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Elvish  作者: ざっか
外伝一
23/117

とあるエルフの一日を 四


 鈍い痛み。重い頭。薄暗い部屋に硬い石の床。開いた目に映った光景が、日常の外であることを雄弁に語っていた。


「ぬぐ……ぐ」


 気だるい体を押して立ち上がろうとしたところで――両手が縛られていることに気づいた。とても頑丈そうな荒縄で、噛み千切れるようなものには見えない。手の指まで含めてぐるぐると巻かれている様子は、囚人を通り越して獣のような扱いにさえ感じてしまう。

 

 五秒ほど足掻いて、なんとか座ることは出来た。じっくりと周囲を見渡しながら、セラヴィアは考える。

 窓は無く、壁まで含めて全て石で出来ている。にもかかわらず部屋には一応の明かりが存在し、寒さも我慢できる程度だった。

 

 攫われた、と考えるのがもっとも納得がいく状況である。

 金銭は元から持っておらず、これだけ扇情的な服装でありながらも乱れは無い。単純な欲望任せの相手ではなさそうだ。

 

 不思議と、それほど怖くは無かった。

 殺すならばとっくにやっている。それ以外に『使う』にしてもそうだろう。何か理由があるはずだ。セラヴィアである必要が。


「暗い……」


 広い部屋とは思えないが、それでも隅まで見えない。ここがどこなのか、それくらいは知りたかった。

 悩みはしたが、待っていても始まらない。

 縛られたままの両手を胸の前に翳して、小さな明かりの玉を作った、はずなのに。


「あれ?」


 何も起きなかった。

 突然魔術が使えなくなる、などという話は聞いたことが無い。集中力が切れて一時的に、ならばありえるが、そこまで朦朧としているわけでも無く。

 

 ――ということは。

 縄でぐるぐる巻きにされた、指の感覚をじっくりと探る。締め付け、鈍い痛み。僅かに混じった、硬く細い感触が一つ。

 

 指輪、だと思う。

 来客、防衛、あるいは剣闘のためにと、魔術の放出を妨害する指輪があることは、セラヴィアも知っている。

 

 この道具には欠点がいくつかあった。自己強化の類に代表される、体内で完結する魔術にはなんら効果を示さないこと。著しく強度に欠けること。

 そして何よりも、非常に高価であること。

 

 そこらの賊が簡単に手に入れられるものではない。誘拐なんてするよりも、むしろ指輪を売り払うべきとさえ言えるのだ。

 セラヴィアの背筋に、ひやりと冷たいものが奔った。

 元々薄かった、金目当ての賊による無謀な反抗という線が、これで完全に消えたことになる。

 

 どこかぼやけていた恐怖が、段々と体に満ちてきた。

 ――だけど。

 このまま座っていても、事態が好転するとは思えなかった。

 手が使えないので苦労したが、どうにか立ち上がった。サンダルが酷く頼りなく思える。

 

 もう一度、じっくりと部屋を見渡した。広さはそれなりで、何よりも暗い。隅のほうに棚とも机ともつかない木の塊がある。扉は――


「あ……」


 石の壁、その右端に、申し訳程度の木造の扉が見えた。暗すぎて色は良く分からない。

 足音を立てないように、ゆっくりと扉へと向かう。開けるかどうかはともかく、外の音くらいは聞いてみなければ。

 

 あと五歩まで近づいたところで、ひゅ、と。

 黒い何かが、扉の前に立ちはだかった。


「ひっ」


 漏れた悲鳴を途中でかみ殺して、セラヴィアは一歩下がった。

 黒い襤褸切れを身に付け、異様な空気を身にまとってはいるものの――あくまで、人影である。

 

 攫った犯人なのか。それとも同じ境遇の者か。

 思考が渦を巻いている間に、黒い影が、一歩こちらに踏み出した。襤褸切れがゆれる。少しだけ、顔が出た。

 

 ――あ。

 ちらりと見えた影の中身。頬まで垂れた髪の一房が、雪のように真っ白だったのを確認して。

 ようやくセラヴィアは、現状が極めて危険であることを、理解できた。

 手足が妙に冷たく、だというのにおなかの辺りが嫌に熱い。恐怖と緊張と動揺が、現実を飲み込むことを拒否させるようだった。

 

