傍で 四
号令は風に乗って戦場を奔る。向かい合う歩兵と歩兵が、にらみ合う騎兵と騎兵が、心から待ちわびていたかのように。
全力で、目の前の得物に喰らいつくために、地面を揺らして駆け出した。
ルナリアは、しかし動かない。
河のように流れる軍勢。橋のように開いた隙間に、ただ二人。
彼女が、こちらを見た、気がした。
互いの前列がぶつかり合う、その数秒前に、ルナリアが大きく体を沈める。
いくぞ、と、言われた気がした。
まさに矢のように、地面をえぐって彼女は走り出す。
左右の兵をさくりと追い越し、右手の斧槍を振りかぶって、彼女は飛んだ。
脳天から振り下ろされた刃が、ただの一撃で巨獣の一匹を叩き殺す。
それが狼煙となって。
本物の、戦が、始まった。
獣とエルフの咆哮が交じり合い、血が肉が鎧が武器が宙に舞う。押し合い斬り合う兵達の空間へと、獣が乱入して牙を振るう。
一人の首が根元から千切れた。前足で五人が散らされた。牙と口が迫り、兵に食いつき咀嚼する。半分に千切れた下半身が、草原に振り落とされた。
さらなる食事を望んだ獣を、左右から伸びた槍が滅多刺しにする。血を吐き、鳴いて、霧となって消えていく。
黒々と広がる霞を裂いて、ダークエルフが躍り出た。巨大な長柄を振るって、一人を貫く。あふれ出る血。満足げに笑う。次の瞬間、エルフの振るった槌が敵の頭を砕いて潰した。
ここには、破壊しか無い。血と肉の宴に、皆は興奮の絶頂にある。
無限に思える地獄の中で、ルナリアは、只々圧倒的だった。
威嚇がよほど効いたのか、獣は群がるように彼女へと突っ込んでくる。恐怖の根だ。殺せば安心できるのか。
五頭。地響きと共に駆ける。その先頭に、斧槍を一直線に突き出した。あっさりと頭部を貫き、死体を足場に宙を飛ぶ。二頭目に取り付き一閃。血が吹き出るより早く次へ。地に下り、地を蹴る。弾丸のような勢いと共に、左手を突き出す。素手。関係無かった。篭手に包まれた彼女の指は獣の頭部を貫いて、樽のような首を千切る。
腰を捻って斧槍を横に凪いだ。四頭目。獣の前足が両断される。崩れ、下がる頭に、千切った首を叩き付けた。同じ硬さ。当然両方が砕け散る。
五。今までと比べて明らかに大きい。怯まず突っ込む。ぶつかり合う直前、ダークエルフ達が、やっとのことで援護に入った。
体を張ってでも、命をかけてでも、なのだろうか。ルナリアの振るう斧槍が、三人を一振りで殺した。裏拳気味に振るった左手が、鎧も肉も何もかも吹き飛ばす。蹴りが直撃した兵士は、口から滝のように血を吐きながら空を舞った。
それでも、とまらず、わらわらと。
誰を殺すべきなのか、敵も分かっているのか。
熱したナイフでバターを切るように、ルナリアが敵の陣を削いでいく。けれどもダークエルフはまるで怯まず、開いた列に次から次へと兵を注ぐ。
あまりにも、多かった。
彼女の動きが僅かに鈍る。いまだ無傷。寄った敵は端から皆殺しにされている。だけど、さすがに、この数は。
動きを見せなかった五頭目の獣が、突然駆け出した。囲まれ止まった彼女へと、大きな大きな牙が迫る。避けようと動く彼女を、ダークエルフ達が命を賭して止めに行く。
口に、飲み込まれた。
――そん、な。
ルネッタは見てるだけだった。もはや石弓をどう撃てばいいのかも分からない。出来ることと言えば、悲鳴くらいなもので。
しかしそうして泣く暇も、与えてはもらえないようだった。
ルナリアを飲み込んだ獣の後頭部から、勢い良く斧槍が突き出された。獣が呻く。ぐるぐると目が回る。口の端から赤い液体が零れる。
口を。
内部から真っ二つに引き裂いて、ルナリアは飛び出した。塗れた様々な液体は、獣が死んだことによってだんだんと霧に代わる。
