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Elvish  作者: ざっか
第一章
18/117

傍で 四


 号令は風に乗って戦場を奔る。向かい合う歩兵と歩兵が、にらみ合う騎兵と騎兵が、心から待ちわびていたかのように。

 全力で、目の前の得物に喰らいつくために、地面を揺らして駆け出した。

 ルナリアは、しかし動かない。

 河のように流れる軍勢。橋のように開いた隙間に、ただ二人。

 

 彼女が、こちらを見た、気がした。

 互いの前列がぶつかり合う、その数秒前に、ルナリアが大きく体を沈める。

 いくぞ、と、言われた気がした。

 まさに矢のように、地面をえぐって彼女は走り出す。

 左右の兵をさくりと追い越し、右手の斧槍を振りかぶって、彼女は飛んだ。

 脳天から振り下ろされた刃が、ただの一撃で巨獣の一匹を叩き殺す。

 それが狼煙となって。

 本物の、戦が、始まった。

 

 獣とエルフの咆哮が交じり合い、血が肉が鎧が武器が宙に舞う。押し合い斬り合う兵達の空間へと、獣が乱入して牙を振るう。

 一人の首が根元から千切れた。前足で五人が散らされた。牙と口が迫り、兵に食いつき咀嚼する。半分に千切れた下半身が、草原に振り落とされた。

 さらなる食事を望んだ獣を、左右から伸びた槍が滅多刺しにする。血を吐き、鳴いて、霧となって消えていく。

 

 黒々と広がる霞を裂いて、ダークエルフが躍り出た。巨大な長柄を振るって、一人を貫く。あふれ出る血。満足げに笑う。次の瞬間、エルフの振るった槌が敵の頭を砕いて潰した。

 ここには、破壊しか無い。血と肉の宴に、皆は興奮の絶頂にある。

 

 無限に思える地獄の中で、ルナリアは、只々圧倒的だった。

 威嚇がよほど効いたのか、獣は群がるように彼女へと突っ込んでくる。恐怖の根だ。殺せば安心できるのか。

 

 五頭。地響きと共に駆ける。その先頭に、斧槍を一直線に突き出した。あっさりと頭部を貫き、死体を足場に宙を飛ぶ。二頭目に取り付き一閃。血が吹き出るより早く次へ。地に下り、地を蹴る。弾丸のような勢いと共に、左手を突き出す。素手。関係無かった。篭手に包まれた彼女の指は獣の頭部を貫いて、樽のような首を千切る。

 

 腰を捻って斧槍を横に凪いだ。四頭目。獣の前足が両断される。崩れ、下がる頭に、千切った首を叩き付けた。同じ硬さ。当然両方が砕け散る。

 五。今までと比べて明らかに大きい。怯まず突っ込む。ぶつかり合う直前、ダークエルフ達が、やっとのことで援護に入った。

 

 体を張ってでも、命をかけてでも、なのだろうか。ルナリアの振るう斧槍が、三人を一振りで殺した。裏拳気味に振るった左手が、鎧も肉も何もかも吹き飛ばす。蹴りが直撃した兵士は、口から滝のように血を吐きながら空を舞った。

 それでも、とまらず、わらわらと。

 誰を殺すべきなのか、敵も分かっているのか。

 

 熱したナイフでバターを切るように、ルナリアが敵の陣を削いでいく。けれどもダークエルフはまるで怯まず、開いた列に次から次へと兵を注ぐ。

 あまりにも、多かった。

 彼女の動きが僅かに鈍る。いまだ無傷。寄った敵は端から皆殺しにされている。だけど、さすがに、この数は。

 

 動きを見せなかった五頭目の獣が、突然駆け出した。囲まれ止まった彼女へと、大きな大きな牙が迫る。避けようと動く彼女を、ダークエルフ達が命を賭して止めに行く。

 口に、飲み込まれた。

 

 ――そん、な。

 ルネッタは見てるだけだった。もはや石弓をどう撃てばいいのかも分からない。出来ることと言えば、悲鳴くらいなもので。

 しかしそうして泣く暇も、与えてはもらえないようだった。

 

