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Elvish  作者: ざっか
第一章
15/117

傍で 一


「寒いな……」


 当たり前か、と自嘲気味にルネッタは呟いた。牢屋に暖石なんてあるわけがない。

 底冷えする空気は肌に纏わりつくようで、暗い部屋は今の心境そのものだった。石造りの粗雑なベッドに、毛布代わりのぼろ布。恐ろしく豊かなエルフの国であろうとも、囚人への扱いに変化などは無いらしい。

 

 ――あれから。

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 永遠と思えるほどに長くも感じたし、一瞬だったという錯覚もある。

 何が起きているのか、冷静に認識出来ていないのかもしれない。

 ベッドに座り込んで、膝を抱く。ここに叩き込まれてから、もうずっとこうしている。そういえば横になった記憶が無い。うっすらと差し込まれていた日差しも消えた。ではまだ半日なのか。だから寝ていないのか。静かで誰も居なくてルナリアにもエリスにも会えなくて良くわからない。

 

 足音がした。顔を上げる。

 鉄格子の向こう側に、明りが見えた。とても強い。通路を丸ごと照らし出しているかのようだ。

 ルネッタの牢屋の前で、ちょうど止まった。

 光を吸い込むように輝く金糸。エメラルドにさえ勝る緑の瞳。染み一つ、皺一つ無い純白の肌。彫刻のように整った鼻梁。鋭くも柔らかい唇。

 

 ――あ。

 会いたいと。頭の中で、ずっと願っていたはずなのに。

 ルナリアの姿をしっかりと確認して、思わず身を引いてしまった。背中に冷たい壁が当たる。

 あんなにしてもらったのに。あんなに喜んでくれたのに。今、こうして牢に居る。

 

 ぎゅう、と。ルネッタは膝を握り締めた。

 ――わたしは、これからどうなるんでしょうか。

 そう聞きたかったはずなのだ。死ぬのは嫌だ。二人と離れるのも嫌だ。なのに、口から出るのは違う言葉で。


「賭けた税は、どうなったんでしょうか」


 それを聞いて、険しい表情で沈黙していたルナリアは、とても悲しそうに目を伏せた。


「……お前はまず自分の心配をしろ」

「聞きたいんです。お願いします」


 口を開こうとして――言いよどむ。それを何度か繰り返して、やがて諦めたように彼女は告げた。


「払うことになった。この先お前がどうなろうと、その点だけは覆りそうに無い」


 膝に指が食い込んだ。さらに力を篭める。痛い。こんな程度で済む話で無いことは理解している。だけど、せめて痛みくらいは感じなければ耐えられない。

 ルネッタは、どうにか喉から音を搾り出した。


「その、三割、というのは……具体的に、どれくらいの金額なのでしょうか。わたしにも、その、判断できるように、お願いします」


 途切れ途切れの言葉を、暗い表情でルナリアは聞いていた。小さく息を吐いて、目線をそらし、彼女は言う。


「注文予定だった極光石製の鎧、およそ六十個分。小さな屋敷なら土地ごと買えるな」


 ――ああ。

 胸の奥に、焼けた鉄をねじ込まれたようだった。

 屋敷を丸ごと買えるほど。おそらく平民が一生かかっても到底稼げない額。税。軍資金。集団の運用のために使う金なのだから、途方も無くて当たり前で。

 

 それは、間違いなく、ルネッタの命より遥かに高い。

 顔を両手で覆った。涙はまだ溢れてこない。

 失敗すれば罰される。大きな損害を与えれば殺される。お前らの命など、大した価値も無いのだと、脳に染み込むほどに言われてきた。


「申し訳ありません」


 声は震えている。出せたことが奇跡なのかもしれない。


「最初に気にするなと言っただろう」

「そういうわけにはいきません。屋敷一つ分の重さなんて、わたしの命にはありません」


 両手を膝に戻した。見えたルナリアの表情には――静かな怒りがあるように見える。

 彼女は平坦な声で告げた。


「翻訳はどうする。銃の量産にも、お前はきっと必要だろう」

「文字はもう対応表を作ってあります。あとは手間さえかければ誰にでも出来ます。わたしの背嚢には、銃の設計図も入っております。それに、わたしは決して銃に詳しいわけでは無いのです。これ以上お役には立てないと思います」


