸一日付き合わされる気がする」

「む」


 エリスの手がするりと解けた。彼女は足早にルナリアの傍まで行くと、両肩をがしりと掴んだ。


「間違いだけは、起こさないでくださいね」

「……その言葉、そっくりそのままお前に返してやる」


 じとり、とルナリアの瞳がエリスとルネッタを行ったりきたりする。言葉の意味は――まぁ分からないでも無いのだけど。


「エリス」

「分かっておりますとも。いらぬ喧嘩はしません」

「違う」


 硬い声。不思議そうに首を傾げるエリス。

 ルナリアが、じ、とこちらを見て、


「ちゃんと守れよ」

「……無論、です」


 ふう、と彼女は肩の力を抜いた。


「厳密に言うと、ルネッタの市民権はこっち側じゃ使えないんだ。が、そこはアンジェになんとかしてもらえる。まさか官憲に捕まることも無いだろうし、安心していい。ああそうそう、ちゃんと金は自分のために使えよ。約束だぞ?」


 頷いてから、実感する。

 制約も無くエルフの街を歩くのは――これが始めてなのだ。

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