 黒ずくめは、一言も発さぬまま、顎の動きだけで指示をしてきた。

 部屋の中央に戻れ、ということだと思う。逆らえばどうなるか、考えるまでも無かった。

 

 戻り、再び床に座る。

 歯の根が合わなかった。寒さだけでそうなっていれば、どれだけ気楽だったろうか。

 

 ――だからって。

 絡まったままの手で、自分のおでこを殴る。縄が荒いのでより痛い。むしろそれで良いと思う。

 

 震えていても解決しない。怯えていても進まない。自分は領主の娘だ。ラムリアの娘でルナリアの妹だ。泣いて許されるわけが無い。

 ――とにかく冷静にならないと。

 深呼吸をして、どうにか妙な熱さを追い出す。

 

 空腹の具合から、攫われてから大した時間が経っていないことは想像がついた。

 となれば次の問題は、ここがどこなのか、である。

 ――なんだか覚えがあるんだよね。

 壁も床も石で出来ている。メーデにこういう建物があるとは思えない。では残る可能性はなんだろう。

 

 立ち上がって、部屋の暗がりのほうへ。ちらりと横目で見たが、扉に近づかない限り、黒ずくめは反応しないようだ。

 木の棚は朽ちかけていた。机も同じような状態である。縄でこすると、たまった埃が宙に舞った。

 

 ――これって。

 棚に、柄だけになった剣があった。皮を巻いた握りはずいぶんと小さい。確か刃はナイフ程度の厚みだったはずだ。

 なぜ知っているのかと言えば、話は簡単である。これは昔、セラヴィアが捨てたものだからだ。こっそり持ち出した挙句へし折ってしまい、怒られるのが怖くてここに隠した。もうずいぶんと前の話になる。

 

 ――砦か。

 メーデから王都への道をほんの少し歩いたところに、とっくの昔に放置された小さな廃砦が存在する。特に危険も無く、賊が住んでいるわけでも無いこの建物は、セラヴィアの遊び場所だったのだ。ノエルと出会ってすぐのころなどは、良く来たものである。

 

 大人の目も無く、ノエルを気にする者も居ない。二人の、ちょっとした楽園とさえ言えた。

 

「はぁ……」


 その楽園に、今こうして監禁されている。笑い話にもならない。

 とにかく場所は分かった。残るは攫った理由だが、素直に尋ねて答えるとも思えない。

 せめてこの指輪さえなんとか出来れば、多少抵抗も出来るはずなのだが。

 

 中央に戻り、再び床に座った。切欠が欲しい。何か注意を逸らす出来事が。

 あれこれと手立てを考えて、五分は経ったころだろうか。軋んだ音と共に、木の扉が開かれた。半分開いたところで突っかかり、それを誰かが蹴り開ける。

 がらんがらんと扉が床に転がり落ちて――蹴った主が部屋に入ってきた。

 

 やはり黒い襤褸切れを纏って、セラヴィアの元へとゆっくりと歩いてくる。およそ三歩の距離で止まり、顔だけで何かに合図をする。それを受けて、隅に佇んでいた最初の黒ずくめが、部屋の外へと消えていった。

 怯んだら、負けなのだと思う。

 だからセラヴィアは座ったままで、眼前の黒を睨みつける。

 鼻で笑うように頭が動いて――黒ずくめは、その襤褸切れを脱ぎ捨てた。

 

 中から現れたのは、鎧だった。全体としては鈍く光る鉄だが、胸部は漆黒である。急所のみだが、極光石が使われているのが見て取れた。当然軍用の品だ。まるで隠密仕事に向かないことからも、暗殺者に似つかわしくない装備であることは間違いない。

 髪はやはり白く、頬は不気味にこけていた。およそ二十前後の男であり、固定化を維持している戦士、なのだろう。

 

 顔には、まったく見覚えが無い。

 男が、妙に上げ下げされる声音で、言った。


「なぜ、攫われたか、わかる、か?」

「……ぜんぜん」


 立場を思えば、いくらでも可能性を挙げられる。とはいえどれも推測に過ぎず、目下の脅威としてはどうにも薄い。

 

 セラヴィアの虚勢が可笑しく見えたのか、ぐつぐつと低く笑っていた男が、突然大きく咳き込んだ。盛大に十秒以上も苦しんだと思えば、懐から小さな布袋を取り出すと、紐を解いて逆さにする。