 ぽろりと涙が零れる。当然のことを確認しているだけなのに、自分自身を切り刻んでいるような痛みがある。


「残ったわたしの価値など、与えた損害に見合うものだとは思えません。せめてこれ以上迷惑をかけることなく、ここで、し、死ぬべきなのだと、思います」

「本気で言ってるのか?」


 そんなわけが無い。死にたくない。ルナリアともっと一緒に居たい。エリスとも時間を過ごしたい。ここに居たい。だけど。

 こくり、と。胸中を押さえ込むようにして、ルネッタは小さく頷いた。

 そうか、と答えて、ルナリアは続けた。


「ルネッタ、こっちに来い」

「え……」

「さっさと来い!」


 怒鳴りつけるような声が、牢屋中に響き渡った。強い怒気に体が強張る。

 なんとか石のベッドからおりて、おずおずと彼女の傍へと向かう。鉄格子越しに見える顔は、始めて見るほどに険しかった。

 鉄棒の隙間から手が伸びてきて、胸倉を捕まれる。

 ぐい、と凄まじい力で引き寄せられた。体が鉄格子に叩きつけられる。その痛みよりも、ルナリアから向けられる怒りに体中が恐怖に包まれている。


「あまり下らないことを言うなよルネッタ。お前に価値が無いならば、ここで死ぬことこそ無意味だろう。死ねば報いか? ふざけるのも大概にしろ」

「で、です、が……」


 がん、ともう一度鉄格子に叩きつけられた。


「ルネッタ、口を開け」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。有無を言わさぬ瞳。急かすように震える口元。

 開いた。彼女の左手が伸びてきて、何かを口に詰め込まれた。


「む、うむ、ぐっ」


 柔らかくて、瑞々しくて、甘くて、少し酸っぱくて。

 ――果物?


「ちょうど今日届いたものだ。私の妹が育てた」


 彼女の顔は、少しだけ穏やかになっていた。


「うまいか?」


 まだ半分口内に残ったまま、ルネッタは何度も頷いた。飲み下す。後味は、とても心地よいものだった。

 いつの間にか、ルナリアの左の手のひらに、赤くて丸い何かが乗っている。


「もう一つある。食べたいか?」


 どう答えるか、悩んでいるその一瞬に、

 彼女は果物を、自分の口に放り込んでいた。

 あっという間に咀嚼して、勢い良く飲み下す。


「ここから出たらくれてやる。もう一度食べたいと思う、生きる理由なんか、そんな程度でも十分だろう」


 彼女の顔から、ふ、と鬼気が消える。胸元を掴んでいた右手が緩んだ。するすると動いたルナリアの手は、ルネッタの涙の跡をそっと撫でる。

 声に、優しさが戻った。


「覚えてるかな。会ってすぐ、宿でお前に言ったよね。命に代えてもとは言わないが、それなりのことはしてやると」


 頷く。忘れるわけが無かった。あれがきっかけのようなものなのだ。

 彼女はルネッタの涙を拭うと、そのまま頭をゆっくりと撫でる。


「あれは撤回する。いや、訂正か」

「え……」

「守ってやるさ。誰からも、何からも。それこそ命に変えても。お前はもう身内だろう。だから――死なせろなんて言うな」

 

