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Elvish  作者: ざっか
外伝一
21/117

とあるエルフの一日を 二


 村よりはだいぶ大きく、けれども町には届かない。それがメーデの規模だった。

 場所は王都から南南西へ馬車で二日といったところだが、歩く速度にもこれまた個体差が大きいので、目安程度にしかならない。

 

 さらにまっすぐ、海岸へと伸びた道を進めば王側の第二都市にたどり着く。その道のりの一夜の宿、というのがメーデの役割の一つ目である。

 

 セラヴィアとノエルの二人は、広場へと向かう道を行く。馬車が三台は通れるほどに幅広で、丁寧に舗装もされている。メーデの主要道路となる予定だったので、たっぷりと金をかけたと言っていた気がする。

 

 もちろんそのしわ寄せは他に行くわけで、左右へと伸びる細かな道は力任せに砕いた石を埋め込んだようになっている。むき出しの土をなんとか平らにしただけの場所さえある。

 ほうっておくとあっという間に草だらけになってしまう。土地が強い、というのも利点ばかりでは無かった。

 

 道は無数のひとが行き交っており、脇の土に止められた馬車からは、大きな客引きの声が聞こえる。新型の水彩版にセラヴィアは目を引かれたが、あれはいきつけの店で買うと決めているのだ。

 人影は普段のざっと倍か。とくに出し物も無いささやかな祭りであっても、集客程度にはなるものだと思った。

 

 広場にたどり着いた。中央には水鳥を模した巨大な彫像があり、周囲を噴水が彩っている。それを取り囲む円形の腰掛は、ほとんどがひとびとで埋まっていた。

 手に持った様々な料理は、広場脇の屋台で買ったものだと思う。油滴る串焼きがとてもおいしそうだ。さっき食べたばかりだというのに。

 

 手のひらほどもある巨大な肉に盛大にかぶりついていた少女が、こちらに気づいて手を振ってきた。

 こげ茶の髪。小動物を思わせる愛嬌のある顔。友人だった。


「セラ、こっちー」


 呼ぶ声。駆け寄る前に、ノエルの顔を見る。彼女が頷くのを確認して、友人の元へ。

 彼女はわざとらしく口を尖らせて、


「おそーい。朝から回るんじゃなかったのー?」

「ごめん、寝てた」

「正直なのは良いんだけどさー」


 そういうと、串をセラヴィアの目の前に差し出した。一口大に残った肉が輝いている。

 一瞬悩んで、口を開き――次の瞬間、串は視界から消えていた。

 見れば友人がしたり顔で、最後の肉を口の中へと放り込む。喉を鳴らして飲み込んで、口に手を当てくふふと笑った。

 ――こいつめ。


「まぁいいけど。一人なの?」

「違うよ、あと二人居て……ああ、ほら来た」


 視線の先、視界の八割を塞ぐ人ごみを書き分けて、一組の男女がやってきた。手には山盛りの焼き菓子を抱えている。

 三人とも、メーデで生まれたエルフだった。年のころもちょうどセラヴィアと同じくらいで、これは中々に珍しい話なのだという。切っても切れぬ深い間柄――とはとても言えないものの、それなりに仲も良く、一緒に何かする時も多い。

 

 二人は足早にこちらまで駆けてきた。友人は腰掛にそっと布を敷いて、その上に焼き菓子をどさどさと置く。

 その分量に、あきれたような声がセラヴィアの喉から漏れた。


「ずいぶん買ったね……」

「試作で安いって言うからさ」


 少年が答えて、手をはたく。こほんと咳払いをして、姿勢を正してこちらへと顔を向け――その視線が、何かを捕らえたように固まった。

 目を逸らして、小さく舌打ちをした。隠すつもり、だったのだろうけれど、聞こえてしまったものは仕方ない。

 

 彼の視線を探るように、振り返って見る。

 ――分かってはいるけど。

 気まずげに顔を伏せて、不安げに手を握り締めている、ノエルの姿があった。

 ノエルは早足でセラヴィアの元まで来ると、囁くように言った。


「私、その、手伝ってくるね」


 引き止める間も無かった。背を向けて走り出すノエルの姿は、あっという間に人ごみに紛れて消えてしまう。

 セラヴィアは、勢い良く少年へと振り返った。

 まずいとは思っているのだろう。表情からもそれは分かる。けれどもそれで済む話では無かった。

 右手をゆっくりと振り絞って、躊躇無く、少年のわき腹を殴った。


「いっ……いってぇ!」


 罪悪感はそれで消えたようで、既に顔には怒りが見える。上等だと思う。怒りたいのはこっちだった。

 睨み付けて、静かに言う。


「次同じことしたら、許さないから」

「……分かってる。悪かったよ」


 もう一度、目でノエルを探す。さすがに見つかるわけも無く、別の手段を使うには、辺りにひとが多すぎる。

 友人達のほうを見た。

 言いよどんでるうちに、向こうから、


「いいって、行ってきなよ」

「……ごめん」


 駆け出そうとして、止められる。


「ねぇセラ。今日アレやるって聞いたけど、本当なの?」

「一応そのつもり」


 まだ何か言いたげな少女に手を振って、セラヴィアは人ごみの中へと入っていった。




 とはいえ簡単に見つかるわけもなく。

 基本的に、エルフはそこに居るだけで魔力を周囲に放っているものだ。故にその波を探るのは不可能では無い。

 が、よほどの技術が無ければ波の強弱程度しか探れず、個の特定など夢のまた夢だ。

 