 男の左手に、不可思議に光る粉が広がった。

 どうするのかと思った次の瞬間、男は躊躇も無く、その粉を口に含んだ。咀嚼する様子も無しに一気に飲み下して――また咳き込む。

 

 ――あれって。

 粉に砕いた極光石を使った魔力の増幅薬があると、サラザに聞いたことがあった。酷い副作用があるらしいが、細かくは知らない。

 ぎょろり、と血走った目がこちらに向き直った。


「原因は、お前の姉、だ。周到に、お、お膳立てしてやったのに、しぶとく、も、い、生き残った。いい加減邪魔だそう、だ」

「だからわたしを? 酷い話だね」


 ぐつぐつと、また嗤う。

 妙だと思う。聞いた限りではあるが、古老の手駒たる黒ずくめ共は、まともに意思の疎通など取れないはずなのだ。任務と簡単な指示だけを理解し、必要とあらば躊躇無く自害する。刃付きの人形こそが彼らの実態だと、姉も母も言っていた。

 

 だというのに眼前の男は、多少の淀みはあるものの、きちんと言葉を交わせている。

 あの粉、なのか。


「つれて来い、とだけ、言われ、ている。その後どうなるかは知らん。脅しの種に使うのか、さっさと殺す、の、か……あるいは――」


 ぎちり、と男の口元に裂けるような笑みが浮かんだ。


「俺と同じにされるのかもな」


 空気が冷えたと、勘違いしてしまいそうだった。

 薬が馴染んできたのか、男の声音はだんだんと落ち着きを取り戻している。


「天才共の娘で、化け物の妹だ。さぞや恐ろしいものが生まれるだろう……と言いたいところだが」

「……なに」


 男の目に浮かんだ色は、間違いなく、侮辱だった。


「おまえ、本当にルナリアの妹か?」


 かぁ、と。

 体温が奇妙に膨れ上がるのを、セラヴィアは感じていた。

 殺意さえ篭めて睨みつけるが、ますます侮辱の色は強さを増す。


「噂には聞いていたが、にわかには信じがたい話だったんでな。あのベリメルスの血を、怪物ルナリアと同じ血を引いて生まれたんだ。姉に匹敵とは言わずとも、三割程度の才があればそれだけで圧倒的な力を持つことになる、はずが……ただの小娘だな、おまえは」

「だまれっ!」


 声を張り上げても、男の笑みは更に更にと深くなるだけだ。それは分かっているけれど、飲み込むには大きすぎた。

 

 男の体が、ゆっくりと捻られて。

 鋭く振り回された右足が、セラヴィアのわき腹に突き刺さった。

 幾度も地面を転がって、石で体中を擦られて、木の棚にぶつかってようやく止まった。


「ぐっ……ぁ……」


 低い呻きの後には、酷い咳が出た。蹴られた腹は嫌になるほど熱く、体中を鈍い痛みが覆っている。

 男が、平坦な声音で告げた。


「後でまた来る。おとなしくしていろ」


 苦しむこちらに興味など無いのか、そのまま部屋から出て行った。

 ――あいつ。

 燃えるような痛みに、煮えるような怒りも合わさって、恐怖なんてどこかへ消えていた。

 

 単なる蹴りだ。向こうも殺すつもりでやったわけでは無い。治療が苦手なセラヴィアであっても、簡単に治せる程度の怪我である。

 思ったとおり、十秒足らずで痛みも消えた。同時に、頭も冷静になってきた。

 

 分かったことはある。少なくとも今回の仕掛けは古老によるもので、真の狙いはセラヴィアではなくルナリアだ。故に、今この場で殺される、という可能性はほとんど無いはずだ。

 もちろんこれは、男の言葉に嘘が無いことが前提である。

 

 同時に、分からないこともあった。

 攫って連れ帰るのが目的ならば、なぜまだこんな場所に居るのか、ということだ。誰も来ない廃砦とはいえ、メーデの近くであることは間違い無いのだ。総出で探されればあっという間に見つかるだろう。

 

 不幸にして、その捜索騒ぎになるには深夜をまわる必要があり、現状で失踪だと騒げる者は、恐らくノエルただ一人である。彼女の言葉を皆が素直に信じる可能性は――悔しいが、とても低い。