それでも彼女は尚赤い。ダークエルフの返り血が、金の髪に染みこんでいた。
「はは」
笑った。確かに、笑った。
戦意に溢れ、蟻のように集るダークエルフ達が、僅かに怯んだ。
それを彼女が見逃すことなど、ありえなかった。
子兎の群れに猟犬が突っ込むように。視認すら困難な速度で斧槍を振るい、開いた左手で首を千切り、蹴りで甲冑ごと両断する。
竜巻のように死を撒き散らしている。宣言どおり、彼女の背後に一兵足りとて通していない。
――なんだか。
妙だ、とルネッタは思った。
きっと、自分も戦っていれば分からなかった。ほんの少し先では血が草を染めてはいるものの、こちらを狙う様子は無い。無意味だ、と敵も分かっているのだろう。ルネッタ自身もそう思う。
部外者に近い状態だからこそ、その異常に気がついた。
桁外れの暴力を振りまくルナリアだが――どうにも、敵陣に引き込まれているように見える。もちろん狙いは分からない。単純に囲めば殺せるような相手でも無い。それは敵だって理解していそうなもので――
きらり、と。
列の向こう。敵陣の奥深くで、何かが光ったような気がした。
それが巨大な石弓なのだと分かったのは、すでに槍の如き大きさの矢が放たれた後だった。
射線には、当然のように仲間が居る。だというのに躊躇は無い。鎧も肉も骨も砕いて、赤い飛沫を宙に撒いて、矢は一直線にルナリアに迫る。
あっさりと、止めただろう。何の邪魔も無ければ。
周りの全てが、群がるダークエルフの兵が、命も何もかも捨てて、彼女の行動を妨害する。
様々な音が混ざり合う戦場においても、一際響く重い音。
止めた。それでも、彼女は手にした斧槍で、ルネッタの身の丈ほどもある、長大な矢を弾いて見せた。
捨て身で飛び掛ったダークエルフ達も、すでに半数が肉塊にされている。無理やり防いだからか、上体はぐらりと泳いで――
二射目が、来た。
恐らく、回避だけなら出来たのだと思う。転がるようにして、逃げる。とりあえずはそれでやり過ごせたはずだ。
彼女は選ばなかった。まっすぐ伸びた直線状に、自分の体があったからだと、ルネッタは思う。
強引に振るった斧槍は、空しく空を切る。
太い枝のような矢が、彼女の腹を貫通した。
吹き飛ばされそうになった体を、地面に左手を突き刺して押しとどめる。後方に居たルネッタの顔を、水滴が濡らした。ぬるりと暖かく、果実のように赤い。血、だ。ルナリアの。
たまらず、だろう。膝をついた彼女の姿に、ダークエルフ達は猛り狂い、叫び声をあげた。
――る。
「ルナリアっ!」
誰かの叫び声。自分のじゃない。叫ぶことすら出来ない。声も出ない。わたしの所為。避けれた。きっと。ダークエルフ。嬉しそうに。なのにきちんと図って。
それぞれが武器を構え、いまだ立ち上がらぬルナリアへと向けて、ダークエルフの兵達が、一斉に、飛び掛った。
撃った。いつ矢を番えたのか、自分でも良くわからないけれど、せめてせめてと石弓を、ダークエルフ達に放った。これで止まるわけもない。役に立つはずも無い。
弾かれた。
暴風のように。
縦横無尽に奔る軌跡が、近寄る全てを切り裂いていた。
ばらばらと、空中から塊が散らばって落ちてくる。吹き散らされた赤い何かが、草原に奇妙な絵を描く。
いつの間にか、ルナリアは立っていた。
十を超える敵を、僅かの間に斬り殺した彼女は、まさしく底冷えするような声音で、告げた。
「誰の心配をしてるんだお前ら」
どんな顔を、彼女はしているのだろう。ここからでは背中しか見えない。
戦場全体が、まるで止まってしまったようだ。
乗り遅れたのか、小刻みに震える腕で、一本の槍を構えるダークエルフの姿があった。ちょうどルナリアの斧槍の届かぬ間合いで、彼女に武器を向けている。むき出しの顔は、もはや恐怖に塗りつぶされていた。
