表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Elvish  作者: ざっか
第一章
3/117

宿で売り込み 上

「で、撃てませんと」

「はい……」


 呆れたようなルナリアの声に、ルネッタは力なく応えた。

 宿屋の一室だった。分厚い絨毯が敷き詰められ、壁は白く磨き上げられている。大きな窓から見える空はすっかり暗くなっていたが、室内は昼間のように明るい。正体の想像すらつかない、幾つもの不思議な光源が、部屋の隅々までを照らし出していた。

 

 暖炉の一つも見当たらないが、中は暖かい。皆、外套は脱いでいた。

 豪奢な皮のソファーが四つ。その中央に置かれた立派なテーブルに、ルネッタは『長い棒』を置いた。

 木と鉄で出来た無骨な棒は、人間の世において、マスケット銃と呼ばれる兵器だった。

 

 火薬によって鉛の塊を撃ち出す『それ』は、弓を駆逐し、騎士を馬から引きずり下ろし、戦争の形を塗り替えつつある。戦史に残る発明であることは間違い無い。

 ただそれも、きちんと撃てればの話だ。

 弾の出ないマスケットなど、粗悪な棍棒以下の代物であることは明白だった。


「何がダメでそうなってるのかな」


 落胆を隠そうともしない声色で、ルナリアは言葉を紡いだ。ソファーに深く腰掛けて細い脚を組んだ姿は、不思議な威厳に満ちている。たとえ表情が、おもちゃを取り上げられた子供のようであってもだ。

 失敗の気まずさに小さくなって、ちょこんと座っているだけの自分とは大違いだとルネッタは思う。


「たぶん火薬が湿気ってしまったのです」


 絞り出すように発した声は、少し震えていた。

 

 

 発端は、ほんの僅か時を遡る。

 商人、と銘打ったからには商品を見せなければいけない。宿屋にたどり着いてすぐ、ルネッタは背嚢をひっくり返すと、中身をテーブルへと並べていった。

 

 銃を袋から取り出して、やや大げさな口上と共に説明を始めると、ルナリアは驚くほどの食いつきを見せた。

 それは大はしゃぎという以外に表せないほどで、いきなり部屋の隅にあった木箱を指さすと、あれに一発ぶち込んでみろ、と言い出したのだ。

 

 断るべき理由など掃いて捨てるほど存在したが、キラキラと光る瞳には何を言っても無駄に思えた。

 期待にはち切れそうな表情をしたルナリアの横で、火薬を込め、弾を入れ、狙いを定めて、引き金を――引いた。

 かちん、という無機質な音が、静かな室内に響き渡った。

 それだけだった。

 

 何度か試すも、一向に発射される様子は無い。やがて諦めたのか、ルナリアは心底残念そうな表情のまま、ずるずると足を引きずってソファーへと向かった。

 どかり、と腰を下ろして、とても大きなため息をつく。

 そして冒頭に繋がるわけだ。

 

 

 雪山を越える時点で無茶だったという話ではある。しかし決定打は風呂場の湯気だとルネッタは思う。

 とはいえ口に出せることでは無い。命を救ってもらった身、そしてこの瞬間は客なのだ。

 心証を悪くするような発言は命取りだった。

 

 ――ど、ど、どうしよう、どうすれば。

 ぐわんぐわんと視界が回る。取り繕う言い訳すら、一つとして出てこない。

 商談失敗なんていう甘いものでは無い。ここはエルフの国で、ルネッタは人間だ。仮にルナリアから不要だと判断されれば、待っているのは無残な死のみだった。最悪、彼女の手で直接――

 

「なにがなんだか良く分からないけども、使えないものはしょうがない。そんなに怯えることも無いよ。それに……品はまだあるんだろう?」


 よほど自分は情けない顔をしていたのだろうか。ルナリアの声には、泣く子をあやすような穏やかさがある。

 こんなにも露骨な失敗を、あっさりと許されたのは初めてだ。目頭がじわりと熱くなる。

 軽くこぼれかけた涙をどうにか押さえて、ルネッタはソファーから立ち上がった。

 高く積み上げられていた品を、一つ一つテーブルへと並べていく。


「これは……書物か」

「はい」


 ルネッタは頷いた。こほん、と一つ咳払い。


「当然ご存じのこととは思いますが、我ら人間と貴方方エルフは、異領協定によって接触を禁じられています。国境を越えれば即断罪。刑罰は死刑のみ。およそ千五百年昔に作られたこれらの協定に加え、不可思議な海流と荒れ狂い止まぬ吹雪の所為で、我らは一切交わることなく、果てしない時間が流れ過ぎていきました」