 ルナリアを飲み込んだ獣の後頭部から、勢い良く斧槍が突き出された。獣が呻く。ぐるぐると目が回る。口の端から赤い液体が零れる。

 口を。

 内部から真っ二つに引き裂いて、ルナリアは飛び出した。塗れた様々な液体は、獣が死んだことによってだんだんと霧に代わる。

 それでも彼女は尚赤い。ダークエルフの返り血が、金の髪に染みこんでいた。


「はは」


 笑った。確かに、笑った。

 戦意に溢れ、蟻のように集るダークエルフ達が、僅かに怯んだ。

 それを彼女が見逃すことなど、ありえなかった。

 子兎の群れに猟犬が突っ込むように。視認すら困難な速度で斧槍を振るい、開いた左手で首を千切り、蹴りで甲冑ごと両断する。

 

 竜巻のように死を撒き散らしている。宣言どおり、彼女の背後に一兵足りとて通していない。

 ――なんだか。

 妙だ、とルネッタは思った。

 きっと、自分も戦っていれば分からなかった。ほんの少し先では血が草を染めてはいるものの、こちらを狙う様子は無い。無意味だ、と敵も分かっているのだろう。ルネッタ自身もそう思う。

 

 部外者に近い状態だからこそ、その異常に気がついた。

 桁外れの暴力を振りまくルナリアだが――どうにも、敵陣に引き込まれているように見える。もちろん狙いは分からない。単純に囲めば殺せるような相手でも無い。それは敵だって理解していそうなもので――

 きらり、と。

 列の向こう。敵陣の奥深くで、何かが光ったような気がした。

 

 それが巨大な石弓なのだと分かったのは、すでに槍の如き大きさの矢が放たれた後だった。

 射線には、当然のように仲間が居る。だというのに躊躇は無い。鎧も肉も骨も砕いて、赤い飛沫を宙に撒いて、矢は一直線にルナリアに迫る。

 

 あっさりと、止めただろう。何の邪魔も無ければ。

 周りの全てが、群がるダークエルフの兵が、命も何もかも捨てて、彼女の行動を妨害する。

 様々な音が混ざり合う戦場においても、一際響く重い音。

 

 止めた。それでも、彼女は手にした斧槍で、ルネッタの身の丈ほどもある、長大な矢を弾いて見せた。

 捨て身で飛び掛ったダークエルフ達も、すでに半数が肉塊にされている。無理やり防いだからか、上体はぐらりと泳いで――

 

 二射目が、来た。

 恐らく、回避だけなら出来たのだと思う。転がるようにして、逃げる。とりあえずはそれでやり過ごせたはずだ。

 彼女は選ばなかった。まっすぐ伸びた直線状に、自分の体があったからだと、ルネッタは思う。

 

 強引に振るった斧槍は、空しく空を切る。

 太い枝のような矢が、彼女の腹を貫通した。

 吹き飛ばされそうになった体を、地面に左手を突き刺して押しとどめる。後方に居たルネッタの顔を、水滴が濡らした。ぬるりと暖かく、果実のように赤い。血、だ。ルナリアの。

 たまらず、だろう。膝をついた彼女の姿に、ダークエルフ達は猛り狂い、叫び声をあげた。

 ――る。


「ルナリアっ!」

 

 誰かの叫び声。自分のじゃない。叫ぶことすら出来ない。声も出ない。わたしの所為。避けれた。きっと。ダークエルフ。嬉しそうに。なのにきちんと図って。

 それぞれが武器を構え、いまだ立ち上がらぬルナリアへと向けて、ダークエルフの兵達が、一斉に、飛び掛った。

 

 撃った。いつ矢を番えたのか、自分でも良くわからないけれど、せめてせめてと石弓を、ダークエルフ達に放った。これで止まるわけもない。役に立つはずも無い。

 弾かれた。

 暴風のように。

 縦横無尽に奔る軌跡が、近寄る全てを切り裂いていた。

 

 ばらばらと、空中から塊が散らばって落ちてくる。吹き散らされた赤い何かが、草原に奇妙な絵を描く。

 いつの間にか、ルナリアは立っていた。

 十を超える敵を、僅かの間に斬り殺した彼女は、まさしく底冷えするような声音で、告げた。


「誰の心配をしてるんだお前ら」


 どんな顔を、彼女はしているのだろう。ここからでは背中しか見えない。

 戦場全体が、まるで止まってしまったようだ。

 乗り遅れたのか、小刻みに震える腕で、一本の槍を構えるダークエルフの姿があった。ちょうどルナリアの斧槍の届かぬ間合いで、彼女に武器を向けている。むき出しの顔は、もはや恐怖に塗りつぶされていた。

 