 もっとも、普通の手段でノエルを探すのは、たとえ母や姉でも不可能なのだけど。

 そうした探知の術とはまるで別に、セラヴィアとノエルの間には、少し特殊な事情もあって、互いの存在を感じ取れるようになっていた。しかしそれも、この群れの中にあっては役に立ちそうも無い。


「はぁ……」


 ため息と共にとぼとぼと歩く。流れるひとを避けるだけで疲れてきた。

 これといったアテも無いので、仕方なしに歩きやすいほうへ。そうしてたどり着いた先は、いつも寄るお店だった。

 

 古びた木に、石の混ざった造り。玄関だけは小奇麗で、上には大きく分厚いガラスの板が張ってある。中は水で満たされており、右隅には木の板。そして木の隙間に差し込まれた、石版。

 水の中で輝く光が、店の名をこれでもかと見せ付ける。

 

 サーラターニャ。どこの言葉か知らないが、文筆屋だというのが店主の弁だった。とはいえその主張をしているのは本人ばかりで、周囲からは魔石屋、あるいは石版屋と呼ばれている。

 

 扉を開けて、中へ。

 店内は薄暗く、茶色いはずの木の床は黒ずんで見える。窓が小さいからか光もあまり入らず、その所為で外より寒いくらいだ。

 ところ狭しと積み上げられた石版を見れば、そう呼ばれている理由も想像がつくというものだった。


「こんにちわ」


 ようやく気づいたのか、店の奥からのそのそと、小柄な男性が姿を見せた。


「セラヴィアか」

 

 心底面倒そうな声音から歓迎の色は見えないものの、彼はいつもこうなので気にする必要は無い、はずだ。


「今日は祭りだろう。なんでこんなところに来る」

「その、ノエルちゃんとはぐれちゃって……見てないかなーと」

「あの娘が、一人で来たことがあると思うかね?」


 分かっては居たはずなのだけど。

 落胆を隠すため、そして沈黙を破るため、積まれた石版を撫でつつ尋ねた。


「新作、出来ました?」

「シンコール英雄譚の水彩版か? まだまだ、あれは長いし複雑で手間もかかる。二週間は欲しいね」

「そうですか……」


 低く、店主は笑った。


「不思議なものだな」

「何がですか?」

「誰とも知らぬ過去の英雄よりも、君の両親や姉のほうが、よほど派手で面白い。血沸く話が聞きたいのであれば、母親に昔話をねだれば良いのでは無いかな?」

「……身内は別腹なんです」


 その答えのどこがそんなに面白かったのか、店主は腹を抑えて笑い続けた。

 この石版屋の店主、名をサラザという。性は聞いたことも無く、あるいは持たないのかもしれない。

 ぎょろりと動く目に、こけた頬。肌に皺が目立つその姿は、初老と言って良かった。

 

 そうした外見のわりに、年齢はたしか二百に満たない。エルフとして考えれば、せいぜいが中年のはずだ。

 見事な紋様の刻まれた石版を、セラヴィアは手に取った。見た目よりもずっと軽い。

 

 魔術の扱いには、大きく分けて三種類ある。

 己自身から生み出す術。外部から己へと取り込む術。そして魔力を制御し扱う術である。

 エルフにとって、何よりも評価されるのは最初の術、即ち自身が生み出せる力の量だった。

 筋力を初めとした身体の強化、傷や病の治癒、そして何よりも老いの固定化。いずれも自身の魔力量に直結する。扱う技術でごまかせるのは、ほんの誤差に過ぎなかった。

 

 サラザは、その一つ目に優れなかったのだ。

 手にした石版を持って、近くの『机』へ。中央にはガラスで、中には水。外の看板と同じ造りだった。

 脇に開いた空間へと石版をはめ込むと、魔力で覆った指でそっと紋様をなぞる。

 

 水が輝きだした。

 彩る光は文字となって、水中へと言葉を描く。

 水彩版、と呼ばれる品だった。専用の水槽に繋ぎ、魔力を注げば記録された文字が写しだされる仕組みである。

 

 ちょっとした本程度であれば一日一つ作ることさえ可能で、生産量という点で紙の本に大きく勝っていた。ここ数百年でも注目すべき新技術、といったところか。

 作り手の腕が、そして閲覧者の腕がおいつくのであれば、文字で無く絵を写すことも、それを動かすことすら可能だった。

 

 サラザはこの道ですばらしい腕を誇る職人であり、セラヴィアの腕でも動く水彩版を製造することが出来る。趣味である英雄の本は、全て動く本にしてもらっているほどだ。

 紛れも無く、超一流の仕事である。にもかかわらず、彼は数え切れぬほどの辛酸を舐めてきたらしい。

 内なる魔力が、少ないから。どうしようもない判断基準ではあった。

 

 セラヴィアは、石版へと注ぐ魔力をせき止めた。水に浮かんでいた光の文字は、あっという間に消えてしまう。

 試すのは自由とはいえ、買った品では無いのだから、あまりずうずうしく見るわけにも行かない。

 そもそもノエルを探している最中なのだ。


「また来ますね」


 くぐもった咳払い。返事なのだと思う。積まれた石版に後ろ髪を引かれながらも、セラヴィアは扉を開けて外へ出た。

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