「まぁそうだな。私もルネッタが初めて見る人間だ」

「そうして積み上げられた年月は、実に千と五百にも上ります。人が何十代と移り変わるほどの時間です。無数の王朝が生まれ、数え切れないほどの発明が為されました。それは道具であり、あるいは兵器であり、そして新しい宗教でもあり――何よりも思考そのものであります」


 ルネッタは本の表紙を摩った。造りは豪勢で、厚さも相当なものだ。


「これは我が国とその近隣諸国における農耕の歴史や技術を記したものです。こちらは政治の仕組みや、その移りかたを。これは主に法律の成り立ちを。そちらは丸々一冊軍事関係ですね。現在使用されている兵器や、その運用方法までもが詳細に書かれております」


 残りの数冊にも説明をつけて、ルネッタはルナリアの瞳を見つめた。


「わたしは無知な小娘に過ぎません。ですがこれらの著者は本物の賢人であると断言できます。そして彼らもまた、数多の知恵と知識を本という形に纏め上げたに過ぎないのかもしれません。真に偉大なのは個ではなく、積み上げた知、そのものであると言って良いのではないでしょうか」


 視線は逸らさず、ルネッタは続ける。


「千五百年です、ルナリア様。石さえ朽ちかねない長い時を、我らは交わること無く過ごしました。エルフの文化を、我らは知りません。また、逆も然りであります。相手を知らぬ、という世界において、これらの本は同量の金よりも貴重なものだと、わたし、ルネッタ・オルファノは考えます」


 ルネッタは大きく息を吐いた。言うべきことは全て言った。これで駄目ならば――もう何も残っていない。

 ルナリアがゆっくりと、本に手を伸ばした。

 重い本だ。しかし当然というべきか、彼女はお茶菓子でもつまむような気楽さで持ち上げると、中身に目を通し始めた。

 数ページほどめくったところで、ぽん、と音を立てて本が閉じられた。

 びくり、とルネッタの肩が上がる。駄目だったのか。気に入らなかったのか。


「ルネッタ」

「ひゃ、ひゃい」


 裏返った声で返事をした。指も震えている気がする。


「早速だが、お前の仕事が一つ増えるぞ」

「え?」

「読めん」


 あ、とルネッタは声を上げた。

 当然考慮されるべき可能性だった。言葉がそのまま通じてしまったので、すっかり忘れていたのだ。


「もうしわけありません……」

「なぁに、訳すなりなんなりして、意味が通じるようにしてくれれば良い。大事なのは中身、つまり知そのものだと、今お前が言ったばかりだろう?」


 ルナリアは軽く片眼を閉じて、そう応えた。


「言葉は同じなのだから大した手間でも無いはずさ。最悪、お前が読み上げて誰かに書き留めさせれば良い。身構えるような仕事でも無さそうだ」


 それにしても、と続けて彼女は足を組み替えた。口元には深い笑みが浮かんでいる。


「兵器の現物、歴史を綴った書物、それに現在の様々な知恵か。なるほどなるほど、お前の売りたいものというのが、私にも良く分かってきた。つまりあれだ、お前は――」


 そこでルナリアは言葉を切り、目を細めた。続きは、おそらくルネッタ自身の口から言わせたいのだろう。

 大きな深呼吸を一つして、ルネッタは望まれた言葉を口にした。


「そうです。わたしの商品は『人間』そのものであります」


 返事に満足したのか。ルナリアの口元に浮かんだ笑みが、いっそう深く、大きくなる。


「見返りは何を?」


 ルネッタは慎重に言葉を選んで返事をした。


「飢えぬ程度の食事、雨風を凌げる部屋、後はわたしのいのちを」

「とりあえず今はそれを、という認識で良いのか?」

「……はい」


 さすがに鋭いと思った。

 何よりも信用が欲しかった。せめて町に出れる程度。理想は王宮内を一人で歩けるほどのものを。

 明らかな協定違反だ。簡単な話ではない。だけど、とルネッタは思う。

 美しい容姿。化け物じみた力。民衆からの圧倒的な人気。そして騎士団長という地位。この国をまるで知らない自分にも、ルナリアが極めて尖った存在であることは容易に想像がついた。

 

 信用というものは、結局のところ後ろ盾の強さに等しくなるものだ。そういう意味で、ルナリアは極上の大樹であるとルネッタは思う。

 彼女に巡り会えたことが奇跡のはずだ。過分な要求をして、距離を離すわけにはいかない。

 ルネッタの返答を聞いて、しかしルナリアは何も言わない。細い指を頬に当てて、眉を僅かにひそめている。

 沈黙が、怖かった。


「あ、あのっ……翻訳も出来るだけ急ぎ進めます。銃のほうもなんとか使えるように考えます。申しつけていただければ、どんな雑用でもこなすつもりです。ですから――」


 ルナリアが、ソファーから立ち上がった。

 ゆっくりと歩いている。座ったままのルネッタの、背後へと回り込むように。

 足音がまるでしないのは、それだけ絨毯が高級だからか。

 止まった。後ろに立っている。ルネッタの顔は前へと向けられたままだった。

 