解決策は、特攻だったようだ。
腰の抜けた動きで、それでもルナリアに突きかかってくる。彼女は最小限の動きでそれを交わすと、ひたり、と敵の兜に手を添えた。
ひい、とダークエルフの声が漏れる。
ルナリアの足元には、腹から上下に絶たれた敵が居た。ぴくぴくと動いているところを見ると、なんとまだ生きているらしい。
彼女は、前者の頭を兜ごと握り砕くと、後者の頭部を、躊躇無く踏み砕いた。
周囲の脅威をあらかた一掃し、彼女は腹部に刺さった『槍』を掴む。
引き抜いた。
血が吹き出たのもほんの一瞬のこと。手が埋まりそうだった穴は、ずぐりずぐりと肉が動き、あっという間に塞がれてしまった。
ルネッタは目を見張った。
体は良い。彼女なら、治せても不思議では無い。しかしその着ている鎧すら、穴を修復しようと蠢いている。漆黒の鎧の隅々に、紋様の如き光が見えた。
ルナリアは上体を大きく捻ると――持っていた『槍』を、敵陣へと投げ返した。それは先程の発射となんら遜色ない勢いを持って、発射装置たる巨大な石弓を砕いて破壊した。射線上には最初から誰も居ない。味方ごと撃ったのは奴らだからだ。
「ころあいか」
そう言うと、彼女は、再び、斧槍を掲げた。
「歩兵隊、前へ」
ゆっくりと、穂先で敵を端から端までなぞり、
「殺せ」
猛るのは、こちらの番のようだった。
攻勢が、始まった。
冷静に見渡して初めて気づく。ルナリアが余りに大暴れしていたので、楽勝なのかと思っていたが、実態はまるで違うようだった。
隊列のところどころが押し込まれ、散乱している死体は明らかにこちらのほうが多い。押されていたのだ。致命的なまでに。
その空気を、彼女は確かに払って見せた。
敵の成す列を、歩くような速度でルナリアは削り落としていく。その背後を追う。石弓に矢を番えて、とりあえず撃ってみる。
当たった。そう思ったが、鎧に弾かれた。弦が弱すぎる。生身に当てなければ無意味。だけどそんな腕は無い。であれば懐の切り札。だけどあれは良いのか。この場で二度は使えないというのに。そもそも見せてしまえば――
最後の一頭と思しき獣を、ルナリアが正面から叩き殺した。列が割れる。現れる。むき出しになる。何が。敵の指揮官が、か。
周囲の兵は明らかに装備が良い。囲みの中に、顔まで隠す、不気味な黒いローブを羽織った者が十名。さらに、その中央。
「お久しぶりですね、アルスブラハク殿」
護衛の一人を真っ二つに切り下ろしながら、ルナリアが言った。
漆黒の鎧。顔の全てを覆う兜。見事な細工の施された長槍。仰々しいマントまでつけている。
男は言葉を返さない。返す必要も無いのだろう。
次々と踊りかかってくる護衛達を、突き、斬り、なぎ払い――二十は居たはずの重装兵は、仲良く肉となって草原に散った。ルネッタも残る矢を全て撃ったが、特に何もおきなかった。
ルナリアは斧槍にこびり付いた赤い『何か』を、ぶん、と一振りして落とす。
彼女とアルスブラハクの間には、黒いローブ姿達だけになった。
「では」
一言。ルナリアは深く体を沈めて、地を蹴り――まるで見えない手に掴まれたように、その動きが止まった。
呻くような声が漏れる。
「こ、れ、は……?」
黒いローブ姿達が、手をそっと翳していた。全てが同じ生き物のように、姿勢には寸分の狂いも無い。
細く浅黒い腕。しなやかな指。あれは――全て女なのか。
――そんなことを。
考えている場合では無かった。
黒ローブ達が、一歩一歩とルナリアとの距離をつめてくる。そうして縮まるごとに、不思議な力も強まっているように見える。
ルナリアが膝をついた。武器だけは、手放していない。
――どう、すれば。
援護はいない。周りは綺麗に掃討され、その外は敵が居るだけだ。もう矢は無い。たとえあったところでどうなるのか。