 解決策は、特攻だったようだ。

 腰の抜けた動きで、それでもルナリアに突きかかってくる。彼女は最小限の動きでそれを交わすと、ひたり、と敵の兜に手を添えた。

 ひい、とダークエルフの声が漏れる。

 

 ルナリアの足元には、腹から上下に絶たれた敵が居た。ぴくぴくと動いているところを見ると、なんとまだ生きているらしい。

 彼女は、前者の頭を兜ごと握り砕くと、後者の頭部を、躊躇無く踏み砕いた。

 

 周囲の脅威をあらかた一掃し、彼女は腹部に刺さった『槍』を掴む。

 引き抜いた。

 血が吹き出たのもほんの一瞬のこと。手が埋まりそうだった穴は、ずぐりずぐりと肉が動き、あっという間に塞がれてしまった。

 

 ルネッタは目を見張った。

 体は良い。彼女なら、治せても不思議では無い。しかしその着ている鎧すら、穴を修復しようと蠢いている。漆黒の鎧の隅々に、紋様の如き光が見えた。

 

 ルナリアは上体を大きく捻ると――持っていた『槍』を、敵陣へと投げ返した。それは先程の発射となんら遜色ない勢いを持って、発射装置たる巨大な石弓を砕いて破壊した。射線上には最初から誰も居ない。味方ごと撃ったのは奴らだからだ。


「ころあいか」


 そう言うと、彼女は、再び、斧槍を掲げた。


「歩兵隊、前へ」


 ゆっくりと、穂先で敵を端から端までなぞり、


「殺せ」


 猛るのは、こちらの番のようだった。

 攻勢が、始まった。

 冷静に見渡して初めて気づく。ルナリアが余りに大暴れしていたので、楽勝なのかと思っていたが、実態はまるで違うようだった。

 隊列のところどころが押し込まれ、散乱している死体は明らかにこちらのほうが多い。押されていたのだ。致命的なまでに。

 

 その空気を、彼女は確かに払って見せた。

 敵の成す列を、歩くような速度でルナリアは削り落としていく。その背後を追う。石弓に矢を番えて、とりあえず撃ってみる。

 当たった。そう思ったが、鎧に弾かれた。弦が弱すぎる。生身に当てなければ無意味。だけどそんな腕は無い。であれば懐の切り札。だけどあれは良いのか。この場で二度は使えないというのに。そもそも見せてしまえば――

 

 最後の一頭と思しき獣を、ルナリアが正面から叩き殺した。列が割れる。現れる。むき出しになる。何が。敵の指揮官が、か。

 周囲の兵は明らかに装備が良い。囲みの中に、顔まで隠す、不気味な黒いローブを羽織った者が十名。さらに、その中央。


「お久しぶりですね、アルスブラハク殿」


 護衛の一人を真っ二つに切り下ろしながら、ルナリアが言った。

 漆黒の鎧。顔の全てを覆う兜。見事な細工の施された長槍。仰々しいマントまでつけている。

 男は言葉を返さない。返す必要も無いのだろう。

 

 次々と踊りかかってくる護衛達を、突き、斬り、なぎ払い――二十は居たはずの重装兵は、仲良く肉となって草原に散った。ルネッタも残る矢を全て撃ったが、特に何もおきなかった。

 ルナリアは斧槍にこびり付いた赤い『何か』を、ぶん、と一振りして落とす。

 彼女とアルスブラハクの間には、黒いローブ姿達だけになった。


「では」


 一言。ルナリアは深く体を沈めて、地を蹴り――まるで見えない手に掴まれたように、その動きが止まった。

 呻くような声が漏れる。


「こ、れ、は……?」


 黒いローブ姿達が、手をそっと翳していた。全てが同じ生き物のように、姿勢には寸分の狂いも無い。

 細く浅黒い腕。しなやかな指。あれは――全て女なのか。

 ――そんなことを。

 考えている場合では無かった。

 

 黒ローブ達が、一歩一歩とルナリアとの距離をつめてくる。そうして縮まるごとに、不思議な力も強まっているように見える。

 ルナリアが膝をついた。武器だけは、手放していない。

 ――どう、すれば。

 援護はいない。周りは綺麗に掃討され、その外は敵が居るだけだ。もう矢は無い。たとえあったところでどうなるのか。

 

 アルスブラハクが、動き出した。

 黒ずくめが取り囲むルナリアと、およそ十歩の距離を保ち、油断無く槍を構えている。

 静かに、告げた。


「変わらず化け物のようであるが、その不遜さが死を招く」

 