 

 このまま幸運を信じて待つか、己で足掻くか。

 悩むまでも無かった。

 なぜか見張りの黒ずくめも戻ってこない。今が機、なのだろう。

 

 セラヴィアは両手を顔の高さまで上げた。光が零れぬように慎重に、小さな『火の玉』を生み出す。

 転がされたときに、激しく手をぶつけておいた。貧弱さには定評のある魔封じの指輪である。期待したとおりに、既に効果は消えうせている。

 僅かな火で慎重に縄を焼き――両手が、自由になった。

 縄の跡をさする。多少痛むが、この程度なら綺麗に消える。

 

 音を立てぬように立ち上がって、ゆっくりと、ぶち抜かれた扉に近づいた。

 見つかっても、どうせ殺されることも無い。まぁ酷い目にはあわされるのだろうけれど。


「あはは……」


 小さな笑いが漏れた。

 絶望的な状況である。恐怖はもちろん体を覆ってはいる。

 それでも、自分の腹を刺し貫くことに比べたら、幾分か楽に思えてしまう。

 

 顔だけを出して廊下を覗き、人影が無いことを確認した。

 木と蔓のサンダルは柔らかく、慎重に歩けば音は響かないだろう。

 死ぬのは御免だ。そしてそれ以上に、姉の足を引っ張るのは御免だった。

 不安を吐き出すように大きく呼吸をして――セラヴィアは静かに廊下へと踏み出した。




 メーデには、防衛用の兵力が無い。

 腕自慢はそれなりに居るが、それを組織して運用することは、許されていないのだという。

 

 当然だが異例である。自治と自衛は切り離せないものであって、どんな小領主といえども、兵を抱える権利くらいは持っているはずだ。

 その不条理こそが、古老から王へと、ベリメルスから抜け出てこちらで領地を持つための、様々な条件の一つだったと、母から聞いたことがある。

 

 今でこそ盗みすら珍しいと言えるほどになったが、メーデが出来たばかりのころは、盗賊団のようなものさえ出たらしい。

 メーデから東に向かえば、かつてのアルスブラハク領が広がっている。現在は領主も無く、都市の残骸が残るばかりになっているはずだが、以前は王側でも有数の規模だったのだ。

 

 ダークエルフの領域に、隣り合う土地である。それゆえ駐留軍の数も多く、必然的に賊も減る――本来はそうなるはずだ。

 たちの悪いことに、昔あたりを荒らしまわった盗賊団というのは、大抵がアルスブラハク軍からの脱走者であったらしい。なにしろダークエルフと隣り合っているのだ。危険も多く、それでいて見返りも少ない。逃げ出す者が増えるのも、分からないでも無い。

 

 まさに責任者であるはずのアルスブラハクは、熱心に賊を追うようなことは、まるでしなかった。王からの援助も少なく、それでいて襲撃の脅威に晒される領主としては、逃げた兵の始末などいちいちしていられるか、という理屈であったらしい。領内であれば対処はするが、外に出た者は知ったことでは無いと。

 

 分からないでも無い。無責任だとは思うが、この理不尽な押し付けこそが先ほどの反乱を呼んだのだから。

 

 数ある脱走事件の中でも、語り継がれるほどの物が、一つあった。

 時期は大きく遡り、メーデが小さな農村に過ぎなかったころの話になる。当然セラヴィアは生まれていない。

 アルスブラハク直属の騎士団から、百人長が一人、逃げ出したのだ。部下である八十人を丸ごと連れて。

 

 脱走騒ぎが多いといっても、あくまで下っ端。大抵は他所から配属された傭兵紛いの連中が主だったのだ。アルスブラハクとしても、衝撃的な事件ではあったろう。

 高度に訓練された正規兵である。武装も軍用そのままだ。そこらのちんぴらやごろつきなどとは、比べ物にならない脅威だった。

 

 彼らは通り道にあった牧場を襲い、そのまま左へ左へと駆けていった。恐らくは西方まで逃げるつもりだったのだろう。脛に傷を持つものが、大手を振るえる場所など、そう多くは無い。

 とはいえ、八十人である。飲まず食わずで駆けれる距離ではなく、賊の身であれば領地を跨ぐのも一苦労だ。

 