アルスブラハクが、動き出した。
黒ずくめが取り囲むルナリアと、およそ十歩の距離を保ち、油断無く槍を構えている。
静かに、告げた。
「変わらず化け物のようであるが、その不遜さが死を招く」
槍を、ゆっくりと。
――だめ。
どうする。どうすれば。突っ込む。無駄。ならばあれを。いいのか。使って。後はどうなる。そもそも効くのだろうか。自分だけでなく。ここで見せれば大事なアレだって。
後のこと。保身。
そんなもの。
ルナリアが死んでしまうなら、全て無意味だ。
懐に手を突っ込んだ。取り出す。構える。狙う。誰も彼も、気にしない。知らない。いつかと同じ。であればやることは決まっている。
ルネッタは、手にした切り札、二番底の奥にしまいこんだ、小型の銃――すなわち拳銃の引き金を絞った。
構造は同じ。使っているのは砕岩灰。燃焼し、爆発し、衝撃で押し出された鉛の弾丸は――狙いしましたとおりに、黒ローブの一人を射抜いた。
賭け、だった。
アルスブラハクに撃っても大して効かないだろう。ルナリアを救うには、彼女が自由になるしかない。
撃たれたローブ姿がぐらりと揺れる。死んだわけでは無い。それでも――綻びらしきものが出来れば。
はっきりと、目に見えるほどに、ルナリアの鎧が光を放つ。
斧槍を掴んだままの右手が、凄まじい速度で閃いた。
周囲を取り囲む。まさにそれは絶好の形だった。
刃の軌跡は弧を描く。その通り道。存在していた十の体を、全て上下に両断した。
それでも、無理を押したのは間違いないようだった。
手から斧槍が抜けて、脇に転がる。体勢は膝立ちのまま、明らかな隙が生まれてしまった。
鋭く、驚くほどに鋭く、アルスブラハクが地面を蹴った。
「消えよ、怪物」
一直線に。ルナリアの顔に。怖気を奮うほどに鋭利な刃が。吸い込まれて、貫いて、
「きさ、ま」
驚愕の声。不思議な音。止まった槍。ルナリアは――恐らく渾身の力を振るって、体を大きく捻った。
顔が見えて、ようやく分かる。
彼女は、槍を、歯で、受け止めていた。
アルスブラハクにとっての不幸は、どんなときでも槍を放さない、戦士たる矜持そのものだったと思う。
凄まじい速度で槍を引かれ、男の体は宙を舞う。力の発生源に、即ちルナリアに引き寄せられる。
彼女はぐるりと体を捻る。途中で槍は放した。立ち上がりつつ、その全ての力を篭めて。
獣の首を軽く千切り、十人まとめて斬り殺せる彼女の右手が、アルスブラハクの顔面へと、まっすぐに叩き込まれていた。
音は、あまりしなかった。
ゆったりとした動作で、ルナリアは落としてしまった斧槍を拾った。
その先端、長く突き出た槍に、アルスブラハクの体を突き刺すと、天高く掲げてみせる。
首から上には、もう骨すら残っていない。
すう、と。彼女は大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「見るが良い、裏切り者共! 貴様らのよりどころは、いまやこの有様だ!」
指揮官の戦死。
それは古今東西、そして種族や国をも超える、絶対と言えるほどの、士気崩壊への道しるべだった。
恐怖と達観が雪崩れのようにダークエルフ達に広がる。
それで、終わり、だった。
まだ半数は居たはずの敵は、背中を向けて駆け出していた。
威勢も消え去り、すでに敗残兵となったダークエルフ達を、こちらの騎馬が追い立てる。
追撃の様子を見送って、ルナリアは大きなため息をついた。
「あぁ疲れた」
彼女が振り返る。こうして正面から見るのが、ずいぶんと久しぶりにさえ思えてしまう。
「なんにしても、無事に終わった。今はそれを――」
一歩、彼女がこちらに歩いた。
一歩、ルネッタは、後ろに引いてしまった。
――え?