 叫び出したいほどの恐怖に包まれる。気を抜くと体中が震えそうだ。

 そんな動作も彼女の気分を害するかもしれないと思うと、後は岩のように固まることしか出来なかった。

 ルナリアの両手が、ルネッタの左右の肩に触れる。

 喉の奥から漏れかけた声を、どうにか口内で押しつぶした。


「少しでも役立たずだと思われたら殺される……ルネッタ、お前そんなふうに考えているだろう」


 囁くような彼女の声は、もしかしたら優しかったのかもしれない。けれどそんな機微を読み取る余裕は、今のルネッタにあるはずも無かった。

 歯の根が鳴りだした。肩の震えも押さえきれない。

 彼女の両手が、ルネッタの首元へと回された。

 

 ――ひ。

 もう悲鳴すら出なかった。

 ルナリアの両手が首へと迫り――そのままあっさりと首根を通り過ぎると、ルネッタの胸の前で交差した。後頭部に何かが当たる感触がある。たぶん彼女のお腹だ。服越しにほんのりと、暖かな体温が伝わってくる。

 後ろから、頭を抱きかかえられる形になったのだと、ようやくルネッタは理解した。


「あのね」


 大きなため息と共に、ルナリアは言った。


「あっさり見限るなら、そもそも拾ったりしないよ。助けた時点で立派な罪だ。今更切り捨てても何一つ変わらん」


 優しく抱きしめてくる両の手に、ほんの少しの力が加わった。


「命に代えても守るなんて言わないよ。そんなつもりは毛頭無い。それでも出来る程度のことはしてあげるし、生きるのに不自由は無いだろう。お前の手札が今見せたもので全てだとしても、さくりと殺すような真似はしない。ま、その場合は小さな仕事をちまちまこなしてもらうかもしれないけど」


 彼女の右手がゆっくりと動いて、ルネッタの頬にそっと触れた。


「とにかく私は敵では無いさ。まだ会って半日の仲ではあるが、お前に危害を加えようとはまったく思わん。家族や仲間とは言わないけれど、友達くらいに考えてくれて良い。どうだ? 少しは安心出来たかな?」


 ルナリアの言葉。その意味をしっかり理解するのに、数秒の時間が必要だった。

 伝わってくる体温が、固まった体を解していく。

 優しくて甘い匂い。きっとこれが彼女の匂いだ。

 

「う……ぐ……ひっく……ぐす」


 漏れた嗚咽に驚いたのか、ルナリアが飛ぶように離れた。


「な、なな、なんで泣く」

「ごめ、なさい……でも、そんなに優しいこと言われたの、はじ、めて、で……」

「そうか、お、お前も苦労してるんだなっ」


 彼女は足早に自分のソファーへと戻ると、再び深く腰を下ろした。顔が赤い。少し照れているように見える。

 ルネッタは盛大に鼻をすすった。

 ――こんなこと言ってくれる相手を、わたしは拠り所だの後ろ盾にするだの考えてるんだ。

 自己嫌悪で死にたくなる。それでも、弱い自分が生き残るにはこうして小狡くなるしか無いとも思う。


「あー、まー、ほら、その、なんだ」


 照れ隠しなのか、ルナリアは早口でまくし立てた。置かれっぱなしだったマスケットを右手で掴む。


「やっぱり撃つ場面を見れないのは残念だな。本音を言えばこれが一番興味を引くんだ。結局私は軍人だからな。武器に目が行くのも仕方ないんだ、うん」


 ふと、何かに気づいたように、彼女の瞳の色が変わった。


「かやく、と言ったな。そして湿ってしまったと。それは一度ダメになったら直らない物なのか? 乾かすとか、炙るとか、何か再利用するための手段は無いのか?」

「それ、は――」


 分からない、というのがルネッタの本音だった。

 なにしろ銃の専門家というわけでは無い。とりあえず撃てる。ちょっとした掃除も出来る。その程度のことしか知らない。

 湿気たのだから、乾かせば大丈夫だろうとはたしかに思う。炙るのが危ないのも直感で分かる。しかしどれも確証は持てない。無責任なことを言うべきでは無い気がする。

 

 ――いやいや、こんなときこそ。

 何のための本だ。わざわざ軍事関係の書物があるのだ。端から当たれば書いてあると思いたい。

 そうして本へと手を伸ばそうとした瞬間、部屋の隅から声が届いた。


「ございますよ、火薬」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