 頭から頬、そのまま首元まで、彼女の手がゆっくりと動いた。言葉。感触。涙がより溢れてくる。

 ――けど。

 同じ液体でも、まるで違うと感じられた。

 顎から垂れるほどに流れた涙を、ルナリアは袖でぐしぐしと拭いてくれた。緑の瞳。見詰め合って、小さく頷く。


「もう少し待っててくれ」


 そう言って、彼女は踵を返した。その背中を見送る視界は、何度拭いてもぼやけたままだった。




 入れ違いのようにエリスがやってきたのは、そのすぐ後だった。

 まだ涙は止まっていない。見っともないのかもしれないけれど、隠す必要も無いと思った。

 彼女の両手は大きな荷物で埋まっている。


「こちらが毛布。こっちの紙袋は食事です。どうせ碌な扱いを受けていないだろうと思いましたので」


 鉄棒の間から押し込まれた。受け取って、頭を下げる。声がうまく出ない気がする。

 エリスが、少し呆れたように、笑った。


「酷い顔ですね」


 だろうとは思う。きっと涙でぐちゃぐちゃだ。

 呼吸をどうにか整えて、


「死にたいと言ったら、ルナリアさまに怒られました」

「当たり前です」

「その後、どうあろうと守ってくれると……」

「それも、当たり前ですよ」


 エリスはため息をついて、腰に片手を当てた。顔は少し上を向いている。

 ぽつり、と、


「どうして団長は、こんなにもあなたにこだわるんでしょうね」


 ――それは。

 疑問には思っていた。あまり考えないようにもしていた。


「心当たりは……まぁ無いでも無いのですが。たぶんあなたが人間だから、というのが一番ですかね。この国で、ただ一人、たった一人の、異物だから。まぁ他にもこっそり隠れてるのかもしれませんけど」

「異物だから、ですか……」

「ふふ、そう落ち込まないでください。切欠が『そう』だというだけです。今どっぷりと執着してるのは、きっとルネッタ、あなただからですよ」


 慰めるような言葉。告げたエリスの表情が――ふ、と変わった。

 まるで別人のように。

 目線はずらしたまま、ぽつり、と言う。


「あたしはね、ルナリアがいるから副団長なんて面倒な仕事をやってるんだ。暴れるのに適した場所だとか、古老の首を削ぎ落とすにはここが一番だとか、他に理由もあるけどさ。何よりも大事なのは、やっぱりあの娘がいるからで」


 驚くほどに変わる口調。ぽかんと口を開けて聞いていたルネッタを、エリスはじ、と見つめると、


「だから、いきなりやってきて、あの娘の深いところに住んじゃったあなたに、嫉妬を覚えないわけでも、ない」


 俯いて、聞く。返す言葉は思いつかない。


「仕事とはいえ、せっかくの二人きり。楽しい時間かと思ったら、変なの拾うことになっちゃうし。この国には居ないはずの人間で、挙句死に掛けてるときたもんだ。自分以外を治すのってさ、大変なんだよ。神経使うし、疲れるし、挙句失敗すると寝覚めも悪いし。なーんでこんなことする羽目になったのかなってのが、あなたに対する最初の感想」

「はい……」

「大きな布袋背負ってて、中からはうっすらと鉄の匂い。怪しい。怪しすぎる。何しに来たのか、誰の手先か分かったものじゃないよね。あたし一人なら間違いなく見捨てて――いや、トドメ刺して雪に埋めてる。助けるなんて馬鹿馬鹿しい。拾った後のことを考えるだけで眩暈がする。時間の無駄にもほどがあるってものだよ」