 金と、食料。必要不可欠なその二つを奪う場所として、彼らはメーデを選んだ。幸い通り道である。

 兵もおらず、規模も小さい。それでいて老大樹は強く、食料は豊富だ。大貴族の娘が作った場所だというのだから、金の類もあるだろう。どうやらはみ出し者らしく、本家に報復される心配も無い。

 

 まさに理想的な略奪対象だった。

 貴族が強いのは、嫌というほど知っている。しかし一人だ。そしてこちらは百未満だとしても、軍隊だと。

 王からの援軍は無かった。

 古老から、そして本家からの救済も無かった。

 

 結論から言えば――その略奪団は、母であるラムリア一人に、皆殺しにされたのだという。

 見せしめのためなのか、百人長であった男は四肢をもがれ、ぎりぎりのところで延命されながら、一月は維持されていたらしい。事の真偽を尋ねても、はぐらかすばかりで母は答えてくれなかったけれど。

 

 それ以来、メーデの周囲から賊は消えた。時期を同じくして、アルスブラハクも治安の維持と軍の統制を見直し、脱走も著しく減った。もっとも王からの支援は微増した程度で、負担だけが増えた形になり――それがついこの間の裏切りに繋がるわけではあるけれど。

 

 メーデの守りの要は、つまるところ母自身である。

 その母は、今日は居ない。出て来れない。

 狙い済ましたかのようであり、事実そうだろうと思う。

 今回の誘拐が単なる突発的なものでは無いことくらい、セラヴィアにも想像はついた。

 

 ――さて。

 薄暗い廊下の壁に張り付いて、小さく息を吐く。

 節々に埋め込まれた暖石と光石は、申し訳程度に作動していた。おかげで多少寒さも和らいでいるし、窓の無い廊下でも辛うじて視界が通る。

 二重の意味で好都合である。

 出来るかぎり魔力を抑えてはいるが、それでも腕利きに探られれば動きを察知されてしまうだろう。

 それを二種類の石が誤魔化してくれる。

 

 足音に注意しながら、ゆっくりと進む。黒ずくめの影は見えず、音の類もまるで聞こえない。

 ――なんでだろう。

 あまりにも、順調すぎる。警戒している様子さえ見えないのだ。

 誰かが助けに来たというのなら、もう少し騒ぎがあっても良さそうなものなのに。

 

 一瞬迷ったが、進むことに決めた。待って好転するとも思えない。ならば賭けるべきだろう。たとえ無謀だとしてもだ。

 頭の中に、砦の構造を思い浮かべる。

 なにしろ遊び場だったのだ。染みの数まで知っているとは言わないけれど、脱出経路の目星くらいはつく、のだけども。

 

 ――どうしよう。

 廃墟ではあるが、しかし砦だ。入りづらく、同時に出づらい構造になっている。まともな出入り口は正面に一つ。地下には確か隠し通路があったと思うが、崩れて土で埋まっていた。窓は幾つか存在するも、どれも上階で、その上木の板が打ち付けられていたと思う。

 壊せるが、音が出る。同時に魔力も漏れる。

 

 ――いっそ、正面から走って逃げようか。

 まさか向こうも、そこまで無謀な手を選ぶとは思っていないだろう。堂々と歩いていって、見つかったら火球でも投げつけて逃げる。ある程度メーデまで近づければ、助けも呼べる。向こうとて諦めるかもしれない。

 どちらにしても、時間は無い。今にも見張りが戻ってきて、脱走が洩れるかもしれないのだ。

 

 ――それに。

 見つかっても、それで終わりでは無い。

 体の動かし方。魔力の通し方。様々な術の組み方。単なる殴り合いから、一応は武器まで。

 自分が弱いことは知っている。けれども無力だとは、思っていない。

 

 不思議だな、とセラヴィアは思う。

 まさしく危機だというのに、だんだんと恐怖が薄くなってきた。時間が経ち、状況を理解し、打開を試みる。その過程を頭の中で踏むたびに、体から強張りが消えていくようだ。

 ――血、かな。

 

 力はまるで見合わなくても、やはり母の娘で、ルナリアの妹なのかもしれない。それを誇りに思えるかは、まだ分からない。

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