 槍を、ゆっくりと。

 ――だめ。

 どうする。どうすれば。突っ込む。無駄。ならばあれを。いいのか。使って。後はどうなる。そもそも効くのだろうか。自分だけでなく。ここで見せれば大事なアレだって。

 後のこと。保身。

 そんなもの。

 ルナリアが死んでしまうなら、全て無意味だ。

 

 懐に手を突っ込んだ。取り出す。構える。狙う。誰も彼も、気にしない。知らない。いつかと同じ。であればやることは決まっている。

 ルネッタは、手にした切り札、二番底の奥にしまいこんだ、小型の銃――すなわち拳銃の引き金を絞った。

 構造は同じ。使っているのは砕岩灰。燃焼し、爆発し、衝撃で押し出された鉛の弾丸は――狙いしましたとおりに、黒ローブの一人を射抜いた。

 

 賭け、だった。

 アルスブラハクに撃っても大して効かないだろう。ルナリアを救うには、彼女が自由になるしかない。

 撃たれたローブ姿がぐらりと揺れる。死んだわけでは無い。それでも――綻びらしきものが出来れば。

 

 はっきりと、目に見えるほどに、ルナリアの鎧が光を放つ。

 斧槍を掴んだままの右手が、凄まじい速度で閃いた。

 周囲を取り囲む。まさにそれは絶好の形だった。

 刃の軌跡は弧を描く。その通り道。存在していた十の体を、全て上下に両断した。

 それでも、無理を押したのは間違いないようだった。

 

 手から斧槍が抜けて、脇に転がる。体勢は膝立ちのまま、明らかな隙が生まれてしまった。

 鋭く、驚くほどに鋭く、アルスブラハクが地面を蹴った。


「消えよ、怪物」


 一直線に。ルナリアの顔に。怖気を奮うほどに鋭利な刃が。吸い込まれて、貫いて、


「きさ、ま」


 驚愕の声。不思議な音。止まった槍。ルナリアは――恐らく渾身の力を振るって、体を大きく捻った。

 顔が見えて、ようやく分かる。

 彼女は、槍を、歯で、受け止めていた。

 

 アルスブラハクにとっての不幸は、どんなときでも槍を放さない、戦士たる矜持そのものだったと思う。

 凄まじい速度で槍を引かれ、男の体は宙を舞う。力の発生源に、即ちルナリアに引き寄せられる。

 彼女はぐるりと体を捻る。途中で槍は放した。立ち上がりつつ、その全ての力を篭めて。

 

 獣の首を軽く千切り、十人まとめて斬り殺せる彼女の右手が、アルスブラハクの顔面へと、まっすぐに叩き込まれていた。

 音は、あまりしなかった。

 ゆったりとした動作で、ルナリアは落としてしまった斧槍を拾った。

 その先端、長く突き出た槍に、アルスブラハクの体を突き刺すと、天高く掲げてみせる。

 首から上には、もう骨すら残っていない。

 すう、と。彼女は大きく息を吸い込んで、叫んだ。


「見るが良い、裏切り者共! 貴様らのよりどころは、いまやこの有様だ!」


 指揮官の戦死。

 それは古今東西、そして種族や国をも超える、絶対と言えるほどの、士気崩壊への道しるべだった。

 恐怖と達観が雪崩れのようにダークエルフ達に広がる。

 それで、終わり、だった。

 まだ半数は居たはずの敵は、背中を向けて駆け出していた。

 威勢も消え去り、すでに敗残兵となったダークエルフ達を、こちらの騎馬が追い立てる。

 追撃の様子を見送って、ルナリアは大きなため息をついた。


「あぁ疲れた」


 彼女が振り返る。こうして正面から見るのが、ずいぶんと久しぶりにさえ思えてしまう。


「なんにしても、無事に終わった。今はそれを――」


 一歩、彼女がこちらに歩いた。

 一歩、ルネッタは、後ろに引いてしまった。

 ――え?