 ぎゅう、と抱えたままの毛布を握り締める。正論ではあった。エリスを責められるはずも無い。

 ひたり、と。握ったこぶしの上に、エリスの手が乗せられた。顔を上げる。彼女は、優しく、笑っていた。


「ね、ルネッタ」

「なん、でしょうか」

「これがあたしの、最初の心情。では今も同じ気持ちだろうと、あなたはそう考えるのかな?」


 ぱちくりと、ルネッタは瞬きをして、大きく左右に頭を振った。

 信じている。そう思える根拠は、今までたっぷりともらえていた。


「ルナリアは、守ってあげるって言ってたでしょ?」

「はい」

「あたしも大体おんなじ気持ち。三人で居るのは楽しかった。これからも、そうありたいよね」


 花のように微笑み、少し強めに頬を撫でて――エリスはいつもの顔に戻った。


「いやしかし、まさか自分の子の命まで払わせるとは思いませんでした。甘く見たのは我らの落ち度ですね」


 ――そういえば。

 あれからどうなったのか、まるでルネッタは知らなかった。有無を言わさず捕らえられ、牢屋に放り込まれたのだから、無理も無いとは思うのだけど。


「現状を、聞きますか?」

「はい、お願いします」


 エリスは頷くと、小さな咳払いをした。


「結論から言えば、何も決まっておりません。霊決の勝者をどちらにするのかすら、です。とはいえ決して拮抗状態ではなく――大幅にこちらが不利ではあります。不審な点があろうとも、あなたが馬鹿息子を刺し殺したのは事実ですから」

「そう、ですよね……」


 沈んだ声が気になったのか、エリスは心配そうに告げた。


「殺すのは、初めてですか?」


 ゆっくりと、ルネッタは首を横に振る。


「何回かあります。でも……慣れません」

「慣れないのも、一つの美点だと思いますよ。この国で賛同するものはあまり居ないでしょうし……何より、私が言うことではありませんが」


 続けますね、とエリスは言った。


「魔術の風で体勢を崩された、その不可抗力である。そう説明しましたが、なにぶん一瞬のことでしたので、気づいていないものがほとんでした。古老側に至っては最初からアテになりませんし。しかし、不幸中の幸いとでも言いますか、反古老の有力者で風を感じたものがおりましてね。とりあえず故意では無いと証明できそうなところでしたが――次に向こうが持ち出したのは、あなたが使った『仕掛け』です」

「問題に、なってしまいましたか……?」


 エリスは苦々しく顔を歪めた。


「普通に勝った後であれば、どうにでもなったのでしょうけどね。この拮抗の中では、面倒な要素であることは確かです。馬鹿息子がつけていた魔術封じの指輪、あれが壊れたのも『仕掛け』の爆発が原因であると。それゆえ凶行に奔ってしまったのだと。馬鹿馬鹿しい話です。どう考えても、最初から指輪は壊れていたはずなのですから」


 ため息をついた。


「あの風は、馬鹿息子が放った苦し紛れの一撃であることは認める。しかしそれでもより非があるのは人間である。魔術による最後の抵抗を脅威と感じた人間が、その命を絶つことによって終わりとさせた。魔術の放出は立派な規定違反であろう。しかし相手の殺害には遠く及ばない。よって、敗者となるべきは人間である」


 がしがしとエリスは髪をかき回した。


「これが、向こうの主張です。説明中に三回ほどひねり殺してやろうかと思いましたが……残念ながら、それなりに筋は通ってしまっています。まさかわざと殺させたなどとは、誰も思いませんからね」

「そんな、わたしは――」


 思わず荒げた声を、エリスの指がそっと抑える。唇に触れる彼女の感触は、ひんやりと冷たかった。


「無論、分かっておりますよ。だからこその交渉です。現状取りうる最善策は……税の三割を素直に渡して、あなたの市民権を買う、という形になるかと思いますが、それとて容易くは無いでしょうね」


 彼女の指が離れる。少し、名残惜しい。


「悪い知らせばかりですが、一つだけ、良いこともありました」

「なんでしょうか」

「小細工を使い、挙句死なせてしまいましたが――とにかくあなたは貴族の息子を倒しました。魔力を持たぬ無泉の身としては、これは驚異的な戦果と言えます。力を称える我らです。あなたに向けられる皆の視線は、少なからず好意に振れたと思ってよろしいかと」


 あとは、と続けて、エリスは鉄格子から離れた。


「どれだけその点を強調できるか、ですかね」


 彼女はじっくりと、牢屋中を見渡す。


「気づきましたかルネッタ、この階にいる囚人は、あなただけなのですよ」


 どうりで恐ろしいほど静かなわけだと思った。でも――


「看守も階段付近に一人居るだけ。こうして私が面会に来ても、付き添おうというそぶりすら見せません。古老の手が回りきっているようですね。王が聞いて呆れます」


 エリスが鉄格子を軽く蹴った。こつんという音が、深い闇に吸い込まれて消える。


「壁を抜くか、棒をへし折るか――私か団長がその気になれば、こんな牢叩き壊してあなたを逃がすくらいわけ無いのですが……どうにも、レシュグランテは『それ』をさせたいのでは無いか、という疑問もありましてね」