信じられなかった。彼女は確かに返り血で真っ赤で、ねずみを殺すみたいに巨獣を千切って、数百に届くダークエルフを殺して――それでも、彼女は、ルナリア、なのに。
「はは、そりゃ、怖い、よね」
笑った。寂しそうに。
――ああ。
許せなかった。彼女にこんな顔をさせた自分が。これほどの恩を、仇で返そうとしている自分が。
だから、手にした銃で、思いっきり自分の膝を殴った。
「い、ぎ、ぐっ……」
「んな……なにやってるんだルネッタ」
歩き出す。痛い。ひょこひょことしか進めない。それでもいい。彼女の傍まで行く。
つんのめった。倒れかける。彼女に、抱きとめられた。
少し、困っている、ように見える。
輝くような金髪は血で染めたようにどろどろで、顔には真っ赤な飛沫がところどころに飛んでいる。鎧はべたべたで、匂いはどうしようもないほどに血だ。
それでも、彼女は、美しい。
腰に手を回す。鎧は硬い。力を篭める。正面から、顔を見る。
「こわ、い、です。怖いです。それは本当、です」
うまく、いえない。でもいわないと。
「だけど、それでも、そんなことより、わたしは、あなたが、あなたのこ、とが――」
その先が、どうしても出てこない。どう言えば伝わるのか。考える。分からない。だから、腕に力を篭める。
ルナリアは、驚いたような顔していた。
やがて頬が柔らかく緩むと、いつもの優しい顔に戻る。
「撫でてやりたいけど、あいにく手が血まみれなんでね」
それでも良い、と言おうとした。
馬の嘶きに、遮られた。
胸元から離れる。
「ルナリア殿」
「ああ、ラフィリス殿、無事でしたか」
彼は答えず、馬から下りた。
しばらくの無言を挟んで、静かな声で、ラフィリスは言った。
「私は、あなたが嫌いだ」
「くっくく、直球ですね」
「良い血筋と、有り余る力に物を言わせ、伝統も礼節も無視して好き勝手に振舞う。英雄などと言語道断であると、その認識は今も変わりません」
彼は少し目線を逸らし、再び、ルナリアを正面から見た。
「だが、今回の勝利はあなたの物だ。私がこうして生きていることも、横暴たる裏切り者を仕留められたのも、我らの土地をこれ以上汚さずに済んだことも、だ。その点は、感謝している。心から、感謝している」
そう言って、ラフィリスは深く頭を下げた。
ルナリアは、明るい声で、
「顔を上げてください。柄でもありませんよ。第三騎士団が居なければこうはいかなかった。無論、うちの兵も。真の英雄は、今日この場で死んだ者でしょう。そして勝利は我ら全員のものです。それが正しいと、私は考えますよ」
「……ありがとう」
「ふふ……ああ、そうそう。ラフィリス殿、一つお願いがあるのですがね」
「何か?」
ルナリアが、ちらりと視線をこちらに向けた。
「ご存知の通り、彼女が問題の人間ですが――この戦場において、私の後方に居続けました。それどころか、彼女の援護が無ければ私は死んでいたかもしれません。これは罪を洗うに十分すぎる戦果でしょう。帰ってから、あなたにもそう証言して頂きたいのです」
少し迷ったように見えたが、やがてラフィリスは大きく頷いた。
「分かった。約束しましょう」
彼は馬に飛び乗ると、
「追撃を続けます。では、後ほど」
見送って、ルナリアは大きな伸びをした。ちらり、とこちらを見ると、
「隠し玉、まだあったんだな」
「も……申し訳ありません。言うべきでしたのに」
「なぁに、話してないことなんて私にだってある。結局そのタネは私のために使ってくれたんだ。感謝こそすれ、怒る気なんかこれっぽっちも無いさ」
それに、と続けて、彼女は微笑んだ。
「時間はたっぷりある。たっぷり出来た」
彼女の傍に立つ。少しでも、近くに居たい。
「その銃は……まぁ大丈夫だろ。ばれてないばれてない。長いほうも量産まで考えないとな。残りの本も。落ち着いたら今日見たことをまとめて反省も。やることは腐るほどある。忙しいな」
背後、遠くにエリスが見えた。手を振っている。駆けてくる。
ルナリアが、両手を大きく広げた。最初にあった日のように。
「山とあった懸念も、とりあえずはひと段落だ。苦労も問題もまだまだあるだろうけれど、とりあえずは一緒に居られる。さっきの言葉は……ふふ、嬉しかったよ。本当だ」
うまく言えなかったけれど、気持ちは伝わったのかなと思う。
あの記憶が霞むほどの、まさに最高の笑顔で、ルナリアは続けた。
「ようこそ、私の第七騎士団へ」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
これで一応の一区切り、第一部完的な形になります。
楽しんでいただけたのであれば幸いです。