 信じられなかった。彼女は確かに返り血で真っ赤で、ねずみを殺すみたいに巨獣を千切って、数百に届くダークエルフを殺して――それでも、彼女は、ルナリア、なのに。


「はは、そりゃ、怖い、よね」


 笑った。寂しそうに。

 ――ああ。

 許せなかった。彼女にこんな顔をさせた自分が。これほどの恩を、仇で返そうとしている自分が。

 だから、手にした銃で、思いっきり自分の膝を殴った。


「い、ぎ、ぐっ……」

「んな……なにやってるんだルネッタ」


 歩き出す。痛い。ひょこひょことしか進めない。それでもいい。彼女の傍まで行く。

 つんのめった。倒れかける。彼女に、抱きとめられた。

 少し、困っている、ように見える。

 

 輝くような金髪は血で染めたようにどろどろで、顔には真っ赤な飛沫がところどころに飛んでいる。鎧はべたべたで、匂いはどうしようもないほどに血だ。

 それでも、彼女は、美しい。

 腰に手を回す。鎧は硬い。力を篭める。正面から、顔を見る。


「こわ、い、です。怖いです。それは本当、です」


 うまく、いえない。でもいわないと。


「だけど、それでも、そんなことより、わたしは、あなたが、あなたのこ、とが――」


 その先が、どうしても出てこない。どう言えば伝わるのか。考える。分からない。だから、腕に力を篭める。

 ルナリアは、驚いたような顔していた。

 やがて頬が柔らかく緩むと、いつもの優しい顔に戻る。


「撫でてやりたいけど、あいにく手が血まみれなんでね」


 それでも良い、と言おうとした。

 馬の嘶きに、遮られた。

 胸元から離れる。


「ルナリア殿」

「ああ、ラフィリス殿、無事でしたか」


 彼は答えず、馬から下りた。

 しばらくの無言を挟んで、静かな声で、ラフィリスは言った。


「私は、あなたが嫌いだ」

「くっくく、直球ですね」

「良い血筋と、有り余る力に物を言わせ、伝統も礼節も無視して好き勝手に振舞う。英雄などと言語道断であると、その認識は今も変わりません」


 彼は少し目線を逸らし、再び、ルナリアを正面から見た。


「だが、今回の勝利はあなたの物だ。私がこうして生きていることも、横暴たる裏切り者を仕留められたのも、我らの土地をこれ以上汚さずに済んだことも、だ。その点は、感謝している。心から、感謝している」


 そう言って、ラフィリスは深く頭を下げた。

 ルナリアは、明るい声で、


「顔を上げてください。柄でもありませんよ。第三騎士団が居なければこうはいかなかった。無論、うちの兵も。真の英雄は、今日この場で死んだ者でしょう。そして勝利は我ら全員のものです。それが正しいと、私は考えますよ」

「……ありがとう」

「ふふ……ああ、そうそう。ラフィリス殿、一つお願いがあるのですがね」

「何か?」


 ルナリアが、ちらりと視線をこちらに向けた。


「ご存知の通り、彼女が問題の人間ですが――この戦場において、私の後方に居続けました。それどころか、彼女の援護が無ければ私は死んでいたかもしれません。これは罪を洗うに十分すぎる戦果でしょう。帰ってから、あなたにもそう証言して頂きたいのです」


 少し迷ったように見えたが、やがてラフィリスは大きく頷いた。


「分かった。約束しましょう」


 彼は馬に飛び乗ると、


「追撃を続けます。では、後ほど」


 見送って、ルナリアは大きな伸びをした。ちらり、とこちらを見ると、


「隠し玉、まだあったんだな」

「も……申し訳ありません。言うべきでしたのに」

「なぁに、話してないことなんて私にだってある。結局そのタネは私のために使ってくれたんだ。感謝こそすれ、怒る気なんかこれっぽっちも無いさ」

 

 それに、と続けて、彼女は微笑んだ。


「時間はたっぷりある。たっぷり出来た」


 彼女の傍に立つ。少しでも、近くに居たい。


「その銃は……まぁ大丈夫だろ。ばれてないばれてない。長いほうも量産まで考えないとな。残りの本も。落ち着いたら今日見たことをまとめて反省も。やることは腐るほどある。忙しいな」


 背後、遠くにエリスが見えた。手を振っている。駆けてくる。

 ルナリアが、両手を大きく広げた。最初にあった日のように。


「山とあった懸念も、とりあえずはひと段落だ。苦労も問題もまだまだあるだろうけれど、とりあえずは一緒に居られる。さっきの言葉は……ふふ、嬉しかったよ。本当だ」


 うまく言えなかったけれど、気持ちは伝わったのかなと思う。

 あの記憶が霞むほどの、まさに最高の笑顔で、ルナリアは続けた。


「ようこそ、私の第七騎士団へ」

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

これで一応の一区切り、第一部完的な形になります。

楽しんでいただけたのであれば幸いです。

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