「そ、それはさすがに……」


 これ以上無いほどに迷惑をかけてしまう。

 なによりも、と彼女は続けた。


「強引に逃がしてしまえば、もはや人間の世に送り返すしか無くなります。一緒に居られないのでは、本末転倒ですから」


 エリスの微笑みに、頷いて返す。


「最後はそうするにしても、出来る限りは足掻いてみますよ。状況が状況ゆえ、安心して待っていろとまでは言えませんが」


 手が伸びてきた。掴もうとこちらも伸ばす。毛布が落ちてしまった。気にしない。エリスの白い手をしっかりと握って、指の一本一本を絡ませあう。冷たい指先は、だけど不思議と暖かく感じられる。

 柔らかく、彼女は言った。


「また、あのお店に行きましょうね」




 寒さで目が覚めた。申し訳程度の窓からは、うっすらと日が差し込んでいる。なんとか朝まで寝れたらしい。


「うう……」


 自分の体を強く抱く。毛布があって尚これなのだ。あのままぼろ布一枚で放置されたらどうなっていたのか、考えたくも無い。

 体を起こして頭を振った。エリスの差し入れてくれた袋から水筒を取り出して、一口飲む。恐ろしく冷たい。目が一瞬で冴えた。

 どうなるのか。どうするのか。いつ分かるのか。

 

 足音がした。ひとつ、では無い。

 五つの人影が、鉄格子の前に並んだ。一つはルナリアだったが、残りは見覚えも無い。兵士らしき服装をしたものが三名に、豪奢な服を着込んだものが一命。全員男で、青年と言える。

 ルナリアが、脇の兵士に顎で指図をした。受けた兵士は鍵を取り出すと、鉄格子へと差し込む。

 開かれた。


「出ていいぞ」


 ルナリアの声に促されて、牢屋から出る。薄暗い通路では開放感なんてまるで無い。

 ――それに。

 硬く口を結んだ、ルナリアの表情が酷く気になる。駄目、だったのだろうか。このまま処刑場へ連れて行かれるのだろうか。


「釈放だ、ルネッタ」


 彼女は笑顔で告げた。何かを押さえ込んでいるように見える。不安が染みるように広がっていく。


「国境越えは不問とされた。税と引き換えにはなったが、第二市民権も与えられる。無泉の身でありながらも、確かにお前は勝って見せた。その点を大いに評価すべし、というのが皆の総意だ」


 最善と言っても良い結果だ。エリスは難しいと言っていたが、どうにか通せてしまったらしい。

 これで助かった。また一緒に居られる。

 ――なのに。

 どうして、ルナリアの笑顔は、作り物にしか見えないのだろうか。


「ルナリア殿」

「分かっている」


 男が言う。ルナリアは答えて、目をつぶった。再度開かれた瞳に映る光は暗く、顔は鈍い痛みを我慢しているように見えた。


「人間としての罪、はこれで終わりだ。何もかも消えうせたと言っていい。しかし――霊決で相手を殺害したことは別問題だ」


 ぎゅう、と彼女は拳を握る。

 少し震える声で、ルナリアは続けた。


「お前は不当に命を奪った。であれば対価を払うしか無い。死ぬか、殺すかだ」

「ころ、す……?」


 死ぬ、は分かる。殺害の罪で処刑なのだろう。では殺すとは何なのか。多少の想像は出来るとしても、正確な意味など分かるはずも無い。

 ルナリアはくしゃり、と前髪をかき回した。


「運が良いのだか、悪いのだか……ルネッタ」

「はい」


 はっきりと、彼女は言った。


「戦だ」

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